死んでもあなたはそこにいる。

ゆったり

文字の大きさ
1 / 1

死んでもあなたはそこにいる。

しおりを挟む
これは、友人の発言から着想を得た話である。
友人の発言を使ってコンクールに応募し、作家になろうとしている私は、人から借りたものを返さないレベルの愚かな人間なのだが、友人も引けを取らない男……。というより、借りたものを返さない男の代表例なので、見逃して貰いたいと思う。
 ある私の友人である作家は、金にがめつく、よく人からお金を借り、そのお金を返さないどころか返したことにして、またその人からお金を借りようとするどうしようもない男だった。
しかしその男には、誰にも代えがたいものがあり。それ故、というと聞こえが悪いのだが、この男とよく話をするのだ。その代えがたいものと言うのは、彼特有の文才だった。あらゆる作家の本を読んできたが、この男以上に奇想天外なことを言える男はいないのでは無いかと思う。そんな男と、飯を食う誘いをした時に、飯代を奢る代わりに一つ飯屋に行く道中で質問をした。
「小説を書く上で大切なことってなんだと思う?」と、ほとんど無くなるであろう財布の中身を確認しながらいった。その質問に対して彼は、迷いなく
「死じゃねーの?」と言ったのだ。一瞬にして、お金を無駄使いしたことを後悔しつつ話を聞くと、彼曰く「死は、パレット」とのことらしい。全く意味がわからなかった。死という言葉とパレットという言葉は分かるのに、それを繋げることで生まれるであろうシナジーを理解することが出来ないのだ。というより、シナジーなんてものはなくただ、適当に言葉を無差別に組み合わせただけと考える方が近い気がした。どちらにしても、理解という漢字二文字からは程遠い概念が、脳内に形成された。ポカーンと空いた口を見て友人は、
「いづれ分かるさ。」と妙に得意げに腕を組みながら言い、左ポケットに忍ばせた古典的な銀色のライターとよく見るパッケージの葉タバコを取りだし、なんの抵抗もなく私の真横で吸った。その後、私たちにとってなんら変わりない彼との少し遅いランチタイムを交わして、帰宅した。
 またいつかあの言葉の意味について聞こうと考えていたのだが、この意味について彼が語ることはなく 彼は姿を消すこととなった。正確には、私があの言葉の意味を彼に聞くことなく交通事故で姿を消すことになった。という方が正しいだろう。また思い出すことになったのは、彼の弔電を受けてから地球が四回回りかけるくらいのことだった。
 日を浴びるだけで虚無感に苛まれたので、屛居して詩作に更けた。どうしようもない男だったが、友人は友人だったのだろう。明らかに彼が死ぬ前の生活から一変してしまったのだ。それによって、寂しさを紛らわす為に、彼のように煙草を吸いながら煙の中執筆していた。。そんな煙草の味は、敢えて言うならほろ苦く、妙な深みがそこにはあった。吸っている瞬間だけは、亡き大物作家になれたような気がした。彼自身が大物かと問われればそうではなかっただろうが、俺にとっては、立派とは口が裂けても言えないけれど大物作家だった。その感覚に依存してか、まとまったお金を横目に何本も吸った。彼がヘビースモーカーだったかとさらに、問われればそうではなかっただろうが、脳に従って吸い続けた。そんな時にふと彼の言っていた、妙な発言を思い出した。
『死は、パレット』吸った煙草の火を消しつつ亡き友人になるが如くその言葉を反芻させた。
やがてこの言葉の意味を私は理解した。いや、俺は理解した。という方が、彼らしいだろう。
  死はパレット、死というツールは、どんな作品であっても不可欠なのだと彼は、言いたかったんだと思う。
俺が蟄居屛息して、書いたものは、全て死に関する内容だった上にどれもこれも「死」がなければ完結しなかった話なのだ。「死」が、新人作家特有の拙さを消したと言ってもいいだろう。要するに「死」が、新人作家に足らない詩的な表現と言うべき要素を解決したのである。
「死」は、表現技法なのだ。その意で、きっと彼は、
パレットと表現したのだろう。もしそうだとするならば、あの言葉に意味とのシナジーがないと言ったことは、訂正しておくことにしよう。しかしそれなら、どちらかというと「筆」と表現する方が適切な気もするのだ。故に俺のなりきりは、所詮なりきりでしかなくただの妄言でしかないのかもしれない。
 どんなに似ててもモノマネは、モノマネであり、本人以上に似ていることが存在しないように、俺のなりきりもまた、ただのお笑い芸人の一芸のようなものに過ぎないのかもしれない。しかし世の中には、『死人に口なし』というオプチュニズムの臨界点のような言葉が、存在している。つまり、俺が彼になって、なんと言ったとしても。なりきりさんが正解なのである。亡き友人からあるかも分からない死後の世界で説教を受ける羽目になるかもしれないが、それはそれで答え合わせができるので、むしろ楽しみまであるだろう。亡き友人に代弁して……。いや、私の愛すべき友人に代弁して、『死がない』小説は、『詩がない』うえに『しがない』と、言いたかったのだと勝手に言っておこう。我ながら素晴らしい結論に自分を褒めたたえたくなる。
 ただ、そもそも「死」が、小説を作るという点において抜けがあるようにも見えるてしまう。事実、抜けがないかあるかと問われれば当たり前だがあるのだ。死がない小説でおもしろいものも、世の中には、たくさん存在している。例えば、中島敦さんの書いた『山月記』ですら形式上では、死んではいないのだ。故に、死がない小説にはなるのだ。だが、『山月記』では、主人公である男は、姿を消すことにはなるのだ。
物語では、死んでは無いのだが、人の心を失ったあの男は、死んだと言っても差し支えないだろうと思うのである。そう考えれば、太宰治さんの書いた『走れメロス』ですら、山賊は死んだようなもんだし人質を助けるストーリーの時点で、作中で死者として挙がっていなくても「死」を使っていないかと問われると首を横に振らざるおえないのだ。『温故知新』にのっとるなら彼が言っていた理論も概ね正しいことが分かる。
 亡き友人が、もしもここまで考えてあの一瞬で私の質問に対して回答していたのであれば、間違っていたとしても私にとっては、『解答』であり、答えなのだ。私生活はどうしようもなかったが交通事故なんていう、ありきたりな死に方で死ぬには、とても惜しい人材だったと思う。彼には、不相応な死に方で、それこそ虎にでもなって姿を消すか、柄では無いが、待ち人に会うために走って燃え尽きる死に方の方が幾分マシだった。なのに私に連絡なく勝手に死にやがったのだ。許し難いがそんなことよりも彼は今、何をしているかの方が気になってしまった。幻想的な景色でも見て楽しんでいるのだろうか?
どう言ったところで答えは帰ってこないのに、何故か想像してしまう。
 故人のくせに私の頭から離れないのだ。これもまた、小説における詩的な要素なのだろうか。死の効果と言うやつなのだろうか。はたまたこれを『死の美学』なんて言い方をするのだろうか。そんな程よい嘘のような言葉が存在するなら私の友人は、死という美学の探求者になったのだと称え、私としてもあの死に方を勿体無いなんて、確実に言わなくなるだろうに、きっとそんな言葉は、世の中に存在していないのだろう。美の為に死んだ。そんな都合のいい自殺文句があるのなら俺もまたその「美」とやらになりたいとさえ思えてしまう。だがきっと、俺の亡き大物作家である友人は、それを良しとしないのだろう。だが、そんなの我儘だろう。あまりにもエゴイスティックすぎる。クズが案外しぶとく生き残るのが、物語の定石だと言うのに、彼は先に死んだ。俺を置いて先に旅立った。死んだ先に幸せがあるってのは、そう思いたいだけの妄言だ。そんなものなんてありはしない。死んではいなくても断言だけはできる。涙しながら、突っ伏した机を叩き続けた。そこには、何作も完成するはずだったみすぼらしい作品の死屍累々が募った。涙が原稿用紙を水とともに流してしまった。灰皿に溢れるタバコは、私の溢れ出続ける感情を表していた。その場所に残った哀愁とタバコの香りは、敢えて言うならやはりほろ苦かった。涙でボロボロになった原稿用紙に手向けの花としてこの作品を書き記した。墓石に文字を刻むように、死屍累々となった作品の中のひとつに『幸田 祐平』の文字を彫った。その文字は、原稿用紙に本文として書き記した文字と比べてひどく乱筆になっていた。灰皿に残ったタバコの山の中の一つが、安心したかのように僅かに灯していた火を消すのだった。
 そこから数十年の時が経った頃。亡き友人の墓に手紙を置くべく、埃がかぶった万年筆を握った。

拝啓
 春の桜が徐々に散りつつある今日この頃に、
  このたびは、手紙と共に、私のあなたが亡くなった頃に書いていた。「死んでもあなたはここにいる。」という作品を送らせて頂きたく思います。あなたが亡くなってから時計は、針がないものに変わり、携帯は、さらに薄くなってしまいました。兵どもが夢の跡なんて言葉がありますが、私も今似たような心情になっています。勿論、あなたが亡くなったことも含めてですがね。
 冗談です。寧ろあなたがいなくなったことで貯金が溜まるようになったので老後も安心になりました。ただ、会えないのは、やはり寂しいものがあるので墓から少しでも顔を出してみては如何でしょうか?とはいえ、顔を出す日は、私だけがいる日にしてくださいね。皆怖がってしまいますから。
 また近いうちに妻と一緒に顔を出そうとおもっています。わかっているとは思いますが顔は出さないでくださいね。妻どころか娘にも悪影響ですのでね。
                                   敬具
○○○○年         
                幸田 祐平
葉書 親愛なる亡き大物作家様
PS 傍から見ればどうしようもない人でも誰かにとっては、尊敬されるすごい人なのかもしれません。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...