都市の便利屋

ダンテ

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       ― 幕間 都市の日常 ―

F-02 現実を見ず、夢を見ず

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 ―外界のとある廃都のビル

 「……ん?何だこれ?」

 フックは、ほこりと瓦礫の散乱する廃墟の一室、教育施設の教室のような部屋で一冊の本を拾い手に取った。

 その本は目に見えて劣化が進んでおり、表紙から作品のタイトルを読み取ろうとしても困難な程だった。

 「旧時代の書物……。歴史書だとか、そうでなくとも当時の人々の暮らしぶりがわかるような類のなら当たりなんだけどな」

 フックは周囲を見回し、より安全な場所に移動したうえでその本を開いた。

 フックはまず、作品のタイトルや出版された年代、目次といった部分に目を通していった。

 その本に書かれた出版年代は辛うじて読み取ることができたが、フックにはその年代が“崩壊の日”と人類統合歴制定よりも前だろうということしか分からなかった。
 
 ―パラ、パラ。

 フックが頁を手繰る音が静寂の中に亀裂を生む。本の中身もまた劣化が進んでいたが、表紙程酷くはなかったためある程度は読むことができた。

 「……。“異世界転生”ね。現実に嫌気が差して、現実とは何の関係もない空想の世界に慰めを求める。……温室の中で育って、いざ外に出て自然の厳しさを知れば直ぐに前までのような温かな環境にいたいと願うかのような、人間らしい弱い考え方だな」

 人類統合歴1652年の人類は、平行世界の存在も、その平行世界に行く手段さえも既に理論的に確立されている。だが、数多くの観測や交流を経てきた膨大な数の平行世界の中で、このようなご都合主義的な世界など一つたりともありはしなかったと、彼は記憶している。

 「ふん。そんな程度の不幸で異世界とやらに行けるのか。……それにしても下手な文章だな。こんなにめちゃくちゃな文でいいなら教養のない俺でも書けるな」

 フックは、思い出したくもないような記憶を想起しながら言葉を零す。

 「……くだらない。」

 フックは吐き捨てるように言葉を続けた。

 「最下層として生まれて、権利も何もなくて、必死にゴミを漁って、腐った物でも腹に入れて、クソみたいな”巡回“と無法者共に怯えながら夜を過ごして……身を案じてくれる家族なんて最初からいなくて……。そんな奴にこんなくだらない妄想をする余裕なんてないんだよ……」

 彼の言葉を聞く者はただ辺りを包む静寂だけだ。

 「少なくとも、これを書いた奴が生きていた時代は今よりはマシな時代だったんだろうな。そんな環境で生きてた奴が何を言ってるんだか」

 フックは登場人物が過ごしていた、人類史の中でしか見たことがないような風景の描写を見て、そう呟いた。

 「所詮ただの現実逃避に過ぎないのにな。こんな物で慰めた所で、理想郷から現実に戻った時にただただ虚しいだけだろうに」

 作品の内容が今の人類文明にとって必要なものかどうか判断するために、フックは気は進まなかったが本を読み進めていった。

 「……歪んでるな。少なくとも純粋な文学ではない。作者の“こうでありたい”、“こうあるべきだ”って願望が滲み出ている」

 作品の主人公伽藍洞の操り人形がチート能力なるものを手にする所まで読んでそう呟いた。

 何の努力もなく、過程もなく、他者から与えられただけの能力。自分で勝ち取った訳でもないそれで、何故ここまで自信を持てるのか。幼少期に最下層で生きる為、必要なモノを探し回った経験から今こうして“探人さがしびと”になれたフックには到底理解できなかった。

 ―ドガァ!

 「っ!」

 フックは物音に反応し、咄嗟にその場から飛び出した。

 「……」

 そこには外側から壁を打ち壊して室内に入ってきた異形生物がいた。

 頭部は六つの目を持った人のような顔が縦に引き裂け、それ自体が歪な口となっていた。首から下はおよそ人のモノではなく、何か熊や狼といった捕食者を連想させるような、そんな外見を持った異形生物だった。

 その異形生物は、壁が壊れてできた瓦礫の上に仰向けに倒れていた。それは自ら室内に入ってきたというよりも、別の何かとの戦闘で吹き飛ばされた先がこの部屋だったと考えるのが自然な状況だった。

 「っ!」

 ヴラド流操血術 術式A“血紅刃”
 ―真紅の薔薇の如く美しい血を―

 フックは頭の片隅でそのような思考を巡らせながらも、目の前の脅威を排除するべく左手の鉤爪状に硬めていた血を鞭状に展開する。

 フックはその左手をしならせ、漸くこちらに気づいたような素振りを見せた相手の首を刈り取った。

 次いで外を確認するべく注意しつつ壁に近づく。

 「あれ?とどめ刺されちゃったかぁ」

 「……“黒い夜明け”」

 そうして存在を認めた黒いポニーテールの女性の異名を呼んだ。

 「コイツはアンタの獲物か?」

 探人の護衛として今この廃都にいる人物にそう尋ねた。

 「うん?ううん。何か身の程も弁えずに喧嘩売ってきたから、ちょっと“メッ”てしてあげただけだよ」

 ひとまず危険がないことを否応なしに理解させられたため、左手を元の鉤爪状に戻す。

 「……」

 「ちょっと」とはどの程度なのだろうか。件の異形生物を改めて見ると既に腹部は深く抉られて内臓が見え、四肢は最も原形を保っているものでも複数箇所の骨折があった。

 「ん?それは?」

 彼女の視線がフックの右手に握られた本に向けられる。

 ―

 「子供だね」

 ある程度本に目を通した彼女はそう言った。

 「子供?」

 「うん。子供。いつまでも夢の楽園ネバーランドから抜け出せない永遠の子供ピーター•パンだよ。これは」

 それを聞いて、フックも不思議と納得がいった。子供。自分の思い通りにいかないとすぐに駄々をこねて周囲に付き合わせる子供。

 「これ、どうするの?貴方たちがわざわざ危険を犯してまで手に入れた遺物がこんなのだったら、周囲から呆れられるよ?」

 「あぁ、分かってるさ。今の人類にはこんなものは要らない。早く次のモノを探しに行こう」

 「まだお仕事が続くのかぁ。お仕事終わって家に帰ったらお兄ちゃんがいる。そんな環境なら、こんなお仕事でも頑張れるんだけどなぁ」

 危険な廃都の中を軽口を言いながら歩くその姿は、まさしく冥王星域、最上位の便利屋のそれだった。

 フックはそんな彼女の言葉と自分の記憶とを照らし合わせていた。

 ―黒い夜明けの兄。確か、“白い夜空”と言ったか。
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