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7 いよいよあの日が到来
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工房の昼休み。
土色の壁の合間に出来た日陰に置かれた丸太に、俺とタチアナは横並びに座って昼飯を食べていた。
パンに肉団子と野菜を挟み込んだ、最近この辺りの屋台で流行っているお手軽料理だ。
甘酸っぱいタレが食欲をそそると評判で、我も我もと屋台がこぞって真似をし始め、あそこの屋台はうまい、あそこはタレがいまいちだなんて俺たちの間で日々議論されている。
それにしても逞しい。いいものはすぐに取り込むその商売根性は、これぞ庶民の底力というものなのかもしれなかった。
泣いている暇があるなら考えて工夫しろ。それは工房での仕事にも共通することで、俺はこの地域の人々の逞しさが好きだった。
「アリス、ずっとここに住むことになったんだって?」
タチアナが、エプロンの上に落ちたパンくずを摘んでパクリと口に放り込みながら俺に尋ねる。
「うん、そうだよ。タチアナもだよね?」
「うん」
俺が師匠の家で寝泊まりする様になって比較的すぐ後から、タチアナの姿を毎日見かける様になったのだ。
これまではちょくちょく見ないこともあったが、師匠にそれとなく尋ねたら、タチアナはハンナおばさんの家で暮らすことになったと教えてくれた。
こんな偶然あるだろうか。これは運命かな、そんな風に俺が密かに浮かれていても、これはちょっと仕方ないだろう。
タチアナの長かった茶色い髪は、今は肩の上でばっさりと切られて風になびいている。もう要らないから、と笑うタチアナは相変わらず化粧っ気がなく、俺はそんなタチアナの笑顔が大好きだった。
日焼けをすると痒くなるんだよね、と言って首元はいつも詰まった服を着ており、短くなった髪の上にぐるりと巻かれた布は如何にも職人という風情で、その女性らしさをとことん削った姿が俺の目には恐ろしく可愛く見えるんだから重症だ。
ちなみにこの頭に巻く布は、確かに髪の毛が邪魔にならないし日差しにも強いので、これは是非俺も真似しようと思って早速実践している。
タチアナとお揃いがいいから、なんて口が裂けても言えないが、師匠もハンナおばさんも何も言わずにニヤニヤしているから、きっと俺の浅はかな考えなんてお見通しなんだろう。
「急に決まったの?」
「うん。実家の仕事がいきなりお役御免になったから、これまで頑張ってた分、ここで好きなことをやらせてもらうことにしたんだ」
前から時折聞くことのあった家の仕事、というのが何かは分からなかったが、タチアナが触れないので俺も触れないことにしていた。もう過ぎたことは、知らなくても問題ない。大事なのは、これからの未来だ。――タチアナと俺の。
「へえー。よかったな!」
「うん、ありがとう」
と、このように、俺たちは休みの時間になると互いの近況を話し合う仲になっていた。タチアナが、大きく口を開いて最後のパンを口に放り込んだ後、美味しそうに目を細めながら俺を見る。
「それにしても、髪の毛が茶色いと変な感じだね」
「そう? タチアナみたいで結構気に入ってるんだけど」
「え?」
「あ! あは、ははは……」
俺の金髪は、この辺りでは目立つらしい。そういえばあまり金髪を見たことがないと師匠に言うと、この辺りに住んでいる人間は元々この地域に住んでいた人間の血が濃いのだと教えてくれた。
それを言われ、なるほど、と俺は即座に納得する。
俺たち王族は、遥か昔にここからは大分離れた場所からやって来て、この土地を自分たちのものとしたと歴史で習った。
領土拡大はどこにでもある話とはいえ、侵略された側からしてみれば、勝手にやって勝手に侵略し、勝手に王様を名乗られた訳である。勝手をするにもほどがあると思われても、言い訳のしようがない。
だから、俺のこの金髪は、侵略者の血が含まれている証明だってことだ。勿論、全員が全員そうな訳じゃない。
色んな肌の人もいるし、様々な土地から人が流入している。だが、目立つは目立つだろう。そして目立ってもいいことがないことくらい、分かった。
ということで、俺は髪の毛を木の葉で染めることにした。
俺が家出してきたことを知った師匠は、きっと探されるだろうと俺が躊躇いつつも伝えると、すぐに染色屋から染髪料を入手してくれた。
また余計なお金を使わせてしまったなと後悔したが、「今更弟子を盗られる気はないからな」と照れくさそうに言われては、遠慮など出来る筈もない。
師匠もタチアナもハンナおばさんも近所の人々も、皆大好きだ。余所者の俺を当たり前の様に受け入れてくれる度量の深さに、次第に俺は、自分もいつかこうなりたいと思う様になっていた。
そしてある日、師匠とハンナおばさんが一向に進展しない俺たちの仲にいよいよ痺れを切らしたのか、工房を同時に休みにして俺たちの休みを合わせてくれた。
私たちは用事があるから二人で出かけるようにと言い渡された時の、タチアナの表情。あれは多分、意味を分かっている。
――いよいよか。
俺は、自分がこれから、告白という一世一代の大勝負に出る日が来たことを知った。
土色の壁の合間に出来た日陰に置かれた丸太に、俺とタチアナは横並びに座って昼飯を食べていた。
パンに肉団子と野菜を挟み込んだ、最近この辺りの屋台で流行っているお手軽料理だ。
甘酸っぱいタレが食欲をそそると評判で、我も我もと屋台がこぞって真似をし始め、あそこの屋台はうまい、あそこはタレがいまいちだなんて俺たちの間で日々議論されている。
それにしても逞しい。いいものはすぐに取り込むその商売根性は、これぞ庶民の底力というものなのかもしれなかった。
泣いている暇があるなら考えて工夫しろ。それは工房での仕事にも共通することで、俺はこの地域の人々の逞しさが好きだった。
「アリス、ずっとここに住むことになったんだって?」
タチアナが、エプロンの上に落ちたパンくずを摘んでパクリと口に放り込みながら俺に尋ねる。
「うん、そうだよ。タチアナもだよね?」
「うん」
俺が師匠の家で寝泊まりする様になって比較的すぐ後から、タチアナの姿を毎日見かける様になったのだ。
これまではちょくちょく見ないこともあったが、師匠にそれとなく尋ねたら、タチアナはハンナおばさんの家で暮らすことになったと教えてくれた。
こんな偶然あるだろうか。これは運命かな、そんな風に俺が密かに浮かれていても、これはちょっと仕方ないだろう。
タチアナの長かった茶色い髪は、今は肩の上でばっさりと切られて風になびいている。もう要らないから、と笑うタチアナは相変わらず化粧っ気がなく、俺はそんなタチアナの笑顔が大好きだった。
日焼けをすると痒くなるんだよね、と言って首元はいつも詰まった服を着ており、短くなった髪の上にぐるりと巻かれた布は如何にも職人という風情で、その女性らしさをとことん削った姿が俺の目には恐ろしく可愛く見えるんだから重症だ。
ちなみにこの頭に巻く布は、確かに髪の毛が邪魔にならないし日差しにも強いので、これは是非俺も真似しようと思って早速実践している。
タチアナとお揃いがいいから、なんて口が裂けても言えないが、師匠もハンナおばさんも何も言わずにニヤニヤしているから、きっと俺の浅はかな考えなんてお見通しなんだろう。
「急に決まったの?」
「うん。実家の仕事がいきなりお役御免になったから、これまで頑張ってた分、ここで好きなことをやらせてもらうことにしたんだ」
前から時折聞くことのあった家の仕事、というのが何かは分からなかったが、タチアナが触れないので俺も触れないことにしていた。もう過ぎたことは、知らなくても問題ない。大事なのは、これからの未来だ。――タチアナと俺の。
「へえー。よかったな!」
「うん、ありがとう」
と、このように、俺たちは休みの時間になると互いの近況を話し合う仲になっていた。タチアナが、大きく口を開いて最後のパンを口に放り込んだ後、美味しそうに目を細めながら俺を見る。
「それにしても、髪の毛が茶色いと変な感じだね」
「そう? タチアナみたいで結構気に入ってるんだけど」
「え?」
「あ! あは、ははは……」
俺の金髪は、この辺りでは目立つらしい。そういえばあまり金髪を見たことがないと師匠に言うと、この辺りに住んでいる人間は元々この地域に住んでいた人間の血が濃いのだと教えてくれた。
それを言われ、なるほど、と俺は即座に納得する。
俺たち王族は、遥か昔にここからは大分離れた場所からやって来て、この土地を自分たちのものとしたと歴史で習った。
領土拡大はどこにでもある話とはいえ、侵略された側からしてみれば、勝手にやって勝手に侵略し、勝手に王様を名乗られた訳である。勝手をするにもほどがあると思われても、言い訳のしようがない。
だから、俺のこの金髪は、侵略者の血が含まれている証明だってことだ。勿論、全員が全員そうな訳じゃない。
色んな肌の人もいるし、様々な土地から人が流入している。だが、目立つは目立つだろう。そして目立ってもいいことがないことくらい、分かった。
ということで、俺は髪の毛を木の葉で染めることにした。
俺が家出してきたことを知った師匠は、きっと探されるだろうと俺が躊躇いつつも伝えると、すぐに染色屋から染髪料を入手してくれた。
また余計なお金を使わせてしまったなと後悔したが、「今更弟子を盗られる気はないからな」と照れくさそうに言われては、遠慮など出来る筈もない。
師匠もタチアナもハンナおばさんも近所の人々も、皆大好きだ。余所者の俺を当たり前の様に受け入れてくれる度量の深さに、次第に俺は、自分もいつかこうなりたいと思う様になっていた。
そしてある日、師匠とハンナおばさんが一向に進展しない俺たちの仲にいよいよ痺れを切らしたのか、工房を同時に休みにして俺たちの休みを合わせてくれた。
私たちは用事があるから二人で出かけるようにと言い渡された時の、タチアナの表情。あれは多分、意味を分かっている。
――いよいよか。
俺は、自分がこれから、告白という一世一代の大勝負に出る日が来たことを知った。
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