我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ

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第十四章 狗神と蛟

96.いつかまた

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 亮太を見つめるみずちの目は優しかった。

「天照大神様は、僕に約束してくれて教えてくれたの。この草薙剣を扱う人が僕のお父さんになる人だよって」
「……え? 俺?」

 亮太がみずちのお父さんになる、とはどういうことだろうか? 父親の様にみずちを可愛がるということだろうか? まあそれならもうかなり可愛がっている気はするが。

 ふふ、とみずちが笑った。

「うん。でもね、暫くは忘れてていいよって言うから、僕ずっと忘れてたの。天照大神様とのお約束もよく覚えてなかったけど、僕が草薙剣の鞘になったことは覚えてた。それをね、天照大神様は他の神様にもちゃんと教えておくから心配しないでねって言うから、僕待ってたの」

 みずちがすりすりと亮太の顔に頬をこすりつけた。

「そうしたらね、コウ様が僕を見つけてくれたの。まだちっちゃい女の子だったんだけどね、君がここにいるって光る女の人が教えてくれたのって僕を探しに来てくれたの」

 天照大神は高天原の神だ。天鈿女命アメノウズメノミコトはいわばその天界のトップの部下である。伝えるとしたらコウに、という選択の結果だったのかもしれない。

「コウ様は僕が草薙剣を持ってることも知ってたの。でもそんなの関係なしに、僕にコウって同じお名前付けて僕のこと可愛がってくれて、僕本当に嬉しかった」
「コウのこと、大好きだもんな」
「うん、コウ様はずっと僕に優しくしてくれたの」

 みずちはまたうっとりと語り始めた。

「僕ね、リキ様に放り投げられた時凄く怖かったんだけど、でもお空を飛んでたらね、こっちかなって思ったの。だから頑張って頑張ってそこまで飛んだんだよ」

 下北沢の緑道の桜の木の上まで。蓮に無理矢理木登りをさせられたあの日のことは、忘れない。

「そうしたらね、亮太がお迎えに来てくれた」
「何だかそれも懐かしいな」

 あの時は、こんな未来なんて想像していなかった。

「ふふ、そうなのね。――それでね、その後コウ様が来たでしょ? その時ね、僕分かったの」
「分かった? 何が?」

 みずちがうふうふ笑う。

「亮太とコウ様が仲良しになると、僕は嬉しいの。そうすると、僕は大きくなる。大きくなったら、忘れてたお約束を思い出せる、そうしたら僕はずっと欲しかったものを手に入れることが出来る」
「お父さんとお母さん、か?」
「お父さんは亮太なの。だったらお母さんはコウ様なの。だって僕が大好きだから。僕は亮太に会う為に飛んできたんだから」

 ちょっと待て、みずちのこの言い方だと、まるで亮太が草薙剣を使う人間だと始めから決まっていたかの様な言い方じゃないだろうか。でもあれは偶然だ、アキラがたまたま亮太の乗っていたレンタカーのトランクに乗り込んで、ああでもあれも曾祖母ちゃんが手招きをしたと言っていた。

「ちょっと待て、混乱してるんだが」

 つまり亮太は、みずちの願いがあったからこそ選ばれたのか? コウとの出会いも全部、この終着点へと来る為に? 

 一体、どこからが始まりだったのか。まるで海の真ん中で巨大な渦に巻き込まれているかの様な感覚だった。

「亮太、全ては神のみぞ知る、ですよ。考えても詮無いことです」

 蓮が諭す様に言った。みずちも少し大人びた風に言う。

「全てはえにしの為せる技なのー」
えにし……じゃあ俺はお前達とえにしがあったんだな」
「そういうことになりますね」
「うふふなのー」

 ずっとこの先も一人で生きていくと思っていた亮太にとって、誰かと家族になったり信頼関係を結べる様な出来事は奇跡に近かった。だったらそのえにしがあったお陰で皆が亮太の元に飛び込んで来てくれたのだ。だから今の亮太は幸せなのだ。

 亮太が微笑むと、みずちがぽつりと言った。

「だからね、亮太。僕は亮太とずっといるから、だから泣かないでなの」
「え?」

 みずちがすっと亮太から離れていった。泣くなとはどういうことだ? ずっといるのに?

 亮太が戸惑っていると、みずちが亮太を正面から見て言った。

「八岐大蛇が二度と復活しない為の条件は、八岐大蛇を身体ごと草薙剣で貫くこと」
「草薙剣であのでかいのをどうやって貫くんだ?」

 また弱らせてから核を叩き切るだけでは、身体が残ってしまうのか。亮太が首を捻っていると、みずちが教えてくれた。

「僕が草薙剣と同じになるの。僕は八岐大蛇を滅する為に選ばれた蛟龍だから、僕が草薙剣となって八岐大蛇を貫くの。そうすると、僕と八岐大蛇は消える」
「……は? 冗談だろ?」

 意味が分からなかった。ずっといるって言ったじゃないか。それなのに消えるとはどういうことだ?

「意味分かんねえよ、何でお前が消えるんだよ、ずっと一緒にいるってさっき」
「亮太……お約束なの」

 分かりたくない。知りたくなかった。目の前のみずちがいなくなる? 冗談じゃない、亮太とコウが結婚して、みずちだって家族になるんだってこの間言ったばかりだ。それがなんで。

「亮太、ねえ、泣かないでなの」
「泣いてねえよ、だってコウはいなくなったりしないんだろ? な?」
「泣いてるの」
「泣いてなんか……」

 視界がぼやけていた。これはあれだ、老眼だし八尺瓊勾玉もなくなったしきっとかすみ目だ。ぼたぼた垂れている気がするのはきっと汗だ。だって認めたくない、なんでなんでなんでみずちが。

「亮太、僕は亮太とコウ様が本当のお父さんとお母さんなってくれる為に頑張ったの」
「ぼ、ぼんどゔのおどゔざん?」

 鼻水が垂れてきた。これはあれだ、花粉だ花粉。山の中にいるし、花粉症じゃないが。

「そう、だからちゃんと僕が生まれたら可愛がってね。いっぱい遊んでね。いっぱい色んな物見せてね。いっぱいぎゅーして、僕が泣いたらいい子いい子してね」
「ゴヴ……」

 ああ、そういうことなのだ。みずちは自分を八岐大蛇を完全に滅する草薙剣としてその生を終わらせるのを引き受ける代わりに、その先の未来を、亮太とコウの本当の子供として新たに生まれることを条件としたのだ。天照大神との『お約束』として。

 嫌だ、納得なんかしたくない、したくないのにストンと亮太の中に落ちてきてしまった。どうしよう、そうだ、コウに相談しようか。コウならきっと止めてくれる。亮太の足が一歩下がる。すると、みずちがそれを察したかの様に静かに口を開いた。
 
「亮太、僕に勇気を頂戴」
「……!」
「僕も怖いけど、暫く皆に会えなくなるのは寂しいけど、でも亮太やコウ様や皆が生きるこの先の世界が八岐大蛇の所為で滅茶苦茶になるのはもっと嫌なの」
「だったら今回は身体は残して、次の須佐之男命スサノオノミコトに退治してもらえばいい! 何もコウが犠牲になることは無いじゃねえか!」

 すると、蓮がポツリと言った。

「亮太、申し訳ございません。私の所為で、八咫鏡も八尺瓊勾玉ももう……」
「そうなの亮太。もう、神器は残り一つ。後戻りは出来ないの」
「コウ……! 嫌だ、嫌だ、何でお前だけ!」

 無理だ、絶対認めたくない。亮太が首を振るが、みずちは続けた。

「亮太、僕に草薙剣を頂戴。そして八岐大蛇に向かって投げてなの」
「だって、コウ……!」
「そうしたら、僕亮太の所に必ず行くから」

 分かってる、亮太はただ駄々をこねているだけだ。少しでもみずちと一緒にいる時間を引き伸ばしたくて、でももう運命は変えられないのも分かっている。分かってしまった。

「お願い、亮太」
「コウ……!」

 亮太はみずちの鼻面に抱きついた。こんなに温かいのに、こんなに大事なのに、今から亮太はみずちを八岐大蛇に差し出さなければならないのだ。
 絞り出して、言った。

「絶対、絶対来いよ……! 待ってるからな!」
「勿論なのー。亮太、いっぱいいっぱい可愛がってね」
「当たり前だ、お前が可愛くない訳があるもんか……!」
「うふふー亮太、大好き」
「俺も、大好きだ」

 声が掠れる。みずちが顔を上げるので亮太も手を離さざるを得なかった。

「亮太、草薙剣をここに」

 みずちが口をぱかっと開けた。亮太は息をふう、と吐くと、それをゆっくりと口の中に入れ始めた。もう口の中は白く輝いていない。八咫鏡の光はもう失われ、あるのはひたすら透明に近い水色のみずちの身体だった。

 みずちの龍の姿が、段々と草薙剣へと変わっていく。これまで黒かった草薙剣は、みずちの色と同じ白と水色の不思議な色になった。亮太が大好きなみずちの色彩だ。

 草薙剣となったみずちが声にならない声で話しかけてきた。

『亮太、八岐大蛇がこっちを向いた時に僕を思い切り投げて』
「……ああ」

 亮太は涙を袖で拭くと、上空の八岐大蛇を睨みつけて声を張り上げた。

「八岐大蛇! こっちだ!」
『亮太、ありがとう。またね』
「絶対だぞ、コウ」
『うん、お約束』

 八岐大蛇がゆっくりと亮太の方を向いた。存在が安定していないのだろう、縮んだり膨らんだりと変形を繰り返している。
 正面を向いた。

「亮太、今です!」

 蓮のその言葉に、亮太は槍投げをする様に草薙剣となったみずちを八岐大蛇に向かって全力で投げつけた! みずちは段々と大きな光り輝く剣へと変化し、そして八岐大蛇に突き刺さる。

 ずぶ、ずぶ、と剣が八岐大蛇の身体に沈んでいく様を、亮太と蓮はただ見守るしか出来なかった。段々とその身が沈み込んでいき、八岐大蛇の身体に完全に呑み込まれた。

 すると。

 八岐大蛇の黒い身体に亀裂が入り、その亀裂から光が溢れ出てきた。みずちの色だった。それが八岐大蛇の身体を段々と覆い、黒い部分が段々と消え失せ。


 いつか見た星空の星の様にキラキラと輝きながら、やがて八岐大蛇の身体は消えてなくなった。


 そしてそこには、草薙剣の姿ももうなかった。
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