明るい自殺計画

流風

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ひとりぼっちのホラースポット

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 日本の有名な心霊スポット。旧佐⚪︎トンネル。

 建設途中に落盤事故が起こってしまったというトンネルで道も細く、事故も多いトンネルらしい。

 女性の幽霊が出てきたり、行方不明者が出たりという噂がある。ネットで検索しても情報に事欠かない有名な場所だ。

 深夜、旧佐⚪︎トンネルまで実際に車を走らせると、道はどんどん狭くなり、背の高い草の茎が両側から道の方にしな垂れかかり、狭い道をより先細りさせるように生えている。時々、車の腹を草が撫で、耳障りな音を立てる。

 現在は新道が通っているため、ここを通る人はほとんどいない。せいぜい地元の農家の人くらいだろうが、今は午前0時。こんな時間には誰もいない。


 最初にヘッドライトに照らされ目についたのは道の入り口にあったお地蔵様。
 トンネルの落盤事故の犠牲者の霊を供養しているのだろうか。
 それにしてはトンネルからはずいぶん離れた場所にあるのが違和感を感じた。

 そこから15分近く車を走らせようやくトンネルに到着した。
 トンネルの周辺には誰もおらず、シーンとしている。

 このトンネルは明治時代に造られたもので、100年以上も前のものだ。
 そんな前にこんな長いトンネルをよく造ったものだと感心する。

 旧佐⚪︎トンネルは旧道ではあるものの、まだまだ現役で使われており、車で通行することも可能なのだが、蓮はトンネル入り口前で車を停めて懐中電灯片手に一人徒歩でトンネル内へと進んで行った。車に連れがいるわけでもなく、ただ一人、あきらかにトンネル内に目的があって進んでいる。

 トンネルの中は真っ暗。
 地下水の染みこみがすごく、天井から水滴がボタボタと滴っていた。
カサを持って来た方が良かったかな?と考えて思わず苦笑する。

 しかし、本当に真っ暗だ。
 トンネル内はホラースポットだけあって確かに不気味な雰囲気が漂っている。

 壁はボロボロ。
 何やら染みの跡が出来ていた。こういうのを霊の顔とか言う人もいそうだなとライトを照らしながら考えていた。

 そんなボロボロの壁には何回も補修された跡があった。100年という歴史の中で交通事故や老朽化等もあったのだろう。

 トンネルの反対側も街灯はなく、真っ暗で先が見えない。風の音だろうか、何か呻き声のような音が聞こえる。

 ゆっくりと歩を進めていると、突然何かに足を引っ張られ転倒してしまう。慌てて体勢を直し、足元を見ると、薄ぼんやりとした姿の髪の長い男が立っていた。

「……しね」

 まるで頭に直接語りかけられた様な声。このトンネルに出る幽霊だと理解した途端に蓮は素っ頓狂な声を上げた。

「うわー、本当にいた」

「……?!」

 蓮の状況とそぐわない発言に、霊の方が狼狽える始末。

(なんだこの男は?!今まで来た連中はちょっと音を出しただけでもびびっていたのに…。少なくとも幽霊の姿を見たら恐怖で逃げ出すか腰抜かして顔を引き攣らせるかのどちらかだろう?!)

 じっと蓮の顔を見つめ直すが、ニコニコしながら「これから遊ぼう」とでも言い出しそうな表情だ。

(コイツ、全然怖がってないじゃん!)

「…おい、お前……」

「蓮だよ。天沢蓮」

「名前など聞いとらん。お前、後ろを見ろ」

 蓮が後ろを向くと、トンネル出口から四つん這いで這い寄ってくる老婆の姿があった。「あ、あ、あぁぁぁ…」と呻き声のような音が聞こえる。そうか風の音ではなくこの老婆の声だったのかと蓮は納得した。

「どうだ」

 あの老婆は言葉も発しない下等な霊魂だが、意外とこれで人はびびる。ほら、もっと怯えろ。

「……あの人、膝痛そうだね」

「そんな事聞いとらん!」

 なんなんだ?この人間、恐怖心はないのか?よほどの馬鹿か鈍感か。
 霊にとって、生きている人間の『恐怖心』が最高の娯楽。今日も良い獲物が来たと思ったが…。

「恐怖心というものが無いのか?人間にとって死霊は最大の恐怖のはずだが」

「うん。それはそうなんだろうけど、俺は怖くないんだ」

「怖くない?」

「うん、俺、死にに来たんだ」

 よく心霊スポットで自殺する者はいる。だが、大概はガタガタ震えながらも一人死んでいくのが普通だ。
 こんなに明るく『死にに来た』なんて言う者はいない。「俺、もうどこか壊れてるんだと思う」と言いながら心臓部分を握りしめている蓮にもう脅かす気力も湧いてこない。

「俺、何やっても上手くいかなくて、良かれと思ってやった事も、何故か陰口言われて…。家族も友達もいなくてさ、こんな俺を好きになる人なんていないだろうし、自殺しようかなって思ったんだ」

 自殺するならすればいい。なぜ、こんな所で…。

「でも家族も友達もいないし、俺が死んだら遺体はどうなるのかな…とか色々考えてさぁ。それなら、『行方不明者がでる心霊トンネル』に行ったら、遺体の心配もないのかなって。他の人に迷惑もかけないかなって」

 一人で?死にに?人に迷惑をかけないように?

「それに、自死する勇気もないし、俺がこれからどうなるのか、霊仲間?に会ってみたいなって思ったんだ」

「お前は…他力本願が酷い」

「ゔ…それを言われると辛い」

「行方不明者はこの先の森の中で首を吊ったからだ。死んだ事に気づかず、霊となった今も繰り返し首を吊ってるぞ」

「え?そうなの?異世界に連れて行かれたとかじゃ…」

「ない。ないからもうお前は早く帰れ」

「……ねぇ、君の名前聞いてもいい?」

「名前などない」

「じゃ、レイくんってよぶね。レイくん、俺もレイくんの仲間にしてよ」

「だから…死なないと無理だ。だからお前はもう帰れ」

「……わかったよ。死んだらまたレイくんに会いに来てもいい?友達になってよ」

「ならねぇよ。とっとと帰れ」

「わかったよ。またね」

 死ねなかったなと思いながら蓮は車を走らせ来た道を再び戻っていく。でもまぁ、霊の知り合いがらできた。幽霊のくせにレイは存外いい奴だったなと思う。裏表のなさそうなレイの性格に、友達になりたいと思えたのが生者ではなく死者とは…我ながら変な奴だなと蓮は思わず苦笑した。

「結局、死ねなかったな」

「そうだな」

 キキーッ

「は??え??レイ?」

 気づけば後部座席にレイの姿。

「何してるの?」

「…さあな」

 霊は執着したものに憑く。レイは蓮に知らず執着してしまったのか憑いてしまった。

「レイ、一緒にいてくれるの?」

「…さあな」

「さあなばっかり!」

 自殺を考えながら走った行き道と、レイと帰る道。ホラースポットに行ったはずなのに妙に明るい帰路は、霊感を持ってしまった事による今後の苦労と帰宅すればレイが出迎えてくれる楽しい生活が待っている事をまだ知らない帰り道だった。

 























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