10 / 13
10 ニセキス
しおりを挟む
文字通り、固まった。
その間に、セイのいつの間にか大きくなった手が、私の首と後頭部を優しく支える。
「セ……」
目を眩しそうに細めたセイの顔が斜めに近付いてきたかと思うと、私の唇にセイのそれが重なった。
目を閉じるタイミングを失った私は、薄らと目を開いているセイの目をただ凝視する。キスをするとは決まっていたが、まさかこんな風に真面目にキスされるとは思ってもみなくて、しかもチョン、程度の軽いキスだと想定していたのに、――長い。
あまりのことに息を止めていたが、唇を重ねた状態で口で息をしてもいいのか分からないし、勢いのまま鼻でフンと息をしてもいいものなのだろうか。
そこまで高速で悩んだが、考えてみたらこれはお芝居だ。たとえ無様な姿を晒そうが、幻滅されようが、セイと私は本当の恋人同士ではない。
じゃあいいか、離そう、そう思うが、セイとのキスを終わりにしたくなくて、息が続くその限界ぎりぎりまで味わいたくなってしまった。
それにしても長い。もうさすがに苦しい。限界かも。
苦しくてプルプル震え出した私の振動が伝わったのだろう、やがてセイがゆっくりと顔を離すと、私は急いで口を開けて呼吸をした。
「はあっはあっ……長いよ!」
思わず文句が飛び出したが、セイは相変わらず読めない真剣な表情のままだ。
セイの視線の先を追う。私の頭の上だ。
「……まだ耳があるんだけど」
「えっ」
急いで手を後ろに回すと、尻尾に触れた。パタパタと高速で左右に動いているからか、スカートが結構な高さまでまくれている。後ろに人がいないことを祈ろう。
ごくり、とセイが唾を嚥下する音が聞こえた。相変わらずセイは私の後頭部を支えたままで、もうキスは終わったというのにどうして離さないんだろう。セイもなんだかんだ言ってテンパってるのだろうか。
何かを言い淀む様に、セイの口が少し開き、また閉じる。それがキュッと真一文字に結ばれたかと思うと、セイが私を睨むような目つきで直視してきた。その距離は、多分十センチにも満たない。
「あのさ」
「え、う、うん」
「前にお前、俺の頭に白髪が生えてるって言って髪の毛引っこ抜いたことあったよな? 一週間くらい前に」
ぎくっと私は大いに動揺した。
「あ、あ、あったっけそんなことっ」
「なあ」
セイの熱い息が、私の鼻腔をくすぐる。
セイの鼻の頭が、私の鼻の頭にぴとりとくっついた。この距離は、拙くないか? 幼馴染みの距離では――ない。
「セ、セイ……?」
声が震えた。情けないことこの上ないが、勇気のなさには自信がある。なんせ告白なんて無理無理と思って神だのみする様な女だ。後で失敗しても、おまじない効かなかったね、と笑える逃げ道を残して。
「……さっきの、俺の髪の毛、だよな?」
「…………」
セイの声が、すぐ目の前から聞こえる。囁く様な声は低くて、ああセイはやっぱり男の子なんだなあとこんな時なのに思った。
「染めた感じじゃなかったし、毎日見てる色だから、間違わない」
じゃあ何で聞くんだ。聞いてどうするんだ。私の気持ちがセイにばれなければ、このまま憎まれ口を叩き合える勝手知ったる幼馴染みの関係が続けられるのに。
――どうせ叶いっこない願いだったんだから、せめて関係は壊したくなかったのに。
やばい、そう思った時には遅かった。
目頭が一気に熱くなったかと思うと、勝手に涙がどんどん溢れ始める。至近距離で私を見つめていたセイの顔に、焦りが浮かんだ。
「キョウ? 待て、何で泣くんだよ」
「さ……っ」
「さ?」
「避けないで……っ」
情けない自分勝手な願いが、口からポロリとこぼれ出た。
好きだなんてばれたくなかった。だってセイには好きな人がいるんだから。好きだとばれて、セイが私から離れていくのが怖かった。だったらセイに彼女が出来ても、幼馴染みポジションというちょっと小狡い位置をキープしようと思っていた。
「は? 避ける? ちょっと待て、何で俺がキョウを避けないといけないんだよ」
「だ、だって……っ」
セイは私の後頭部を支えたまま、困った顔をしている。セイを困らせているのは、どう考えても私だ。まさか私がセイのことを好きだなんて思ってもみなかったのだろう。
セイは私のことは昔は好きだったのだろうが、最後に私にキスをしてからは、一切してこなくなった。お互い好き合っていると思ってたけど、ぱったりと無くなったその日から、想いは私の一方通行に変わったと知った。
好きな人がいる、そういう噂が耳に入ってくる様になったのは、それからだったから。ああ、別に好きな人が出来たんだ。出来たから、子供の頃から一緒にいて何となくチュッチュしていた私としなくなったんだ。そう、納得せざるを得なかった。
その日から、私は気心の知れた理解のある幼馴染みを目指すことにしたのだ。
そんな状態でも、傍にいたかったから。
「……っ」
何を言ったらこの場が丸く収まるのか検討がつかなくて、私は逃げの体勢に入ると、セイの手から逃げる様に身体を捻る。
「――キョウ!」
セイに背中を向けようとしたその時、セイが私の手首を掴んだと思うとセイの腕の中に引き寄せ、上から覆う様に何故かもう一度、今度は荒々しく唇を重ねてきたのだった。
その間に、セイのいつの間にか大きくなった手が、私の首と後頭部を優しく支える。
「セ……」
目を眩しそうに細めたセイの顔が斜めに近付いてきたかと思うと、私の唇にセイのそれが重なった。
目を閉じるタイミングを失った私は、薄らと目を開いているセイの目をただ凝視する。キスをするとは決まっていたが、まさかこんな風に真面目にキスされるとは思ってもみなくて、しかもチョン、程度の軽いキスだと想定していたのに、――長い。
あまりのことに息を止めていたが、唇を重ねた状態で口で息をしてもいいのか分からないし、勢いのまま鼻でフンと息をしてもいいものなのだろうか。
そこまで高速で悩んだが、考えてみたらこれはお芝居だ。たとえ無様な姿を晒そうが、幻滅されようが、セイと私は本当の恋人同士ではない。
じゃあいいか、離そう、そう思うが、セイとのキスを終わりにしたくなくて、息が続くその限界ぎりぎりまで味わいたくなってしまった。
それにしても長い。もうさすがに苦しい。限界かも。
苦しくてプルプル震え出した私の振動が伝わったのだろう、やがてセイがゆっくりと顔を離すと、私は急いで口を開けて呼吸をした。
「はあっはあっ……長いよ!」
思わず文句が飛び出したが、セイは相変わらず読めない真剣な表情のままだ。
セイの視線の先を追う。私の頭の上だ。
「……まだ耳があるんだけど」
「えっ」
急いで手を後ろに回すと、尻尾に触れた。パタパタと高速で左右に動いているからか、スカートが結構な高さまでまくれている。後ろに人がいないことを祈ろう。
ごくり、とセイが唾を嚥下する音が聞こえた。相変わらずセイは私の後頭部を支えたままで、もうキスは終わったというのにどうして離さないんだろう。セイもなんだかんだ言ってテンパってるのだろうか。
何かを言い淀む様に、セイの口が少し開き、また閉じる。それがキュッと真一文字に結ばれたかと思うと、セイが私を睨むような目つきで直視してきた。その距離は、多分十センチにも満たない。
「あのさ」
「え、う、うん」
「前にお前、俺の頭に白髪が生えてるって言って髪の毛引っこ抜いたことあったよな? 一週間くらい前に」
ぎくっと私は大いに動揺した。
「あ、あ、あったっけそんなことっ」
「なあ」
セイの熱い息が、私の鼻腔をくすぐる。
セイの鼻の頭が、私の鼻の頭にぴとりとくっついた。この距離は、拙くないか? 幼馴染みの距離では――ない。
「セ、セイ……?」
声が震えた。情けないことこの上ないが、勇気のなさには自信がある。なんせ告白なんて無理無理と思って神だのみする様な女だ。後で失敗しても、おまじない効かなかったね、と笑える逃げ道を残して。
「……さっきの、俺の髪の毛、だよな?」
「…………」
セイの声が、すぐ目の前から聞こえる。囁く様な声は低くて、ああセイはやっぱり男の子なんだなあとこんな時なのに思った。
「染めた感じじゃなかったし、毎日見てる色だから、間違わない」
じゃあ何で聞くんだ。聞いてどうするんだ。私の気持ちがセイにばれなければ、このまま憎まれ口を叩き合える勝手知ったる幼馴染みの関係が続けられるのに。
――どうせ叶いっこない願いだったんだから、せめて関係は壊したくなかったのに。
やばい、そう思った時には遅かった。
目頭が一気に熱くなったかと思うと、勝手に涙がどんどん溢れ始める。至近距離で私を見つめていたセイの顔に、焦りが浮かんだ。
「キョウ? 待て、何で泣くんだよ」
「さ……っ」
「さ?」
「避けないで……っ」
情けない自分勝手な願いが、口からポロリとこぼれ出た。
好きだなんてばれたくなかった。だってセイには好きな人がいるんだから。好きだとばれて、セイが私から離れていくのが怖かった。だったらセイに彼女が出来ても、幼馴染みポジションというちょっと小狡い位置をキープしようと思っていた。
「は? 避ける? ちょっと待て、何で俺がキョウを避けないといけないんだよ」
「だ、だって……っ」
セイは私の後頭部を支えたまま、困った顔をしている。セイを困らせているのは、どう考えても私だ。まさか私がセイのことを好きだなんて思ってもみなかったのだろう。
セイは私のことは昔は好きだったのだろうが、最後に私にキスをしてからは、一切してこなくなった。お互い好き合っていると思ってたけど、ぱったりと無くなったその日から、想いは私の一方通行に変わったと知った。
好きな人がいる、そういう噂が耳に入ってくる様になったのは、それからだったから。ああ、別に好きな人が出来たんだ。出来たから、子供の頃から一緒にいて何となくチュッチュしていた私としなくなったんだ。そう、納得せざるを得なかった。
その日から、私は気心の知れた理解のある幼馴染みを目指すことにしたのだ。
そんな状態でも、傍にいたかったから。
「……っ」
何を言ったらこの場が丸く収まるのか検討がつかなくて、私は逃げの体勢に入ると、セイの手から逃げる様に身体を捻る。
「――キョウ!」
セイに背中を向けようとしたその時、セイが私の手首を掴んだと思うとセイの腕の中に引き寄せ、上から覆う様に何故かもう一度、今度は荒々しく唇を重ねてきたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる