18 / 29
5章
CIAフロントカンパニー
しおりを挟む1
江宇航は、雲南省の地域を担当するCIAのケースオフィサーだ。
アメリカ生まれである。
四川州の四川大学を卒業後、一旦アメリカに帰った。
両親の故郷の雲南州にビジネスマンとして戻ったが、実はCIAの要員でもあった。
海外のCIAの活動は、ケースオフィサーを中心にエージェントを使って行われる。
今回の作戦の実行責任者、王棐は、高 虹という名で動いた。
今回はその男が持っているB5で二十ページの書類の奪還だった。
対象者はジェフ・エリック。
エリックは、国家に抹消されなければならない罪を犯したのだ。
雲南省、昆明の人民中路通り。
古びた五階建てのオフィスビルの三階。
江宇航の活動拠点であるオフィスのドアの表札には『江宇航投資顧問相談会社』と書かれている。
CIAのフロントカンパニーだ。
表向きの主な仕事は投資。
共産党幹部や地域の役人が得た不正な金を、投資という名目でアメリカの銀行に蓄財する手助けをしている。
おかげで江宇航自身が妙な尻尾をださない限り、当局の手入れを受ける恐れはほとんどなかった。
オフィスにスタッフはいない。正確には掃除のため、午前中だけ現地のおばさんがやってくる。
午後、江宇航はすこしだけ忙しくなる。
何人かと電話のやり取りをし、パソコンのメールを確かめる。
地域の共産党幹部や役人たちの投資相談や送金依頼である。
今日、江宇航は四川省の省都である成都の領事館に拠点を置くケースオフィサーから、報告を受けた。
成都のケースオフィサーは、四川省、雲南省をはじめ、中国南部の数州を管轄している。
『元US歴史科学研究所の炭素年代測定技術者、ジェフ・エリックの遺体を確保。顔写真との照合完了。指紋も採取。本人と確認。死体収容のため現場に到着したとき、死体は全裸だった。同時に遭難した他の日本人男女も全裸である。
備品や所持品が失せ、半解凍した氷の地面に三つの遺体が重なり合っていた。
調査の結果、三人は凍死直後、何者かに身ぐるみを剥がれたものと推測された。
エリックが所有しているはずの目的の書類も失せていた。
しかし、盗賊たちは書類ではなく、三人の外国人が所有するありとあらゆる品物、下着までをも欲しがる単純な盗みと断定できた』
江宇航はここまで読み、舌打ちをした。
テントを吹き飛ばし、三人を凍死させるという高虹の案にOKをだしたのは自分である。
確実に三人を現場に誘導し、計画を見事に成功させた。
登攀途中、荷物を預かったとき、待機していた高虹の直属の部下がエリックの持ち物を検査したが、目的の書類はなかった。
エリックは書類を直接身につけていたのである。
焦る必要はなかった。死体を収容するときに回収すればよかった。
だが、三人は身ぐるみも失せ、書類も行方不明になった。
このとき、にわか盗賊たちが取り残した二枚の小さな紙切れがあった。
それは横たわったエリックのからだの下からでてきたもので、半ば氷り付いたまま薄氷に閉じ込められていた。
その二枚の紙切れには、文章がつづられていた。
二十行ほどの文章の内容は、以下のとおりである。
《……いまはテントの中だが、いよいよ明日から調査を開始する。少し前から風が吹きだし、雪も激しくなり、テントを叩き続けている。もし今回の探索で、目的の人々が発見できたらと思うと胸が高鳴る。はたしてどんな人間が目の前に現れるのか。とんでもない遺伝子群を持った人々よ。はやく姿を確かめたい。あなたがたは人類に大革命を起こすに違いない。そして私は……》
紙切れは左右に並んだ二枚が、綴じ代の部分から千切れていた。
吹雪の中で、広げていた手帳をそのまま伏せて置き、堪えているうち、意識を失ったものと思われる。
しばらくして風が弱まり、略奪者がエリックの死体の下の手帳を発見し、背表紙を掴んで引き剥がしたため、氷りついたページだけがそこに残されたものである。
多額の賄賂で捜索活動に協力した州公安局の捜索隊が、テントを発見した。
嵐で飛ばされ、斜面の下の壁の麓に丸まっていたのだ。
底の裂けた妙なテントは誰にも知られず、そのままアメリカ領事館側の捜索隊に引き渡された。
ヤクの背中で運ばれた三人の荷物も行方不明だった。
ガイドたちに持ち去られたのである。
とにかく、賄賂のお蔭で地元の公安や役人の介入もなく、遺体の回収に成功した。
だが、目的の書類は行方不明だった。
江宇航は雲南省の省都、昆明に自宅を構えている高虹を再び徳欽の親類の家に潜ませていた。その高虹にメールを送る。
『ジェフ・エリックが身につけていた書類は紛失した。書類の形態はB5、紙の枚数は二十。書類は《ガイドたちが麓の明永村に持ち帰り、今もどこかの家に存在している可能性がある》。ガイドたちは自動車事故で全員死亡したが、書類の有無の確認のため、事故現場も再調査すること』
江宇航はパソコンを開き、ニューヨーク市警の警部補、コルビー・ジョンソンの報告書を呼びだした。
2
ニューヨーク市警の警部補、コルビー・ジョンソンが帰り支度を始めていると、受付から電話があった。
すぐに、婦警に案内された青白い顔の若い白人男性が入ってきた。
男はコルビー警部補に告げた。
「先日、うちの会社を辞めた人間がいるんです。その男はコンピュータのデータを消し、メインのサーバーとサブのサーバーにまで進入し、その顧客の情報のすべてを無しにしてしまいました。顧客に依頼されていたはずの検体も失せていました」
コルビー警部補はすぐに聞き返した。
「データを消していったというのに、どうしてそんな事実が分かったんだ?」
「会計係が一週間前にチェックした顧客の売り上げを再び集計してみたら、金額が違っていたというんです。データ一件分が、それに伴う料金とともに失せていたんです」
この場合の意図的なデータ削除は犯罪である。
「顧客からキャンセルでもあったのかと調べたのですが、なかったんです。もっともうちでは検査依頼は前金だし、キャンセルという事態はほとんど発生しないんですがね」
コルビー警部補は男に応接用の椅子を勧め、あなたの会社はどんな会社で、あなたはだれで、検査とはなんなのか、そして、いなくなったのはだれなのか、と訊ねた。
社名は『25&ME(トゥエンティファイブ・アンド・ミイ)』。
男はそこのセキュリティ部門の主任だった。名前はモレイ・ヘイツ。
いなくなった男は、分子遺伝学者で名前はゴードン・ブライアン。
25&MEという会社は、個人のDNAを検査する民間の会社である。
「差額は三百ドルです。その金額は、新しくはじめたゲノムを対象とした検査料なんです」
DNAの検査会社は、将来、依頼人がどんな病気にかかりやすいかを調べ、本人に教えてくれる。
病気などを主に、五十種類ほどが基準である。
最近の研究とコンピユータの性能の飛躍的な向上で、以前には考えられなかった人間一人分のDNA──ゲノムのチェックが短時間に安価で可能になった。
「そのゲノムを検査すると、自分の寿命がどれくらいあるとか、いつごろ死ぬとかも答えがでてくるのか?」
「生命の終焉は、むずかしいですね。とにかく遺伝子を検査して、自分が持っている病気や、その他の変異遺伝子をいちはやく知ることができます」
「おれだったら三百ドルもだして、いちはやく知りたいと思わないね」
コルビー警部補はことさらに強調してみた。
「でも変な遺伝子があるからといってすぐに病気を発症させるわけではないんです。いつ活動を開始するかは、今のところ、神のみぞ知るとしか説明できないんです」
「説明できないものを、25&ME社はどうしようというのかね?」
「わが社は、変異遺伝子を発見したら、特許をとるんです」
「特許? DNAで特許が取れるのか?」
鑑識のDNA検査は常識だったが、それ以外の知識はほとんどない。
「はい。その遺伝子がどんな意味を持っているのか、どんな病気をひきおこすのか、あるいはどんな特徴があるのか、それがはっきりしなければなりません。将来、ストックした遺伝子が解明されるようになったとき、効力を発揮する訳です」
25&MEという会社は、病気治療に役立ちたいのか、明日の投資のためにゲノムのストックをしているのか。
「ところで、検体がなくなったといったな」
「とにかく、顧客の三百ドルの検体の袋を勝手に開封し、鑑定検査をした。報告書にはなにも記載せず、本人とデータと検体が消えてしまったのです。ケイタイも不通ですし、メールアドレスにもコンタクトできません。この件について、まだ会社にはなにも報告していません。その前に刑事さんの意見を聞かせてもらいたかったのです」
「勝手に開封したと言ったが、どういう意味なんだ?」
「受付を通さず、横取りしたようなかたち、という意味です。でも検査料はきちんと経理に届き、経上されていたんです。これは検体とは別に、個人識別番号と名前でネットで振り込まれていたからです。しかし、これも消されていました」
「横取りだって? どうやって?」
「たとえば、受付の部屋に届いた検体を整理していた係がトイレのために席をはずしたとき、部屋に入って持ち去ったとか……」
「とにかく考えていること、もっと率直に話してみてくれないか?」
コルビー警部補は、肉付きのよい顎でモレイをしゃくった。
モレイは一瞬の沈黙のあと、切りだした。
「きっと、価値のあるとんでもない変異遺伝子を発見したんです。もしかしたら海外に逃げているかもしれません」
「とんでもない遺伝子? どんな?」
コルビーには少しもイメージできなかった。
「たとえば癌を治してしまうとか、すごく頭が良くなるとか、ずっと若いままでいられるとかです。会社を辞め、姿を消した男は分子遺伝学者でした」
「しかしその変異遺伝子がどんなふうに作用するかが解明されなければ、特許は認められないんだよな」
「そうです。しかし、いちばん簡単なのは、その遺伝子をもった人間に会ってみることです。いまは特異な例をあげましたが、すごい力持ちだとか、背が高いとか、百五十歳でも若いままだとか、特徴が身体的にでてくる場合であれば、外見上で即判断できます。その人間の遺伝子を調べれば、ある程度メカニズムも解明できるはずです。急に行方をくらました理由は、その人間に直接会いに行ったのではないかと」
「ちょっと聞くが、消えたその男、サーバーのデータを消していったというんだな?」
「人事課で調べてみるとMIT(マサチューセッツ工科大学)のコンピュータ学科で学位をとっています。学生時代にハッカーとして警察沙汰になり、遺伝子工学のほうに方向転換したんです」
ほう、とコルビー警部補はデスクに肘をついた。
「あなたはこの件を、はやく会社に報告したほうがいいでしょう。専門家にデータの復元を頼んではっきりさせたらまた相談しましょう」
3
コルビー警部補はさっそく市警のサイトにアクセスし、ゴードン・ブライアンが、誤射で死亡していることを確認した。
『201X年3月25日、ニューヨーク市ブロンクス170ストリートのアパートメントで、ゴードンという男が射殺された。ゴードンはアパートメントの借主であるジェフ・エリックに強盗とまちがわれ、射殺されたものである。部屋の借主であるエリックは、その三日前に強盗にドアをこじ開けられ、危うく命を失いかけた恐怖から拳銃を玄関脇の引き出しに忍ばせておき、それを使用したのである。
その日、外出から帰ってドアを開けると、一人の男が奥の部屋から飛びだしてきたので、エリックは引き出しに入っていた拳銃を反射的に取りだし、射ってしまった。電気もついておらず、屋内は薄暗かった。威嚇のつもりだったが、引き金にかかった指が動いてしまったのだという。ブロンクス42分署の担当刑事サミル・マリオは捜査の結果、ジェフ・エリックの正当防衛を認め、翌日に釈放』
コルビー警部補は、ジョン・F・ケネディ空港の出入国管理事務所に電話をかけた。
すると、本人は二日前に出国しており、行き先は日本と判明した。
飛行機のチケットは東京の羽田空港まで。
誤射事件で釈放された数日後である。
次にコルビー警部補は、US歴史科学研究所の炭素年代測定技術者の炭素年代測定というものが、どういう仕事なのかをネットで調べた。
地球上の動植物のすべてには炭素『C14』が含まれている。
動植物が死亡すると、内部に蓄積されたC14は、一定の期間で濃度を半減させる。
それを炭素の半減期と呼ぶ。
その半減期を調べれば、年代が測定できるのである。
たとえば三千年前の古代人の骨だとか、二千年前の器だとかである。
4
午後八時半。
コルビー警部補は帰宅をあきらめ、ブロンクスの170ストリートのジェフ・エリックのアパートにおもむいた。
表通りから一本入った一車線の通りに、煉瓦造りの古いアパートが連なっていた。
左右の歩道には、樫の木がほどよく枝をひろげている。
コルビー警部補は、すぐ、エリックの家のドアの前にしゃがみこんだ一人の女性を発見した。
紺のセーターにジーンズ姿の若い女だった。
コルビー警部補は車から降りた。
女の前に立ち、市警バッジを見せた。
「ちょっと話を聞かせてください」
女は、目の前に突きだされた市警のバッチを見、息を飲んだ。
「ここでなにをしていますか?」
女は、ふうっと大きく息をついて答えた。
「私はこの家に住むエリックの恋人です。今回の旅行から帰ったら結婚する予定です」
いきなりの図星だった。
「私の車の中で、お話し聞かせていただけますか?」
「はい」
女は素直に従い、助手席に座った。
アンナという名前で、そのストリートを歩いて十分ほど先のアパートに住んでいた。
「あの人、知人を誤って射殺し、取り調べのあった警察から釈放された三日後『旅にでる、一ヶ月か二ヶ月か分からないが、帰ってきたら結婚しよう。それまでは自分の家でおとなしく待っていろ』と言ったんです」
「なるほど、それでそのとき、彼はどこへ行くとあなたに告げたんですか?」
コルビー警部補は、緊張するアンナに柔らかな口調で問いかけた。
「いつもと違って、行先は告げずにでかけたんです。ゴードン・ブライアンという遺伝子の研究者が訪ねてきてから、なにかが急に変わってしまったんです」
アンナは不安そうに、前方の薄明かりの灯る通りに目を据えた。
実はゴードン・ブライアンは、ジェフ・エリックの知り合いだったのだ。
だが後日の射殺事件に関連し、アンナは知らない男だと警察に嘘の供述をしていた。
「あなたは、ジェフ・エリックとはどんな付き合いをなさっていたんですか?」
アンナの虚偽に気づいたが、コルビー警部補は、何食わぬ顔で質問をつづけた。
「私は、彼が仕事から帰る時間に、毎日彼のこの家に飛んできました。でも彼の部屋は動物の骨などでいっぱだったので、お客がきたときは居間で一緒に話を聞いていました。
そして警察から釈放されたとき彼は私に言いました。
『旅にでる。帰ったら正式に結婚をし、もっと広い家を買って趣味の部屋は別にしようって』」
助手席に座ったアンナの目が、すこしだけ明るくなった。
「では、ゴードンとエリックはどうやって知り合ったんですか」
「はい、ゴードンさんがある日の夕方、ふいに訪ねてきたんです」
「そのときの二人の会話を覚えていますか?」
「彼が初めてきたとき、私はヘッドホンで音楽を聴いていました。でも反対側のヘッドホンを耳からずらし、音楽を小さくセットしなおしました。『検体の陰毛の持ち主の髪は黒のはずで、白人ではありません。どこのだれなんです』『それよりも、あの陰毛からなにが分かったんですか。遺伝子用語をならべられても理解できません』彼は怒っていました。
ゴードンも言い返しました。
『結果はコンピユータで送りました。私は役目を果たしていますよ』
するとゴードンさんが、急に静かな口調になって彼に語りかけました。
『エリックさん。実はあの陰毛の変異遺伝子については、正確な内容がつかめず、私にも文章にできないんです。ただ言えるのは、染色体のあらゆる部分に変異が広がっているということです。もしかしたら空を飛んでいるのではないか、くらいの想像さえしてしまいます。どうでしょう、あなたの知っている陰毛の持ち主に会っていろいろ調べ、二人でこの遺伝子を自分たちのものにしませんか』ゴードンは真剣な顔でそう訴えました。
『空を飛ぶだって?』もちろんエリックはびっくりしました。
『あくまでも例えです』そう言うゴードンも興奮気味でした。
エリックはこのとき、やっとことの重大さを理解したようにうなずきました。
『でも、会社の権利はどうなるんですか』エリックはあらためて訊ねました。
『ですからエリックさん、あなたと組む必要があるんです。後は私がうまくやりますから。とにかく、会社のデータは全部消してしまうんです。特殊な技術を私は持っています。実は、そもそも今回のの検体の存在を会社側は知らないのです。
例の検体は、私が出勤するとき、郵便係が抱えていたバッグの後ろにのぞいていた郵便物を、悪戯のつもりで抜き取ったものだったのです。ところが調べてみたら、とんでもなデータが出たんです。とにかくこれらの件については、私が独断で操作したコンピータ以外、データはどこにも残っておりません』ゴードンはそう説明しました。
はっきり覚えている訳ではありませんが、こんな内容の会話でした。
専門的な分析結果がインターネットで送られてきたとき、当然、彼はプリントアウトしていました。
その書類が奥の彼の小部屋のデスクの中にしまってあったので、彼はゴードンとともに奥の狭い部屋に移って書類を取りだし、額を寄せ合い、説明を受けていました。
ついでにゴードンが使ったデータの消し方なども遊び半分で教えてもらったそうです。
とにかく二人はその時点ではかなり気が合い、夜になると家で遺伝子に関する講義をゴードンから受けていました。
彼も一応は科学者ですから、かなりのレベルまで理解するようになったと思います。
そんなときゴードンが電話で言ってきたんです。
『例のデータを完全にコンピュータ上から消した際に、自分のパソコンに残しておくのをうっかり忘れてしまった。プリントアウトした書類を貸してくれないか』
『コピーをして渡す』『コピーは、コピー機の本体にデータが残ってしまうので絶対にしないように、とにかくあなたが持っている書類そのものをちょっと貸して欲しい』エリックは私に言いました。
『やつがどこでどう気が変わったのか、不自然な要求をしてきやがった。そればかりか、ハッカーの技術を生かして、自分に送ってきたパソコンのデータや通信記録も消してしまいやがった。自分にハッカーの技術を教えて油断させるつもりだったのか、あのデータを消したのは間違いなくやつだ』怒りました。
『検体に使った陰毛はどうしたのか』エリックがゴードンに訊きました。
『検体を盗みだすとき、折り畳んだハンカチの間に挟み込んだのだが、あとで広げてみたらどこにもなかった』そう答えたそうです。
『やつはおれからデータを取り上げ、独り占めしようと謀っていやがる。さてどうしたらいいかだ』
エリックは困ったように腕を組みました。
そんなとき、家に強盗が入ったんです。
所持金や貴重品を奪われました。
その翌日、彼が家に帰るとだれかがドアを開け、内部に侵入していたのです。
男が、奥の部屋からでてくるところでした。
誤射事件はこうしておきました。
ゴードンは手にプリントアウトしたエリックのデータを持っていました。
事件を起こしたあと、エリックは私に『ゴードンは知らない男だ』と警察に言えと命じ、私は命令に従いました。
この件については市警の取り調べもあって、そちらのほうがよくご存じだと思います」
アンナは、運転席のコルビー警部補のほうに不安気な顔を向けた。
「よく分かりました。協力ありがとうございました」」
コルビー警部補は丸い顎でうなずいた。。
あなたの虚偽の供述については、今回は目をつぶっておきましょう、と心でつぶやく。
「エリックに、なにかあったのでしょうか?」
「捕捉で確かめたい件があっただけです。エリックさんからは連絡がないんですね?」
はい、とアンナはうなずいた。
「きっと、海外の連絡できない場所にいるのかもしれません。ところでそのDNA遺伝子の内容について、エリックさんはあなたに、なにか話しましたか?」
「SFの世界が目の前にある、と興奮していました」
「SFの世界か……」
コルビーはつぶやき、溜息をついた。
「ところで、検体の陰毛は本当にどこかにいってしまったんですか?」
「ゴードンは、地下鉄の駅でハンカチを広げてしまい、入ってきた電車の風に飛ばされてしまったんです。『大事な陰毛を落としたので探してくれ』とコンクリートの床面を這いまわりながら駅員に訴え、笑われたそうです。エリックがその駅にいき、駅員に事実を確かめてきました」
「その陰毛がだれのものだったかは、知っていたんですか?」
「いいえ。エリックも正体は掴めていなかったようです。『あの陰毛はだれの者なのか教えてください』というように電話で話をしているのを聞きました」
「その相手は?」
「電話は、日本に掛けたものでした。名前かどうかははっきりしませんが、YUなんとかと言う言葉を会話の中でときどき聞きました」
「YUなんとか、日本か……」
運転席のコルビー警部補は、手をかけていたハンドルを軽く手の平で叩いた。
「ほかになにか、聞きなれないような言葉とか、なかったですか?」
アンナはちょっと考え、あります、とつぶやいた。
「『毛皮』『三万年』です。仕事ですからそのようなつぶやきはしょっちゅうですが、何回か聞いたような気がします。刑事さん、やはりエリックになにかあったんですね?」
アンナは再び意を決したように、手帳にメモを取るコルビー警部補に訊ねた。
「実は、なにがあったのか私にもよく分からないんです。だからいろいろあなたにお伺いしたのです。もしエリックさんから連絡がありましたら、どこにいるかを聞いて、私に連絡してください」
コルビー警部補は、懐から名刺をだしてアンナに渡した。
翌日、コルビー警部補は、コンピュータ犯罪の捜査官と一緒にUS歴史科学研究所におもむいた。
やはりエリックはUS歴史科学研究所を退職するとき、毛皮のデータや依頼主のデータを消していた。
エリックはゴードンから得た知恵をそっくり応用したのだ。
25&MEのデータが消え、毛皮と陰毛の一件は完全に失せてしまった。
5
昆明のCIAオフサーのエージェントの高虹と名乗った王棐に、高虹から江宇航にメールが入った。
『自動車の墜落現場から、プリント用紙は見つからなかった。だが、明永村を探索した結果、事故で死んだガイドのボスのガツマリという男の家で、父親が拾ってきた数十枚ちかくの用紙の裏側を、子供たちが漢字の練習に使い、紙じゅういっぱいになったところで、焚き付け用として竈で燃やした。竈の口に、小さな紙の残骸を確認し、それが判明した。
また、三人の荷物を預かっていたガイドたちの遺族は、すべてをチベット側の市場に持っていき、売り払った。
以上』
(5-4 了)
9821
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる