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第一章 片腕の少女
第二話 生存者
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朝焼けが廃墟の街を赤く染める。俺と詩織はコンビニを出て、北へ向かう。風が冷たく、腐臭を運んでくるが、今はゾンビの気配がない。静寂が逆に不気味だ。特殊作戦群時代、静まり返った戦場ほど危険なものはないと教わった。敵は見えない場所で息を潜めている。
「詩織、足音を小さくしろ。地面を見る癖をつけな。」俺は前を歩きながら言う。彼女は頷き、片腕で金属棒を握り直す。彼女の歩き方はぎこちないが、徐々に俺のペースに合わせつつある。適応力が高い。浩二の娘らしい。
目指すは多摩川沿いの廃工場だ。噂では、そこに生存者グループが拠点を構えているらしい。物資と情報を得るにはリスクを冒す価値がある。詩織を一人で守り続けるのは限界がある。この街で生き延びるには、仲間が必要だ。だが、仲間は時に足枷にもなる。
「おじさん、考えすぎてる顔してるよ。」詩織が隣で呟く。俺は一瞬言葉に詰まり、苦笑する。
「余計なお世話だ。気配に集中しろ。」
彼女は小さく笑い、視線を前に戻す。その表情に、浩二の面影が重なる。あいつはいつも任務の合間に冗談を飛ばして、隊の雰囲気を和ませた。俺はその度に「集中しろ」と叱ったものだ。今思えば、あいつの明るさが俺たちを繋いでいたのかもしれない。
2時間後、俺たちは多摩川の土手にたどり着く。川の流れは濁り、岸には打ち上げられたゴミと死体が散乱している。廃工場のシルエットが遠くに見える。鉄骨が剥き出しで、錆びた看板が風に揺れている。俺は双眼鏡を取り出し、周囲を観察する。動く影はないが、工場の窓に布が吊るされている。人の気配だ。
「詩織、伏せろ。」俺は低い声で指示を出し、土手に身を隠す。彼女も素早く従う。しばらく様子を窺うと、工場の入り口から男が現れた。30代後半、瘦せ型。ライフルを肩に担ぎ、警戒しながら周囲を見回している。見張りだ。武装してるってことは、ある程度組織化されたグループだ。
「どうするの?」詩織が囁く。
「接触する。だが、慎重にな。味方か敵かは分からん。」俺はナイフを手に持ち、M9は空でも見せるだけで威圧になる。弾がないことは悟られちゃまずい。
俺たちは土手を這うように進み、工場の裏手へ回る。裏口に近づくと、かすかに話し声が聞こえてくる。男が2人、女が1人。物資の分配について議論してるようだ。俺は詩織に待機を命じ、壁に身を寄せて聞き耳を立てる。
「食料はあと3日分しかない。川で魚を獲るしかないだろ。」男の声。
「ゾンビが川沿いに増えてる。危険すぎる。」女が反論。
「なら、どうするんだよ。飢え死にすんのか?」もう一人の男が苛立った口調で返す。
内部に緊張感がある。統率が取れてないと見た。こういうグループは脆い。だが、物資があるなら交渉の余地はある。俺は詩織に合図を送り、裏口に近づく。ノックするようにドアを軽く叩く。話し声が止まり、足音が近づいてくる。
「誰だ?」男の声がドア越しに響く。
「生存者だ。敵意はない。情報と物資の交換を求めてる。」俺は落ち着いて答える。特殊作戦群時代、交渉は日常だった。相手の出方を待つ。
ドアがゆっくり開き、先ほどの瘦せ型の男が顔を出す。ライフルを下げてるが、指は引き金にかかったままだ。俺は両手を軽く上げ、M9をホルスターに納めたまま見せる。
「お前ら、何者だ?」男が目を細める。
「ただの放浪者だ。この子と二人で生き延びてる。」俺は詩織をチラリと見る。彼女は無言で俺の後ろに立つ。片腕が目に入った瞬間、男の表情が僅かに緩む。
「子供連れか…。まあいい。中に入れ。ただし、武器は預かる。」
「分かった。ただし、この子には金属棒を持たせてくれ。ゾンビが来たら戦う。」俺は条件を出す。男は一瞬考えるが、頷く。
工場内部は予想以上に整頓されていた。鉄骨の間にテントが張られ、20人ほどの生存者が生活している。中央に焚き火があり、缶詰を温める匂いが漂う。子供が数人、毛布にくるまって眠っている。詩織がその光景を見て、少し表情を緩める。
案内役の男――名前は佐藤だと名乗った――が俺たちをリーダー格の女に引き合わせる。40代前半、短髪で鋭い目をした女だ。名前は美奈子。膝にショットガンを置いて座っている。
「お前ら、どこから来た?」美奈子が単刀直入に聞く。
「新宿だ。避難所が崩壊して、放浪してる。」俺は簡潔に答える。嘘はつかないが、全てを明かす必要もない。
「新宿…あそこは地獄だと聞いた。よく生き残ったな。」美奈子が詩織を見る。「その腕、どうしたんだ?」
詩織が一瞬俺を見上げ、口を開く。「ゾンビに噛まれた。おじさんが切ってくれた。感染しなかったから、生きてる。」淡々とした口調だが、声に微かな誇りが混じる。
美奈子が目を細め、俺を見る。「お前、冷徹だな。だが、その判断が正しかった。感心するよ。」
「感心されても腹は膨れない。物資と情報をくれ。それで俺たちも何か提供する。」俺は交渉に入る。
美奈子が笑う。「いいだろう。条件次第だ。お前、見たところ軍人上がりだろ。戦えるなら、ここの守りを手伝え。ゾンビが川沿いに増えてて困ってる。」
「ゾンビの数と動きを知りたい。それと、物資の在庫も。」俺は条件を返す。情報がなければ戦えない。
「佐藤、こいつらに状況を説明しろ。」美奈子が指示を出し、佐藤が頷く。
「詩織、足音を小さくしろ。地面を見る癖をつけな。」俺は前を歩きながら言う。彼女は頷き、片腕で金属棒を握り直す。彼女の歩き方はぎこちないが、徐々に俺のペースに合わせつつある。適応力が高い。浩二の娘らしい。
目指すは多摩川沿いの廃工場だ。噂では、そこに生存者グループが拠点を構えているらしい。物資と情報を得るにはリスクを冒す価値がある。詩織を一人で守り続けるのは限界がある。この街で生き延びるには、仲間が必要だ。だが、仲間は時に足枷にもなる。
「おじさん、考えすぎてる顔してるよ。」詩織が隣で呟く。俺は一瞬言葉に詰まり、苦笑する。
「余計なお世話だ。気配に集中しろ。」
彼女は小さく笑い、視線を前に戻す。その表情に、浩二の面影が重なる。あいつはいつも任務の合間に冗談を飛ばして、隊の雰囲気を和ませた。俺はその度に「集中しろ」と叱ったものだ。今思えば、あいつの明るさが俺たちを繋いでいたのかもしれない。
2時間後、俺たちは多摩川の土手にたどり着く。川の流れは濁り、岸には打ち上げられたゴミと死体が散乱している。廃工場のシルエットが遠くに見える。鉄骨が剥き出しで、錆びた看板が風に揺れている。俺は双眼鏡を取り出し、周囲を観察する。動く影はないが、工場の窓に布が吊るされている。人の気配だ。
「詩織、伏せろ。」俺は低い声で指示を出し、土手に身を隠す。彼女も素早く従う。しばらく様子を窺うと、工場の入り口から男が現れた。30代後半、瘦せ型。ライフルを肩に担ぎ、警戒しながら周囲を見回している。見張りだ。武装してるってことは、ある程度組織化されたグループだ。
「どうするの?」詩織が囁く。
「接触する。だが、慎重にな。味方か敵かは分からん。」俺はナイフを手に持ち、M9は空でも見せるだけで威圧になる。弾がないことは悟られちゃまずい。
俺たちは土手を這うように進み、工場の裏手へ回る。裏口に近づくと、かすかに話し声が聞こえてくる。男が2人、女が1人。物資の分配について議論してるようだ。俺は詩織に待機を命じ、壁に身を寄せて聞き耳を立てる。
「食料はあと3日分しかない。川で魚を獲るしかないだろ。」男の声。
「ゾンビが川沿いに増えてる。危険すぎる。」女が反論。
「なら、どうするんだよ。飢え死にすんのか?」もう一人の男が苛立った口調で返す。
内部に緊張感がある。統率が取れてないと見た。こういうグループは脆い。だが、物資があるなら交渉の余地はある。俺は詩織に合図を送り、裏口に近づく。ノックするようにドアを軽く叩く。話し声が止まり、足音が近づいてくる。
「誰だ?」男の声がドア越しに響く。
「生存者だ。敵意はない。情報と物資の交換を求めてる。」俺は落ち着いて答える。特殊作戦群時代、交渉は日常だった。相手の出方を待つ。
ドアがゆっくり開き、先ほどの瘦せ型の男が顔を出す。ライフルを下げてるが、指は引き金にかかったままだ。俺は両手を軽く上げ、M9をホルスターに納めたまま見せる。
「お前ら、何者だ?」男が目を細める。
「ただの放浪者だ。この子と二人で生き延びてる。」俺は詩織をチラリと見る。彼女は無言で俺の後ろに立つ。片腕が目に入った瞬間、男の表情が僅かに緩む。
「子供連れか…。まあいい。中に入れ。ただし、武器は預かる。」
「分かった。ただし、この子には金属棒を持たせてくれ。ゾンビが来たら戦う。」俺は条件を出す。男は一瞬考えるが、頷く。
工場内部は予想以上に整頓されていた。鉄骨の間にテントが張られ、20人ほどの生存者が生活している。中央に焚き火があり、缶詰を温める匂いが漂う。子供が数人、毛布にくるまって眠っている。詩織がその光景を見て、少し表情を緩める。
案内役の男――名前は佐藤だと名乗った――が俺たちをリーダー格の女に引き合わせる。40代前半、短髪で鋭い目をした女だ。名前は美奈子。膝にショットガンを置いて座っている。
「お前ら、どこから来た?」美奈子が単刀直入に聞く。
「新宿だ。避難所が崩壊して、放浪してる。」俺は簡潔に答える。嘘はつかないが、全てを明かす必要もない。
「新宿…あそこは地獄だと聞いた。よく生き残ったな。」美奈子が詩織を見る。「その腕、どうしたんだ?」
詩織が一瞬俺を見上げ、口を開く。「ゾンビに噛まれた。おじさんが切ってくれた。感染しなかったから、生きてる。」淡々とした口調だが、声に微かな誇りが混じる。
美奈子が目を細め、俺を見る。「お前、冷徹だな。だが、その判断が正しかった。感心するよ。」
「感心されても腹は膨れない。物資と情報をくれ。それで俺たちも何か提供する。」俺は交渉に入る。
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