ホラーハウス

七味春五郎

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あの家

学校

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     7

 淳也が三度鍵をまわした。うなるような音が頭の奥でこだまする。平衡感覚が狂うみたいだ。奥歯の疼きがますますひどくなる。
 なにかが所定の位置におさまる音がした。
 岡崎医院は消えていた。扉の先は暗い。踊り場があって、その先では階段が落ちていた。冷えた空気が待合室にながれこむ。あたらしい部屋だ、と一郎が言った。
 こどもたちはなんとなく部屋の外にふみだせずにいた。新しい部屋がまっくらだったことも一つあった。そんなふうにしていると、囲いの外にふみだせない囚人みたいだ。
 でも、祥輔が足を進められなかった理由はもう一つある。扉の外の景色には見覚えがあったのだ。
 太一が部屋の狭間に鼻をちかづけて匂いをかぐ仕草をした。武彦は耳に手をあてて何かをきいている様子。二人は同時にうなずいて、仲間たちにうなずいた。
「看護婦長はここにはいない」
 祥輔は武彦のことばをまたずに、外に出てしまった。階段の先には廊下があり、その先には窓がならんでいる。外はもう真っ暗だった。祥輔が振り向くと、待合室は夕暮れで、まだ明るさがある。祥輔はもう二歩ばかりあとずさって、踊り場の全体像がよく見えるようにした。淳也が開けたのは、両開きの扉の片方だった。そして、それは――
「非常階段だ」
 と祥輔は言った。階段をよく見ると、手すりの間にロープがわたしてあって、真ん中に看板のようなものがぶら下がっている。
 祥輔が階段をかけおりたので、武彦たちもあわてて後についていった。祥輔はロープを押し上げて、下をくぐった。正面にまわりこむと、ロープの看板には、立ち入り禁止、と漢字とひらがなの両方で書いてあった。
 見たことがあった。
 山西小の風景だった。
 祥輔は窓に走って外をのぞいた。夜だから、いつもの景色とちがってみえたが、校庭も遊具も砂場も鉄棒も、見慣れた位置においてある。正面玄関の門のわきには公衆トイレだ。
「学校だよ……」
 と祥輔はだれにともなくつぶやいた。
 ふりむくと、太一もまたその看板にくぎづけになっている。
「その看板、みたことあるだろ?」
 と祥輔は訊いた。太一は昨年あの家に行ったばかりだ。
「見てよ」
 階段の右側は、音楽室である。左側には四年A組の看板が突き出ていて、同じ形の教室がずらりと並んでいる。一番端っこにあるのはトイレだ。教室とトイレの間には同じ形の階段があるはずだ。
 祥輔はみんなと顔を見合わせる。美代子と日向子がこの学校にかよっていたのはもう十年と昔の話だが、それでも形はおぼえているはずだった。
「でも、なんでだ?」
 と武彦は階段に目を向けた。扉はもう閉まっていて、階段は真っ暗になっている。屋上につづく非常階段のわきには、二階におりるための階段。二階には、一年ら三年生までの教室があるはずだ。
 祥輔はつばを飲んだ。のどを湿してから、彼は言った。
「ぼくら、学校に出てきたんだよ。あれって屋上の扉じゃないか」祥輔の大声は暗い校舎に不気味に響いた。考えこむようにすこし顔をふせた。「おかしいよ。この学校に開かずの間なんてない」
「でも立ち入り禁止になってる」
 と日向子はつよがったが、いつの時代も外に出る子はいたのである。
 窓からは月光がさんさんと降っている。こどもたちの顔を神秘的に染めている。
「開かずの間が、別の場所にあるってことなのかも」
 と淳也がいった、そのカギがどこの扉にたいしてもつかえるからだ。
「そのカギ、なんなんだ?」
 ととがめるようにいった。祥輔はちょっと恐ろしくなる。カギを手に持ってみた。骨董品でむやみに重かった。鉄でできている。
 祥輔はひっしに記憶をさぐった。山岡小に行けない場所なんてあっただろうか? 開かない扉なんて?
「ホラーハウスと開かずの間とつながってるって、うそだったのかな?」と太一。「それをいいだしたのって、ぼくらじゃない。ずっと前のメンバーがまちがったのかも」
 そんなふうに死んだこどもたちの考えをさぐるのはすこし不気味なことだった。
「とにかく、外に出られたんだから」と祥輔は美代子のことを気にしながらいった。「ぼくは家に帰るぞ。みんなはどうするんだ?」
「だめなんだ、祥輔」と武彦がいった。「別の場所にでても、行ける範囲にはかぎりがあるんだ。たぶん、ここからだと外には出られない」
 武彦は学校がひろいからだといった。
 祥輔は納得できなかった。でも、それはみんなも同じだ。ホラーハウスの出口が高蔵町につながったのは、これがはじめてだったのだ。これまでは田舎の家だったり、外国だったりした。階段のスイッチを押したが、灯りはつかなかった。ブレーカーを落としているのかもしれない。みんなは暗い階段を下りた。
 一階は職員室や用務員室、家庭科室などがある。
 祥輔は急ぎ足で玄関に近づいたが、すぐに見えない壁にぶつかった。かれは鼻をおさえながらあとずさった。
「なにかある」
 日向子は期待をみごとに外されて、怒ってちかづいた。見えない壁を拳で叩いて、
「見なよ、ほんとだったじゃない。外には行けないの! わかった!」
 かのじょは急にそっぽをむいた。日向子の肩はふるえている。祥輔はいいかえせなかった。何年もここに閉じこめられていたみんなには少し同情していたからだ。
 武彦が壁を手で押しながら、
「行ける範囲も変わるんだ。ぼくらが怖がると、せまくなるみたいだ」
「ほんとうに?」
 祥輔は職員室の扉をひらいた。真っ暗だが、いつもの光景に見える。でも、違和感をかんじる。
「ホラーハウスはぼくらを閉じこめてるはずじゃないか、なのに外に出られるのはおかしいよ」
 日向子たちは顔をみあわせる。
「確かに祥輔の言うとおりだよ」武彦も納得した。廊下をながめる。「知ってる場所に出たのははじめてだ」
「でも、どこにも行けないんじゃ外にでたとはいえないよ」と一郎。
 祥輔は、「学校なら人がくるだろ?」
「別の場所でも、人がいたことがある。その人たちにはぼくらは見えないんだ」
 淳也が、まるでお化けになったみたいだよ、といった。彼らのたてる音はラッパ音や、幽霊のたてる音とおんなじだ。食べ物や服を手に入れても正体がばれることは決してなかった。
 祥輔は頭の中がすみずみと冴えわたるのを感じた。かれは考えるよりも体がうごくたちで、よく失敗しては母親にしかられていた。でも、今は大人のように理路整然と考えることができた。
「ここは本当に山西小なのかな?」
 自分がホラーハウスにくるまえ、街が異常にしずまりかえっていたことを話した。ずっと過去にきたみたいにみえたのだ。
 武彦たちもホラーハウスに来る前は、似たような体験をしていた。
 宿直室をみてみたが、先生はいなかった。
「ここが外じゃなかったら? つまり」と言葉を切る。「本物じゃないのかも。幻覚みたいなものなのかもしれない」
「まだ病院の中にいるのかもしれないってこと?」
 祥輔はちがうと思った。いくらホラーハウスでも、家の広さが変わったりするだろうか? 階段も校舎の冷たさも、空気の質も本物に思えた。でも――
「教室だ。三階にあったのは、音楽室だった。でも、ほんとは理科室だったはずだ」
 祥輔は標本のある理科室がちょっとこわかった。美代子と日向子は大昔の話すぎて記憶があいまいだったが、淳也と太一はよく覚えていた。いわれてみると、校舎のようすが記憶のものとは少しちがう気がする。
「七人そろったからだ」
 と太一がいった。祥輔は顔をあげてかれをみた。
「それってあのときもいってたよね」
 太一は話した。自分たちが七人そろえばなにかが起こるという話を信じてきたこと。そのことをマジックナンバーと呼んでいたこと。
 祥輔が眉をしかめたのを見て、
「でたらめな話じゃないんだ」と武彦がいった。ホラーハウスに来てから、武彦の耳はとんでもなく細かな音、遠くの音を聞きわけられるようになった。太一は鼻が敏感になった。いまで犬よりもするどいかもしれない。だから、二人は新しい部屋にでくわしたとき、匂いをかいだり、耳を澄ましたりしていたのだ。日向子は目、一郎は触覚が鋭くなった。淳也は味覚だ。美代子だけはちょっと特別で、いわゆる第六感のようなものが育っていた。
「ぼくらがこれまで助かったのは美代ちゃんのおかげだよ」と一郎。
「でも、感覚があるのって、六感までだろ?」と武彦。実際には五感までしかないのだが。「だからぼくら七人目がきたら、何かが起こると思ってた。だから、新入りが来るってわかったとき、看護婦長にはぜったいにわたしたくなかったんだ。もちろん、ぼくらが欠けてもいけない。これまでは、七人そろうなんてなかった」
 六人までならそろったことがある。じっさい美代子は六人目だった。でも七人がそろったのは今日がはじめてだ。
「あの家が感覚をするどくしてるの? ぼくらをつかまえてるのに?」
 祥輔は味方がいるのかとおもった。その話がほんとなら、ホラーハウスにいるのはお化けだけじゃないってことになる。
「なにか変化はないの」
 と日向子はすがるように訊く。勝ち気な彼女がそんな顔をするのは珍しかった。みんなの精神はホラーハウスでの生活ですりきれていた。
「そんなこといっても」
 祥輔は正直に話した。なんの感覚も高まっていないこと。せいぜい頭が冴えるぐらいだ。
 祥輔に起こった変化がそのていどと知って、みんなは落胆したようだった。
「みんなよせよ、祥輔のせいじゃないだろ?」
 と武彦がいった。彼は元の時代では、学級委員長だった男だ。
「それにまだわからない。ホラーハウスにそまれば、力はつよくなるんだ」
 一郎がめがねの奥でそんなふうにいうと、なんだかこわかった。ホラーハウスにそまるという表現は。
 祥輔はいちばん訊きたくて、もっとも訊きたくなかった質問を口にした。彼は、捕まった子たちはどうなったの? と訊いたのだ。
 淳也たちはその話をしたがらなかった。もうこの家では何百回と繰り返されてきた議論に違いない。手術をされるのかもしれない。ホラーハウスに喰われるのかもしれない。でも、一つだけ確実なことは、捕まった子たちはもうこの世にいないということだった。「でも、七人そろった」 
 太一がもじもじとお腹の前で指を組み合わせながら言った。
 武彦がうなずいた。
「はらごしらえをしたら、もう一度学校の中を調べてみよう。なにがおかしいか確かめるんだ」
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