カラダラッパー！

【紗栄子の寿司屋】

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・【紗栄子の寿司屋】
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「へいぃ～、らっしゃぁ～い……おやおやぁ、翔太くんと、アタルくん、だっけねぇ～」
　相変わらずヨボヨボ声の紗栄子のお父さんが迎えてくれた。
　紗栄子の寿司屋は居酒屋を兼ねている感じなので、夜遅くまでやっている。
　アタルは紗栄子のお父さんに、
「はい！　カラダラッパー！　朝倉アタルです！　合ってます！　過去に会ってます！」
　と敬礼しながら言った。
　紗栄子のお父さんはニコニコしながら、
「じゃあ紗栄子を呼べばいいんかねぇ～」
　と言ったので、俺とアタルは同時に頷いた。
　そして奥の、誰もいない座敷の席に通されて、二人で座って待っているとそこに紗栄子がやってきた。
　開口一番、アタルが、
「ゴメン！　ふざけた発言ばかりして！　和ませたくてあんなこと言っちゃったんだ！」
　それに対して紗栄子は少し呆れた表情を浮かべながら、対面の席に座って、
「そんなことは分かっているよ。でもさぁ、誹謗中傷に対してどうするかみたいな話をしたいじゃん」
　と言ったところで俺が喋りだす。
「でもアタルはそんなことよりも楽しくを体現していて。でも紗栄子は一緒に誹謗中傷に対して怒りたくて」
　アタルはオウム返しをし、
「一緒に怒りたくて」
　と言った。
　俺は頷いてからこう言う。
「そう、一緒に怒れれば、共感できればそれで良かったんだって俺は思うんだけども、紗栄子はどうかな？」
「まあ共感はしてほしかった。それは絶対に。だって私たちの問題じゃん。それに立ち向かわないとっ」
　それに対してアタルは反省したような顔をしながら、
「ゴメン。確かにそうだよね。ちゃんと真正面から考えないとダメだったよね」
　と言ったところで紗栄子が、
「でも。急に走り出して、逃げ出してゴメン。私は私でアタルくんから向き合わないで逃げちゃって」
　すぐさまアタルが、
「いやいや！　そうさせてしまったことは僕なわけだから、本当にゴメンなさい！」
　じゃあ。
「俺も。二人の気持ちそれぞれ汲んでいたはずなのに、上手く喋られなくてゴメン。というわけで！」
　そう言って俺は手を叩いた。
　その行動に紗栄子もアタルもどこかビックリしている。
　俺は勢いを持って続ける。
「これで一旦仲直りってことで！　いいかな！」
　ちょっとした沈黙。
　一瞬怖くなったその時、紗栄子とアタルが同時に笑い、それぞれこう言った。
「何だからしくないよ！　ショータ！　ショータがそんなこと言うなんて！」
「良い元気なカラダの音だ！　いいね！　翔太！」
　いや俺は真面目に言ったんだけども、と思いつつも、こうやって真面目に人と向き合ったことって今まで無かったなと思った。
　俺もずっと逃げてきた。
　ずっとずっと逃げてきた。
　でも俺は少なくてもこの二人からはもう逃げない。
　自分を出し切るんだ。
　と、思ったところで紗栄子のお父さんがやって来て、
「これはぁ～、紗栄子の夕ご飯だよぉ～、二人も食べていいよぉ～」
　と明らかに一人前じゃないお寿司を持ってきてくれたので、俺は、
「ちょっと！　こんな多いのは申し訳無いです！」
「いやいやぁ～、育ち盛りはいっぱい食べないとなぁ～、大丈夫ぅ、大丈夫だぞぃ、これは全部紗栄子の分だからのぅ～」
　それに対して紗栄子は焦りながら、
「私がいっぱい食べるみたいに言わないでよ！　全然食べきれないんだから！　ほら！　ショータもアタルくんも一緒に食べよう！」
　俺たちは仲良くお寿司を食べ始めた。
　そして出た結論。
　”誹謗中傷に対しては毅然とした態度で挑む”
　触れ過ぎず、でも一切触れないわけでもない。
　あくまでラップで言う。
　ただの悪口合戦にはしない。
　俺たち３人は負けない。
　楽しくお寿司を食べていたら、いつの間にか夜８時半を回り、あたりも暗くなっていた。
　紗栄子のお父さんはお客さんに断りを入れてから、俺たちを車で送って下さることになった。
　最初は「近いから大丈夫です」と俺とアタルは言ってたのだけども、紗栄子のお父さんがどうしてもと言うので、お言葉に甘えることにした。
　まずは遠いほうの、アタルの家から回っていくことになった。
　紗栄子のお父さんが運転する車の後部座席に並んで座る俺とアタル。
　アタルがなんとなしに喋りだした。
「やっぱり夕ご飯を二発食うとなるとお腹いっぱいだ！　でも美味しくていくらでもお寿司食べれちゃった！」
「あっ、アタルってもう夕ご飯一回食べていたんだ」
「逆に翔太は食べていないんだ」
　となった時に、確かにそういう会話の流れになるなぁ、と思った。
　一瞬怯んだけども、まあ紗栄子のお父さんは知っているだろうし、アタルにはまだ秘密というのもあれなので、話すことにした。
「俺の父親が音楽関係の仕事に就いているって話は前にしたじゃん」
「うん、覚えている」
「母親は父親のマネージャーをしていて、毎日夜遅くまで帰ってこないばかりか、そのまま泊まりのことも多くて、夕ご飯とかは自分で作るんだ。それで今日はずっと作曲したい気分だったから、夕ご飯を食べていなかったんだ」
　それを聞いたアタルは明らかに驚いたような顔をした。
　そして矢継ぎ早に、
「寂しくないのかい？」
　と言ってきたので、俺はハッキリと本心を言うことにした。
「もう慣れた」
　そこには勿論寂しさも内包しているんだけども、その時期はとっくに通り過ぎたという感覚。
　家に帰れば俺一人、そんなことは当然のことだ。
　次に喋ったのはアタルじゃなくて、意外と紗栄子のお父さんだった。
「だからねぇ～、別に毎日うちで食べてもいいんだぞぃ～、紗栄子と一緒に帰ってきていいんだぞぃ～」
　一瞬『すごい”ぞぃ”口調だな』と思ったけども、まずは言ってくれた台詞に反応しなければ。
「いえ、そんな迷惑を掛けられないですし、自分で料理作ることも嫌いじゃないので大丈夫です」
「そうかのぅ～」
　アタルはまだ驚いているという感じ。
　でもそんなに驚くことかなとか思っていると、アタルはこう言った。
「僕の両親とは全然違うなぁ、僕の両親は家族が好きすぎて、ちょっとした単身赴任も嫌で、常に家族ごと移動していたんだ。いや勿論翔太の両親が家族好きじゃないって言っているわけじゃないんだよっ」
「分かってる。それは分かっているけども、そうか、アタルの転校が多いってそういうことが理由だったんだな」
「うん。もうそれくらい家を動かさなくてもいいじゃないか、ということもあって。だから結構近郊が多いんだ。転校も」
　何だかアタルの昔話が聞けて俺は嬉しかった。
　でもそれだとまた引っ越しがあるのでは、と思ってちょっと怖くなってしまった。
　アタルにはもうずっと同じ学校で生活していきたいからなぁ……って言おう。
　時々思うんだ。
　この瞬間は永遠じゃない、って。
　いつの間にか無くなってしまうことだってあると思う。
　だからこういうことは思った時に言わないとダメなんだと思う。
　だから。
「アタル、俺アタルがまた引っ越したら嫌だな。だってアタルとはずっと同じ小学校で遊んでいたいから」
　俺がそう言うと、アタルはニッコリと微笑みながら、
「僕だって！」
　と言った。
　それがたまらなく嬉しかった。
　そしてアタルが言っていた住所、つまりアタルの家の前に着くと、今度は俺が驚いてしまい、つい口にも出た。
「豪邸だっ」
　アタルは少し恥ずかしそうに後ろ頭を掻きながら、
「両親の力だから、そんな顔で僕を見ないで」
　俺、今どんな顔をしていたんだろうと思いながら、アタルに手を振った。
　アタルも手を振りながら、車から降りて、豪邸の中に入っていった。
　まあそれはいいとして、じゃあ、
「紗栄子のお父さん、俺の家のほうもよろしくお願いします」
「あいよぉ～」
　車は俺の家の方向へ直行した。
　子供が大人に話しかけてもしょうがないから、静かにしていようと思ったその時だった。
　紗栄子のお父さんがこう言った。
「最近のぅ～、紗栄子が言うんじゃぁ～、翔太くんと仲良くなったってぇ～」
　そういう子供が言っている話を本人に伝えるのはデリカシーが無いのでは、と思いつつも、俺は相槌を打っていると、
「うちの娘のことぉ～、よろしく頼むよぉ～、気難しいところもあるけどのぅ～」
　と言ったので、俺は否定した。
「気難しいなんて無いですから！　いつも明るくて助けられっぱなしです！」
　俺がそう焦りながら言うと、紗栄子のお父さんは、
「おぅ～、おぅ～、そうかぁぃい～、それならいいぞぃ～」
「というか俺のほうからよろしくお願いします、とお伝え下さい」
　そんな会話をして、俺の家まで送って下さった。
　深々と一礼して、俺は家の中に入っていった。
　でもそうか、そうなのか。
　紗栄子は俺と仲良くなったって言っているのか。
　正直デリカシーの無い発言だとは思ったけども、それが知れて何だか嬉しい。
　俺が一方的に感じていたことじゃなくて良かった。