悪役令嬢ですが私のことは放っておいて下さい、私が欲しいのはマヨネーズどっぷりの料理なんですから

ミドリ

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(61)玉子料理

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 アルフレッドの狂気じみた宣言の、翌日。

「ナタ様、おはようございます!」

 侍女のエミリが、可愛らしいそばかすの顔に笑顔を浮かべ、私が閉じ込められている部屋にカートを押しながら入ってきた。私は思わず立ち上がると、エミリに駆け寄る。

「エミリ!? どうして! 駄目じゃない入ってきちゃ!」

 公爵令嬢の振る舞いなんてすっかり頭から抜け落ちてしまい、私は笑顔のエミリの腕をつかむと外に押し出そうとぐいぐいと引っ張った。が、エミリは細い身体に見合わず力持ちの様で、びくともしない。

 そして、私の手にそっと触れると、にっこりと笑って言った。

「ナタ様が昨日アルフレッド様に進言していただいたお陰で、今日から女性の兵が身体検査を行なう様になったんです!」
「え? 本当!?」

 私が驚くと、エミリがこくこくと嬉しそうに頷いた。

「はい! しかも、あのいやらしい顔をしていた兵は、ナタ様への反抗的な態度を同僚の方から報告されてしまい、王城内の警備から辺境警備に異動になりました!」
「そ、そうなの?」

 アルフレッドは、頭のおかしな奴ではあるが、判断は早い。自身の評判を落とすことになると私が言ったことで、ここを拒否しても自分にとってプラスとならないと即座に判断したのだろう。あのネジ曲がった自己都合満載の思考回路さえなければ、名君たる素質を持っているのだ。本来、原作でもそう書かれていた筈なのに、何がとち狂ってこうなってしまったのか。

 だが、これで外の情報が入りやすくなる。それだけで、どうしても沈みがちだった私の気分も少し上向きになってくるのだから、やはり人と接する機会というのは大事だ。

「では朝餉あさげの支度を致しますので、ナタ様はお座りになられて下さいまし」

 ふふ、とエミリが笑うので、ようやく私の顔にも笑顔が浮かんだ。

「お父様とホルガーの様子は、何か分かったのかしら?」

 ずっと気になっていた二人の安否だ。アルフレッドのあの様子だと、多分解放してくれたのだとは思うが、いまいち自信が持てなかった。

 すると、エミリが安心させる様な微笑みで教えてくれた。

「昨日夕方、ゴードン様とその他の元老院の方々及び宰相様が解放されました。ホルガー様は、夜になってからとのことでしたが、無事にお出になられましたよ!」
「本当!? よ、よかった……!」

 ほっとした私は、ずるずると椅子から滑り落ちそうになってしまった。ああ、よかった。これで後は何のうれいもなくただ待つことが出来る。

 ずり落ちそうになった私を慌てて引っ張り上げたエミリは、そうそう、と続けた。

「ホルガー様をなかなか解放されなかったのは、アルフレッド様がやきもちを焼かれたからなんじゃないかって噂が立ったんですよお!」
「へ?」

 予想だにしない言葉に、公爵令嬢らしからぬ声が出てしまった。私は慌ててコホン、と咳払いをひとつする。エミリは大して気にしていないのか、ペラペラとお喋りを始めた。

「私も噂で聞いているだけなんですけど、ほら、アルフレッド様の生誕祭の時に、ホルガー様がナタ様を一生守り続けるってアルフレッド様に誓ったそうじゃないですか!」
「ち、誓ったって訳じゃないと……」
「いやだナタ様ったら照れちゃって!」

 喋りながらも、手は淀みなく動く。

「それでですね、私達使用人の間では、ホルガー様だけ長く留め置きされたのは、ナタ様がアルフレッド様と元サヤに納まりそうなのに、自分の女のナタ様に岡惚れしているホルガー様のことをよく思われてないからなんじゃないかって!」
「はあ……?」
「あ! 勿論私はナタ様のお気持ちを存じ上げておりますから、元サヤなんて望んでいらっしゃらないことは分かってます!」
「あ、うん」
「ですが、アルフレッド様が望んでいる以上、アルフレッド様はナタ様に未練たらたらなのかと!」
「は、はあ……」

 アルフレッドのあれは、やきもちなどではない筈だ。単純に、独占欲からくるものだと私は思っている。自分が好かれない筈がない、だけど私からの好意はないと思っていた、なので切り捨てようとした。でも役に立つから、だったら自分が許せば好きになる筈、という論理だ。何故なら、アルフレッドは今をときめく王太子だから。奴の基準は、身分が全てだから。

 それに、アルフレッドには、愛すべきアンジェリカという存在がいる。だから、私へのやきもちなど存在し得る筈もない。あとは。

「ホルガーは私の従兄弟よ? 岡惚れって、なあにそれ」

 噂の内容が現実とあまりにもかけ離れていて、私は思わず笑ってしまった。ホルガーは、私の兄の様な存在だ。私のことが放っておけないのは、彼が私の血縁で妹の様に思ってくれているからであり、そこには他の人間が勘ぐる様な恋愛感情などある筈もない。もしそんなのがあったら、ああも平然と王太子の婚約者であった私の元を頻繁ひんぱんに訪れて楽しく会話などしただろうか。

 私だったら、そんな生き地獄は耐えられない。子供に毛の生えた程度の恋愛経験しかないが、それでもそれ位は分かった。好きな相手が他の人間と結婚しようとしているのに、にこにこなんて出来ない。

 だから、ホルガーは私のことは妹として心配しているのだ。そこには皆が期待するような色恋沙汰は起こり得ない。

「そうなんですか? でも、ホルガー様ってかなりナタ様を大事にされているってもっぱらの噂でしたけど」
「まあ、大事にはされてるけど、そういうのじゃないわよ。いやねえ」

 エミリはやや不満そうだが、事実なのだから仕方あるまい。私はこの話はもうおしまいにすべく、目の前に用意された朝食に向き合うことにした。サラダにパンにスープと、これはオムレツか。

 オムレツを見て、急に愛おしさと懐かしさがこみ上げてきた。ジワリとにじむ涙を、まばたきをして誤魔化す。

 私はオムレツにナイフを入れると、フォークで掬ってひと口食べた。玉子料理は、いっぱい作った。お昼はレオンとホルガーが、夜のものは朝になるとレオンがどれだけ美味しかったのかを事細かに教えてくれた。

 ボロボロと、泣きたくないのに涙があふれ、あごつたってオムレツの上に落ちてしまった。エミリはお茶を淹れる為、今は背中を向けている。私は急いで手の甲で涙を拭いたが、次から次へと溢れ出して止まらない。

 まずい、今は振り向かないでくれ。こんな状況、これまでの長年の苦労に比べたら屁でもないんだから。

「ナタ様、お飲み物を――」

 エミリが振り返ると、はっと息を呑んだ。

「あっいやっあははっ! 違うのこれはね……」

 私が慌てて取り繕おうとすると、エミリがキッとなって言った。

「ナタ様! ご無礼をお許し下さいませ!」

 エミリはそう言うと、がばっと私の頭を抱き寄せた。あ、この子思ったよりも胸がある。羨ましい。

 でも、私がこれと同じだけ増えたとしても、今後触れるのがアルフレッドだけならば、要らない。

「ナタ様、大丈夫です、きっとホルガー様がお助け下さいますから……!」
「うっ……ううーっ」

 泣くまいと思えば思う程、涙は止めどなく溢れ続け。


 その日から、私は全くお腹が空かなくなってしまったのだった。
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