おとうさんはやくたすけにきて 娘と蝶の都市伝説

花丸 京

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6章

二老人の秘密会議

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アメリカ、ミズリー州クレーブクルーのムサン本社ビル。
外壁を特殊な金属で飾りたて、業績通りに毒々しく輝く。
ドイツの会社がムサンを買収したが、実質は今までと変わらない。

特別会議室に、いま三人の男とCIAの上級幹部スタッフ二人の計五人がいる。
三人の男のうちの二人はソファに、一人は車椅子に、CIAの二人はパソコンが置かれたデスクに座っている。

車椅子の男は白髪をうしろに掻きあげ、鼻筋が真っ直ぐにとおった老人、デビル・ラリー。
今年で102歳になる。
もう一人も白髪で顔中に皺をしわ寄せ、眼鏡をかけた95歳のドリー・キムジャー。
三人めは、頭の半分禿げた蛸入道のような赤ら顔のヒット・ポイドン。
二人よりずっと若く、57歳。ムサンの会長兼CEOである。

ポイドンは今回の件に関しての責任者として、デビル・ラリーから特別に指名された。
遺伝子の組み換え製品でビジネスを世界的に展開するポイドンには、ぴったりの役柄である。
「実験のほうはどうだ?」
車椅子の白髪の老人は背凭れから顔を上げ、ポイドンに訊ねた。
「とにかくいろいろ実験を進めていますが、そう簡単ではありません」

「おい、なにを言ってるんだ。おれは100歳を越えたんだぞ。死んだという噂を流し、おれを罵るやつらの口を封じたが、本当に死んじゃうじゃないか」
ラリーはポイドンよりも赤くなり、車椅子を前後に軋ませた。
世界のあちこちで戦争をおこし、武器を売り、内戦状態で混乱した他国からきんや石油などの財産を手あたり次第にかすめっとてきた。

となりの顔中皺だらけのキムジャーも声を張りあげる。
「おれは、もう一度世界を作り直したい。どんなに費用がかかってもいい。優秀なスタッフを世界中から集めろ。とにかく早くやれ。ラリーさんの命令でもあるぞ」
細くつりあがった目が、さらにきつくなった。

二人には切実な問題が迫っていた。それは死である。
しかし、特別な病にかかっているという訳ではない。
生きている者が迎えるナチュラルな死だ。
運命を悟りかけたとき、世界を意のままに動かしてきた二人は、とんでもない朗報に接した。
CIAの科学技術本部部長からの報告だった。

『人間の生命に関する超変異遺伝子群が発見されました。寿命が天文学的に延びるかもしれません。同時に、その他数々の驚異的な変異遺伝子も発見されました。詳細な内容は現在調査中です』
「天文学的に寿命が延びるだって?」
「永遠の若さだって?」

報告を受けたとき、居合わせていた二人の老人は、声をそろえた。
「でもすぐには使えません。現在、すこしずつ研究を進めているところです。検体を検査した解読装置の注釈のように、これらの変異をたしかめる一番良い方法は、変異の持ち主に直接会うことです。そして検査をして、変異遺伝子の種類と、そrぞれをどのように活性化させているかを調べるのです。それにこの事件に関連した年代測定の研究所からは、三万年前の雪豹の毛皮のデータも発見されています」

「三万年前の雪豹ゆきひょうだと? 雪豹とどんなふうに結びつくんだ」
眼鏡をかけ、顔じゅう深い皺でおおわれた白髪のキムジャーは、ラリーになにか企みがあるときは右腕の実行者として、世界を飛び廻った。
デスクに陣取ったCIAの情報担当次官が、能面の顔で答える。

「想像の域をでませんが、雪豹の毛皮をまとった三万年前の人間が生きている、という結論になります。ただし、毛皮には特殊な微生物が関係しているとのことです。微生物という生き物は、最近になってDNA解明の次にでてきた地球生命に関連した新しい研究分野でありまして……」

「三万年前の人間が生きているだって? 毛皮とかの微生物の話はあとでいい。とにかく、三万年生きられる遺伝子組み換えの方法を、早く完成させろ。だが、三万年も生きていたら大変だから、おれの場合は、あと三〇〇年、いや四〇〇年でいい」

ラリーは、車椅子の手すりをばんと叩いた。
最初の超変異遺伝子群発見の報告とミーテングから、すでに一ヶ月がたっていた。
三人と二人は二回めの会合である。

「どうなんだ、ポイドン」
ラリーが、垂れ下がった瞼を人差し指で押しひろげ、向かい側のプロレスラーかとも思える大柄なムサンのCEOのポイドンを睨む。
「今回発見された変異はゲノムには、なんと微生物の遺伝子が全般にわたって紛れ込んでいるんです。なぜ混じっているのかは、ひき続き調べてもらっています。とにかく、このサンプルからは、想像を越えた人間の大変身が考えられます」

「想像を越えるとは、どんなふうにだ」
ラリーが苛立ったように質問する。
「微生物やアメーバーや虫や動物たちと会話ができるとかです。最近になって微生物が集団になるとパワーを発揮して、離れた集団と会話を交わしていることなども分かりました。他集団との交信の痕跡こんせきも発見されたところです。人がパルスで会話ができるようになるのです。その他、海中でも生きていけるとか、透明人間になれるとかいろいろです」

「おれは、微生物とかアメーバーとかと話しなんかしたくない。微生物やアメーバーはあとにしろ。その、透明人間になって四〇〇年生きられるようになるのに、あとどのくらいかかるんだ」

ラリーは、自国や他国から貪欲ひんよくルビを入力…に利益を追求してきた。
競争社会の概念はやるかやられるかであり、やられないためには、やるしかないという観念を地球上の人類に押しつけた。
彼ら強者からみれば、争いのない平和な世の中などはありえなかったし、共存共栄などという概念はちっとも利益にならず、怠け者たちが唱える絵空事にしか過ぎなかった。

とにかく今は、生命の限界に近づき、直面する恐怖におびえながらの余生であった。
だが、今回の超変異遺伝子群の発見で、俄然生気にあふれた。
「とにかく永遠の若さだ、ばか者。急げ」
ラリーが激高した。
ぎらぎらしたラリーのその眼には、物欲の限りを尽くしてやろうという心火がたぎっていた。


「今回の件がうまくいけば、なんだって欲しいままだろう。はやくその変異遺伝子を活用する方法を探しだせ、ばか者」
ラリーがじれ、車椅子の上で毒づいた。

「はい。それはやはり、この遺伝子を持った人間を直接調べることです」
ポイドンはそう告げ、太い首をひねった。
デスクに座る二人のCIAの最上級幹部、情報担当次官と科学技術本部次官をうながす。

「もうとっくに捕え、いろいろ調査していると思ったのに、なにをやっている。そいつはいまどこだ」
車イスに身をもたせかけたラリーは、首と身を乗りだした。
「まだ特定できていません。現在追跡中で、だんだん近づきつつあります。日本のエージェントの報告によりますと……」
情報担当次官は、デスクの向かい側でコンピュータを覗く、科学技術本部次官を目でうながした。
二人ともCIA長官のすぐ下の幹部で、政府の最重要事項企画会議のスタッフに加わっている人物だ。

CIAには長官の下に副長官はいない。
代わりに数人のセクション別の情報担当次官がいる。
CIA内部では高位の地位だが、ここに集った三人に比べたら月とスッポンほどの差があった。

なにしろデビル・ラリーと言えば、CIAの産みの親であり、CIA組織を好き勝手に動かせる人物だ。
そしてドリー・キムジャーと言えば、その下につき、世界中を動き回り、相手を意のままに従わせてきた策謀師さくぼうしである。

「男は日本人で、名前は、ジンギス・ハーンです。もちろん偽名でしょうが、もしかしたら、三人の死体収容の後に、単独で梅里雪山ばいりせつざんに現れた男かとも思われます。梅里雪山をうろついた三人は、変異遺伝子を持った人間を探していたのであり、ジンギス・ハーンはその件を知っての行動かと推測されます」

「その男、今どこでなにをしている」
ラリーの目が、垂れた瞼の陰で細くぎらついた。
「鑑定結果を待って、どこかで待機中です。それ以外、現在なにも分かっていません」

「とにかく、今回の件はだれにも漏らすんじゃないぞ。われわれ以外に、この件の情報に触れさせるな。もし接触するようなやつがいたら」
「はい、見つけ次第、即座に処理いたします」
処理とは『殺す』という意味だ。
その手で、世界中の何人もの志のある男女が死んでいったか。

「検査結果をプリントアウトした用紙は、まちがいなく住民に燃やされたんだな」
コンピュータと向かいあったCIAの科学技術本部部長の報告を耳にしながら、ポイドンがCIAの科学技術本部部長に大声で訊ねた。
ポイドンには、さっきから気になっていた一件だ。

この新しい超変異遺伝子群についての情報は、絶対に自分たちだけのものにしたかった。
微塵みじんも他に悟られてはならないのだ。
もし情報が洩れれば、神の意志に反する、と言い出す者が必ずでてくる。
そのまっとうな思考は世界中の意志として瞬く間に普遍ふへんし、野望が砕かれないとも限らない。

商品化にも支障をきたし、得られる莫大な利益は泡と帰す。
そればかりか、地球を、世界を永遠に支配する機会さえ失いかねない。
「まちがいなく燃やされました。それに、情報に接した人間には国家機密の意味をきちんと説明してあります。漏洩者には闇の世界が待っていると」
情報担当次官が答え、さらに何事もなかったように続けた。

「世界中のマスコミには緘口令を敷き、梅里雪山の事故についての調査はしないようにしてあります。日本人が二人死んだ日本のマスコミも、いっさい動いてはおりません。秩序正しいあの国の国民は、我々の命令をよく聞いてくれ、ほんとうに助かっています。秩序正しく規律を守る国民は、上の人間の命令を素直に受けとめるので、上の者さえ手なずけれてしまえば、日本という国は簡単に支配できます」

CIAの説明に、そんなことは分かっているとばかり、ラリーは無視する。
「で、陰毛の持ち主は、そのハーンという人間なんだな」
「いえ、陰毛は女性のものです。しかもネアンデルタール人の血が入っています。ですが、ネアンデルタール人の血というのは、世界のみんなはけっこう持っていて、そんなに珍しいものではないそうです」

「くだらん解説はいい。その女だ。だからだれなんだ、そいつは」
ラリーが苛立いらだち、からだで車椅子を前後にきしませた。
白目を剥き、眼球をひっくりかえす。
なにしろ明日、目覚めたときは死体になっていてもおかしくない身である。
「まだその女性は突き止めていませんが、いずれはっきりするでしょう。国際郵便を使って新たに検体が送られてきたが、指紋は検出されなかったそうです」

そもそもポイドンはこの話の概要を耳にしたとき、ラリーという爺さんはすっかり耄碌もうろくしてしまったと胸に寂しさがこみ上げた。
人間の寿命が画期的に延びる遺伝子などあるわけがないのだ、と遺伝子組み換えのプロは内心で笑った。
ところが復元されたサーバーのデータを見、説明を受けたとき、全身をわななかせ、仰向けにひっくりかえりそうになった。

25&MEのゴードン・ブライアンという技術者からデータを受け継いだUS歴史科学研究所の古生物炭素年代測定技術者のジェフ・エリックが、情報を独り占めにし、日本人の学者を伴い、中国奥地の梅里雪山にでかけた意味がよく分かった。
ちょっと冷静に考えてみれば、一年のほとんどが雪におおわれたそんな山に、人など住まないであろう推測は容易にできる。
生命をつかさどる遺伝子の数々の変異を伝えているデータに、興奮のあまり、判断力を失ってしまったのだ。

ことの真相を確信したラリーは、すぐに手を打った。
機密情報の保護という名目でCIAに命じ、ジェフ・エリックと道連れの二人の日本人を抹殺させた。的確で素早い判断だった。
秘密を守り、利益を一人占めにするためには、自分に不利な人間はすべて殺してしまうに限るのである。

現地で動いていた四川省、成都せいとのアメリカ領事館に勤務するケースオフィサーの報告では、凍死した三人は『三万年前の毛皮を着て梅里雪山のどこかに隠れ住んでいる人々を探している』であった。

またアメリカ人のジェフ・エリックは、凍死の直前の吹雪の中でこう書き残していた。
『しかし、明日からの探索で目的の人々を発見したらと思うと胸が高鳴る。はたしてどんな人々が目の前に現れるのか。とんでもない遺伝子を持った人々よ。はやく会って姿を確認してみたい。あなたがたは人類に大革命を起こすに違いない』

梅里雪山という場所を決定したのは、毛皮の鑑定の依頼人が『梅里雪山の麓でひろった』と証言したからである。
そして陰毛はその毛皮についていたので、三人はその場所にでかけたのだ。

梅里雪山のその場所に、人の住む痕跡こんせきなどないという情報を得たとしても、現地におもむくのは当然だったのかもしれない。
相手はとんでもない遺伝子を持った超人なのである。
そのような場所に住んでいてもおかしくなかったのだ。


あっさり他国を転覆させる力をもったCIA。
しかし、秘密厳守を重要視しすぎ、優秀な捜査官をつぎ込めず、また超変異遺伝子群の正体や寿命に関する部分に神経を注ぐあまり、ユキの名前はまだ掴めていなかった。
閻魔大王えんまだいおうの舌を抜くほどの大それた悪の組織を、充分に生かせないでいたのである。

「おい。おれに、その超変異遺伝子の細胞を組み込め。もう我慢できん。おれを実験台にしろ」
ラリーは我慢できず、提言した。
「おれもだ」
すかさず、キムジャーもその案に乗った。

「でも、本気ですか? もし、ほんとうに三万年も生きたらどうしますか? それに……」
 微生物とかが話しかけてきたらどうするんですか、とポイドンは二人の老人に訊ねたかった。

「三万年かあ?」
さすがの業突老人も一瞬ぼんやりした。
「三万年は長いよなあ」
「うん、ちょっと長いかなあ」
二人の目が虚空こくうを泳いだ。
さっき、三百年、四百年と提案したことを忘れている。

「まさか、このまま三万年じゃないだろうな」
ラリーは、車椅子の肘掛けに乗っている自分の肩から腕に目をやった。
「そのときは医療の進歩で、きっと若さを取り戻しています。おれもこの顔で三万年はいやだな……」

あのころは、と顔中皺だらけのキムジャーは心でつぶやいた。
若くて颯爽さっそうとした日々は二度と戻らない。
眼鏡の向こうの皺の中の瞳が、うっすらと滲んだ。
「だいじょうぶ。毎晩、若い娘とベットインできます。医学はどんどん進歩していますから」
ポイドンが慰めをいった。

「パーティで三人も四人も……なつかしいなあ。毎晩、ニューヨークのテークアベニューの秘密クラブを借り切り、女優や歌手やモデルたちと夜を明かした。今の若い者は知らんだろうが、エリザベス・ティーラー、マリリン・モンロー、イングリット・バーグマン、ジャンヌ・モロー、グレース・ケリー、みんないい女だった。JFケネディのやつ、おれのマリリンに手をだしてその気になりやがって。おまけに許可もなく、ドルまで勝手に刷りやがった」

ドルの発行権はアメリカ国家にはない。民間の銀行にあるのだ。
陰でアメリカを支配する一族の銀行が、国にドルを貸し付けているのである。
彼らは世界の通貨であるドルの発行権を持つ強みを生かし、他国の銀行を自分の思うままにしている。
その本部はイギリスにある。
一説にはそこがすべての権力を握るデープステイトであるとも言われている。

ラリーは車椅子の肘掛から右腕をあげ、握った拳固から人差し指を突きだした。
「ばーん」
一瞬、部屋が静まり返った。
アメリカ国民のために働こうとしたJ・F・ケネディ元大統領は、車の座席に座ったまま後頭部に銃弾を受け、即死した。

が、濡れた目のキムジャーが皺だらけの顔を赤く染め、おかまいなしに後を継いだ。
「ソフィアローレン。あれはすごかった。一晩で二キロは痩せたな。目が覚めると朝」
ラリ―とキムジャーは、二人でからだを揺すり、ふぁふぁふぁっと笑った。ラリーはケネディを撃った人差し指の拳銃を胸に添えたままである。

「テークアベニューでは、いまも盛んなんだろうな」
キムジャーが、懐かしそうに両手を胸の前で組み合わせた。
ニューヨークのテークアベニューには、超高給のマンションや隠れたホテルがある。そのマンションのひとつが秘密クラブになっているのだ。だが、一般の人々には縁がない。

大富豪やその大富豪が認めた人物しか利用できないのである。
噂ではあるが、そこではフリーセックスとドラッグのパーティが夜な夜な行われていると言う。
しかも参加する女性も、有名な女優やモデルたちばかりである。
有名な男優がくるときは、大富豪の娘たちが大挙して訪れる。

漁夫の利を狙う男たちも女性を目当てに群らがる。
これらの催しは、古代ローマ時代から存続する権力者や大富豪たちのパーティとして浸透しているのである。
だから違和感はない。
「ソフィアローレンですか。ところで、三万年の長い間を生きるとなると、もしかしたら長期的な眠りがあるかもしれませんな」

横から蛸入道のポイドンが、忠告のつもりで口にした。
するとCIAの情報担当次官が、ここでちょっと補足させていただきますと、さらに続けた。
「三万年を生きるということですが、たしかな根拠があります。先ほども申し上げましたように、微生物たちです。地球誕生後、初めての生物は微生物でした。単細胞のまま三七億年ものあいだ変わらぬ姿で生きつづけ、その後はずっと陰で地球の生命を支えつづけています。例の毛皮は検査の結果、微生物たちが住みつき、毛皮を守っていることが判明しました。

毛皮に住む微生物たちは、毛皮を着ている人間の身体内部に住む仲間の微生物たちに『DNAに働きかけ、人間の皮膚からも毛皮を守る分泌物をだしてもらえるように頼んでくれ』などと要請していたようなのです。先ほども申し上げましたが微生物の集団と集団はパルスで会話を交わしています。このように、微生物をうまく使えば、あながち三万年も夢ではないと考えられます」

「だがその微生物、どうやってコントロールするんだ」
キムジャーが眼鏡を光らせる。
「それは、その点はまだ研究不足でして、電子顕微鏡の写真では、細胞同士がケーブルを縦横じゅうおうに引いて結び合っている場面が捉えられておりますが、どんなエネルギー使っているのか……またパルスを使って仲間内の種と連絡しあっているのですが、それぞれ異なる二種の言葉で通信しており、その仕組みもまだはっきりしていないそうです。まあ、おいおい答えは出るとは思いますが」

情報担当次官の言葉が勢いを失いかけたとき、隣にいた科学技術本部次官が背広の背中をかがめ、パソコンをのぞいた。
「あ、報告が入りました。ニューヨークのサウスブロンクスのネットカフェで、ジンギスハーンがデータにアクセスしたそうです」

ラリーとキムジャーとポイドンが、おお、と同時に歓声をもらした。
「やつは、逆探知を恐れ、自分のケイタイではなく、今はほとんどなくなったネットカフェを探してアクセスしたのでしょう。どこのネットカフェであろうと、ニューヨーク市内ならデータを呼びだして五分もしないうち、捜査官が駆けつけます。すぐにやつの正体がはっきりするでしょう」

二十二プラスXXかXYの対になった染色体には、DNA(ゲノム)が三十億個もならんでいる。
データとして発見された超変異遺伝子群はこの二十三の染色体に万遍なく散りばめられている。
従来のように、ある特定の場所に点在している訳ではないのだ。

発見した変異遺伝子が、現在の人間の生存年月をはるかに越える生命力を創造するのだとしたら、この技術の特許は莫大な利益を生む。
地球のリーダーにふさわしい地位も確保できる。
人はみな長生きをしたい。そのためならいくらでも金をだす。

もちろん貧乏人なんかどうでもいい。貧乏人はますます貧乏になってグローバル企業で働けばいいのだ。
食料生産の遺伝子変換技術とともに、人の遺伝子にまで手をだしたムサン社。
人類の富は、すべて自分たちのものでならなければならない、地球上の人類は自分たちの繁栄のために存在している──これが彼らの宗教的ともいえる信念なのである。

紀元前の遠い昔、一族は中東のある地域で栄えた。
だが、環境を破壊したため、その場所を離れざるを得なくなり、各地に散った。
一族はたちまち地域の権力者や王に金銭で取り入り、陰のリーダーとなった。
そして各地の仲間と連携し、団結力を強め、組織力を強めた。

近代になると金融界の支配をはじめ、エネルギー、IT、食糧、医療、薬品業界、そしてマスコミなど、人間が生きる上での必要な重要物件のすべてを手中におさめ、一〇〇パーセントの人々と呼ばれるようになった。
一〇〇パーセントの人々は、歴史的な時間を経、各地に散った民族との間に多少の遺伝子の異差はあった。

しかし、出身地域独特のベーシックな遺伝子配列とともに、ダーウィンの進化論を裏付けるかのごとく『物欲・陰謀・暴力』をうながす新たな変異遺伝子が彼ら一族のゲノムに加わった。

「300年、いいや、400年で手を打とう」
冷静になり、現実感を取りもどしたデイビッド・ラリーは、拳をぐっと握った。
「はやいところうまくやってくれ。おれもとりあえず400年でいい」
「400年あったら、またやりたいことをやってやる。おい、どうだ」
「はい、どんなことでも協力します、ついでに私も、400年ということにします」
ポイドンが禿の頭を光らせ、ちゃっかり便乗した。


会議が終わり、部屋に残ったのはムサンのCEOのヒット・ポイドン一人だけだった。
ポイドンは分厚い胸をふくらませ、大きく息を吐いた。
実はポイドンは、ある事実を二人に告げていなかった。
今回発見された変異遺伝子は、B5の用紙で二十ページもあった。

『人間にとってよい方に間違って変異する』という言い方が正しいかどうかは分らないが、これを一斉に発現させたとき、想像もつかない結果をひき起こす可能性があった。
死なない生物ができたり、植物になったり、鉱物になったり、気体になったり、異種の生物と会話ができたり──まさに三万年もの年月を生きる動物など、また永遠の命の出現はどんな問題を地球上にひきおこすのか。

2012年計算で、世界の人口は70億。2023年では80億。人口増加は一日20万人。
カナダ、オーストラリア、ギリシャ、ポルトガルの四つの国の人口と同じ数である。
地球が支えられる量はすぐに越える。

しかも、地球上の生命を支える動植物がすごい勢いで消えようとしている。
欲望を植え付けられた人間は、それをとめることができない。
さすがのポイドンも全身に恐怖が走った。
開いた扉から女性秘書がのぞいた。

ポイドンは手をあげ、待ての合図を送った。
「五分だけ時間をくれ」
ポイドンは、座っていたソファに腰を落としなおした。
「ちょっとだけ、息継ぎをするか。気分直しだ」

ポイドンは重苦し気につぶやいた。
「今日のヤンキースの試合はどうなっているかな」
未来の地上最強の男の趣味は、野球だった。
ニューヨークで育った彼は、純真な野球少年だった。
そして熱烈なヤンキースファンだった。

リモコンのスイッチを押すと、テレビの画面が壁一面に広がった。
縦縞のピンスプライトの選手が大写しになった。
「おお……こいつ」
東洋系のような顔立ちだった。
わーとヤンキーススタジアムの歓声が特別会議室いっぱいにあふれた。
「例の女じゃねえか」

もちろん、新聞やテレビのニュースで知っていた。
小柄な女性投手が大きくふりかぶり、直球を投げた。
「すげえ。本当だ。はえー」
ポイドンはムサンのCEOから、熱狂的な野球のファンに変身していた。

ポイドンは今まさに、目的の変異遺伝子群を体内で活性化させている一人の女性を目撃していたのである、
(6-3 了)

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