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第四章 次の居候
27.とりあえずラーメンを食おう
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どうしたらいいものやら考えあぐねていた亮太の胸ポケットの中で、蛟が動いた。
「……違うもん」
ポケットの中から、小さな小さな声が聞こえた。子供の様な可愛らしい幼い声だった。
亮太は思わず足を止めた。
「蛟? お前なのか?」
蓮とアキラはその声には気付かなかった様で、緑道をどんどん先へと戻って行く。
亮太はポケットを人差し指で開いて中を覗くと、蛟がポケットから少しだけ顔を覗かせ、蓮に向かってなのか舌を出した。まるであかんべえをしている子供の様に見えた。
「狗神、贅沢なの」
やはり蛟の声だった。悔しそうなその声色に、亮太は心臓をギュッと握られた気持ちになってしまった。
「何が贅沢なんだ?」
「狗神は好きな所にいれる。僕はコウ様と離れ離れなのに、狡い」
ポケットの端に首を乗せ、蛟が返事をした。表情は変わらないのだが、いじけている様な拗ねている様な雰囲気だ。爬虫類は苦手な筈だったのに、なんなんだろうこいつのこの可愛さは。
「コウ様?」
「僕の、ご主人様」
そうか、先程狗神が言っていた話だ。蛟は天津神のペットだが貸し出しされていると言っていた。恐らくそれは、草薙剣の鞘となる為。
片や、主人をあっさりと乗り換えた狗神。
成程、蛟の目には、狗神のその姿は身動きの取れない蛟と比べて自由奔放に映るのかもしれなかった。
「蛟はご主人様が大好きなんだな」
「うん、ご主人様だあい好き」
「……そうか」
会いたくても会えない人がいる悲しさは亮太も分かる。同じ神使なのにと思うと、主人への想いの強さからつい腹が立ってしまうのは致し方のないことなのかもしれなかった。
「そういえば、おじさんだあれ?」
今更ながら、蛟が亮太に尋ねてきた。狗神といい蛟といい、距離感に微妙に違和感を感じてしまうのは、二人共神使という人よりも強そうな存在だからだろうか。随分と警戒心が薄い様に思えるのだ。いざとなったら何とか出来る自信ゆえかもしれなかった。
先を歩いていた蓮とアキラが、後ろから亮太がついてきていないことにようやく気が付いたらしく、遠くで立ち止まっているのが見えた。それでも戻ってこない辺りがあいつららしい。
蛟がびっくりしない様に、出来るだけ小さな声で答えた。
「俺は、逃げてきたアキラを拾ったただの一般人だよ」
「アキラ様、逃げてたの?」
「 須佐之男命に首絞められたらしいぞ。俺が初めて会った時は、首に絞められた酷い痣があった」
そう、あれを見たから亮太はアキラを匿う気になったのだ。逆にあれがなければ、本来なら交わることのなかった異世界の出来事の様なこの日々は存在し得なかった。
それに会えたからこそ、亮太は亮太の背中を押した物に出会えたのだ。
「その後、アキラを探して狗神が来たんだけどな、脚の裏は走り過ぎて血だらけだった」
飄々とした顔をしていても、狗神だって必死だったに違いない。
「多分、ずっとここまで夜通し走ってきたんだ。あまりにも痛そうだったから、俺が抱いて連れて帰ったんだからな」
「……狗神が?」
「そうだ」
本当の狗神の気持ちなんて亮太に分かる筈もない。会ってたかが数日、しかも相手は長年生きて妖となってはいるものの、元は犬だ。だけど、気持ちは行動に反映される、亮太はそう思うのだ。
少なくとも、あいつは悪い奴じゃない。口は減らないが、アキラだって悪い奴じゃない。皆、必死に生きている。
「だから、そう嫌わないでやってくれ」
蛟が何を思ったのか、それこそ亮太には分からない。蛇が何を考えるかなんぞ考えたこともない。でも、何かを感じてくれたらいいな、そう思った。
「……おじさん、名前は?」
「亮太だ。柏木亮太。蛟、お前は名前はあるのか?」
「蛟ってね、蛟龍っていうの。だから僕はコウなの」
蛟龍。後で調べてみよう。
「ご主人様もコウなんじゃなかったのか?」
「そうだよ。だからコウ様は僕をコウ様の神使にしてくれたの」
つまり、名前繋がりという訳か。
「そっか。じゃあコウ、いつまでの付き合いになるか分からないけど、これから宜しくな」
亮太が微笑みかけると、コウが嬉しそうに言った。
「亮太だ亮太。亮太よろしくね」
アキラにしろ狗神にしろ蛟にしろ全員何の躊躇いもなく人を呼び捨てにしてくるが、それも段々どうでもよくなってきた亮太であった。
「ちょっとラーメン食べに行くから、しばらくそこで大人しくしててくれよ」
「ここ温かいから僕嬉しいの」
いいということらしい。そういえば蛇は寒いと冬眠すると聞いたことがあるので、今まで桜の木の上にいて寒かったのかもしれない。
「おし、走るから中に入ってろ」
「うん」
亮太は仁王立ちをして先で待つアキラと、その横でベルトを締め直している蓮の元へと走ることにした。
◇
蓮は太麺の豚骨ラーメンがとても気に入ったらしく、替え玉をしていた。勿論アキラも替え玉をした。しかも三回も。大将が引き攣った表情をしていたのが印象的だった。最後の方なんてもう殆どスープが残っていなかった。あれはもうスープ風味の茹で麺だっただろう。
「亮太、私もサイズが合った服が欲しいです」
すっかりラーメンにはまってしまった蓮は、アキラが熟読した『下北沢グルメ』に掲載されているラーメン屋に片っ端から行くつもりになったようで、その為にあれだけ嫌がっていた洋服を着ることを選んだ。食の欲とはこれ程までに意思を簡単に捻じ曲げるものらしい。
「分かった分かった、夕方食材購入ついでに寄ってやるから買い出しに付き合え」
「宜しくお願いします」
「だけど頼む。少し寝かせてくれ」
睡眠不足の上に予想外の木登りをさせられ、更にその後満腹となり更に更に気持ちのいい秋風が網戸から優しく吹いてきており、これで寝させてもらえなかったらさすがに亮太も泣く。
「二時間……いや、一時間でもいいから」
「畏まりました、さすがにお疲れの様ですからね、後ほど起こしますのでゆっくりとお休みください」
蓮はそう言うと、何の前触れもなく犬の姿へと戻るが、禰宜の格好の時と違い亮太の服はどこかに収納されないらしい。Tシャツ、カーゴパンツとボクサーパンツを被った犬が出来上がった。亮太は思わずプッと笑って狗神から服を剥がし始めると、機嫌の悪そうな狗神の顔が中から出てきた。
「これだから洋服は困るのです」
「今度から脱いで畳んでから犬に戻るんだな」
「面倒ですが仕方ないですね」
亮太が服を畳んで畳みの上にぽん、と重ねて置くと、狗神は当然の様に亮太の寝床の上に先に寝そべった。亮太は苦笑しながら布団の上に仰向けに寝そべり腕を伸ばすと、狗神がこれまた当たり前の様に顎を乗せてきた。
「お前が一緒に寝てるから俺の身体が軽くなってんのか?」
「お気づきになりましたか」
「そりゃまあな」
やはりそういうことだったのだ。ただくっつきたいからくっついている訳ではなかったらしい。
「狗神あっちいけー。僕が亮太と寝るんだ」
ポケットの中からスルスルと蛟が出てくると、亮太の胸の上で小さな声で主張した。亮太にぴったりと身体をくっつけている狗神が目を開けてチロリと蛟を見た。
「亮太の寝相は悪いのでそこにいると潰されますよ」
「ひっ」
蛟はスルスルと狗神とは反対側、亮太の頭の横の枕の上に移動すると、小さな可愛いとぐろを巻いた。
「亮太がいい夢を見られますように」
耳元から可愛らしい蛟の声が聞こえてきたが、それが夢の中の言葉だったのかどうか、亮太にはもう分からなくなっていた。
スー、と気持ちの良さそうな寝息が聞こえ始める。それまで窓際で『下北沢グルメ』をパラパラとめくっていたアキラは静かに立ち上がると、呆れた顔をしながらもあっという間に深い眠りへとついた亮太にふんわりと布団をかけてやったのだった。
「……違うもん」
ポケットの中から、小さな小さな声が聞こえた。子供の様な可愛らしい幼い声だった。
亮太は思わず足を止めた。
「蛟? お前なのか?」
蓮とアキラはその声には気付かなかった様で、緑道をどんどん先へと戻って行く。
亮太はポケットを人差し指で開いて中を覗くと、蛟がポケットから少しだけ顔を覗かせ、蓮に向かってなのか舌を出した。まるであかんべえをしている子供の様に見えた。
「狗神、贅沢なの」
やはり蛟の声だった。悔しそうなその声色に、亮太は心臓をギュッと握られた気持ちになってしまった。
「何が贅沢なんだ?」
「狗神は好きな所にいれる。僕はコウ様と離れ離れなのに、狡い」
ポケットの端に首を乗せ、蛟が返事をした。表情は変わらないのだが、いじけている様な拗ねている様な雰囲気だ。爬虫類は苦手な筈だったのに、なんなんだろうこいつのこの可愛さは。
「コウ様?」
「僕の、ご主人様」
そうか、先程狗神が言っていた話だ。蛟は天津神のペットだが貸し出しされていると言っていた。恐らくそれは、草薙剣の鞘となる為。
片や、主人をあっさりと乗り換えた狗神。
成程、蛟の目には、狗神のその姿は身動きの取れない蛟と比べて自由奔放に映るのかもしれなかった。
「蛟はご主人様が大好きなんだな」
「うん、ご主人様だあい好き」
「……そうか」
会いたくても会えない人がいる悲しさは亮太も分かる。同じ神使なのにと思うと、主人への想いの強さからつい腹が立ってしまうのは致し方のないことなのかもしれなかった。
「そういえば、おじさんだあれ?」
今更ながら、蛟が亮太に尋ねてきた。狗神といい蛟といい、距離感に微妙に違和感を感じてしまうのは、二人共神使という人よりも強そうな存在だからだろうか。随分と警戒心が薄い様に思えるのだ。いざとなったら何とか出来る自信ゆえかもしれなかった。
先を歩いていた蓮とアキラが、後ろから亮太がついてきていないことにようやく気が付いたらしく、遠くで立ち止まっているのが見えた。それでも戻ってこない辺りがあいつららしい。
蛟がびっくりしない様に、出来るだけ小さな声で答えた。
「俺は、逃げてきたアキラを拾ったただの一般人だよ」
「アキラ様、逃げてたの?」
「 須佐之男命に首絞められたらしいぞ。俺が初めて会った時は、首に絞められた酷い痣があった」
そう、あれを見たから亮太はアキラを匿う気になったのだ。逆にあれがなければ、本来なら交わることのなかった異世界の出来事の様なこの日々は存在し得なかった。
それに会えたからこそ、亮太は亮太の背中を押した物に出会えたのだ。
「その後、アキラを探して狗神が来たんだけどな、脚の裏は走り過ぎて血だらけだった」
飄々とした顔をしていても、狗神だって必死だったに違いない。
「多分、ずっとここまで夜通し走ってきたんだ。あまりにも痛そうだったから、俺が抱いて連れて帰ったんだからな」
「……狗神が?」
「そうだ」
本当の狗神の気持ちなんて亮太に分かる筈もない。会ってたかが数日、しかも相手は長年生きて妖となってはいるものの、元は犬だ。だけど、気持ちは行動に反映される、亮太はそう思うのだ。
少なくとも、あいつは悪い奴じゃない。口は減らないが、アキラだって悪い奴じゃない。皆、必死に生きている。
「だから、そう嫌わないでやってくれ」
蛟が何を思ったのか、それこそ亮太には分からない。蛇が何を考えるかなんぞ考えたこともない。でも、何かを感じてくれたらいいな、そう思った。
「……おじさん、名前は?」
「亮太だ。柏木亮太。蛟、お前は名前はあるのか?」
「蛟ってね、蛟龍っていうの。だから僕はコウなの」
蛟龍。後で調べてみよう。
「ご主人様もコウなんじゃなかったのか?」
「そうだよ。だからコウ様は僕をコウ様の神使にしてくれたの」
つまり、名前繋がりという訳か。
「そっか。じゃあコウ、いつまでの付き合いになるか分からないけど、これから宜しくな」
亮太が微笑みかけると、コウが嬉しそうに言った。
「亮太だ亮太。亮太よろしくね」
アキラにしろ狗神にしろ蛟にしろ全員何の躊躇いもなく人を呼び捨てにしてくるが、それも段々どうでもよくなってきた亮太であった。
「ちょっとラーメン食べに行くから、しばらくそこで大人しくしててくれよ」
「ここ温かいから僕嬉しいの」
いいということらしい。そういえば蛇は寒いと冬眠すると聞いたことがあるので、今まで桜の木の上にいて寒かったのかもしれない。
「おし、走るから中に入ってろ」
「うん」
亮太は仁王立ちをして先で待つアキラと、その横でベルトを締め直している蓮の元へと走ることにした。
◇
蓮は太麺の豚骨ラーメンがとても気に入ったらしく、替え玉をしていた。勿論アキラも替え玉をした。しかも三回も。大将が引き攣った表情をしていたのが印象的だった。最後の方なんてもう殆どスープが残っていなかった。あれはもうスープ風味の茹で麺だっただろう。
「亮太、私もサイズが合った服が欲しいです」
すっかりラーメンにはまってしまった蓮は、アキラが熟読した『下北沢グルメ』に掲載されているラーメン屋に片っ端から行くつもりになったようで、その為にあれだけ嫌がっていた洋服を着ることを選んだ。食の欲とはこれ程までに意思を簡単に捻じ曲げるものらしい。
「分かった分かった、夕方食材購入ついでに寄ってやるから買い出しに付き合え」
「宜しくお願いします」
「だけど頼む。少し寝かせてくれ」
睡眠不足の上に予想外の木登りをさせられ、更にその後満腹となり更に更に気持ちのいい秋風が網戸から優しく吹いてきており、これで寝させてもらえなかったらさすがに亮太も泣く。
「二時間……いや、一時間でもいいから」
「畏まりました、さすがにお疲れの様ですからね、後ほど起こしますのでゆっくりとお休みください」
蓮はそう言うと、何の前触れもなく犬の姿へと戻るが、禰宜の格好の時と違い亮太の服はどこかに収納されないらしい。Tシャツ、カーゴパンツとボクサーパンツを被った犬が出来上がった。亮太は思わずプッと笑って狗神から服を剥がし始めると、機嫌の悪そうな狗神の顔が中から出てきた。
「これだから洋服は困るのです」
「今度から脱いで畳んでから犬に戻るんだな」
「面倒ですが仕方ないですね」
亮太が服を畳んで畳みの上にぽん、と重ねて置くと、狗神は当然の様に亮太の寝床の上に先に寝そべった。亮太は苦笑しながら布団の上に仰向けに寝そべり腕を伸ばすと、狗神がこれまた当たり前の様に顎を乗せてきた。
「お前が一緒に寝てるから俺の身体が軽くなってんのか?」
「お気づきになりましたか」
「そりゃまあな」
やはりそういうことだったのだ。ただくっつきたいからくっついている訳ではなかったらしい。
「狗神あっちいけー。僕が亮太と寝るんだ」
ポケットの中からスルスルと蛟が出てくると、亮太の胸の上で小さな声で主張した。亮太にぴったりと身体をくっつけている狗神が目を開けてチロリと蛟を見た。
「亮太の寝相は悪いのでそこにいると潰されますよ」
「ひっ」
蛟はスルスルと狗神とは反対側、亮太の頭の横の枕の上に移動すると、小さな可愛いとぐろを巻いた。
「亮太がいい夢を見られますように」
耳元から可愛らしい蛟の声が聞こえてきたが、それが夢の中の言葉だったのかどうか、亮太にはもう分からなくなっていた。
スー、と気持ちの良さそうな寝息が聞こえ始める。それまで窓際で『下北沢グルメ』をパラパラとめくっていたアキラは静かに立ち上がると、呆れた顔をしながらもあっという間に深い眠りへとついた亮太にふんわりと布団をかけてやったのだった。
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