【短編集】ゆめ

ちゃっぷ

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おにいちゃん

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 わたしの家は『私』の家のそばにある廃墟のようなボロ家だ。

 実際には存在していないのだけれど、『その世界』のわたしはその家をじぶんの家だと認識していた。

 じめっと薄暗く、何が入っているのか分からない段ボールや必要性を感じない小物がそこかしこに置かれている、お世辞にも綺麗とは言い難い家。

 家に帰ると、ガラス戸の部屋から祖母が出てくる。

 チリチリと広がった白髪を振り乱し、片手にはティッシュの空き箱、片手には布団たたきを握る祖母。

 そしてわたしをギロリと睨みつけると、日本語とは思えない言葉を喚き散らしながら布団たたきでティッシュの空き箱をバシバシと叩く。

 その光景を、わたしは怯えながら見つめることしかできない。

 そして、布団たたきがわたしの方にも振り下ろされようとする。

 ぎゅっと目をつぶって来るであろう衝撃に耐えようとするが、いつになっても痛みは来ない。

 恐る恐る目を開けてみると、目の前にはわたしにとっては大きな…私にとっては小さな少年の背中があった。

 両手を横に広げて、わたしの前に立ちはだかっている彼が、わたしのことを庇ってくれたらしい。

 彼の背中は頼もしく、今だに何かを喚き散らしている祖母にも全く臆する様子はない。

「おにいちゃん…」

 小さくも頼もしい彼は、わたしの兄だ。

『私』には兄はいないが、『わたし』には兄がいるらしい。

 兄は喚き散らす祖母を無視してくるりとわたしの方に振り返ると、わたしの手を握って外へ出るために玄関の方へと向かう。

「いくぞ」

 兄の声は幼いけれど、わたしには頼もしい。

 けれど、そんなわたし達を引き留めるように母が声をかけてきた。

 美しく微笑む赤い口紅が印象的な母。

 美人であることも、声をかけられていることも、言葉の意味も分かるけれど、母の顔と声は何故か不明瞭で認識することができない。

『どこへ行くの?』

 母はそのようなことを言っているように思う。

「この家を出ていく」

 兄が力強く答えるが、母が表情を変えることはない。

『そんなのダメよ。おうちにいなさい』

 母がそのようなことを言っている。

 兄はじりっと後退り、母から距離を取ろうとするけれど、母の微笑みは兄を捕らえて離さない。

 すると兄はわたしの背中を優しく玄関の方へと押し出す。

「ここはおれが食い止めるから、おまえは逃げろ」

 そう言われて、わたしはどうすれば良いのか分からず、戸惑いからもじもじとすることしかできない。

「はやくいけ!」

 そんなわたしに兄が喝を入れて急かす。

 その声にビクッと身体を震わせたわたしは、後ろ髪引かれる思いはありながらも、玄関の扉を開けて外へと飛び出した。

 そして一目散に走る。

 逃げた先は『現実世界の私の家』。

 息を切らして家の中に入り、リビングのソファに腰掛けると『わたし』が『私』に戻ったのを感じた。

 荒くなった息を整えながら、『あの家』での恐怖や異様さがどっと心に押し寄せてくる。

 汗が止まらない。

 もう二度と、あの家に戻りたくないと思う。

 でもそれと同時に、あの家に戻らなければいけないとも思っていた。

 小さいのに頼もしくて、わたしのためにあの家に残った兄のために。

 待ってて、おにいちゃん。

 今度は私が助けるから…。
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