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第五章 皇后という存在
第十九話
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「皇帝陛下は、わたくしを皇后にしたいとお考えですか?」
わたくしがそう尋ねると、皇帝陛下は目を丸くして驚きの表情を浮かべていた。
皇太后様とのお茶会から数日が経ち、いつも通りの平和な日常を送っていたある日、ふっと気になったことを皇帝陛下に尋ねてみた。
皇帝陛下がわたくしのことを好いてくださっていることは日頃の言動から感じているし、手は出さないものの、たくさんの気遣いをいただいているという自覚もある。
けれど閨を共にしていない以上、子を成すことはできないため、皇太子を産んだ妃が自動的におさまる皇后の席にわたくしが座ることもない。
そもそも、わたくしにはイェン兄様という想い人がいて、他に好いた男のいる女を抱く趣味はないと皇帝陛下は仰っている。
そしてわたくしはイェン兄様の傍にいたいから後宮を出るつもりはないけれど、子を成さない妃がいることを、皇太后様がよく思わないであろうことは先日の茶会で理解した。
この状態を『寵姫だから』の一言で片付けるのは難しいだろう。
そして何よりも、皇帝陛下はわたくしをどうしたいのだろうかという疑問からの質問だった。
そんなわたくしの問いに皇帝陛下は驚きの表情を浮かべていたけれど、しばらくすると皇帝の顔になって口を開く。
「……別にどちらでも良い」
威厳ある表情から飛び出した、興味がなさそうな答えに、今度はわたくしの方がぽかんっと驚きの表情を浮かべることになった。
「皇后とはあくまで皇帝の正妃、皇太子の母……それ以上でも、それ以下でもない」
「いやいや……皇后ともなれば、後宮の主になったも同然ではないですか」
皇帝陛下の興味なさげな冷たい言葉を、わたくしは否定する。
ほとんどの妃たちは、皇后という座を目指して、醜い争い(暗殺とか嫌がらせとか)を繰り広げているのだから。
そんな言葉も、皇帝陛下の冷めきった心には届いた様子はない。
「確かにただの妃よりは立場が上になるかもしれんが、皇后が国政や後継者争い、役人の出世に干渉しないよう配慮しているから、他の妃とできることは特に変わらん」
「そうなのですか……」
「まぁ、そもそもそんなことを考えそうな妃のもとには通わないか、閨を共にしないようにしているから大丈夫だがな」
皇帝陛下はあっけらかんと、そして冷たくそう言った。
後宮はドロドロしているのに、皇帝陛下自身はあっさりとしたものだなと、勢力争いをしている妃たちが少しばかり不憫に思えた。
そして好奇心が止まらないわたくしは、さらに質問を続ける。
「では、フォンス様やファン様はどうなのですか? ガルシア様を歓迎する宴に参加しておりましたが」
「フォンスはアレの父親の顔を立てて妃にしたが、権力に固執する典型的な女だからな。贈り物をして機嫌はとっているが、あまり宮に顔を出していない。閨など論外だ」
「確かに……皇后の座を真っ直ぐに目指し、わたくしを毒殺しに来ましたからね……」
「本人は認めなかったがな」
わたくしたちは、あの時のことを思い出してげんなりした。
かと思うと、皇帝陛下が気を取り直したように上の方に視線を向け、思い出すようにしながら今一度口を開く。
「ファンは父親の都合で送り込まれた、これまた典型的な不憫な女だな。多少は通っているが、皇后にすると父親の方が面倒になりそうだから、閨を共にすることはない」
「では、逆に皇帝陛下はどんなお妃様の元に通っていらっしゃるのですか?」
「そうだな……淡白というか、冷静で悲壮感なく、本人や親族に野心がない妃を見極めて、閨の相手を選んでいる」
「そんなに野心がある方を皇后にするのがお嫌なのですか?」
あまりにも皇帝陛下が野心のある女性を嫌がっているように感じたので、わたくしは純粋に気になって尋ねる。
「母が皇后だから、皇太后だからと、権力に固執する女でな。そんな女を幼い頃から見続けていれば、嫌にもなるさ」
「なるほど……」
確かにお茶会の時に、皇太后様が『皇后を目指すのであれば』『妃たるもの』と仰っていたのが思い起こされた。
「なんとも……後宮という場所も、妃や皇帝陛下のお立場も……大変なのですね」
「全くだ……」
わたくしが呟くようにして言葉を漏らすと、皇帝陛下もげんなりとした様子で同意していた。
わたくしがそう尋ねると、皇帝陛下は目を丸くして驚きの表情を浮かべていた。
皇太后様とのお茶会から数日が経ち、いつも通りの平和な日常を送っていたある日、ふっと気になったことを皇帝陛下に尋ねてみた。
皇帝陛下がわたくしのことを好いてくださっていることは日頃の言動から感じているし、手は出さないものの、たくさんの気遣いをいただいているという自覚もある。
けれど閨を共にしていない以上、子を成すことはできないため、皇太子を産んだ妃が自動的におさまる皇后の席にわたくしが座ることもない。
そもそも、わたくしにはイェン兄様という想い人がいて、他に好いた男のいる女を抱く趣味はないと皇帝陛下は仰っている。
そしてわたくしはイェン兄様の傍にいたいから後宮を出るつもりはないけれど、子を成さない妃がいることを、皇太后様がよく思わないであろうことは先日の茶会で理解した。
この状態を『寵姫だから』の一言で片付けるのは難しいだろう。
そして何よりも、皇帝陛下はわたくしをどうしたいのだろうかという疑問からの質問だった。
そんなわたくしの問いに皇帝陛下は驚きの表情を浮かべていたけれど、しばらくすると皇帝の顔になって口を開く。
「……別にどちらでも良い」
威厳ある表情から飛び出した、興味がなさそうな答えに、今度はわたくしの方がぽかんっと驚きの表情を浮かべることになった。
「皇后とはあくまで皇帝の正妃、皇太子の母……それ以上でも、それ以下でもない」
「いやいや……皇后ともなれば、後宮の主になったも同然ではないですか」
皇帝陛下の興味なさげな冷たい言葉を、わたくしは否定する。
ほとんどの妃たちは、皇后という座を目指して、醜い争い(暗殺とか嫌がらせとか)を繰り広げているのだから。
そんな言葉も、皇帝陛下の冷めきった心には届いた様子はない。
「確かにただの妃よりは立場が上になるかもしれんが、皇后が国政や後継者争い、役人の出世に干渉しないよう配慮しているから、他の妃とできることは特に変わらん」
「そうなのですか……」
「まぁ、そもそもそんなことを考えそうな妃のもとには通わないか、閨を共にしないようにしているから大丈夫だがな」
皇帝陛下はあっけらかんと、そして冷たくそう言った。
後宮はドロドロしているのに、皇帝陛下自身はあっさりとしたものだなと、勢力争いをしている妃たちが少しばかり不憫に思えた。
そして好奇心が止まらないわたくしは、さらに質問を続ける。
「では、フォンス様やファン様はどうなのですか? ガルシア様を歓迎する宴に参加しておりましたが」
「フォンスはアレの父親の顔を立てて妃にしたが、権力に固執する典型的な女だからな。贈り物をして機嫌はとっているが、あまり宮に顔を出していない。閨など論外だ」
「確かに……皇后の座を真っ直ぐに目指し、わたくしを毒殺しに来ましたからね……」
「本人は認めなかったがな」
わたくしたちは、あの時のことを思い出してげんなりした。
かと思うと、皇帝陛下が気を取り直したように上の方に視線を向け、思い出すようにしながら今一度口を開く。
「ファンは父親の都合で送り込まれた、これまた典型的な不憫な女だな。多少は通っているが、皇后にすると父親の方が面倒になりそうだから、閨を共にすることはない」
「では、逆に皇帝陛下はどんなお妃様の元に通っていらっしゃるのですか?」
「そうだな……淡白というか、冷静で悲壮感なく、本人や親族に野心がない妃を見極めて、閨の相手を選んでいる」
「そんなに野心がある方を皇后にするのがお嫌なのですか?」
あまりにも皇帝陛下が野心のある女性を嫌がっているように感じたので、わたくしは純粋に気になって尋ねる。
「母が皇后だから、皇太后だからと、権力に固執する女でな。そんな女を幼い頃から見続けていれば、嫌にもなるさ」
「なるほど……」
確かにお茶会の時に、皇太后様が『皇后を目指すのであれば』『妃たるもの』と仰っていたのが思い起こされた。
「なんとも……後宮という場所も、妃や皇帝陛下のお立場も……大変なのですね」
「全くだ……」
わたくしが呟くようにして言葉を漏らすと、皇帝陛下もげんなりとした様子で同意していた。
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