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幕末妖怪の章

手合わせ

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    芹沢の騒ぎも落ち着き数日たったある日、雛妃は道着を着て道場に来ていた。

シンッと静まり返り、冬の寒さが肌を刺すそんな中神経を研ぎ澄ます。
この空気が雛妃は好きだった。

何故雛妃が朝も早く道場に居るかと言うと、芹沢の件で雛妃に尽く金的…否、倒された面々が雛妃に手合わせを願い出たのだ。

道場の戸が開く音に雛妃は目を開けた。

「遅くなり申し訳ありません。」
そう言って一礼して山崎を先頭にぞろぞろと隊士達が入って来た。

山崎は肋骨を負傷している為、見学との事だ。
それを聞いた雛妃は速攻で山崎に謝り倒した。
まさか自分の一撃で肋骨が折れたとは思っても居なかった。

「おはようございます。山崎さん…大丈夫ですか?」
雛妃は眉を下げた。

「いや、気になさらず。私の精進が足りなかっただけの事です。雛妃殿は悪くありません。」

「本当にごめんなさい。手加減はしたんですけど…。」
山崎はあれで手加減していたんですね…と呟いた。

「では、手合わせをお願い致します。まずは…」

「全員で掛かって来て貰って良いですよ?私も最近身体が鈍ってしまって、丁度全力でやりたいと思っていたんです。」
雛妃の言葉にカチンっと来た隊士達だったが、雛妃の顔を見てゾッとした。
口は笑っているのに、目は獲物を狙う鷹のそれだった。

雛妃は道場の中央に向かうと振り返り構えた。

「いつでも…どうぞ。」
隊士達は一瞬躊躇ったが皆雛妃を囲む様にすると構えた。
隊士の数は十人、雛妃は構えたまま目を閉じた。
それを見た隊士は舐められていると頭に血が上った。

一斉に隊士達が雛妃に向かって行く。
それを雛妃はヒラヒラと簡単に受け流し、同時に隊士達の鳩尾に一発ずつお見舞いして行く。

山崎は唖然とその光景を見ていた、踊る様に隊士達の攻撃を交わし、確実に仕留めていく。
一瞬の静寂の後、パタリと隊士達が倒れる音が道場に響いた。
その中央にただ一人立つ雛妃は窓から刺す光照らされとても美しく見えた。
山崎は身震いと共に我に帰った。

「お…お見事。」
雛妃は姿勢を正し、乱れてもいない道着を直し深く息を吐くと山崎にニコリと無邪気な笑顔を返した。
山崎は息をするのを忘れる程、雛妃から目が離せなかった。

山崎が雛妃に惚れた瞬間だ。

すると雛妃の真後ろに倒れていた隊士がまだまだとムクリと起き上がり雛妃に向かって行った。

「雛妃殿!危な…」

ーガッシャァァァアンッ

「あっ…」
雛妃に回し蹴りされた隊士は見事に吹っ飛び、道場を突き破りピクピクしながら倒れていた。

「きゃぁぁぁあ!大丈夫ですか!ごめんなさい私手加減無しに…あぁどうしょう!ひぃちゃんに怒られる!」
半泣きで倒れた隊士の周りでオロオロする雛妃は先程とは真逆でただの幼い少女だった。

そんな雛妃を見て山崎は笑った。

「うわっ!山崎さんが笑ってる!」
平助は山崎を指さし吃驚していた。
平助を見た山崎はスッといつもの無表情に戻ってしまった。

平助の後からぞろぞろと原田、永倉、斎藤が入って来た。
入って来た面々は道場の惨状を見て固まっていた。

倒れている隊士達、更には道場の壁には大穴が開いていてその外では何やら雛妃が喚いている。

「山崎…何があった?」
斎藤が山崎に聞いた。
山崎は黙っていた、どう説明して良いのやら迷っていたのだ。

平助達に気付いた雛妃は原田に突進した、それはもう猪の如く。

「すぅちゃぁぁぁあん!どうしょう!ひぃちゃんに怒られちゃうー!」
原田は雛妃の頭を撫でると道場を見回し、眉を下げた。
どうやったらこの惨状になるのやら。

平助や斎藤、永倉は隊士達に駆け寄っていた。

「状況は?」
原田は雛妃を宥める様に頭を撫でながら聞いた。

「軽傷九名、重症一名ってとこだな。」
平助が苦笑いしながら言った。

「ごめんなさぁぁぁあい!手加減したの!でもでも最後…うぇーん!」

その後、雛妃はたっぷりと土方から小言を貰い、今後道場への立ち入りを禁止された。
隊士達にも雛妃への手合わせの申し込みは禁止された。
土方の命が惜しければの言葉と共に。

その後、山崎が雛妃と知世の専属護衛の申し込みを近藤と土方に申し入れたのはまた別の話。
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