都市の便利屋

ダンテ

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      ― 第1章 受け容れない ―

六件目 受け容れない

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  ―ケイ。申し訳ないが、お前を私の息子だとは思えない。―

 “上層選民”。それは、この世界においての安楽な人生が約束されたも同然の階級。その上層選民の子供として、ケイは生まれた。

 「ケイ。お前は上層選民という選ばれた者なんだ。中層市民以下の凡骨共よりも優れた者になりなさい」

 父はそう言った。

 「ケイ。貴方はサイオンジ家の後継者となるの。だから、たくさん勉強して、他の子より優秀でなきゃ駄目よ」

 母もそう言った。

 優秀であり続けた。そうすれば、両親はとても優しかった。とても温くて満ち足りた世界。中層の者たちでは一生をかけても味わえるかどうかもわからないような幸福。自分という存在が認められる。肯定される。そんな幸福。―そんな思い出が今となっては、ただ唯一の心のよすがだった。

 年齢を重ねる毎に重くなっていく重圧。引き替えに得られる温かさのためにひたすら重圧に耐え、結果を出さねばならぬ日々。

 「父さん。これ、テストの結果だよ」

 そんな日々が続いていたある日、高校の初めての定期テストの結果が出た。父に一枚の紙を見せる。そこに書き綴られた点数を見て、父は信じられないという顔をした。

 「信じられない……。98点に……92点だなんて。」

 今回のテストは良くできた。順位も1位だった。だからこそ、自信を持って見せることができた。

 「ケイ。どうしてではないんだ?」

 父はそう言った。

 「えっ……」

 「ここだ。この教科と、この教科の点数。何故満点ではないんだ?」

 父はテスト結果の用紙に書かれている100点ではない教科の所を指差して言った。

 ―この人は何を言っているんだ?

 「その二つの教科は今回難しくて……、教科の先生は“よく頑張った”って言ってくれたんだよ」

 「はあ……。良いか、ケイ。これからは“全て満点”を取れ。お前はゆくゆくは名門大学を、そして大学院を出て、我が家の跡取りに相応しい者にならなければならないんだぞ。こんな問題を間違えているようでは、大学に入ることなどできん」

 ―違う。俺が聞きたかったのはそんな言葉じゃない!

 「でも、今回の順位は1位でっ……!」

 「順位など関係ない!」

 「っ!」

 父の放った言葉は氷の棘となって俺の心に突き刺さった。
 
 ―どうして、認めてくれないんだ……?

 「順位なんてもの、他人の能力でいくらでも変わる。全て満点であれば、お前の言う順位も他人の能力に関係なく1位を取れるんだぞ。いいか、ケイ。もし、次にこのような酷い点数を取るのであれば、サイオンジの姓を名乗ることは許さん」

 ―頑張った……。頑張ったはずだ。なのに、どうして認めてくれないんだ。

 温かい日々は突如としてその温度を失った。

 ひたすら努力した。食事は温かい食事ではなく、冷たい完全食で済ますようになった。食事の度に吐きそうになりながらも、その分の時間を勉強に費すために我慢して飲み込んだ。友人を作ることもなかった。どうせ作ったところで、普通の学生らしく一緒に遊ぶこともできなかっただろうから。

 そうしていつしか、他人を軽蔑するようになった。能天気に笑っている馬鹿共を下に見ないと、重圧で気が狂ってしまうように感じた。

 上手くやっていた。全てのテストで満点を取った。成績は全て最高評価だった。大学模試は流石に満点ではなかったが、A判定を取ったことで父は許してくれた。



 そしてある時、また“満点を取れなかった”。今までの無理が祟ったのか調子が優れず、満点だったテストは何一つなかった。合計点で中層市民の一人に負けた。2位だった。こんな現実、隠し通したかった。受け入れたくなかった。けれど無理だった。

 「ケイ。申し訳ないが、お前を私の息子だとは思えない。むしろ、その1位を取ったという中層市民の子の方が、よっぽど私の子のように思えるな」

 ―こんなのが現実かよ

 「ケイ。言ったよな?次に満点を取れなければサイオンジの姓を名乗るな、と。お前は今日からサイオンジの姓を名乗ってはいけない。家から出て行け。市民番号もそれに応じて格下げだ」

 そうして、俺の心は完全に冷え切って一寸足りとも動くことがなくなった。




 「其処の御前」

 「あ?……っ!」

 荷識町の二条通りを当てもなく彷徨い歩いていた時だった。後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには一人の女がいた。

 髪は灰色のロングストレート。顔立ちは非常に整っており、今の自暴自棄になりつつあったケイでも、我を忘れて見惚れてしまうほどに美しかった。細く引き締まった体に高い身長。それでいて出るところは出た体型。美魔女とも言えるような、妖艶な雰囲気を纏った人物だった。

 見惚れていたことをすぐに取り繕い、ケイは尋ねた。
 
 「えっと、どちら様……でしょうか?」

 「私は“オーガスタ”と云う。御前に声を掛けたのはだな。」

 一拍置いて彼女の艶やかでありながらも玲瓏たる声が紡がれる。

 「単刀直入に言おう。私の計画に御前が必要だ」

 「……計画?」

 「然り。遥かな古の時代へと異形生物を遣る、其の様な計画だ」

 「異形生物を……過去に?あれらは危険な存在だとご存知ですよね?どうしてそんなことを……」

 「其れは御前が識るべき事ではない。私が聞いているのは、其の計画に参加するか否かだ」

 「……」

 ―異形生物は危険な存在だ。生半可な気持ちで取り扱っていいのは資源等級の生物だけのはず。それに、時間を越えてモノを移動させる技術なんてまだ作られていないし、そんなことをして何になるっていうんだ。それに、そもそもそんな荒唐無稽な計画に参加したとして、自分にとってのメリットがない。

 そんな彼の考えは、彼女の次の言葉で打ち砕かれた。

 「若しも御前が計画に参加するのなら、御前が願って止まないモノを与えよう」

 「……願って、止まないモノ……?」

 「然り。父親と、家族と過ごす温かい日常。他者に認められるという歓び。其れ等を御前に与えよう」

 「……本当なのか?」

  「然り」

 現実を受け入れられなかったケイにとってはまさしく、願って止まないモノだった。そんなモノを提示されたケイは震える声で言う。

 「……どうして、そこまでして」

 オーガスタは慈愛の笑みを浮かべて言った。

 「他ならぬこの私が、御前のことを優秀だと認めているからだ」

 ―俺は、その時に決めた。俺を認めてくれるこの方のために動く、と。

 精神的に弱っているときに説得するべし。そう考えたのは、一体どこの悪魔だっただろうか。
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