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青西瓜(伊藤テル)

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【果樹園を作ろう】

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・【果樹園を作ろう】


「まずは果物を作ろう。それが簡易的で最も楽だ」
 師匠は木へん要員として、樫の木の板を持ちながら、そう言った。
「師匠、木はそのへんで現地調達でもいいんじゃないのっ?」
 舞衣子さんがそう言うと、師匠は
「まあ樫の木で作ったほうが木が丈夫になるんだ」
「そういうこともあるのねぇー」
「じゃあ早速【桃】を作ろうと思う」
 師匠はそう言いながら、持ってきていた木の板を置いた。
 桃という単語に大喜びの舞衣子さんは、
「桃! 美味しい! それ美味しい!」
 と無邪気に叫んだ。
 僕はそれよりも、どう作るかが気になって、
「桃ということは、兆という字ですよね、どこから出しましょうか。兆という字」
「ちょうどこの場所には杉があるな、ここからとろう」
「杉は【杉】ですよね、どこにも兆という字は無いですよ」
 と言ったところで舞衣子さんがカットインしてきて、
「馬鹿ね、理人、杉の別の言い方で兆があるに決まってるじゃないのっ」
 しかし師匠は首を横に振り、
「いやそれも違う。兆は杉の花粉だ」
 僕はちょっと考えてから、
「……杉の花粉を言い換えると兆になるってことですか?」
 師匠はキッパリと
「だから言い換えるわけじゃない」
 と言うと舞衣子さんがまるで自分が言い出したかのように、
「そう言ってるでしょ!」
「いや舞衣子さんがそもそも言い換えるって話してたのに……」
 師匠は言う。
「杉の花粉からパワーをもらって、一兆個のスギ花粉から兆を出すんだ」
「えっ? スギ花粉ってそんなに量があるんですかっ?」
「集めればな、特にこの品種の杉は花粉が多いから集まるぞ」
 そう言うと、師匠は語変換の術を発動し、樫の木を木とし、またどこからともなく兆という字を出して、桃の木を作った。
「まあスギ花粉を一兆個集めて”語”を出すことは、鍛錬が無いとできないから、舞衣子と理人はそこで見ているといい」
 そう言って、次々と桃の木を作り出す師匠。
 それを僕と舞衣子さんは黙って見ていた。
 いつか、自分たちも、できるようになりたいと思いながら。
 ある程度作ったところで師匠は一旦休憩に入った。
 すかさず僕は気になった質問をする。
「兆という字は一兆個集めるしか方法無いんですか?」
「いや、別に、兆という字があるモノから作ってもいいぞ。ただし、こうやって花粉から作ることによって、この桃の木が繁殖力の高い木になるんだ。花粉をたくさんとばす繁殖力の高い木に、な。語変換の術はただ”語”から作ればいいってもんでもないんだ。いろんな要素を掛け合わせて、最良の一手を尽くすんだ」
 僕はそれをうんうん頷きながら、しっかり聞いていると、舞衣子さんが
「ちょっと理人、師匠は疲れてるんだからすぐに質問しないのっ」
「あっ、ゴメンナサイ、師匠……」
「いやいいんだ、気になることは全部聞いてくれ。むしろそうやっていろいろ聞くことのほうがいいぞ」
 そう言ってニカッと笑った師匠。
 やっぱり師匠はカッコイイ。
 本当に早くこうなりたい。
「さて、次はリンゴだな」
 ほんの少ししか休んでいない師匠はすぐに立ち上がり、次の作業へ移るみたいだ。
 すると舞衣子さんがやけに元気に、
「師匠! 私知ってる! リンゴって難しい字なんでしょ! 確か……【林檎】こう!」
「おぉ! よく書けるな! 偉い! 偉い!」
 そう言って舞衣子さんの頭をポンポンした師匠。
 舞衣子さんは頬を赤らめ、口角も上がり、すごく嬉しそうに、
「あの! だから! 林檎を語変換の術で作ることは大変だと思う!」
 確かに【林檎】という漢字の、特に右側は訳が分からない。
 こんなに細かい漢字を作り切るルートなんてあるのだろうか。
 しかし師匠の表情は余裕そうだ。
 そして。
「じゃあここでクイズだ。林檎を簡単に作る方法はどうすればいいと思う?」
 舞衣子さんはう~んと首を傾げながら、
「林檎を簡単に作る方法……ちょっと私には難しいかも……」
 唸って俯いて。
 確かに僕も難しいと思うが、今の師匠の言葉には何か引っかかる。
 そこに何かヒントがあるのでは。
 林檎を簡単に作る方法……そうだ、林檎という漢字を簡単に作る方法とは言っていない。
 つまりもしや、林檎という漢字は作らないのでは……?
「分かりました!」
「おっ、理人、答えてみろ」
「林檎も言い換えで、林檎という字は作らないんじゃないんですかっ!」
 師匠はゆっくり頷いて、
「正解だ。林檎という漢字を作ることは大変だからな、林檎を言い換えればいい。じゃあどう言い換えればいいか分かるか?」
「……急に難題になりましたね! 林檎を別の言い方で言ったことないなぁ……舞衣子さんは分かりますか?」
「別の言い方……師匠、それって答えが一個?」
「舞衣子、目の付け所がいいな、答えは一個じゃない。たくさんあるぞ」
 と言ったところで舞衣子さんが快活に手を挙げながら、
「分かった! 品種だ! 林檎の品種にするんだ! そうすればザックリとした林檎じゃなくて、いろんな林檎が作れる!」
 しかし僕は悩みながら、
「ひんしゅ……って、何ですか?」
 するとすぐに師匠が答えて下さった。
「品種というモノは、それぞれの名前のようなモノだ。同一種の農作物で遺伝的な形質・性質が他と区別される一群のこと。簡単に言うと、同じ林檎でも味も色も違うモノがあるだろ。それを区別するための名前だ。ちなみに【品種】という字だ」
「品種……じゃあこれで作りやすい品種を作るということですね!」
 師匠はその通りといったような表情を浮かべながら、
「そうだな、丈夫な品種を作ろう。というわけで、ここでは紅玉(こうぎょく)を作る。赤色のモノは【紅】と呼び、玉はそのまま玉だな。それを合わせることにより、紅玉の木が完成する。木とは別に、紅玉の実も作るから、舞衣子と理人はそれを食べて、紅玉を知ってくれ。知ったら、紅玉の木を作ってくれ」
 そう言うと師匠は紅玉の木と、紅玉の実を三個作り、それぞれ一個ずつ手渡した。
 師匠も普通に休みながら紅玉の実を食べているのが、何だかおかしかった。
 さぁ、師匠にはここで休んでもらい、僕と舞衣子さんで紅玉の木をたくさん作るぞ!
 意気込んで、勿論舞衣子さんも意気込んで、二人でどんどん紅玉の木を作った。
 その間、師匠は紅玉の実をまた作っては、ゆっくり食べていた。
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