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第3章 ヴェルリナの森

山賊の正体見たり

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「ロワクレス様、マリー様、そのまま聞いてください。後ろの岩山から人が近づいて来ています」

「えっ?!人?」

「山賊か。何人だ?」

「6名程」

 昨日の曇空が嘘のように晴れた翌日。目覚めた精霊達に見守られながら簡単な朝食を取っていた。早々に食べ終えたキルビスが、何でもない事のように告げてくる。


ーーー 山賊。


 髭面で屈強な男のイメージがあるが、実際はどうなのだろう。っていうか、実際にいるんだ……山賊。……ん?山賊?

「えっ?!山賊?!」

 それは犯罪者集団なのでは?!っていうか、日常会話で初めて聞いたよ山賊!

 驚いた私に怯えていると思ったのかロワクレスが、私の髪を掬い上げ、キスをしながら、こちらも何でもないことのように告げた。

「大丈夫だマリー。私が片付けるから」

 片付ける。それって…。
 腰に帯びた剣に手をかけながらキルビスさんとシースさんに視線を向ける。

「サマンサはマリーを頼む」

「かしこまりました」

 一歩踏み出そうとしたロワクレスの袖を私は反射的に掴んでしまった。

「ちょっと待って!その…これって…殺すってこと?」

 驚いた表情で私を見下ろしてくるロワクレスの代わりに、キルビスさんが答えてくれた。

「マリー様、奴らは我々を狙っています」

「狙ってても、殺すのは……」

「マリー様、ここはそういう世界なんです。殺さなければ殺される。マリー様がいた世界は、たぶんすごく優しい世界ですから『人は殺さないのが普通』なんでしょうが…」

「そんなの、どこでだって当たり前の事です!」

(癇癪を起こした子供みたいだな)

 頭の片隅でそっと声がするが、それだけでは落ち着けなかった。
 人が殺されるのは嫌だ。でも、ロワクレスに殺させるのはもっと嫌だ。騎士なのだから、過去にそんな事はあったかもしれない。
 でも、それでも、殺した後、どんな気持ちになるのだろう。

「誰だって怪我したら痛い。それなのに死ぬなんて…。ロワ、皆んなも怪我しないで相手も傷つかないなんて事、無理なのかな」

「マリー…」

「ふふっ、マリー様は本当にまっすぐな優しさを持たれた方ですね」

 ふわり。優しく抱きしめてくれるサマンサさん。そんな状態の私の頭を大きな手が撫でる。

「……任せてくれ。マリーの願い、叶えよう」

 視線を向ければ朝日を浴びながら優しく微笑むロワクレス。彼はまさしく王子様だった。

「うん…ありがとう」

 なんだかロワクレスが初めてちゃんと笑った顔を見た気がする。

 マリーは気づかなかった。ロワクレスとサマンサが視線で会話した内容に。ロワクレスに続き影達もした決意に。

『マリーがこのまま、この世界に染まらずまっすぐでいられるように、私達が守ろう』






「おい、もうすぐ来るぞ」

 キルビスさんの一言で全員の表情が一気に引き締まる。

「2人とも、殺すなよ」

「わかってる」

「了解です」

 よくよく考えたら、サマンサさんと私がここに待機するという事は、6人を3人で対応するという事だ。

「あの…ごめん…えっと…私、とんでもない事頼んだんじゃ……」

 今更ながら不安が込み上げてきた。なんて自分勝手な願いだろう。これ、本当にマズイ状況なんじゃ……

「「「大丈夫」」」

 頼もしい。
 その一言に尽きる素敵な顔を3人に向けられ、もう信じて口を紡ぐしかなくなった。カッコいいな。私も何かできればいいが、とりあえず今はこれ以上邪魔にならないようにしよう。

 精霊達、お願い。ワガママばかりで申し訳ないけど、皆んなを守って欲しい。私には祈るしか出来ないから……。







ーーー しーん


「…ったく、オディロンも人使いが荒い」

「おい、なんだ?気配が消えたぞ」

「でも、確かにこっちにいたよな?」

「うん、どこに行ったかな…?」

「ルピル、こっちでいいんだろ?移動したのか?」

「そうみたいだ。こっちには…」


 ガッ

 ドゴッ

 ガンッ


 静かな岩山に鈍い音が響く。

「なんだ……」

 振り向いた瞬間には少年の目の前に地面が広がっていた。



「全員捕縛完了しました」

「よし、マリー出てきていいよ」

「みんな!」

 ロワクレスの許可が降りた所で岩陰から飛び出した。

「怪我…怪我は…?」

「全員無事だ、敵も含めて。大丈夫」

 ロワクレスのその一言に思わず抱きつく。

「マリー?」

「私のワガママ…聞いてくれてありがとう。ごめん、考え無しの無理言って…ごめんなさい。良かった…怪我しなくて」

 敵だって武器を持ってる。私の言ったワガママでみんなが死ぬ事だってある。
 怖かった、怖かった…。

「マリー……大丈夫だ。私達は鍛えているからな」

「うん…」

 本当に良かった。

「子供だ」「女の子だ」「やっぱり捨てに来たのかな」「でも、異常に強い…」

 捕縛されたままの少年達がざわめき始めた事で、やっと我に返った。改めて『山賊』を見てみると、皆、自分と同年代かそれより若い子供ばかり。イメージしていた山賊とは結びつかなかった。

「この子達が山賊?」

「……見事に子供ばかりですね」

「どういう事だ?どうしてこんな何もない場所に子供がいるんだ?」

「ロワクレス様、これはきっと……」


 その時、一本の矢がキルビスさんに向かって放たれた。




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