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レオハルト•オヘアの場合
「王太子様、今日もご機嫌麗しく、、、」
「ハルの施術の日だから、朝から楽しみに待ってたんだ。」
毎度同じ口上だというのに王太子様は律儀に返してくれる。
もっと気の利いたことでも言えればいいのだが、そんな言葉がつらつらと出てくるような要領のいい性格ではないし、そんな上等な教育も受けていない。
訳あって13歳までは貴族の家に飼われていたが、檻に入れられるばかりで教育までは施されていないのだ。
「いつでも準備できているよ。」
王太子様はそう言ってバスローブを脱ぎ、さっそく下穿き一枚になった。
鍛え上げた肉体に褐色の肌がよく映えるが、見惚れている暇はない。
オイルに微かに香る程度の粉香を少量の水で溶いたものを足し、急いで練り上げる。
いつまでも下穿き一枚で王太子様を待たせるわけにはいかないのだ。
王太子様とその側近の方しか利用できないこのサロンに、不自然に置かれた小さめのシングルのベッド。
そこに汚れないよう、鞄から出したタオルを敷き詰める。
「あぁー、これだ……。この匂い。癒される……。」
タオルを敷いた途端、王太子様はゴロンとうつ伏せに寝転がり、タオルに鼻を擦り付けた。
大きく鼻から息を吸っては吐き、スーハースーハー音まで聞こえる。
「ハルのフェロモンの匂いは最高だよ。あーー、疲れが溶けて消えていく。なんて落ち着く香りなんだ。」
「……ありがとうございます。」
自分の匂いを褒められるのは何とも気恥ずかしいものだ。
そんなに匂うのだろうか……。
ちゃんと毎回綺麗に洗濯しているのに。
まだタオルを敷いただけだというのに、この時点で既に王太子様の目はとろんと微睡んでいる。
施術を始めるとすぐ寝てしまうほど寝付きがいいのだが、ハルが王宮に通い始めるまでは意外なことに不眠症だったらしい。
初めて会ったときは顔色も悪く、虚な目の下にでっかい隈を作っていてかなり痛々しい状態だったのを覚えている。
きっと王位継承者としていろいろ重責なんかがあるのだろう。
ハルみたいなただの庶民には想像もつかないが、、、
王太子様の背中にとろりと粉香を混ぜたオイルを垂らす。
彼のお気に入りはラベンダーの粉香だ。
ハルのフェロモンとの相性が抜群だと彼は言うが、ハル自身、自分のフェロモンの匂いを感じたことはないのでよく分からない。
魔法で掌の温度を40度前後まで温めていく。
この世界の人であれば一人一つは使える魔法。
ハルの魔法は『体の温度を自由自在に変えることができる』というものだ。
仕事とお湯を沸かすこと以外で役に立ったことはあまりない。
オイルを伸ばすと、まずは首から肩に掛けて優しく揉み込んでいく。
「あーー、あったかくて気持ちがいい。
本当にハルの施術は最高だね。
ハルをお嫁さんにもらえる人は幸せ者だ。24時間この匂いを嗅いでいられるなんて羨ましいよ。
でもハルは特殊オメガだからなぁ。
後継の問題がなければ、俺がお嫁にもらいたいくらいだけど。
ほんと惜しいなぁ。」
王太子様はくぐもった声で話しながらも、すでに目は瞑っている。
このセリフも毎度のことだ。
いつも「惜しい。惜しい。」と言いながら寝てしまう。
ハルはオメガだが特殊オメガというとても珍しい性質の持ち主だ。
ハルの場合は、フェロモンでアルファの発情を誘発することができない。
それどころかフェロモンにリラックス効果があり、興奮を鎮め心穏やかにしたり、他にも安眠効果、鎮痛効果まである……らしい。
つまりハルのフェロモンを嗅ぐと情欲を煽られるどころか逆に心静かに和んでしまう。
それに特殊オメガは子をつくることが難しいのだ。
特殊オメガに子供ができた例は世界でも数えるほどしかない。
王太子様が言う、後継の問題というのはそう言う意味だろう。
もともとハルは一般庶民の家庭に生まれたオメガだ。
そして赤子のうちに貴族へ売られた。
オメガは能力の高いアルファを産むが、希少で貴族家庭にだって滅多に産まれない。
そのため高く売れるらしい。
人攫いにも遭いやすく、庶民の家庭でオメガの子供を守り切るのは無理がある。
なので攫われるくらいなら……と貴族に引き取ってもらうケースが多いと聞いた。
ハルが買い取られた先も裕福な貴族の家だった。
でも選民意識の高い人たちで庶民の子供などゴミも同然という人達だった。
物心つく頃には檻に入れられていて、それを不思議に思ったこともない。
発情期を迎えたら子供だけ産ませて、ハル自身は棄てる気だったのかもしれない。
だが、残念なことにハルはアルファを誘惑できないし、子供もできない。
特殊オメガのせいか他のオメガと違い華奢で可憐な容貌もしておらず、体躯もアルファやベータと大差ない。
13になる頃に特殊オメガだと発覚したため、発情期を迎えるまでもなく森に捨てられた。
不良品を掴まされたと派手に折檻され、森で死にそうになってたところを師匠に拾われ現在に至る。
王太子様の肩から背中、脚‥‥とほぐし終わり、そっとタオルを掛けた。
本当はこの後、仰向けになってもらって腕や膝もほぐしたいのだが、かなりよく寝ている。
王太子様は忙しくてあまり睡眠も取れないらしい。
ここで少しでも休めればいい……とハルは静かに道具を片付け始めた。
後は起きるのを待つばかりだ。
持参した本を片手に、ベッドサイドに備えられた座り心地の良いソファへと腰掛ける。
部屋の灯りをいくらか落とし、手元が見えるだけのランプを机に置く。
今日持ってきたのは、昨日図書館で借りた騎士の伝記物である。
最近は英雄ものの物語にハマっており、借りるのはもっぱらそういった類いのものだ。
静かな空間にページを捲る紙擦れの音だけが聞こえる。
窓の外にはすでに暗く、3階ということもあって城下の町灯りがよく見える。
ハルはこの時間が嫌いではなかった。
「んっ……ごめん。また寝ちゃったか。」
「いえ。」
暫くして王太子様が目を覚ました。
髪を掻き上げながら欠伸する彼を見て思う。
かっこいい人は起き抜けでも関係なくかっこいいのだな。――――――と。
「毎回待たせてしまってごめんね。」
「……いえ。僕が勝手に待ってるだけなので。」
「ハルは優しいね。遅くなってしまったから馬車で送らせようか?」
「……いえ」
「分かった。気を付けて帰ってね。
これよかったら夕食に食べて。今日は鴨肉だって。」
これも毎度お馴染みのやり取りだ。
王太子様は王族なのに、ハルみたいなものにも躊躇なく謝る。
それに家に帰ってから作ったんじゃ遅くなるだろうからと毎回ハルに夕食を持たせてくれる。
偉い人なのに気遣いが細やかだ。
国一番のモテ男と名高い王太子様だが、きっと地位とかじゃなくて人柄に惹かれる人が多いんだと思う。
「明日は中隊長様か……。」
中隊長様が好きな粉香まだあったかな?
などと考えながらハルは今日も街灯りを目指し、丘を下るのである。
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