尻尾が生えたら優等生な幼馴染みがキスをすると言い出した

ミドリ

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10 ニセキス

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 文字通り、固まった。

 その間に、セイのいつの間にか大きくなった手が、私の首と後頭部を優しく支える。

「セ……」

 目を眩しそうに細めたセイの顔が斜めに近付いてきたかと思うと、私の唇にセイのそれが重なった。

 目を閉じるタイミングを失った私は、薄らと目を開いているセイの目をただ凝視する。キスをするとは決まっていたが、まさかこんな風に真面目にキスされるとは思ってもみなくて、しかもチョン、程度の軽いキスだと想定していたのに、――長い。

 あまりのことに息を止めていたが、唇を重ねた状態で口で息をしてもいいのか分からないし、勢いのまま鼻でフンと息をしてもいいものなのだろうか。

 そこまで高速で悩んだが、考えてみたらこれはお芝居だ。たとえ無様な姿を晒そうが、幻滅されようが、セイと私は本当の恋人同士ではない。

 じゃあいいか、離そう、そう思うが、セイとのキスを終わりにしたくなくて、息が続くその限界ぎりぎりまで味わいたくなってしまった。

 それにしても長い。もうさすがに苦しい。限界かも。

 苦しくてプルプル震え出した私の振動が伝わったのだろう、やがてセイがゆっくりと顔を離すと、私は急いで口を開けて呼吸をした。

「はあっはあっ……長いよ!」

 思わず文句が飛び出したが、セイは相変わらず読めない真剣な表情のままだ。

 セイの視線の先を追う。私の頭の上だ。

「……まだ耳があるんだけど」
「えっ」

 急いで手を後ろに回すと、尻尾に触れた。パタパタと高速で左右に動いているからか、スカートが結構な高さまでまくれている。後ろに人がいないことを祈ろう。

 ごくり、とセイが唾を嚥下する音が聞こえた。相変わらずセイは私の後頭部を支えたままで、もうキスは終わったというのにどうして離さないんだろう。セイもなんだかんだ言ってテンパってるのだろうか。

 何かを言い淀む様に、セイの口が少し開き、また閉じる。それがキュッと真一文字に結ばれたかと思うと、セイが私を睨むような目つきで直視してきた。その距離は、多分十センチにも満たない。

「あのさ」
「え、う、うん」
「前にお前、俺の頭に白髪が生えてるって言って髪の毛引っこ抜いたことあったよな? 一週間くらい前に」

 ぎくっと私は大いに動揺した。

「あ、あ、あったっけそんなことっ」
「なあ」

 セイの熱い息が、私の鼻腔をくすぐる。

 セイの鼻の頭が、私の鼻の頭にぴとりとくっついた。この距離は、拙くないか? 幼馴染みの距離では――ない。

「セ、セイ……?」

 声が震えた。情けないことこの上ないが、勇気のなさには自信がある。なんせ告白なんて無理無理と思って神だのみする様な女だ。後で失敗しても、おまじない効かなかったね、と笑える逃げ道を残して。

「……さっきの、俺の髪の毛、だよな?」
「…………」

 セイの声が、すぐ目の前から聞こえる。囁く様な声は低くて、ああセイはやっぱり男の子なんだなあとこんな時なのに思った。

「染めた感じじゃなかったし、毎日見てる色だから、間違わない」

 じゃあ何で聞くんだ。聞いてどうするんだ。私の気持ちがセイにばれなければ、このまま憎まれ口を叩き合える勝手知ったる幼馴染みの関係が続けられるのに。

 ――どうせ叶いっこない願いだったんだから、せめて関係は壊したくなかったのに。

 やばい、そう思った時には遅かった。

 目頭が一気に熱くなったかと思うと、勝手に涙がどんどん溢れ始める。至近距離で私を見つめていたセイの顔に、焦りが浮かんだ。

「キョウ? 待て、何で泣くんだよ」
「さ……っ」
「さ?」
「避けないで……っ」

 情けない自分勝手な願いが、口からポロリとこぼれ出た。

 好きだなんてばれたくなかった。だってセイには好きな人がいるんだから。好きだとばれて、セイが私から離れていくのが怖かった。だったらセイに彼女が出来ても、幼馴染みポジションというちょっと小狡い位置をキープしようと思っていた。

「は? 避ける? ちょっと待て、何で俺がキョウを避けないといけないんだよ」
「だ、だって……っ」

 セイは私の後頭部を支えたまま、困った顔をしている。セイを困らせているのは、どう考えても私だ。まさか私がセイのことを好きだなんて思ってもみなかったのだろう。

 セイは私のことは昔は好きだったのだろうが、最後に私にキスをしてからは、一切してこなくなった。お互い好き合っていると思ってたけど、ぱったりと無くなったその日から、想いは私の一方通行に変わったと知った。

 好きな人がいる、そういう噂が耳に入ってくる様になったのは、それからだったから。ああ、別に好きな人が出来たんだ。出来たから、子供の頃から一緒にいて何となくチュッチュしていた私としなくなったんだ。そう、納得せざるを得なかった。

 その日から、私は気心の知れた理解のある幼馴染みを目指すことにしたのだ。

 そんな状態でも、傍にいたかったから。

「……っ」

 何を言ったらこの場が丸く収まるのか検討がつかなくて、私は逃げの体勢に入ると、セイの手から逃げる様に身体を捻る。

「――キョウ!」

 セイに背中を向けようとしたその時、セイが私の手首を掴んだと思うとセイの腕の中に引き寄せ、上から覆う様に何故かもう一度、今度は荒々しく唇を重ねてきたのだった。
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