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53 キラ、切れる
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キラの言葉の意味は、結局はマーリカをこの場に置いていくということだ。
マーリカはグッと拳を握り締めると、キラを見上げた。泣くつもりはないのに、目頭が熱くなって涙がじわりと滲む。弱い自分を曝け出している様に思えて、悔しかった。
「いやよ」
「……え?」
キラがぽかんとした。普段だったら、滅多に見られないキラの珍しい表情に「眼福眼福!」などと思いウハウハしていただろう。でも、今はそんな気分にはなれなかった。
「私はここに、役に立ちにきたの。ただのお荷物になりに来たんじゃないわ」
「お嬢、ちょっと待って、お荷物って何のことです?」
マーリカが睨むと、キラがあからさまにオロオロとしだす。日頃はちっとも動じた素振りを見せないキラが慌てるのは、マーリカが泣いている様に見えるからに違いない。でも、泣き落としを狙ったのではない。
己の卑怯さに嫌気が差したマーリカは、グイッと手の甲で勇ましく瞼を拭うことで、そのことを意思表示する。
「私の魔力なら役に立てる。それなのに肝心の魔泉から離れた場所に引っ込んでいたら、追加が必要になった時にすぐに対応出来ないでしょう?」
マーリカの主張に、キラが複雑そうな表情を浮かべた。キラの顔を見て、当然のことながらキラもその方がいい、ととっくに気付いていたのだと知る。
「キラ」
必死で、目で訴えた。キラは迷っているのか、マーリカを見はするが視線があちこちを彷徨っている。
「キラ、大蛇の時のことを思い出して」
二人で協力して倒した、大蛇。黒竜を倒した時はひとりで怖かったが、後ろに領民の命があったから立っていることが出来た。大蛇の時は、怖くなかった。キラが一緒にいてくれたからだ。
「お嬢……でも、あの時とは規模が」
「私はその為にここに来たのよ、キラ」
マーリカは、キラと一緒に戦うつもりでここに来た。サイファの気持ちに応えなかったのは、勿論キラが好きということもあるが、サイファが自分を守るべき対象と見ていたからだ。
なのにここでキラの言い分を聞いてしまったら、サイファに伝えた言葉が嘘になってしまう。これを甘んじて受け入れたら、キラにもサイファにも、もう会わせる顔がない。
隠れずに、自分にしか出来ないことをしないでどうする。臆病風に吹かれて一歩踏み出せなければ、マーリカの、ひいてはムーンシュタイナー領の沽券に関わる。
ムーンシュタイナー領の民は、領主も領民も、勿論領主の娘だって、皆逞しいのだ。どんな困難にだって、笑いながら前向きに挑んでいく。そうやってずっと生きてきたのだから。ムーンシュタイナー流の生き方は、マーリカの誇りだ。だからこの誇りは、たとえキラだとて曲げさせはしない。
「安全圏から人が前線で戦うのを眺めていろなんて、キラらしくない言葉よ」
マーリカの言葉に、キラがハッとした。
爵位を取り戻しこれから先は明るい道を進むであろうキラには、もう好意を伝えるつもりはない。でも、キラは何としてでも説得したい。だから、こう伝えるしか思いつかなかった。
たとえキラを傷付けることになってしまったとしても。
「……残念よ。キラも結局はそうだったのね」
「お嬢?」
キラは弾けた様に顔を上げると、マーリカの肩を掴んだ。マーリカは、その手を押し退ける。絆されるな。流されるな。そう自分に繰り返し伝えながら。
「キラだけは違うと思ってサイファの求婚を断ったのに、これでは断る理由がなくなってしまったわ」
マーリカが告げると、キラが焦り顔で問う。
「お嬢、求婚って何!? いつそんなことが!? 一体どういう……っ!」
マーリカは、そんなキラを煽る様に睨みつける。
「キラにはもう、関係ない。知る必要はないわ」
「お嬢!」
その瞬間キラが見せた悲しそうな目に、マーリカの胸がギュッと痛んだ。だが、いずれにせよキラにはこの戦いが終わったら別れを告げなければならないのだ。
だったらマーリカの魔力を目一杯役立ててもらい、それをこれまでの三年分のお礼代わりにし、笑顔で別れたい。そう思って、何がいけない。
余計な未練など残しても、互いの為にならないのだから。
「……関係なく、ないんですけど」
ボソリとキラが呟く。俯き気味の銀色の前髪の間から見える青い瞳には、怒りが見えた。キラが、自分に対し本気で怒っている。
これまでずっと子供扱いされていたと感じていたマーリカは、そのことを嬉しく思った。
だけど、ここで魔物退治と関係ないことを延々と話している間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。マーリカが魔泉に近付く為には、司令官のキラの許可が必要になる。だからこそこうして説得を試みていたが、もうこれ以上無駄な時間は使えないだろう。
「キラ、とにかく今は魔具を作りましょう」
瓶を片手に持ち蓋を開けようとすると。
キラがムスッとした表情を隠さないまま、マーリカの手首を掴んだ。
「ちょ、ちょっと!」
マーリカが声を上げても、キラは答えない。そのまま力任せにマーリカを胸に引き寄せると、明らかに怒っていると分かる低い声で言った。
「お嬢がお転婆で思い込みが激しくて頑固なことを、ちょっと忘れてた俺の失態です」
「え? お転婆はともかく、思い込みは激しくないわよ!」
「はあー……」
キラがわざとらしい溜息を吐く。わざとらしすぎるくらいわざとだ。
「……一緒に連れていきます」
「本当!?」
マーリカがパッと笑顔に変わると、キラが思わずといった風に苦笑した。そして一瞬で真顔に戻ると、顔を近付けて唸る様に続ける。
「道中、馬に乗りつつ魔具を作っていきます。恥ずかしがるのは禁止ですからね」
つまりは、馬に同乗しながらキラに抱きついておけということだ。正直言って恥ずかしいが、人命に比べたら些細なものだ。
「わ……っ分かったわ!」
「あと、俺から絶対離れない。ひとりで行動しない」
司令官が堂々と女を抱きつかせた状態を部下に見せていいのか? と思わなくはなかったが、今回は事情が事情なだけに仕方ないだろう。ということで、これにもマーリカは頷く。
「出来るわ!」
「あと、サイファの件については、道すがら詳しく説明してもらいましょっか」
「あ」
しまった、と思った時には時既に遅し。
「俺も結局はそう? 関係ない? 随分と色々と言ってくれましたね。これのどこが思い込みが激しくないと言うのか、お嬢には全く困ったものです」
「え、あの、いやその……」
マーリカはキラの拘束から逃げ出そうとしたが、勿論無駄な努力だった。掴まれた手首は、びくともしない。
「帰ってからではなく、馬に乗ったらすぐに話の続きをしましょうね」
冷たい笑みを浮かべるキラのこめかみには、見事な青筋が立っていた。……本気で怒らせてしまったらしい。
マーリカが返事を出来ないでいると、キラがもう一度尋ねる。
「――ね?」
これはもう逃げられない。マーリカは、観念して頷かざるを得なかったのだった。
マーリカはグッと拳を握り締めると、キラを見上げた。泣くつもりはないのに、目頭が熱くなって涙がじわりと滲む。弱い自分を曝け出している様に思えて、悔しかった。
「いやよ」
「……え?」
キラがぽかんとした。普段だったら、滅多に見られないキラの珍しい表情に「眼福眼福!」などと思いウハウハしていただろう。でも、今はそんな気分にはなれなかった。
「私はここに、役に立ちにきたの。ただのお荷物になりに来たんじゃないわ」
「お嬢、ちょっと待って、お荷物って何のことです?」
マーリカが睨むと、キラがあからさまにオロオロとしだす。日頃はちっとも動じた素振りを見せないキラが慌てるのは、マーリカが泣いている様に見えるからに違いない。でも、泣き落としを狙ったのではない。
己の卑怯さに嫌気が差したマーリカは、グイッと手の甲で勇ましく瞼を拭うことで、そのことを意思表示する。
「私の魔力なら役に立てる。それなのに肝心の魔泉から離れた場所に引っ込んでいたら、追加が必要になった時にすぐに対応出来ないでしょう?」
マーリカの主張に、キラが複雑そうな表情を浮かべた。キラの顔を見て、当然のことながらキラもその方がいい、ととっくに気付いていたのだと知る。
「キラ」
必死で、目で訴えた。キラは迷っているのか、マーリカを見はするが視線があちこちを彷徨っている。
「キラ、大蛇の時のことを思い出して」
二人で協力して倒した、大蛇。黒竜を倒した時はひとりで怖かったが、後ろに領民の命があったから立っていることが出来た。大蛇の時は、怖くなかった。キラが一緒にいてくれたからだ。
「お嬢……でも、あの時とは規模が」
「私はその為にここに来たのよ、キラ」
マーリカは、キラと一緒に戦うつもりでここに来た。サイファの気持ちに応えなかったのは、勿論キラが好きということもあるが、サイファが自分を守るべき対象と見ていたからだ。
なのにここでキラの言い分を聞いてしまったら、サイファに伝えた言葉が嘘になってしまう。これを甘んじて受け入れたら、キラにもサイファにも、もう会わせる顔がない。
隠れずに、自分にしか出来ないことをしないでどうする。臆病風に吹かれて一歩踏み出せなければ、マーリカの、ひいてはムーンシュタイナー領の沽券に関わる。
ムーンシュタイナー領の民は、領主も領民も、勿論領主の娘だって、皆逞しいのだ。どんな困難にだって、笑いながら前向きに挑んでいく。そうやってずっと生きてきたのだから。ムーンシュタイナー流の生き方は、マーリカの誇りだ。だからこの誇りは、たとえキラだとて曲げさせはしない。
「安全圏から人が前線で戦うのを眺めていろなんて、キラらしくない言葉よ」
マーリカの言葉に、キラがハッとした。
爵位を取り戻しこれから先は明るい道を進むであろうキラには、もう好意を伝えるつもりはない。でも、キラは何としてでも説得したい。だから、こう伝えるしか思いつかなかった。
たとえキラを傷付けることになってしまったとしても。
「……残念よ。キラも結局はそうだったのね」
「お嬢?」
キラは弾けた様に顔を上げると、マーリカの肩を掴んだ。マーリカは、その手を押し退ける。絆されるな。流されるな。そう自分に繰り返し伝えながら。
「キラだけは違うと思ってサイファの求婚を断ったのに、これでは断る理由がなくなってしまったわ」
マーリカが告げると、キラが焦り顔で問う。
「お嬢、求婚って何!? いつそんなことが!? 一体どういう……っ!」
マーリカは、そんなキラを煽る様に睨みつける。
「キラにはもう、関係ない。知る必要はないわ」
「お嬢!」
その瞬間キラが見せた悲しそうな目に、マーリカの胸がギュッと痛んだ。だが、いずれにせよキラにはこの戦いが終わったら別れを告げなければならないのだ。
だったらマーリカの魔力を目一杯役立ててもらい、それをこれまでの三年分のお礼代わりにし、笑顔で別れたい。そう思って、何がいけない。
余計な未練など残しても、互いの為にならないのだから。
「……関係なく、ないんですけど」
ボソリとキラが呟く。俯き気味の銀色の前髪の間から見える青い瞳には、怒りが見えた。キラが、自分に対し本気で怒っている。
これまでずっと子供扱いされていたと感じていたマーリカは、そのことを嬉しく思った。
だけど、ここで魔物退治と関係ないことを延々と話している間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。マーリカが魔泉に近付く為には、司令官のキラの許可が必要になる。だからこそこうして説得を試みていたが、もうこれ以上無駄な時間は使えないだろう。
「キラ、とにかく今は魔具を作りましょう」
瓶を片手に持ち蓋を開けようとすると。
キラがムスッとした表情を隠さないまま、マーリカの手首を掴んだ。
「ちょ、ちょっと!」
マーリカが声を上げても、キラは答えない。そのまま力任せにマーリカを胸に引き寄せると、明らかに怒っていると分かる低い声で言った。
「お嬢がお転婆で思い込みが激しくて頑固なことを、ちょっと忘れてた俺の失態です」
「え? お転婆はともかく、思い込みは激しくないわよ!」
「はあー……」
キラがわざとらしい溜息を吐く。わざとらしすぎるくらいわざとだ。
「……一緒に連れていきます」
「本当!?」
マーリカがパッと笑顔に変わると、キラが思わずといった風に苦笑した。そして一瞬で真顔に戻ると、顔を近付けて唸る様に続ける。
「道中、馬に乗りつつ魔具を作っていきます。恥ずかしがるのは禁止ですからね」
つまりは、馬に同乗しながらキラに抱きついておけということだ。正直言って恥ずかしいが、人命に比べたら些細なものだ。
「わ……っ分かったわ!」
「あと、俺から絶対離れない。ひとりで行動しない」
司令官が堂々と女を抱きつかせた状態を部下に見せていいのか? と思わなくはなかったが、今回は事情が事情なだけに仕方ないだろう。ということで、これにもマーリカは頷く。
「出来るわ!」
「あと、サイファの件については、道すがら詳しく説明してもらいましょっか」
「あ」
しまった、と思った時には時既に遅し。
「俺も結局はそう? 関係ない? 随分と色々と言ってくれましたね。これのどこが思い込みが激しくないと言うのか、お嬢には全く困ったものです」
「え、あの、いやその……」
マーリカはキラの拘束から逃げ出そうとしたが、勿論無駄な努力だった。掴まれた手首は、びくともしない。
「帰ってからではなく、馬に乗ったらすぐに話の続きをしましょうね」
冷たい笑みを浮かべるキラのこめかみには、見事な青筋が立っていた。……本気で怒らせてしまったらしい。
マーリカが返事を出来ないでいると、キラがもう一度尋ねる。
「――ね?」
これはもう逃げられない。マーリカは、観念して頷かざるを得なかったのだった。
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