都市の便利屋

ダンテ

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      ― 第1章 受け容れない ―

一件目 便利屋の邂逅

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 日時:人類統合歴1652年 4月6日
 場所:中央大都市直属第8工業都市 ナハツシュタット 居住プラント
 時刻:5 p.m.

 グレンは、自室へと向かう途中、集合住宅棟の物資販売所に立ち寄った。各階を繋ぐ鉄骨の階段から、少し廊下を進んだ所にそれはあった。旧世界で好まれて使われていたとされる壁掛けランタンの暖色の灯りの下、歯車の意匠が施された小さな硝子窓つきのドアが、来客を待ちながら佇んでいる。

 ドアノブに手を掛けると、ドアは新たな客を歓迎するかのように開き、彼を外とは独立した小さな世界へと招く。境界を踏み越えたところで、無機質な声が彼に語りかける。

 〈いらっしゃいませ、市民番号2523番様〉
 
 人らしい感情も抑揚もないそれは、居住プラントの管理システムが発したものだ。その音声を聞き、何人かがグレンを見るが、すぐに自らの手元に視線を戻す。

 空間圧縮技術によって本来の面積以上に広くなっている店内は、電池式のランタンと電子端末の発する光によって仄かに明るい。彼は食糧スペースへと足を運んだ。

 発電プラントで作られた電気は、その大半が工業団地で使われ、一般市民の生活基盤にまでその恩恵を行き渡らせてはいない。電池式の灯りが多いのはそのためだった。

 作業服を来た男性の隣に立ち、彼が品定めしているのと同じ食糧を、各スペースに複数台設置されている電子端末で選んでいく。

 「お疲れさん。今日も一日中依頼漬けだったんだろう?」

 「ええ、まあ。そう言うキセルさんもお仕事だったんですよね?お疲れ様です」

 会話を投げかけてきた人物に、愛想笑いを向け言葉を続ける。

 「何だ、今日も完全食を買い込むのか……。それも味が一番酷いゼリータイプかよ。節約のためとは言え、毎日同じもんを食べるのは嫌気が差すもんじゃねえのか?」

 「あはは……。これもそんなに悪くないですよ。味はともかくとして、食べるのに五秒しかかからないので、その分の時間も仕事ができますし、これ一つで必須栄養素は取れますし。それに、味も小さい頃からこれを食べていれば、案外慣れるものです」

 「合理的っつうか、機械的っつうか。そんな理屈でどうにかならんのが人間だろうに。俺ぁそんな考え出来ねぇし、たまには贅沢したいって思うけどな」

 「そう言うキセルさんだって、今日も完全食を食べるしかないんじゃ……今日は違うんですね。ヴルストにワインまで買って……。値段、馬鹿になりませんよ。ボーナスでもあったんですか?」

 キセルは言葉を濁らせながら答える。

 「うん?あぁ、そうだな。昨日の業務が、“時間”の機械に関するものでな。それのボーナスってわけよ」

 「時間、ですか」

 「ああ、それのメンテナンス、……いや修理か?するだけだったんで……まあ簡単だったんだけどな」

 「……なるほど」

 「こんな贅沢次いつ出来るかわかんねえからよ」

 そう言いながら、彼の表情には疑問や不安が浮かんでいた。簡単過ぎる仕事、それにしては明らか多すぎるボーナス。

 「そうだったんですね。急に全財産を注ぎ込むような買い物をしていらしたので、失礼ながら、人生を諦めたのかと心配しましたよ」

 普段であれば、グレンの冗談に「ひでえやつだな」と返しただろう。だが、今日は違った。

 「……そうだな。もういつくたばるかも知れないからなぁ。だからこそ、いつ最期が来ても後悔しないように生きねえとなぁ。あぁ、それとだな」

 グレンがその言葉の真意を考えていると、キセルは自身のタブレット画面を見せる。

 「……人探しですか?」

 「あぁ。さっき話した機械の管理者から、お前さんに話を通しておいてほしいと言われてな。、仕事の関係でここに来た奴が、なんで人探しの依頼なんざ持ってくるんだとは思うが、取り敢えず話だけでも聞いてみてくんねぇか?」
 
 世間話をした所で、買い物を終え自室に戻る。帰宅したグレンは依頼を持ちかけてきた人物と電話をし、翌日に会うことを決めてから床についた。

  -翌日-

 居住プラント内部談話広場の個室
 9 a.m.
 
 グレンが指定された席で待っていると、黒いシャツの上に白衣を羽織った、いかにも研究者らしい風貌の男がグレンの対面に座り、申し訳なさそうな表情で話しかける。

 「こんにちは。グレン様でよろしいでしょうか?すみません。大変お待たせいたしました」

 「いえいえ……私もつい先程来たばかりですので、お気になさらず」
 
 グレンもまた笑顔を作り、相手に応じる。お互いのが終わった所で、早速本題に移る。

 ケイと名乗ったその男は、少女が写った写真を取り出し、依頼内容について説明していく。曰く、とある名家の令嬢がナハツシュタットの犯罪組織に誘拐された。防犯用に着けていたGPSによってこの都市に居ることは判明しているが、大まかな位置しか分からない上に他所から来た自分達には土地勘がなく、自力で探しだすのは困難とのことだった。

 グレンはいくつかの質問をしたが、プライバシーや被害者家族の面子という理由で、まともに答えられたものはほとんどなかった。分かった事といえば、件の令嬢は〈リエ•トキザキ〉という名前だということ、彼女を誘拐した犯罪組織は〈土の中の小人〉であること、この二つだった。そして彼の持つ知識の中には、〈トキザキ〉という姓を持つ一族に関するものは一切なかった。

 「―では、最終確認をします。内容は〈リエ•トキザキ〉の救護。その過程では、沿行動することが義務付けられます。また、依頼人“ケイ”に報酬の支払い能力が無いと認められた場合、その時点で契約は破棄されます。よろしいですね?」
 
 「ええ、大丈夫です。」

 グレンの確認に対して、ケイは流れ作業のように相槌を打っていく。そして、内容に対しての事細かな質問も無いまま、電子端末の契約書にサインと指紋を、紙面の契約書にはサインの他に印鑑を、と手続きを進めていった。

 ―同日―
 9 p.m.

 「瀬のわきは渦」順調な時こそ油断しないようにしなければならないという意味のこの言葉も、そんな心理から生まれたのだろう。人は、順調に物事が運ぶことを願うものだ。だが、実際に順調な時はむしろ、普段から順調に行くことに慣れていないが故に恐怖や不安を感じる。

 グレンは、人探しの依頼を受けたその数時間後に件の人物を見つけた。余りにも順調過ぎると思いながら、彼の自宅で料理を食べる少女を眺めていた。
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