73 / 73
(73)先の話は決まっていないから
しおりを挟む
レオンがあまりにも不安そうな顔をしていたので、私は更なる笑いは堪えながら、婚約誓約書にサインをした。こんなに気軽にサインしていいものかとは思ったが、ほっとしたレオンの顔を見られたから、きっとまあいいのだろう。
婚約誓約書は、再びナッシュが預かることとなった。ウルカーンの王城で厳重に保管されることになるそうで、次に拝めるのは婚姻の時だとか。
このままいくと、私はいずれはウルカーン王国の次期王妃となってしまう訳だが、こんなに自由でのんびりとした王子が育った国だ。きっと、なんとかなるだろう。というか、レオンって本当に王子なのだろうか? まだまだ疑わしいなと思ってレオンのほっぺをつねろうと手を伸ばしたら、手を掴まれて手のひらにキスされてしまった。……うん。
私達が王の間から出ると、そこにはエミリの兄だという見張りの兵に連れられたエミリが立っていた。
「エミリ!」
「ナタ様あああっ!」
首に巻かれた包帯が痛々しい。イシスの王家のメンバーと宰相に元老院のメンバーである父は、王の間に残って今後の打ち合わせを行なうことになったので、私と共に外に出たのはレオン、ホルガーにナッシュだけだ。次回会合を国王と取り付けはしたが、レオンは仰々しいのは嫌いだと見送りを拒否した。この辺りも、実にレオンらしいな、と私は好感が持てた。若干贔屓目に見てしまっているかもしれないが。
駆け寄ろうとしていたエミリが、私の後ろをビクビクしながら見て立ち止まったのは、きっとアルフレッドを恐れてのことだろう。だから私の方からエミリに駆け寄り、エミリに抱きついた。
「エミリ、怖かったでしょう……! もう大丈夫だから、安心して頂戴!」
「え!? では、ホルガー様ととうとう……!?」
エミリが期待に満ちた目で、私とホルガーを交互に見る。すると、レオンがツカツカとやってくると、私の頭を引き寄せ自分の頬を付けた。
「ホルガーじゃない、俺だ」
エミリは、突然王の間から現れた見知らぬ黒髪の他国の軍服を着た男を、不審げに見上げた。
「ナタ様、こちらの方は一体?」
「あ、あのねエミリ、この人はレオンといって」
「レオン……?」
ホルガー推しだったエミリにとって、私がホルガー以外の男を選択するという可能性は考えていなかったらしい。私の腕を引っ張ると、自分の方に手繰り寄せようとした。
「ナタ様のお話からは一度も聞かなかったお名前ですが」
ツンと澄ましたエミリがそう言うと、レオンが慌てて私に尋ねてきた。
「おいナタ、どういうことだ? お前、もしかして俺と会いたいと思ってなかったのか?」
焦り具合がレオンにしては珍しくて、私はおかしくなって笑ってしまった。
「いやね、ちゃんと思ったわよ。エミリの黒髪を見る度に、レオンを思い出したわ。でも、口に出したら泣いちゃいそうだったから」
すると、エミリがハッとして自分の髪に手を触れた。じわりと目に涙を浮かばせると、私の手を握る。
「ナタ様……そうだったんですね。このエミリ、そんなことはちっとも気付かず……っ」
そりゃ、言われなきゃ分からないだろう。この子は本当に気の優しい子だ。私はほっこりしたところで、レオンの紹介の続きをすることにした。
「エミリ、レオンはね、ウルカーン王国の王太子で」
私が続けようとすると、レオンが食い気味に言った。
「たった今さっきナタと婚約した男だ!」
「え? 王太子? こ、婚約? ではホルガー様は……?」
エミリが、信じられないといった表情で少し離れたところに立っているホルガーの方を見る。すると、ホルガーが腕組みをしながらレオンを見つめた。
「……まだ、結婚した訳じゃないよな」
ボソリと言ったホルガーの言葉に、レオンの目がすっと細められる。
「――ほう?」
それに対し、ホルガーは挑戦的な目つきで続けた。
「なりふり構わず利用しろと言ったのはレオンだったから利用させてもらったけど、いきなり他国に赴いて人付き合いが得意じゃないナタがうまくやっていけるかというと、正直俺は疑わしいと思う」
「――なんだって?」
「ちょ、ちょっと二人とも?」
折角のエミリとの再会ハッピーモードが、ホルガーとレオンの初期の頃の様な雰囲気に逆戻りしているではないか。
「それに、マヨネーズ作りはまだこれからが本番だろう?」
ホルガーが、今度は私を見ながら尋ねた。確かにそれはそうだ。
「マヨネーズ工房を立ち上げたいのよね! そして色んな味のマヨネーズを作って、いずれはマヨネーズ界の女王になりたい!」
「――ほら、だってさ」
ホルガーが、にこやかな笑みを浮かべながらレオンに言う。レオンはぽかんとしてそれを聞いていたが、やがて挑むような笑顔になると、私の肩を抱き寄せた。
「言っておくが、俺だって手に入れた以上もう離す気はないぞ」
「そんなの、実際に結婚するまでは分からないじゃないか。なんせ前例があるからな」
前例。確かに、私はすでに一度アルフレッドと婚約破棄をしている。出来れば二度目はないに越したことはないが。そんなことまで気にするとは、ホルガーはやはり過保護だ。
「ということで、俺もナタと一緒にウルカーンに行くから!」
ホルガーが、にこにこと私に笑いかける。
「え、でも、ホルガーは跡継ぎでしょ? 国を離れちゃ拙いんじゃ」
「なに、ウルカーンは大国だからね、領地経営に必要なことが学べると思うんだ。期間限定なら、父さんも許してくれるだろうし」
先程まで少し落ち込んでいた様に見えたホルガーは、今やすっかり普段のホルガーに戻っている。私がアルフレッドから解放されて、ホッとしたのだろう。本当に心優しい従兄弟だ。
なので、私はホルガーのやる気を応援することに決めた。
「そうね! 色々大国のことを学べれば、スチュワート家の領地ももっと潤うに違いないものね! 私、ホルガーを全面的に支持するわ!」
すると、このやり取りを一所懸命聞いていたエミリが、勢いよく挙手した。
「はい! 私も行きます! 行かせていただきます! ナタ様について行きます! 行かせて下さい!」
そして、その勢いのまま私に抱きついてきた。綺麗な黄銅色の瞳を輝かせ、懇願する様に囁く。
「ナタ様……貴女様の傍にいたいのです……!」
「エミリ……! いいの?」
「勿論です!」
エミリは、数少ない私を理解してくれる心優しい女性だ。そんな彼女が一緒にウルカーンに行ってくれるなら、これ程心強いことはないだろう。
すると、ホルガーがにこにことエミリに話しかけた。
「よし、そうと決まれば早速手続きだ! 大丈夫、俺が掛け合ってこれまでの賃金もしっかり交渉してみせるから、えーと」
「エミリです、ホルガー様」
「エミリだね、荷物を今日中にまとめて、ナタの家に移動だ!」
「はい! ホルガー様!」
ご機嫌な二人は、「あとでナタの家で!」と言うと、給金交渉をしに行ってしまった。
それを眺めていたナッシュが、これまた楽しそうに笑う。
「あーあ。いいんですか? レオン様」
それに対し、レオンも笑顔で返した。
「ま、いいんじゃないか? 俺達はマヨネーズ研究の同志だしな」
「強気なことで。……まあいいや、そうしたら僕は馬車の手配をしてきますので、こちらでお待ち下さい」
「ああ、頼んだ」
やはりどう考えても、ナッシュがやっているのは禁軍将軍のやることではない。待遇改善は、確かに必要なのかもしれなかった。
閉じられた王の間の前で、私達は二人きりになってしまい暫し無言になる。その沈黙に耐えられず、私は前から疑問に思っていたことをレオンに尋ねることにした。
「そ、そういえば、なんでレオンはアルフレッドの生誕祭の後も国に戻らないでシラウスの街にいたの?」
私の質問に、レオンがポリポリと指でこめかみを掻く。
「いや……俺も婚約破棄をしただろう?」
「そういやそうだったわね」
「そういやって……まあいい。で、国にいると次から次へと見合い話がやってくるんだが、大人しい癖に気位の高い令嬢にどうしても惹かれなくてな」
まあ、面白いからとマヨネーズ研究に名乗りを上げる位だ、レオン自体が変わり者ともいえる。普通の令嬢では、レオンの相手は務まらないだろう。
なんせ、初対面の私を酒樽の様に運んだ男である。令嬢を肩に担ぐこと自体が、普通はあり得ない。
レオンは、淡々と続ける。
「アルフレッドの生誕祭を口実に、暫く遊学すると言って帰国を先延ばしにしてたんだ」
「禁軍将軍を連れて?」
私が目だけ笑いながらそう尋ねると、レオンも目だけで笑い返した。
「よく気付いたな。そう、禁軍将軍を連れてだ。あいつも軍部のあれこれに嫌気が差してたみたいだから、とても協力的だったぞ」
ナッシュは若い。若いのに頂点に近いところに立つのだから、周りの反発も多いのだろう。
「じゃあ、私とレオンは本当に偶然に知り合うことが出来たのね」
この奇跡に純粋に驚いていると。
レオンが、私の耳に口を近付け、怒っている様な照れている様ないつものあの顔になった。
「ナタ、俺のことはまあいいんだ。それより俺は気になっていることがあってだな」
「気になってること? 何よ」
レオンの頬が、赤くなってきている。どうしたのだろうか。
「お前が言わないから、俺はまだ不安なんだ」
「へ?」
また間抜けな声が出た。どうも私は、レオンの前だと素の自分になってしまうらしい。
レオンが、私の両肩に手を置く。ひたすら青い瞳が、切なそうに煌めいた。
「俺は、ナタが好きだ。だけど、ナタはどうなんだ? 俺のことを、好きでいてくれてるんだろうか?」
「あ……っ」
「あってなんだ、あって」
「そうか、そうよね、別にレオンには言ったって構わなかったのよね」
「?」
私はひとり、すとんと腑に落ちる感覚を味わっていた。
そうだ、アルフレッドの時とは違い、私はもう自分の感情を言っても良かったのだ。ここはもう、決められた未来が待ち受けている小説の世界ではないのだから。
もう、この先の話は何も決まっていない。これからは、私は自分で道を切り開いていくのだから。
レオンと一緒に。
「ナタ?」
訳が分からないのだろう、レオンの瞳が泣きそうな子供の様に揺れ動く。
愛しさが、溢れた。
「レオン、好きよ」
「ーーえ?」
レオンが、理解が出来なかったのか、問い返す。
全く、これを問い返すのか? 呆れもしたが、これがレオンらしくもある。
私は笑いながらレオンの頬を手で挟むと、驚いた表情のレオンの顔を引っ張り寄せた。
「好きって言ったのよ、今度はちゃんと聞こえた?」
キョトンとしていたレオンの顔に、少しずつ笑みが浮かび。
「ああ、聞こえた」
レオンは私の肩を抱き寄せると、もうどこにも逃がさないとばかりに、私をきつくきつく抱き締めたのだった。
婚約誓約書は、再びナッシュが預かることとなった。ウルカーンの王城で厳重に保管されることになるそうで、次に拝めるのは婚姻の時だとか。
このままいくと、私はいずれはウルカーン王国の次期王妃となってしまう訳だが、こんなに自由でのんびりとした王子が育った国だ。きっと、なんとかなるだろう。というか、レオンって本当に王子なのだろうか? まだまだ疑わしいなと思ってレオンのほっぺをつねろうと手を伸ばしたら、手を掴まれて手のひらにキスされてしまった。……うん。
私達が王の間から出ると、そこにはエミリの兄だという見張りの兵に連れられたエミリが立っていた。
「エミリ!」
「ナタ様あああっ!」
首に巻かれた包帯が痛々しい。イシスの王家のメンバーと宰相に元老院のメンバーである父は、王の間に残って今後の打ち合わせを行なうことになったので、私と共に外に出たのはレオン、ホルガーにナッシュだけだ。次回会合を国王と取り付けはしたが、レオンは仰々しいのは嫌いだと見送りを拒否した。この辺りも、実にレオンらしいな、と私は好感が持てた。若干贔屓目に見てしまっているかもしれないが。
駆け寄ろうとしていたエミリが、私の後ろをビクビクしながら見て立ち止まったのは、きっとアルフレッドを恐れてのことだろう。だから私の方からエミリに駆け寄り、エミリに抱きついた。
「エミリ、怖かったでしょう……! もう大丈夫だから、安心して頂戴!」
「え!? では、ホルガー様ととうとう……!?」
エミリが期待に満ちた目で、私とホルガーを交互に見る。すると、レオンがツカツカとやってくると、私の頭を引き寄せ自分の頬を付けた。
「ホルガーじゃない、俺だ」
エミリは、突然王の間から現れた見知らぬ黒髪の他国の軍服を着た男を、不審げに見上げた。
「ナタ様、こちらの方は一体?」
「あ、あのねエミリ、この人はレオンといって」
「レオン……?」
ホルガー推しだったエミリにとって、私がホルガー以外の男を選択するという可能性は考えていなかったらしい。私の腕を引っ張ると、自分の方に手繰り寄せようとした。
「ナタ様のお話からは一度も聞かなかったお名前ですが」
ツンと澄ましたエミリがそう言うと、レオンが慌てて私に尋ねてきた。
「おいナタ、どういうことだ? お前、もしかして俺と会いたいと思ってなかったのか?」
焦り具合がレオンにしては珍しくて、私はおかしくなって笑ってしまった。
「いやね、ちゃんと思ったわよ。エミリの黒髪を見る度に、レオンを思い出したわ。でも、口に出したら泣いちゃいそうだったから」
すると、エミリがハッとして自分の髪に手を触れた。じわりと目に涙を浮かばせると、私の手を握る。
「ナタ様……そうだったんですね。このエミリ、そんなことはちっとも気付かず……っ」
そりゃ、言われなきゃ分からないだろう。この子は本当に気の優しい子だ。私はほっこりしたところで、レオンの紹介の続きをすることにした。
「エミリ、レオンはね、ウルカーン王国の王太子で」
私が続けようとすると、レオンが食い気味に言った。
「たった今さっきナタと婚約した男だ!」
「え? 王太子? こ、婚約? ではホルガー様は……?」
エミリが、信じられないといった表情で少し離れたところに立っているホルガーの方を見る。すると、ホルガーが腕組みをしながらレオンを見つめた。
「……まだ、結婚した訳じゃないよな」
ボソリと言ったホルガーの言葉に、レオンの目がすっと細められる。
「――ほう?」
それに対し、ホルガーは挑戦的な目つきで続けた。
「なりふり構わず利用しろと言ったのはレオンだったから利用させてもらったけど、いきなり他国に赴いて人付き合いが得意じゃないナタがうまくやっていけるかというと、正直俺は疑わしいと思う」
「――なんだって?」
「ちょ、ちょっと二人とも?」
折角のエミリとの再会ハッピーモードが、ホルガーとレオンの初期の頃の様な雰囲気に逆戻りしているではないか。
「それに、マヨネーズ作りはまだこれからが本番だろう?」
ホルガーが、今度は私を見ながら尋ねた。確かにそれはそうだ。
「マヨネーズ工房を立ち上げたいのよね! そして色んな味のマヨネーズを作って、いずれはマヨネーズ界の女王になりたい!」
「――ほら、だってさ」
ホルガーが、にこやかな笑みを浮かべながらレオンに言う。レオンはぽかんとしてそれを聞いていたが、やがて挑むような笑顔になると、私の肩を抱き寄せた。
「言っておくが、俺だって手に入れた以上もう離す気はないぞ」
「そんなの、実際に結婚するまでは分からないじゃないか。なんせ前例があるからな」
前例。確かに、私はすでに一度アルフレッドと婚約破棄をしている。出来れば二度目はないに越したことはないが。そんなことまで気にするとは、ホルガーはやはり過保護だ。
「ということで、俺もナタと一緒にウルカーンに行くから!」
ホルガーが、にこにこと私に笑いかける。
「え、でも、ホルガーは跡継ぎでしょ? 国を離れちゃ拙いんじゃ」
「なに、ウルカーンは大国だからね、領地経営に必要なことが学べると思うんだ。期間限定なら、父さんも許してくれるだろうし」
先程まで少し落ち込んでいた様に見えたホルガーは、今やすっかり普段のホルガーに戻っている。私がアルフレッドから解放されて、ホッとしたのだろう。本当に心優しい従兄弟だ。
なので、私はホルガーのやる気を応援することに決めた。
「そうね! 色々大国のことを学べれば、スチュワート家の領地ももっと潤うに違いないものね! 私、ホルガーを全面的に支持するわ!」
すると、このやり取りを一所懸命聞いていたエミリが、勢いよく挙手した。
「はい! 私も行きます! 行かせていただきます! ナタ様について行きます! 行かせて下さい!」
そして、その勢いのまま私に抱きついてきた。綺麗な黄銅色の瞳を輝かせ、懇願する様に囁く。
「ナタ様……貴女様の傍にいたいのです……!」
「エミリ……! いいの?」
「勿論です!」
エミリは、数少ない私を理解してくれる心優しい女性だ。そんな彼女が一緒にウルカーンに行ってくれるなら、これ程心強いことはないだろう。
すると、ホルガーがにこにことエミリに話しかけた。
「よし、そうと決まれば早速手続きだ! 大丈夫、俺が掛け合ってこれまでの賃金もしっかり交渉してみせるから、えーと」
「エミリです、ホルガー様」
「エミリだね、荷物を今日中にまとめて、ナタの家に移動だ!」
「はい! ホルガー様!」
ご機嫌な二人は、「あとでナタの家で!」と言うと、給金交渉をしに行ってしまった。
それを眺めていたナッシュが、これまた楽しそうに笑う。
「あーあ。いいんですか? レオン様」
それに対し、レオンも笑顔で返した。
「ま、いいんじゃないか? 俺達はマヨネーズ研究の同志だしな」
「強気なことで。……まあいいや、そうしたら僕は馬車の手配をしてきますので、こちらでお待ち下さい」
「ああ、頼んだ」
やはりどう考えても、ナッシュがやっているのは禁軍将軍のやることではない。待遇改善は、確かに必要なのかもしれなかった。
閉じられた王の間の前で、私達は二人きりになってしまい暫し無言になる。その沈黙に耐えられず、私は前から疑問に思っていたことをレオンに尋ねることにした。
「そ、そういえば、なんでレオンはアルフレッドの生誕祭の後も国に戻らないでシラウスの街にいたの?」
私の質問に、レオンがポリポリと指でこめかみを掻く。
「いや……俺も婚約破棄をしただろう?」
「そういやそうだったわね」
「そういやって……まあいい。で、国にいると次から次へと見合い話がやってくるんだが、大人しい癖に気位の高い令嬢にどうしても惹かれなくてな」
まあ、面白いからとマヨネーズ研究に名乗りを上げる位だ、レオン自体が変わり者ともいえる。普通の令嬢では、レオンの相手は務まらないだろう。
なんせ、初対面の私を酒樽の様に運んだ男である。令嬢を肩に担ぐこと自体が、普通はあり得ない。
レオンは、淡々と続ける。
「アルフレッドの生誕祭を口実に、暫く遊学すると言って帰国を先延ばしにしてたんだ」
「禁軍将軍を連れて?」
私が目だけ笑いながらそう尋ねると、レオンも目だけで笑い返した。
「よく気付いたな。そう、禁軍将軍を連れてだ。あいつも軍部のあれこれに嫌気が差してたみたいだから、とても協力的だったぞ」
ナッシュは若い。若いのに頂点に近いところに立つのだから、周りの反発も多いのだろう。
「じゃあ、私とレオンは本当に偶然に知り合うことが出来たのね」
この奇跡に純粋に驚いていると。
レオンが、私の耳に口を近付け、怒っている様な照れている様ないつものあの顔になった。
「ナタ、俺のことはまあいいんだ。それより俺は気になっていることがあってだな」
「気になってること? 何よ」
レオンの頬が、赤くなってきている。どうしたのだろうか。
「お前が言わないから、俺はまだ不安なんだ」
「へ?」
また間抜けな声が出た。どうも私は、レオンの前だと素の自分になってしまうらしい。
レオンが、私の両肩に手を置く。ひたすら青い瞳が、切なそうに煌めいた。
「俺は、ナタが好きだ。だけど、ナタはどうなんだ? 俺のことを、好きでいてくれてるんだろうか?」
「あ……っ」
「あってなんだ、あって」
「そうか、そうよね、別にレオンには言ったって構わなかったのよね」
「?」
私はひとり、すとんと腑に落ちる感覚を味わっていた。
そうだ、アルフレッドの時とは違い、私はもう自分の感情を言っても良かったのだ。ここはもう、決められた未来が待ち受けている小説の世界ではないのだから。
もう、この先の話は何も決まっていない。これからは、私は自分で道を切り開いていくのだから。
レオンと一緒に。
「ナタ?」
訳が分からないのだろう、レオンの瞳が泣きそうな子供の様に揺れ動く。
愛しさが、溢れた。
「レオン、好きよ」
「ーーえ?」
レオンが、理解が出来なかったのか、問い返す。
全く、これを問い返すのか? 呆れもしたが、これがレオンらしくもある。
私は笑いながらレオンの頬を手で挟むと、驚いた表情のレオンの顔を引っ張り寄せた。
「好きって言ったのよ、今度はちゃんと聞こえた?」
キョトンとしていたレオンの顔に、少しずつ笑みが浮かび。
「ああ、聞こえた」
レオンは私の肩を抱き寄せると、もうどこにも逃がさないとばかりに、私をきつくきつく抱き締めたのだった。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(12件)
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。
aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!
木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。
胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。
けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。
勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに……
『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。
子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。
逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。
時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。
これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday
悪役令嬢が行方不明!?
mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。
※初めての悪役令嬢物です。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
第三王子の「運命の相手」は追放された王太子の元婚約者に瓜二つでした
冬野月子
恋愛
「運命の相手を見つけたので婚約解消したい」
突然突拍子もないことを言い出した第三王子。その言葉に動揺する家族。
何故なら十年前に兄である王太子がそう言って元婚約者を捨て、子爵令嬢と結婚したから。
そして第三王子の『運命の相手』を見て彼らは絶句する。
――彼女は追放され、死んだ元婚約者にそっくりだったのだ。
※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
完結おめでとう( ◍•㉦•◍ )♡
大好きなマヨ令嬢が完結して寂しいけど、次作に期待(´∀`*)
最後までありがとう\(^o^)/!
次作もがんばります!
レオン登場時からヒーローの王子だろうなと推測してましたが、
ホルガーはずっと愛して守って来たのに…このままレオンにかっさらわれるのか…うう。
そうならできればifルートが見たいです…。
アルフレッドはもちろんのこと、人の婚約者を略奪したアンジェリカに
プレッシャーで体調不良だろうと一片の同情心もわかないのでこの2人の結末にはすっきりしたいです。
ホルガーくんのifルートですか(o・∇︎・o)
続編書こうかなあとも考え始めているところなので、ありかもしれないですねえ(∩︎´∀︎`∩︎)
お願いです クソクズフレットさまぁ早く死んでくださぁい
名前が見事に変わってますね(∩︎´∀︎`∩︎)!
ありがとうございます♪