悪役令嬢ですが私のことは放っておいて下さい、私が欲しいのはマヨネーズどっぷりの料理なんですから

ミドリ

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(14)ホルガーの宝物

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 ホルガーが怒気を顕にすると、レオンが少し怖い位の真剣な表情になって、言った。

「なんだ、ちゃんと気概があるじゃないか」
「……は?」

 一触即発の雰囲気に、私はハラハラとしながらただ二人を交互に見るしか出来なかった。なんでこの二人、いきなり喧嘩を始めるんだろうか。まあ喧嘩を売っているのはどう見てもレオンの方だが。

 レオンが、ホルガーを睨みつけながら言った。

「いいか、昨日はな、俺がいなかったらこいつは無事じゃいられなかった。俺がたまたま通りがかったからよかったが、そうでなけりゃあこいつは今頃手篭めにされてた可能性だってあるんだぞ」

 レオンの言葉に、ホルガーがハッとして握り締めていた拳の力を緩めた。私を見る目は、何だか捨てられた子犬の様だ。

「この街の治安はいいと聞いていたが、それでもああいう奴らはいる。どこに行ったっているんだよ。消えてなくなることはない」
「……何が言いたいんだ」

 ホルガーの怒りはみるみる内に萎んでいく。それと共に、拳も下に降ろされた。

「こいつが大事なら、荷物なんてその場に捨てて、金も諦める位の覚悟を持てと言ってるんだよ。そんな覚悟もなくてこの先こいつを守れるのか? 優しくしてやるだけが守るってことじゃあねえだろ」
「あ……」

 レオンの言葉に、ホルガーがしゅんとしてしまった。

 レオンは頭をグシャッと触ると、そのままぐしゃぐしゃにした。

「あーっもう! 面倒臭え奴だな! 王太子に啖呵を切った時くらいの意気込みでいりゃあいいんだって言ってるだけだよ! 大切なら手を離すな、手を離すならすっぱりと諦めろ! 中途半端に周りを彷徨かれても相手は迷惑だってことだよ!」
「え……? ちょっと待てレオン、お前アルフレッドとのことをどうして知って」
「風の噂だ、風の噂! ほら行くぞ! 守りたいならなりふり構わず使えるものを全部使え!」

 レオンはそう言うと、エプロンを乱雑に椅子に投げ、スタスタと玄関のドアに向かった。ホルガーが、レオンの背中に問いかける。

「レオンは、その、大切なものを失ったのか?」

 すると、レオンがピタリと止まった。暫くして顔だけ振り返ると、半ば睨みつけながら言った。

「俺は、他の奴の熱意に負けた。争う程執着出来なかった、だから譲った。それだけだ」

 そしてまた前を向くと、ドアを開けて私達が来るのを待つ。私が外に出、次いでホルガーも外に出ると、レオンが鍵を掛けた。

 スタスタと街の中心へと向かう背中を、再びホルガーに握られた手を引っ張られながらついていく。

 私は、今起きたばかりの出来事とレオンの言葉の意味について、考えていた。

 レオンは、昨日ホルガーがスリを追いかけてナタをその場に置いていってしまったことに対し、苦言を呈したのだろう。この街は治安がいいとは聞いていたが、それはきっと私やホルガーの様なリッチな身なりの人間には、適用されない条件だったのだ。
 
 立ち振る舞いは洗練されているレオンだって、よく見たら着ているものは町人のものと大して変わらないレベルのものだ。いくら服装で誤魔化しても、育ちの良さというのが自然と滲み出てしまうとしたら、シンプルとはいえいい素材の服を着用していた私達は、街中で相当浮いていたことになる。

 これは、もう少し服装のレベルダウンを試みるしかなさそうだ。でないとおちおち材料の買い出しにすらいけない。執事のシュタインは反対しそうだが、ここは何とかホルガーに頑張ってもらうしかないだろう。

 私は、口を真一文字にきゅっと結んだままのホルガーの横顔を見上げた。帰りに街中で服を買おう、とこいつには話をしなければならない。私がそう思って口を開こうとした時、そういえば、大切なら手を離すな、とレオンに怒鳴られても、ホルガーがそのことについては一切否定していなかったことに気が付いた。

 大切……まあ、従兄弟だし、幼馴染でもある。私にとってもホルガーは血の繋がった心の友だし、大切と言われれば確かに大切だ。そういう意味だろう。決してそこには怪しい感情なんかない、筈だ。

 レオンが余計なことを言ったが為に、お互い妙に意識をして、折角の気安いホルガーとのこの心地よい関係を崩したくはなかった。

 なので、私はホルガーに笑いかけた。とりあえず誤解は早目に解いておくに限る。

「にしても、レオンてば何か勘違いしてない? 私達が従兄弟同士って知ってなかったかしら?」

 ホルガーがアルフレッドに噛み付いた話を知っているならば、それが私の従兄弟だったからということも、当然聞いているだろうに。

 私がそう言うと、ホルガーはただ薄っすらと笑っただけだった。そしてまた前を向くと、忙しなく道をすれ違う町民達から私を庇う様にして、少し前に出た。朝の街は、賑やかだ。これから仕事に赴く人間が多いのだろう。

「なによその笑い」

 我が従兄弟ながら、時折こいつの行動が読めない時がある。

 私の言葉に、ホルガーはもう一度私を見下ろすと、サラッと言った。

「ナタは俺の宝物だから、勘違いじゃない」
「……は?」

 私がぽかんと口を開けると、ホルガーがあは、と笑った。

「俺がアルフレッドに言ったこと、聞いてただろ? ナタを一生守っていくって」
「まあ、言ってたわね」

 でもあれは、演技に熱が入りすぎたホルガーが自分に酔ったが為の台詞な筈じゃ。私は内心焦り始めた。こんな質問、しなければよかった。

 急に、繋いでいる手の存在を強烈に感じ始める。よく考えたら、いくら昨日危なかったからといって、成人している従兄弟同士がこうも堂々と手を繋いでいるのはおかしいんじゃないか?

「あんな馬鹿王子に、ナタは勿体ない。ナタの良さは俺が一番よく知っているんだから、自信を持てよ。ナタは今はよく食べてよく寝て、マヨネーズを完成させることだけに注力すればいいからさ」
「はあ」

 ホルガーは言いたいことだけ言うと、また前を向いて口を閉じてしまった。

 私はそんなホルガーの横顔を見上げつつ、首を傾げた。要は、心配してるからさっさと元気になれということだろうか?

 結局よく分からないまま、私ももうそれ以外尋ねるのはめることにした。

 そしてこの時、私は初めてホルガーも一人の男性だということに思い至ったのだった。
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