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32.よくわからない Side グラウ
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Side グラウ
騒がしい女だった。まあ、大体の女はそうだ。ヘルブラオが自分から興味を持つのは珍しいが。
失礼な女だ。名を尋ねるなんて。まあ、国元では名を隠さないと言うから仕方がないのかもしれない。
目を見開いた顔、面白い顔をしていた。
魔力がまったく無い、魔力を受け入れない、とヘルブラオが言い驚いた。ただの推測なのに女に触れた時はもっと驚いた。
女が死んだらどうする。私達で後始末するなんて御免だ。ヘルブラオは気にしない。そういう奴だ。
私も触れた。
女の手が私に触れ、恐怖で毛が逆立った。何も起きなかった。女は無事だ。
私に触れても無事だった。私に触れても何も起こらない。何も。
婚姻の紋を焼き付ける為に、女の手を取った。私より小さくて、暖かく柔らかで、指先が荒れていた。魔法で女の指に紋を焼き付ける。私の魔法で女の指に傷跡が残る。女の手は震えて頼りなかった。
私が焼いている間、夫達が女を抱きしめた。左手は私、他は全て夫。女の手は柔らかかった。体も柔らかいだろうか。
焼け跡は赤く腫れあがった。私の治癒は効かない。私の魔力を体に通して治癒するのだから、女には使えない。私は女の中には入れない。
私は魔力の増大が早く起こり、8歳の頃にローブと手袋の着用を義務付けられた。神官級が私に触れると死んでしまうかもしれないから。
元々、白髪で周りから浮いていた。薄い色は魔力量が多いと言われている中、白髪は私一人で遠巻きにされていた。魔力量の過多は出世に影響するから、同年代からのやっかみも多かった。
10歳の時、少し年上の少女が私に話しかけてきた。魔力量を褒め、私の魔力扱いを褒めた。他の優秀な奴とも親しそうにしていた。でも、嬉しかった。彼女は可憐な笑顔で、自分がどう見られているか良く知っていた。それすら可愛らしく思えた。
私は、彼女に話しかけられるのがとても気恥ずかしくて、避けるようになった。他の奴と話しているのを見ると胸が焼け付くようなのに、彼女の前だと一言も喋れず汗ばかりかいた。
避ける私を驚かせたかったのかもしれない。彼女は手を伸ばし、右手の人差し指で私の頬に触れた。彼女の顔を覚えている。悪戯っぽい笑顔が、痛みと驚愕に染まり、その場に倒れ叫びだした。すぐに助けが来て彼女は運ばれていった。私は驚きと恐怖で混乱していた。
彼女の右手の人差し指は壊死し、切り落とされた。
運が良かったと言われた。右腕全部を切り落とす可能性があったと。彼女も魔力量が高い方だったし、私の魔力量がまだ安定していなかったから。
彼女と面会が出来るようになってすぐ見舞いに行った。あれは何かの間違いで、彼女の笑顔をまた見ることが出来るのではないかと思って。部屋に顔を出すと、金切り声が響き炎が私を包んだ。ローブを着ていたのですぐに火は消えた。彼女は憤怒の表情で、ギラギラした目には狂気が見えた気がした。
私は自分の部屋へ逃げ帰った。
しばらく後、彼女は私の事を庇って可憐に泣くようになった。彼女の泣く姿は哀れと庇護を誘い、優秀な奴らが競って彼女を保護した。一度、彼女が謝りに来た。取り巻きに囲まれながら、可憐な泣き顔で謝罪を口にする彼女は、吟遊詩人に歌われる乙女のようで、私はぼんやりとした観客だった。
私はますます遠巻きにされ、敵視も多くなった。
それで良かった。他人に近寄るのが怖かったから。彼女が痛みに叫ぶ声、苦痛に歪む顔、憤怒と狂気の目が離れない。
誰にも関わらないよう、誰にも近付かないようにした。
ヘルブラオが私によく話しかけるようになった。彼は彼女に似ていて苦手だった。自分がどう見られているか良く知っていて、より効果的に振舞う所がとても。
離れて欲しくて失礼な振る舞いをしたら、ますます気に入られたようだった。
それでも、たまに他人と話すのは気分転換になった。彼は周りに対して、にこやかに振舞い、そして見下していた。私と違って大勢から好かれるのに、私と同じで一人だった。
まあ、変な連中に執着される彼より、私の方がよっぼどマシだ。彼の忍耐には脱帽する。
ヘルブラオがあの女と婚姻すると言い出して驚いた。面白がっていたし、わざわざ冷やしてもいたから気に入ったのだろうとは思っていたが。
女はあっさりと受け入れた。ヘルブラオが多少脅したがあっさり過ぎて驚いた。平民に筆頭魔法使いが求婚したんだから、そんなものか。
女は森に住むと言った。他の夫も守れと。筆頭魔法使いの妻になるのに、そんなことを言った。平民は魔法使いを怖がるみたいだからそれでか?いや、この女は怖がってなどなかった。
よくわからない女だ。
私を見た顔には、驚きだけがあった。ただそれだけ。夫達と微笑み合っている。ヘルブラオを見てしかめ面をしている。もう女は私を見ない。
また、女の手を取った。
もう、誰にも触れることはないと思っていた。暖かくて、小さく震える柔らかな手。私の手ではない、違う人間の手。
女の手に紋を焼き付ける。これが終わったら二度と触れない。少しずつ丁寧に焼き付けていく。痛みが長引くかもしれないが、触れる時間を引き延ばしたかった。終わったら離さなくてはならない。
私は女の手を離した。
もう誰にも触れない。私の手は誰に触れることも出来ない。
ヘルブラオが女と性交すると言った声が胸に残った。
ヘルブラオの手が女に触れる。女の手がヘルブラオに触れる。私の手は触れることが出来ない。
騒がしい女だった。まあ、大体の女はそうだ。ヘルブラオが自分から興味を持つのは珍しいが。
失礼な女だ。名を尋ねるなんて。まあ、国元では名を隠さないと言うから仕方がないのかもしれない。
目を見開いた顔、面白い顔をしていた。
魔力がまったく無い、魔力を受け入れない、とヘルブラオが言い驚いた。ただの推測なのに女に触れた時はもっと驚いた。
女が死んだらどうする。私達で後始末するなんて御免だ。ヘルブラオは気にしない。そういう奴だ。
私も触れた。
女の手が私に触れ、恐怖で毛が逆立った。何も起きなかった。女は無事だ。
私に触れても無事だった。私に触れても何も起こらない。何も。
婚姻の紋を焼き付ける為に、女の手を取った。私より小さくて、暖かく柔らかで、指先が荒れていた。魔法で女の指に紋を焼き付ける。私の魔法で女の指に傷跡が残る。女の手は震えて頼りなかった。
私が焼いている間、夫達が女を抱きしめた。左手は私、他は全て夫。女の手は柔らかかった。体も柔らかいだろうか。
焼け跡は赤く腫れあがった。私の治癒は効かない。私の魔力を体に通して治癒するのだから、女には使えない。私は女の中には入れない。
私は魔力の増大が早く起こり、8歳の頃にローブと手袋の着用を義務付けられた。神官級が私に触れると死んでしまうかもしれないから。
元々、白髪で周りから浮いていた。薄い色は魔力量が多いと言われている中、白髪は私一人で遠巻きにされていた。魔力量の過多は出世に影響するから、同年代からのやっかみも多かった。
10歳の時、少し年上の少女が私に話しかけてきた。魔力量を褒め、私の魔力扱いを褒めた。他の優秀な奴とも親しそうにしていた。でも、嬉しかった。彼女は可憐な笑顔で、自分がどう見られているか良く知っていた。それすら可愛らしく思えた。
私は、彼女に話しかけられるのがとても気恥ずかしくて、避けるようになった。他の奴と話しているのを見ると胸が焼け付くようなのに、彼女の前だと一言も喋れず汗ばかりかいた。
避ける私を驚かせたかったのかもしれない。彼女は手を伸ばし、右手の人差し指で私の頬に触れた。彼女の顔を覚えている。悪戯っぽい笑顔が、痛みと驚愕に染まり、その場に倒れ叫びだした。すぐに助けが来て彼女は運ばれていった。私は驚きと恐怖で混乱していた。
彼女の右手の人差し指は壊死し、切り落とされた。
運が良かったと言われた。右腕全部を切り落とす可能性があったと。彼女も魔力量が高い方だったし、私の魔力量がまだ安定していなかったから。
彼女と面会が出来るようになってすぐ見舞いに行った。あれは何かの間違いで、彼女の笑顔をまた見ることが出来るのではないかと思って。部屋に顔を出すと、金切り声が響き炎が私を包んだ。ローブを着ていたのですぐに火は消えた。彼女は憤怒の表情で、ギラギラした目には狂気が見えた気がした。
私は自分の部屋へ逃げ帰った。
しばらく後、彼女は私の事を庇って可憐に泣くようになった。彼女の泣く姿は哀れと庇護を誘い、優秀な奴らが競って彼女を保護した。一度、彼女が謝りに来た。取り巻きに囲まれながら、可憐な泣き顔で謝罪を口にする彼女は、吟遊詩人に歌われる乙女のようで、私はぼんやりとした観客だった。
私はますます遠巻きにされ、敵視も多くなった。
それで良かった。他人に近寄るのが怖かったから。彼女が痛みに叫ぶ声、苦痛に歪む顔、憤怒と狂気の目が離れない。
誰にも関わらないよう、誰にも近付かないようにした。
ヘルブラオが私によく話しかけるようになった。彼は彼女に似ていて苦手だった。自分がどう見られているか良く知っていて、より効果的に振舞う所がとても。
離れて欲しくて失礼な振る舞いをしたら、ますます気に入られたようだった。
それでも、たまに他人と話すのは気分転換になった。彼は周りに対して、にこやかに振舞い、そして見下していた。私と違って大勢から好かれるのに、私と同じで一人だった。
まあ、変な連中に執着される彼より、私の方がよっぼどマシだ。彼の忍耐には脱帽する。
ヘルブラオがあの女と婚姻すると言い出して驚いた。面白がっていたし、わざわざ冷やしてもいたから気に入ったのだろうとは思っていたが。
女はあっさりと受け入れた。ヘルブラオが多少脅したがあっさり過ぎて驚いた。平民に筆頭魔法使いが求婚したんだから、そんなものか。
女は森に住むと言った。他の夫も守れと。筆頭魔法使いの妻になるのに、そんなことを言った。平民は魔法使いを怖がるみたいだからそれでか?いや、この女は怖がってなどなかった。
よくわからない女だ。
私を見た顔には、驚きだけがあった。ただそれだけ。夫達と微笑み合っている。ヘルブラオを見てしかめ面をしている。もう女は私を見ない。
また、女の手を取った。
もう、誰にも触れることはないと思っていた。暖かくて、小さく震える柔らかな手。私の手ではない、違う人間の手。
女の手に紋を焼き付ける。これが終わったら二度と触れない。少しずつ丁寧に焼き付けていく。痛みが長引くかもしれないが、触れる時間を引き延ばしたかった。終わったら離さなくてはならない。
私は女の手を離した。
もう誰にも触れない。私の手は誰に触れることも出来ない。
ヘルブラオが女と性交すると言った声が胸に残った。
ヘルブラオの手が女に触れる。女の手がヘルブラオに触れる。私の手は触れることが出来ない。
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