後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

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第三章 後宮の花たち

第十一話

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 あれから、定期的にファン様とお茶会をしている。

 場所はファン様の宮であったり、わたくしの宮であったり、庭園の東屋であったりと様々。

 話す内容は後宮での不満であったり、庭園で咲き乱れる花のこと、ファン様が自分の宮の庭に植えた花のことなど、他愛のない内容ばかりだ。

 わたくしたちの交流は変わらず、穏やかに、されど確かに続いていた。

 そんなある日、いつものようにわたくしの宮で談笑しながらお茶を飲んでいると、不意に呼吸の乱れを感じた。

「メイリン様? どうされました?」

 わたくしの様子がおかしくなったことに気がついたファン様が尋ねてくるけれど、うまく答えることができない。

 そうしている内にだんだんと息が吸えなくなってきて、身体も震え始め、苦しみのあまり手に力が入らなくなり、持っていたお茶を床に落とす。

「メイリン様!?」

 そして座っていることすら難しくなり、わたくしの身体は椅子から落ちてしまい、床に倒れ込む。

 ファン様が慌てて自分の席から立ち上がって駆け寄り、声をかけたりしてくれているように見えるが、不思議と声が遠のいていくように感じてよく聞こえない。

 身体が動かない、声も出ない、息ができない。

 わたくしは……どうなっているのだろうか……。

 何も分からない。

 唐突な苦しみの中、わたくしはついに意識を保つことすらできなくなり、静かに目を閉じた。

 ――頬に何かが触れるのを感じ、ゆっくりと目を開けると、苦しそうな表情をした皇帝陛下の顔が目に入った。

「こうてい……へいか……」

「目覚めたか……。良かった」

 わたくしの声を聞いた皇帝陛下は、少しばかり安堵の表情を見せる。

 そしてわたくしの頬に触れていた手をゆっくりと動かし、優しい手つきで頬を撫でてくる。

 状況が理解できず、ひとまずここはどこだろうかと目線だけ動かして周囲を見ると、どうやらわたくしの宮の寝室のようだった。

 いつもの柔らかな寝台の上に寝かされていて、その傍に皇帝陛下が立っていて、わたくしを見下ろしているらしかった。

「身体の調子はどうだ? 気分が悪いなどはないか?」

 皇帝陛下にそう尋ねられて、寝起きで少し呆けた頭で、懸命に自分の状態を確認する。

 呼吸は……普通にできる。

 身体の震えもない。

 気分が悪いということも、特に感じなかった。

 上半身を起こそうと身体に力を込めると、少し辛くはあるが、寝台の上で座る状態を維持することもできた。

「……問題……なさそうです……」

 自分の状態を確認してから、そう答える。

 声も問題なく出るようだ。

「そうか……ならば良かった」

 皇帝陛下はわたくしの答えを聞いてか、動いている姿を見てか、優しげな笑みを浮かべて、再びわたくしの頬を撫でる。

 なぜ頬を撫でているのだろうと思いながらも、そこは尋ねずに、わたくしはそのままの疑問をぶつける。

「皇帝陛下……わたくしは……わたくしの身に、一体なにがあったのですか?」

 そう尋ねると、皇帝陛下の顔から笑みが消えて真剣な面持ちになり、頬を撫でていた手もゆっくりと離れていった。

 そして皇帝陛下の口がゆっくりと開かれる。

「……そなたの飲んでいた茶に、毒が入っていた」

 わたくしは少しの驚きを感じたが、とも思っていた。

 後宮という皇帝陛下の寵愛を取り合う場で、後宮一の美姫などと言われ、皇帝陛下の通いも多い女がいれば、それをよく思わない人物が現れるのは当然のことだ。

 なので、わたくしは皇帝陛下に淡々と尋ねる。

「毒を盛った犯人は見つかったのですか?」

 すると今度は皇帝陛下が少しだけ驚いた表情をしていたが、すぐに真剣な面持ちに戻って答える。

「フォンスという妃が、女官を脅してそなたの茶に毒を入れさせたことが分かった」

 その答えを聞いて、わたくしの中にもう驚きの感情はなかった。

 正面からお茶を引っ掛けてくるような方だ……毒を盛ったとしても、何ら不思議はないだろう。

 普段の飲食物には気を付けていたけれど、お茶会の時は油断していたため、わたくしはフォンス様の思惑通りに倒れてしまったということか。

 これは油断していたわたくしにも非があるわね。

 そんな騒動にファン様を巻き込んでしまったことに申し訳無さを感じていると、皇帝陛下がさらに言葉を続けた。

「しかしフォンスは女官に命じたことを認めず、女官も自白した後に自ら毒を食らって自害してしまったため……この件は女官の犯行ということだけで処理される」

 申し訳無さそうな、苦虫を噛み潰したような表情をしながら皇帝陛下がそう告げる。

「フォンス様にはお咎めなし……ということですか?」

 皇帝陛下の言葉が信じられず尋ねると、彼は頭を掻きながら困ったように答える。

「フォンスの父であるソは、王宮で重要な役職についている責任感が強い男でな……娘が毒殺を図ったと知ったら、辞職どころか自害しかねないのだ」

 わたくしは、純粋に驚いた。

 人を殺そうとしておきながら、父親が王宮で重役についているから娘にお咎めなしとは……後宮とはすごい場所だなと、ただ感心するばかりだった。

 そんな状態だからこそ、フォンス様はあのように大きな顔をなさっているのだろうとも思ったが、それは皇帝陛下に告げるべきではないだろう。

 皇帝陛下の表情から、彼も今回の件では何もできずに、責任を感じていらっしゃるようだから。

「皇帝でありながら、何もできずすまない……」

「わたくしもこのように無事ですから、どうぞ気になさらないでくださいませ」

 皇帝陛下が謝ってきたので、わたくしはにっこりと笑みを浮かべて答える。

 すると皇帝陛下がまた困ったような、泣きそうな表情をしたかと思うと、わたくしを包み込むように抱きしめてきた。

「ど、どうなされたのですか?」

 突然のことに戸惑っていると、皇帝陛下の腕にさらに力が入る。

 痛くはないけれど、身体の自由が効かないほどの強さだった。

 身動きも取れずに、ただただ困惑していると、皇帝陛下がやっと口を開く。

「そなたが無事で……本当に良かった……」

 皇帝陛下の声は泣いているような、苦しみからやっと解放されたような……絞り出すような声だった。

 どうやら皇帝陛下にかなり心配をかけてしまっていたらしい。

「……ご心配をおかけしました」

 申し訳無さを感じながらも、わたくしは皇帝陛下を落ち着かせるようなゆったりとした声で、ただそう答えた。
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