最後の夏を

ミドリ

文字の大きさ
1 / 1

消し忘れたタバコ

しおりを挟む
 祖母が営む民宿に、毎年夏の期間宿泊する人がいる。

 出会いは、あかりがまだ十三歳の時だ。

 東京から日に一度の定期便に乗って何もない島にやってきたその人は、自称小説家。

 島の若い男よりも細く、でも背は高い。桜咲おうさかほまれと名乗った男は、少し猫背の身体に乗った童顔を太々ふてぶてしく歪ませ、「俺の名前、やっぱり知らないか」と笑った。

 食事は広間で皆一緒に食べる。元々数人しか泊まれない民宿だから、それはまるで大家族の食卓の様な雰囲気だった。

「あかり。お前は小説家なんて目指すんじゃねえぞ」
「なんで? 誉は楽しくないの?」
「書ける時はいい。書けない時は地獄だ」

 あかりよりも七歳年上の誉は、最初の三年くらいは楽しそうに書いては満足して本土に帰って行った。

 翌年から、本になったそれをお土産で渡してくれるのが恒例になった。

 いつからだろう。閉じこもった部屋から苛立ちの声が聞こえてくることが増えたのは。

 その頃から、誉はタバコを吸う様になった。

 寝タバコは厳禁と祖母に言われ、誉は窓枠に座り外に向かってぷかりと煙を浮かばせる。

 十七歳になったあかりは、幼馴染みの風太郎ふうたろうに告白をされたばかりだった。漁師の息子で、子供が殆どいない島で他に選択肢がなかっただけと思い、断った。

 窓枠に腰掛ける誉の姿が脳裏にチラリと映ったのには、気付かないふりをした。

 それまでは軽いタッチの小説を書いていた誉の作風が変わったのは、去年からだ。

 男性向けの冒険活劇を書いていた誉がたまたま書いた恋愛小説がヒットして、すっかり恋愛を書く人というイメージが定着してしまった。

 あかりが二十歳になった今年、誉はベストセラーとなったその小説をあかりに手渡してくれた。

「あれ? 婆ちゃんは?」

 二十七になった誉は、すっかり大人な雰囲気を纏っている。着ている物も前よりお洒落に見えた。

「実は、婆ちゃんが倒れちゃって」
「……え?」

 部屋に案内したあかりの足許に、荷物が詰まったボストンバッグが落ちた。

 祖母は、本土にある病院に入院している。多分、もう出てくることはない。

「もうここは閉めることにしたんだ。どっちみちボロいし修繕費出せるお金もないし。だけど婆ちゃんが誉が楽しみにしてるから最後にって」
「じゃあ……俺の為だけに?」

 あかりは明るい笑顔で頷く。

「そ。臨時営業してあげるから、最後の夏を楽しんでいってね」

 じゃあ、夕飯の支度をしてくるから。そう言ってあかりが部屋から出ていくと、誉はしゃがみ込んで頭を抱えた。



「――なあ、あかりはここを畳んだらどうするんだ?」

 誉が、どんよりとした雰囲気の中尋ねる。

「ろくな働き口もないし、結婚でもするしかないかなあ」

 あかりの言葉に、誉は驚いた顔で身を乗り出した。

「けっ結婚て! お前相手いたのかよ!」
「別に誰とも付き合ってないけど、ずっと私に告白してくる幼馴染みにプロポーズされてる」
「へっ……」

 誉がポカンとすると、あかりはクスクスと笑う。

「もうこれ以上拒めないかもね。年貢の納め時ってやつよ」

 あかりはそう言うと、「さ、お風呂沸いてるから入って!」と座りっぱなしの誉に向かって言った。

「お、おう……」

 誉は一旦部屋に戻ると、呆然とした表情のまま、窓枠に座ってタバコを吸う。ひと口吸って煙を吐いた後は、灰がぼとりと落ちるまで微動だにしなかった。

「誉?」
「あ、入る!」

 慌ててタバコを灰皿で揉み消すと、着替えを手に部屋を出る。

 あかりが煙の匂いに気付いたのは、そのすぐ後だった。

 消し忘れか。そう思い、誉の部屋に入る。すると案の定、窓枠に置かれた灰皿の中で細い煙をたゆたわせるタバコの吸い殻があった。

「危ないなあ、もう」

 今なら誉はいない。この窓枠に座ってタバコを吸う姿は、もう見られないから。

 誉がいつも座っている位置に腰掛けると、恐る恐るまだ煙を立ち昇らせているタバコを指に挟み。

 そっと唇で挟んだ。

「……けほっ」

 鼻に入った煙でむせる。だけどまるで誉の残像と重なった様に感じて、思わず涙がツウと流れた。

「あかり?」
「え!」

 慌てて振り返ると、誉がいる。顔を赤くして突っ立っている姿は、余裕のあるいつもの姿とは違って見えた。

「あ、あの……っあ、その!」

 慌てて咥えていたタバコを揉み消す。

「火が消えてなかったよ! 危ないなあ!」

 急いで部屋から出ようとすると、誉が背後から抱き締めた。

「あかり、やっぱり駄目だ! 俺と結婚しないと駄目だ!」
「へ……?」

 誉はあかりが口を挟む隙を与えないまま、あかりに会えるのを目標に頑張って書いてきたと捲し立てる。

「年が離れてるし不安定な職業だし、だけどベストセラーになったからようやく言おうと思って来たんだよ!」

 誉は机の上に散乱した紙の山から茶色の線がある書類を取り出す。それは、夫の欄が全て埋められた婚姻届だった。

「あかりがいるから書ける。一生あかりの為に書く」

 いつになく真剣な眼差しの誉の言葉に、あかりはぼたぼたと涙を零しながら、幾度も頷いたのだった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

樹結理(きゆり)

おぅ!ここで終わり!?
イチャラブがー!(」´□`)」カモォォォォォォォォンッ!!!!!

2022.07.22 ミドリ

続きはR18で|・ω・*)チラ!
(存在しません

解除

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。