89 / 113
89.来客
しおりを挟む2人きりの生活も数日が過ぎ、寂しさにも慣れてきた頃、来客があった。
話し声がそのまま奥の部屋にやってきて、何事かと見ると男女二人の後ろに先生が不機嫌そうに歩いてる。
驚いて慌ててお辞儀をした。
「いらっしゃいませ」
「構わなくていい、客じゃない」
「おい、随分だな。久ぶりに会う旧友に茶の一杯ぐらい出せよ」
ムスッとしてる先生を放っておいて薬缶を火にかけた。
ニコニコと悪戯っ子みたいに笑う男の人と硬質な金髪が見事な、すまし顔の美女が並んでテーブルに座る。
男の人が私の方を見て楽しそうに話しかけた。
「名前は?」
「ミリです」
「こいつに変なことされてない? 偏屈だからさ」
「助けてもらいましたし、今も良くしてもらってます」
「くくくっ、偏屈は否定しないんだな。助けたって? 危ない所で働いてたとか?」
「人攫いに遭って娼館で働いてたんですけど、嫌がらせがあったので買ってもらえて助かりました」
「人攫い? 兵団に訴えなかったの?」
「この国の文字が読めないんです。書類を勝手に作られて、首輪をされて諦めました」
「バカねぇ。諦めるの早過ぎるわよ。ダメもとで訴えないと」
金髪美女が呆れ顔でため息をついた。何しても美人って凄い。ため息だけで、なんか破壊力ある。
お湯が沸いたので、お茶を入れてテーブルに並べた。
「そうなんですけど、この国に来たばっかりで兵団のことも何もかも知らないし、落ち込んでたんですよ」
「ありがとう。落ち込んでも情報収集くらいしなさいよ」
「はい。でも、働き始めて3日で先生に買ってもらえたので良かったです」
「即決だな。まあ、お前は昔から黒ばっかり身に着けてたっけ。それより、人攫いで奴隷って書類偽造だろ。いくつか聞きたい。虚偽の禁止を付けてるだろ? お前が質問しろ。首輪を付けられるときに首輪の説明はあったか?」
ため息をついた先生が私の手を握って目を見つめ質問をする。
「……首輪を付けられるときに首輪の説明はあったか?」
「ありません」
旧友さんの質問を先生が繰り返して、私が返答をする。
「書類にサインをしたか?」
「していません」
いくつか答えたら質問が終わった。旧友さんと先生が話す。
「お前は知っていたのか?」
「ああ」
「なんで放置してんだ?」
「上が関わってるのは確実だ。師匠がいない今、私ができることはない」
「娼館の話を詳しく教えろ」
先生と男の人は2人で込み入った話を初め、美女は私の方を見てニヤリと笑った。
「ねぇ、イーヴォ・ベルツって、あなたの護衛奴隷なんでしょ。随分大事にされてるのね」
「はい。ご存知なんですか?」
「ああ、私、解呪師なのよ。呪い付き達と話す機会が多いから、あなたの話もよく聞くの」
「そうなんですね。元気にしてます?」
「副作用はどうしてもあるから。でもまあ、副作用が切れる午後は元気に訓練してるわよ」
「良かったです」
こんな美人とお喋りできて、イーヴォは喜んでるんだろうな。……嫉妬です。はい。
「呪い付き達みんな、あなたにご執心みたいね」
「そうですか?」
「求婚されたんですって? 断ったみたいだけど。なんで断ったの?」
「解呪師がくるって決まる前の話ですし、解呪されたらまた変わりますよ」
「あなたねぇ、自分の自信なさを他人に転嫁しちゃダメよ?」
う、図星。グサッとくるな。美人に言われると余計に。
ため息をつきながら髪をかき上げる仕草が、まあ、なんというか絵になる人ですね。私も見惚れる。
なんだかんだとお喋りしてたら、先生と話の終わった男の人が美女をせっつき、楽しそうに帰っていった。
先生はムッツリと不機嫌そう。
「学生時代のお友達ですか?」
「ああ。卒業後も同じ師匠の下で修行した」
「先生と同じ薬師なんですね」
「……今は色々やっているようだ」
そこで会話は打ち切られ、黙々と仕事を再開した。
夜は早目にベッドに連れ込まれ、小刻みに震える先生にきつく抱きしめられる。
「寒いんですか?」
「……ああ」
「調子悪いなら早目に寝ましょうね」
先生を胸に抱きしめ、顔を摺り寄せて乳首をチュウチュウ吸う、子供みたいな先生の頭を撫でてキスをした。
先生は黒が好きだから私のことを気に入ったのかな。この国の人って色が好きだよね。
頭を撫でてたらいつの間にか眠ってしまった。
昨日来た男の人はヴォータン・グレルマン、解呪師の美女はマルガレーテ・リーベルスと名乗り、『レーテで良いわよ』と気さくに言って気さくに遊びに来ては職場の愚痴を話して帰る。
「ほら、私たち監視されてんのよ。自分が疚しいことしてるから全員疑いたくなるのよね~。だから息詰まっちゃって。ここだと覗かれないしいいわ」
「ずっと監視されてるんですか? 大変ですね」
「ほぼね。こんな監視されてちゃ夜這いにも行けないわよ」
「……それは大変ですね」
「だーいじょうぶだってば~。あなたの呪い付き達に手は出さないし」
「えっ、いや、……はい」
イーヴォは絶対流されそう。ってか、拒否できる男はいるのか? ……先生なら、あるいは……。
「そうそう、イーヴォ・ベルツに伝言頼まれたのよ。何でも良いから用事作って兵団に来て、ですって」
「……行って良いんですか? 面会? みたいな感じですかね」
「お客さんよく見るわよ」
「そうなんですか」
会いに行って良いんだ。久しぶりに会えるのか。……見た目どうなってるんだろ。嬉しいけど不安の方が大きいかもしれない。
手土産の焼き菓子を焼いて2日後に面会へ行くことにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
181
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる