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第四話 発見
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「私…」春菜は深呼吸した。「少し時間が欲しい」
「時間?」
「そう…あなたの変化があまりにも急すぎて、私、ついていけていないの」
春菜は正直な気持ちを口にした。和也は困惑した表情を浮かべ、しばらく黙っていた。
「わかった」彼はようやく口を開いた。「少し、互いに考える時間を持とう」
その夜、春菜は実家に電話をかけた。和子は娘の声を聞くなり、何かあったことを察したようだった。
「春菜、どうしたの?声が暗いわよ」
「お母さん…」春菜は涙をこらえながら、和也との状況を説明した。
和子は黙って最後まで聞いた後、穏やかな声で言った。
「春菜、あなたがどうしたいのかが一番大事よ。和也君が変わったのは確かだけど、あなた自身がそれを受け入れられるかどうかは、あなたにしか決められないことだわ」
春菜は母の言葉に耳を傾けながら、涙が溢れるのを止められなかった。和子の言う通り、自分の気持ちと向き合う必要があった。
「ありがとう、お母さん。少し考えてみる」
電話を切った後、春菜は一人でソファに座り、五年間の結婚生活を振り返った。和也との出会い、平凡だけど温かい日々、そして突然の変化。以前の和也は確かに愛おしかった。でも、今の和也にも新しい魅力がある。それでも、春菜の心の中には埋められない溝が広がっているように感じられた。
翌日、春菜は和也と向き合うことを決めた。朝食の席で、彼女は静かに切り出した。
「和也、私、しばらく実家に帰ろうと思う」
和也はスプーンを置いて、驚いた顔で春菜を見た。
「実家に?どうして?」
「少し距離を置いて、自分の気持ちを整理したいの。あなたが変わっていくのは素晴らしいことだと思う。でも、私には時間がいる」
和也は黙って春菜を見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「わかった。君が必要な時間を取るのは賛成だよ。僕も…自分の変化について、もう一度考える」
その週末、春菜は荷物をまとめて実家に戻った。和子は娘を温かく迎え入れ、何も詮索せずにそばにいてくれた。春菜は久しぶりに母の手料理を食べながら、子供の頃のような安心感に包まれた。
一方、和也は一人残されたマンションで、自分自身と向き合っていた。彼は鏡に映る美青年の顔を見つめながら、自分が本当に何を望んでいるのかを考えた。確かに、外見が変わったことで得た自信やチャンスは魅力的だった。でも、それが春菜との関係に影を落としているとしたら、それは本当に幸せなことなのだろうか。
一週間後、春菜は和也に会うためにマンションに戻った。リビングで向かい合った二人は、互いにどこかぎこちない空気を感じていた。
「実家、どうだった?」和也が先に口を開いた。
「うん、落ち着けた。お母さんにたくさん話を聞いてもらって…」春菜は少し微笑んだ。「あなたは?」
「僕も色々考えたよ」和也は真剣な表情で言った。「春菜、君がいないこの一週間、僕はずっと考えてた。確かに、この新しい自分には可能性がたくさんある。でも、君がいない人生なんて考えられないんだ」
春菜はその言葉に胸が締め付けられる思いだった。
「和也、私も同じ気持ちよ。あなたがあなたである限り、どんな姿でも愛してる。でも…あなたの変化があまりにも大きすぎて、私が追いつけなかっただけなの」
和也は立ち上がり、春菜の手を取った。
「なら、もう一度一緒に歩いていけるように、僕も努力する。ロンドンの話は断ろうと思う。確かにチャンスだけど、君との生活の方が大事だ」
春菜は驚いて和也を見上げた。
「でも、あなたの夢は…」
「夢は他にも作れるよ」和也は穏やかに笑った。「君と一緒にいることが、僕にとって一番の幸せなんだ」
春菜の目から涙が溢れた。彼女は和也の胸に顔を埋め、彼の温もりを感じた。外見が変わっても、内面が変わっても、根底にある二人の絆は変わらないことを、ようやく確信できた瞬間だった。
それから数ヶ月、和也の外見は元に戻ることはなかった。しかし、彼は営業部の仕事を続けながらも、以前の控えめな性格を少し取り戻し、春菜との時間を大切にするようになった。春菜もまた、新しい和也を受け入れ、二人の関係を再構築していった。
ある夜、二人はソファに寄り添いながらテレビを見ていた。和也がふと呟いた。
「結局、僕がこうなった理由はわからないままだけど…これでよかったのかもね」
春菜は和也の手を握り、微笑んだ。
和也がロンドンのオファーを断った日から、二人の生活は再び穏やかなリズムを取り戻しつつあった。春菜は和也の決断に感謝しつつも、彼が本当にそれで満足しているのか、心のどこかで気になっていた。一方、和也は営業部での仕事を続けながらも、以前の控えめな自分と新しい自信に満ちた自分との間でバランスを取ろうと努力していた。
ある土曜日の朝、春菜がキッチンでコーヒーを淹れていると、和也がリビングから少し興奮した声で呼んだ。
「春菜、これ見て!」
春菜が振り返ると、和也はノートパソコンを手に持ってソファに座っていた。画面には、奇妙な見出しの記事が映し出されていた。
「『一夜にして容姿が激変した男性、その原因は未知の遺伝子変異か?』だってさ」
春菜はコーヒーカップを手に持ったまま近づき、画面を覗き込んだ。記事は海外のニュースサイトのもので、あるアメリカ人男性が一晩で別人のような美青年に変貌したという内容だった。詳細は曖昧だったが、和也の状況と驚くほど似ていた。
「ねえ、これ…あなたと同じじゃない?」春菜は目を丸くして和也を見た。
「うん、そう思う」和也は少し緊張した様子でスクロールを続けた。「記事によると、この男性も原因不明で、医者も匙を投げたらしい。でも、興味深いのはここだよ」
和也が指差したのは、記事の最後に書かれた一文だった。
「『一部の研究者は、これが新たな遺伝子変異の兆候である可能性を指摘している。世界中で同様の症例が報告され始めており、今後の調査が待たれる。』」
「世界中で?」春菜は驚きを隠せなかった。「じゃあ、あなただけじゃないってこと?」
「みたいだね…」和也は考え込むように顎に手を当てた。「でも、これが本当なら、僕の変化にも何か科学的な理由があるのかもしれない」
春菜はソファに腰を下ろし、コーヒーを一口飲んだ。和也の変化が単なる偶然や超常現象ではなく、何か大きな現象の一部だとしたら…その考えは彼女に新たな不安と好奇心をもたらした。
「調べてみる?」春菜が提案した。「もし他にも同じような人がいるなら、何か手がかりが見つかるかもしれない」
和也は少し迷った後、頷いた。
「そうだね。僕もずっと気になってたんだ。なぜこうなったのか、どうして僕だったのか…」
その日から、二人は和也の変化について本格的に調べ始めた。春菜はネットで関連記事やフォーラムを探し、和也は会社帰りに図書館に寄って医学書や遺伝子研究の資料を読み漁った。しかし、具体的な情報は少なく、ネット上には信憑性の怪しい噂や陰謀論ばかりが溢れていた。
ある晩、和也が帰宅すると、春菜がダイニングテーブルに広げたプリントアウトの紙を見ていた。
「何か見つけた?」和也がジャケットを脱ぎながら尋ねた。
「うん、これ見て」春菜は一枚の紙を差し出した。「Xで見つけた投稿なんだけど、ある人が『自分も一夜で容姿が変わった』って書いてて、その後、謎の研究者にコンタクトされたって言ってるの」
和也は紙を手に取り、目を細めて読んだ。投稿者は匿名だったが、詳細な記述にはリアリティがあった。そして、最後に気になる一文があった。
「『その研究者は、私のDNAを調べたいと言ってきた。でも、なぜか怖くなって断った。』」
「研究者か…」和也は呟いた。「僕たちも誰かに相談した方がいいのかな?」
春菜は少し不安そうな顔をした。
「でも、誰に?病院の田中先生はもう匙を投げてるし…変な人に目を付けられたら怖いよ」
「確かに…」和也は考え込んだ。「でも、このまま何もわからないままじゃ、モヤモヤするだけだよ」
二人はしばらく議論した後、ひとまず信頼できる専門家を探すことに決めた。春菜の母・和子に相談すると、彼女は大学の同級生で遺伝子研究をしている教授を紹介してくれた。
「佐藤教授なら信用できるわよ。昔から真面目で、少し変わり者だけどね」と和子は笑いながら言った。
数日後、二人は佐藤教授の研究室を訪ねた。大学の一角にある古びた建物の中、教授は白衣を着て顕微鏡を覗いていた。60代半ばくらいの男性で、白髪交じりの髪と分厚い眼鏡が特徴的だった。
「坂本さんね?和子から話は聞いてるよ」佐藤教授は顕微鏡から顔を上げ、和也をじろりと見た。「ほう…確かに、普通じゃないね、この顔立ちは」
春菜と和也は苦笑いしながら自己紹介し、これまでの経緯を説明した。教授は興味深そうに聞きながら、時折メモを取っていた。
「ふむ、一夜で容姿が激変か…」教授は顎を撫でながら言った。「正直、遺伝子レベルでそんな急激な変化が起きるなんて、常識じゃ考えられない。でも、最近、似たような報告がちらほら出てきてるのも事実だよ」
「じゃあ、やっぱり何か大きな原因があるんですか?」春菜が身を乗り出して尋ねた。
「可能性はあるね」教授は立ち上がり、本棚から分厚いファイルを引っ張り出した。「実は、僕の研究チームでも、最近発見された未知の遺伝子配列を追ってるんだ。仮に『X因子』と呼んでるんだけど、これが関係してるかもしれない」
「X因子?」和也が聞き返した。
「うん。人間のDNAに通常存在しない配列で、ある条件下で活性化すると、身体に劇的な変化をもたらす可能性がある。ただ、まだ仮説の段階でね。君のケースがそれに当てはまるかどうかは、DNAを調べてみないとわからない」
和也と春菜は顔を見合わせた。ようやく科学的な手がかりにたどり着いた気がしたが、同時に不安も募った。
「検査をお願いできますか?」和也が意を決して言った。
「もちろん。ただし、結果が出るまで数週間かかるよ。それと…」教授は少し声を潜めた。「この研究、実は一部の政府機関や企業も注目してるんだ。あまり大っぴらにはできないから、君たちの情報は厳重に管理するよ」
その言葉に、二人は背筋が冷たくなる思いだった。和也の変化が単なる個人的な出来事ではなく、もっと大きな何かに繋がっている可能性が浮上してきたのだ。
「時間?」
「そう…あなたの変化があまりにも急すぎて、私、ついていけていないの」
春菜は正直な気持ちを口にした。和也は困惑した表情を浮かべ、しばらく黙っていた。
「わかった」彼はようやく口を開いた。「少し、互いに考える時間を持とう」
その夜、春菜は実家に電話をかけた。和子は娘の声を聞くなり、何かあったことを察したようだった。
「春菜、どうしたの?声が暗いわよ」
「お母さん…」春菜は涙をこらえながら、和也との状況を説明した。
和子は黙って最後まで聞いた後、穏やかな声で言った。
「春菜、あなたがどうしたいのかが一番大事よ。和也君が変わったのは確かだけど、あなた自身がそれを受け入れられるかどうかは、あなたにしか決められないことだわ」
春菜は母の言葉に耳を傾けながら、涙が溢れるのを止められなかった。和子の言う通り、自分の気持ちと向き合う必要があった。
「ありがとう、お母さん。少し考えてみる」
電話を切った後、春菜は一人でソファに座り、五年間の結婚生活を振り返った。和也との出会い、平凡だけど温かい日々、そして突然の変化。以前の和也は確かに愛おしかった。でも、今の和也にも新しい魅力がある。それでも、春菜の心の中には埋められない溝が広がっているように感じられた。
翌日、春菜は和也と向き合うことを決めた。朝食の席で、彼女は静かに切り出した。
「和也、私、しばらく実家に帰ろうと思う」
和也はスプーンを置いて、驚いた顔で春菜を見た。
「実家に?どうして?」
「少し距離を置いて、自分の気持ちを整理したいの。あなたが変わっていくのは素晴らしいことだと思う。でも、私には時間がいる」
和也は黙って春菜を見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「わかった。君が必要な時間を取るのは賛成だよ。僕も…自分の変化について、もう一度考える」
その週末、春菜は荷物をまとめて実家に戻った。和子は娘を温かく迎え入れ、何も詮索せずにそばにいてくれた。春菜は久しぶりに母の手料理を食べながら、子供の頃のような安心感に包まれた。
一方、和也は一人残されたマンションで、自分自身と向き合っていた。彼は鏡に映る美青年の顔を見つめながら、自分が本当に何を望んでいるのかを考えた。確かに、外見が変わったことで得た自信やチャンスは魅力的だった。でも、それが春菜との関係に影を落としているとしたら、それは本当に幸せなことなのだろうか。
一週間後、春菜は和也に会うためにマンションに戻った。リビングで向かい合った二人は、互いにどこかぎこちない空気を感じていた。
「実家、どうだった?」和也が先に口を開いた。
「うん、落ち着けた。お母さんにたくさん話を聞いてもらって…」春菜は少し微笑んだ。「あなたは?」
「僕も色々考えたよ」和也は真剣な表情で言った。「春菜、君がいないこの一週間、僕はずっと考えてた。確かに、この新しい自分には可能性がたくさんある。でも、君がいない人生なんて考えられないんだ」
春菜はその言葉に胸が締め付けられる思いだった。
「和也、私も同じ気持ちよ。あなたがあなたである限り、どんな姿でも愛してる。でも…あなたの変化があまりにも大きすぎて、私が追いつけなかっただけなの」
和也は立ち上がり、春菜の手を取った。
「なら、もう一度一緒に歩いていけるように、僕も努力する。ロンドンの話は断ろうと思う。確かにチャンスだけど、君との生活の方が大事だ」
春菜は驚いて和也を見上げた。
「でも、あなたの夢は…」
「夢は他にも作れるよ」和也は穏やかに笑った。「君と一緒にいることが、僕にとって一番の幸せなんだ」
春菜の目から涙が溢れた。彼女は和也の胸に顔を埋め、彼の温もりを感じた。外見が変わっても、内面が変わっても、根底にある二人の絆は変わらないことを、ようやく確信できた瞬間だった。
それから数ヶ月、和也の外見は元に戻ることはなかった。しかし、彼は営業部の仕事を続けながらも、以前の控えめな性格を少し取り戻し、春菜との時間を大切にするようになった。春菜もまた、新しい和也を受け入れ、二人の関係を再構築していった。
ある夜、二人はソファに寄り添いながらテレビを見ていた。和也がふと呟いた。
「結局、僕がこうなった理由はわからないままだけど…これでよかったのかもね」
春菜は和也の手を握り、微笑んだ。
和也がロンドンのオファーを断った日から、二人の生活は再び穏やかなリズムを取り戻しつつあった。春菜は和也の決断に感謝しつつも、彼が本当にそれで満足しているのか、心のどこかで気になっていた。一方、和也は営業部での仕事を続けながらも、以前の控えめな自分と新しい自信に満ちた自分との間でバランスを取ろうと努力していた。
ある土曜日の朝、春菜がキッチンでコーヒーを淹れていると、和也がリビングから少し興奮した声で呼んだ。
「春菜、これ見て!」
春菜が振り返ると、和也はノートパソコンを手に持ってソファに座っていた。画面には、奇妙な見出しの記事が映し出されていた。
「『一夜にして容姿が激変した男性、その原因は未知の遺伝子変異か?』だってさ」
春菜はコーヒーカップを手に持ったまま近づき、画面を覗き込んだ。記事は海外のニュースサイトのもので、あるアメリカ人男性が一晩で別人のような美青年に変貌したという内容だった。詳細は曖昧だったが、和也の状況と驚くほど似ていた。
「ねえ、これ…あなたと同じじゃない?」春菜は目を丸くして和也を見た。
「うん、そう思う」和也は少し緊張した様子でスクロールを続けた。「記事によると、この男性も原因不明で、医者も匙を投げたらしい。でも、興味深いのはここだよ」
和也が指差したのは、記事の最後に書かれた一文だった。
「『一部の研究者は、これが新たな遺伝子変異の兆候である可能性を指摘している。世界中で同様の症例が報告され始めており、今後の調査が待たれる。』」
「世界中で?」春菜は驚きを隠せなかった。「じゃあ、あなただけじゃないってこと?」
「みたいだね…」和也は考え込むように顎に手を当てた。「でも、これが本当なら、僕の変化にも何か科学的な理由があるのかもしれない」
春菜はソファに腰を下ろし、コーヒーを一口飲んだ。和也の変化が単なる偶然や超常現象ではなく、何か大きな現象の一部だとしたら…その考えは彼女に新たな不安と好奇心をもたらした。
「調べてみる?」春菜が提案した。「もし他にも同じような人がいるなら、何か手がかりが見つかるかもしれない」
和也は少し迷った後、頷いた。
「そうだね。僕もずっと気になってたんだ。なぜこうなったのか、どうして僕だったのか…」
その日から、二人は和也の変化について本格的に調べ始めた。春菜はネットで関連記事やフォーラムを探し、和也は会社帰りに図書館に寄って医学書や遺伝子研究の資料を読み漁った。しかし、具体的な情報は少なく、ネット上には信憑性の怪しい噂や陰謀論ばかりが溢れていた。
ある晩、和也が帰宅すると、春菜がダイニングテーブルに広げたプリントアウトの紙を見ていた。
「何か見つけた?」和也がジャケットを脱ぎながら尋ねた。
「うん、これ見て」春菜は一枚の紙を差し出した。「Xで見つけた投稿なんだけど、ある人が『自分も一夜で容姿が変わった』って書いてて、その後、謎の研究者にコンタクトされたって言ってるの」
和也は紙を手に取り、目を細めて読んだ。投稿者は匿名だったが、詳細な記述にはリアリティがあった。そして、最後に気になる一文があった。
「『その研究者は、私のDNAを調べたいと言ってきた。でも、なぜか怖くなって断った。』」
「研究者か…」和也は呟いた。「僕たちも誰かに相談した方がいいのかな?」
春菜は少し不安そうな顔をした。
「でも、誰に?病院の田中先生はもう匙を投げてるし…変な人に目を付けられたら怖いよ」
「確かに…」和也は考え込んだ。「でも、このまま何もわからないままじゃ、モヤモヤするだけだよ」
二人はしばらく議論した後、ひとまず信頼できる専門家を探すことに決めた。春菜の母・和子に相談すると、彼女は大学の同級生で遺伝子研究をしている教授を紹介してくれた。
「佐藤教授なら信用できるわよ。昔から真面目で、少し変わり者だけどね」と和子は笑いながら言った。
数日後、二人は佐藤教授の研究室を訪ねた。大学の一角にある古びた建物の中、教授は白衣を着て顕微鏡を覗いていた。60代半ばくらいの男性で、白髪交じりの髪と分厚い眼鏡が特徴的だった。
「坂本さんね?和子から話は聞いてるよ」佐藤教授は顕微鏡から顔を上げ、和也をじろりと見た。「ほう…確かに、普通じゃないね、この顔立ちは」
春菜と和也は苦笑いしながら自己紹介し、これまでの経緯を説明した。教授は興味深そうに聞きながら、時折メモを取っていた。
「ふむ、一夜で容姿が激変か…」教授は顎を撫でながら言った。「正直、遺伝子レベルでそんな急激な変化が起きるなんて、常識じゃ考えられない。でも、最近、似たような報告がちらほら出てきてるのも事実だよ」
「じゃあ、やっぱり何か大きな原因があるんですか?」春菜が身を乗り出して尋ねた。
「可能性はあるね」教授は立ち上がり、本棚から分厚いファイルを引っ張り出した。「実は、僕の研究チームでも、最近発見された未知の遺伝子配列を追ってるんだ。仮に『X因子』と呼んでるんだけど、これが関係してるかもしれない」
「X因子?」和也が聞き返した。
「うん。人間のDNAに通常存在しない配列で、ある条件下で活性化すると、身体に劇的な変化をもたらす可能性がある。ただ、まだ仮説の段階でね。君のケースがそれに当てはまるかどうかは、DNAを調べてみないとわからない」
和也と春菜は顔を見合わせた。ようやく科学的な手がかりにたどり着いた気がしたが、同時に不安も募った。
「検査をお願いできますか?」和也が意を決して言った。
「もちろん。ただし、結果が出るまで数週間かかるよ。それと…」教授は少し声を潜めた。「この研究、実は一部の政府機関や企業も注目してるんだ。あまり大っぴらにはできないから、君たちの情報は厳重に管理するよ」
その言葉に、二人は背筋が冷たくなる思いだった。和也の変化が単なる個人的な出来事ではなく、もっと大きな何かに繋がっている可能性が浮上してきたのだ。
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