悪役令嬢ですが私のことは放っておいて下さい、私が欲しいのはマヨネーズどっぷりの料理なんですから

ミドリ

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(5)養鶏場

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 翌日から、私は意気揚々と養鶏場巡りを始めた。その全てに付き合っているホルガーは、私の目的がいまいち掴めないのだろう、どう考えても理解していなそうな表情を浮かべながら、私がひたすら見学を繰り返すのを後ろから見守っていた。

 この世界には、前世の世界にあった様な、規律然としたシステマチックな養鶏場は存在しない。なので、見るポイントとしては、まずは衛生状況だ。次いで、鶏達の健康状態。鶏達が元気一杯なら、きっと生む卵も美味しい筈であろう、という素人の憶測によるものである。

 つくづく、もっとマヨネーズについての見聞を深めてこなかったことが悔やまれてならない。

 そして、養鶏場訪問五件目となった五日目に、とうとう私は理想の養鶏場を見つけた。

「ホルガー!」

 私が笑顔で振り返ると、段々慣れてきたのか、ホルガーは鶏の前にしゃがんで人差し指を出しているところだった。ホルガーは、王都にいる時とは打って変わってラフな格好をしていて、それがまた爽やかさを演出しまくり、家の周りですれ違う町娘達が彼を見る度にキャーキャー言っている。私も、養鶏場を訪問するから、と町娘に毛が生えた程度のレベルのワンピースを着用しているから、遠目から見たら、私達が公爵家の人間だなんて誰も思わないだろう。

「なんだ?」

 ホルガーが、ふわりと笑った。彼も、王都にいる時よりも、大分表情が柔らかくなった。やはりあの陰謀や怨念が渦巻く王都は、特別無双したいと思っていない私やホルガーの様な人間にとっては、非常に住みにくい場所の様だ。

「この養鶏場と契約をするわ!」
「け、契約?」 

 穏やかだったホルガーの表情が、一瞬で引き攣ったものに変わった。ホルガーは立ち上がると、私の前にやって来て私の両肩を掴んだ。

「あのなナタ。お前がすっごい生き生きして養鶏場巡りをしてたから俺は何も言わなかったけどな、これだけは言わせてもらう」
「何よ」
「公爵令嬢が、いち養鶏場と契約を結ぶなんて聞いたことがない」

 ホルガーの表情は、真剣そのものだ。深窓のご令嬢なんてもう飽き飽きだった私は、ハッと鼻で笑った。

「ホルガー、私はこれから先、一人で生きていかないといけないのよ。分かる?」
「何言ってるんだよ、アルフレッドに振られたからって世捨て人みたいなことを」
「失礼ね、人生は捨ててないわよ! ――だからこれからは、人になんて合わせないで、私は好きなことをして生きるのよ!」

 私がきっぱりと言うと、ホルガーが更に困惑の表情になった。くるくると表情の変わる奴だ。こいつは、子供の頃からとにかく何でも顔に出る。

「これのどこがナタの好きなことなんだ? お前、農家になりたかったのか?」
「違うのよホルガー」

 私はホルガーの両腕に手を添えると、半分ウソも交えて説明を始めた。

「もういつのことかは覚えてないんだけど、子供の頃に一度だけ口にした幻の調味料の味が、どうしても忘れられないの」

 前世だ何だと言うと、今度こそ頭のおかしい奴だと思われて、外出禁止になってしまいそうだ。だから、ホルガーには口が裂けてもそんなことは言えない。ただでさえ最近エスカレート気味のこいつの過保護具合に、ただ拍車がかかるだけだ。

「幻の……調味料?」

 不思議そうなホルガーに、私は真剣な顔で頷いてみせた。

「マヨネーズという調味料なの。原材料が卵なのは覚えてるんだけど、それがどうやって作られたのか、どうしても分からないのよ。だから、まずは健康的な卵を確保して、それからマヨネーズ作りの研究をしたいの」
「マヨネーズ……聞いたことがないな」

 それはそうだろう。この世界には存在しない。私は重々しく頷いてみせた。

「幻の逸品よ」

 すると、ホルガーも少しは興味を惹かれた様だ。

「そんなに美味いのか?」
「もう、半端なく」

 よし、この勢いでお前も乗るんだ。研究には人数が必要だ。私一人では思いつかないようなアイデアだって、時には必要かもしれないのだから。

 冷静にこの場を見たら、公爵令嬢が公爵令息を言いくるめてマヨネーズ作りの人手の足りなさをカバーしようとしているとんでもない状況であるが、私は気にしない。

 こいつは、いずれは自分の領地を治める領主になるだろうが、今は父親が領地を治めていて、やっている仕事といえば手伝いの書類仕事程度と聞いている。私の傷心療養避暑地滞在にいきなり翌日から付き合える位だ、はっきり言って暇人である。

 私は、出来るだけホルガーの庇護欲を引き出せる様、出来得る限りの可愛らしい声を出した。王宮で鍛えたこの逞しさが、こんな風に役に立つ日が来るとは。

「ホルガーお願い。貴方だけが頼りなの……!」
「ナタ……」
「一緒にマヨネーズ作りを手伝って欲しいの!」

 ごくり、とホルガーが唾を呑み込む音がした。私は目を逸らさない。先に目を逸らした方の負けだ。

「……俺は、ナタの力になれるのか?」
「ええ、勿論よ!」

 主に、かき混ぜ係として。泡立て器でひたすらかき混ぜるには、紛れもなく体力が必要だ。そして今、私にその体力はない。日頃剣術の修行にいそしむホルガーは、正に適任だった。

「……ナタの役に、立てるなら」

 ホルガーが、覚悟を決めたかの様な表情でしっかりと頷いた。よし。いい子だホルガー。四歳年上のもうすぐ二十歳のお兄ちゃんだが、前世の記憶を保有する私にとっては可愛いイケメンに過ぎない。

「ありがとうホルガー! 大好き!」

 力仕事を担える人員を確保出来た私は、喜びのままにホルガーに抱きついた。

「えっだ、大好き……ははっ」

 胸に抱きつかれておっかなびっくりだったホルガーは、驚いた表情を浮かべつつも、そっと私を抱き締め返したのだった。
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