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82.慰めが欲しい

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エーミールに向き直って側に行くと、ニッコリして抱きしめられ匂いを嗅がれた。

「おはよう、エーミール」
「おはよう、ユウナギ。今朝は随分とゆっくりだな」
「・・・エーミールさん、嫌味の前に愛の一つも囁いたらいかがですか」
「・・・・・匂いがする」
「・・・座って、座って、髪梳かすから」

流して流してこ~。君は犬か。匂い嗅ぐなよ。どんな匂いなんだろ?栗の花? 

「私にも慰めをくれないか?」
「どんな?」
「・・・・・ユウナギ、心配したんだ。本当は凄く心配した。ユウナギが必要なくても、私には必要なんだ」

悲しそうな声で私を痛いほど抱きしめた。
エーミールはこんな風に抱きしめたことなかった。いつも優しい強さだった。そんなことに気付いて悲しくなってしまい、強く抱きしめ返す。

「必要ないとかそんなこと言ってない」
「・・・・・口で言わずとも、ユウナギの選択はそうだろう。夫を頼らず一人でいた。・・・まだ居なくなりたいと?」
「ううん。私、拾われて炭焼きの家の子になったから。だから戻れたとしても戻らないよ。これからは頼るかもしれない」
「・・・森が好きだな。神殿は?」
「神殿は石造りだから落ち着かない。私が育った家は木でできてたから、木の家がいい」
「ククッ、家の違いか」

少し力が抜けた体が、笑って揺れた。笑いながら私の頭にキスをする。

「うん。私、この国にずっといることにしたんだけど、まだ夫でいたい?」
「当たり前だ。なぜそんなことを聞く?」
「心配ばっかりかけるから、面倒になったかと思って」
「クッハハハッ、確かに心配が多いな、ハハッ。・・・・・私が夫を降りると言ったら?」

静かな声だった。抱きしめられている胸から大きな鼓動が聞こえる。

「・・・・・泣くかな、淋しくて。・・・でも、エーミールが幸せなら良いよ」
「・・・ユウナギ、・・・私は・・」

抱きしめる腕にまた力がこもる。頭の横で静かに吐く息が少し震えて聞こえた。
エーミールを見ると、少し眉を下げて泣きそうな、なんともいえない顔をしている。それがなんだか可笑しくて、少し笑ってしまった。

「・・・なぜ笑う」
「変な顔してるから、ふふ」

エーミールの柔らかな頬を撫でる。窓から陽射しが入る部屋は明るくて、光の粒がサラサラした金髪の上で踊ってる。

「傷つけてごめんね。・・・・・でも、エーミールがいると楽しいのは本当」
「・・・楽しい?」
「ふっふっふ、酷いからかい話はエーミールとしかできないからね」
「・・・とんでもないな。私も被害者だろう」
「共犯者でしょ」
「・・共犯か。まあ、いいか。まったく、酷い妻を持ったものだ」
「酷い夫に酷い妻ならお似合いですよ」

目を合わせて二人で小さく笑った。
頬を挟んでエーミールの唇に柔らかく唇を乗せる。角度を変えて何度も。そして、そっと食んで唇を離した。

「私の可愛い夫、慰めになった?」
「・・足りない」

唇が落ちて温かい舌が口中に潜り込む。私の後頭部を押さえて舌を絡め、執拗に吸い付いくのが縋られているようでなんだか切なく、髪をゆっくりと撫でた。

唇が離れてエーミールが私を見る。指先で頬を撫で、柔らかく微笑んだ。

「次はいつ泊まりにきてくれるんだ?」
「相談してみる。双子に謝りに行く予定もあるから」

眉間に皺を寄せて一気に不機嫌顔になった。

「・・・・・なぜ、謝る?」
「私が悪いからだよ。・・・アルを痛い目に合わせたのは私だから。エーミールなら分かるでしょ」
「・・・まあ、若いと、多少きついかもしれないが、そういうものを飲み込んでこそ夫だろう?」

すげー、超絶都合の良い話だ。妻が他の夫のことで浮かれていても飲み込むわけか。なんつー良き夫像。マジか。あれか、おじさん世代の価値観とかか?

「エーミールは?少しキツかった?」
「・・・驚いたがな、妻が美しくなるのは嬉しいことだ。自分の手でならもっと良いが、それを言っても仕方がない」
「美しかった?浮かれてただけじゃなく?」

私の頬を優しく撫でながら笑う。

「ああ、花が咲いたようだった。・・・まったく、すっかり痩せてしまって。売られる子供みたいで抱く気がしない。早く太ると良い」
「・・・売られる子供って。ひどい例えを」
「ハハッ、そうだな、売られる子供はもっと痩せてるか」
「詳しいね」
「実体験だからな。私の親は神殿に高く売りつけたかったが、神殿は金を出さない。キリがないからな。ギリギリまで粘ったが無駄だと分かると家を追い出された。今も同じ様なことをする奴はいくらでもいる。金への執着は面倒なものだ」

エーミールさん、めっちゃハードモードじゃないですか。ここにも理不尽仲間がいましたわ。
なんか普通の調子で話してるけど、いいの?平気なの?同じ売られ仲間がいっぱいいて気にしなくなったとか?

「・・・エーミールは、えーと、今も、気にしてる感じ?」
「どうだろうな。なにせ一年中、何人もそういう手合いが入ってくるから嫌でも慣れる。色付きじゃない捨て子もいるからな、育てるのに金ばかりかかる」
「・・・筆頭さんは金策が大変だね」
「筆頭の一番重要な仕事だな。金策に走りまわってる」
「今日もこれから大事な仕事だね。頑張ってくださいな」

エーミールの頬にキスをして笑うと、エーミールも笑った。
自然な笑顔で、ああ、良かったと思う。こうして笑っているのを見ると、私も嬉しい。

「不思議だね」
「何が不思議なんだ?」
「知らないうちに好きになるから、不思議だなーと思って」

笑って言うと、ぎゅうと抱きしめられて、ゆっくりと吐く息が頭にかかった。

「・・・あまり煽らないでくれ。ベッドに連れて行きたくなる」
「煽ってないけど」
「グラウの気持ちがわかるな。夜を待ち切れない」
「・・・ダメですよ。もう時間ですよ」
「・・・クッ、本当だ。大分、遅くなった。ハハハッ、グラウが苛ついて待ってるな」

もう一度、抱きしめてから体を離した。

「オリヴァを呼ぶね」

不機嫌なオリヴァが現れてエーミールに文句を言ったけど、それを笑って流して、私の額にキスをした。エーミール、つよい。

オリヴァに抱きしめられ森へ送ってもらう。耳元で『昼に』と囁いて、消えた。
なんていうか、グッとくる。腰が砕けそう。あ、さっき砕けたわ。あーまったく、私に止める術はない。

オリヴァが迎えにくる前に洗濯をする。
また下着を替えねばなるまいよ。オリヴァめ。麗しのオリヴァ。下着、もう少し増やしたいな。手ぬぐい作った布の残りで作るか。部屋着も欲しい。トイレ行くのに裸でウロウロするの落ち着かない。

いつ謝りに行こうか。もう、今夜行ってしまおうか。先延ばしにすればするほど辛くなるから。何を謝る?浮かれポンチでごめん、じゃダメだ。えー、無神経な振る舞いでアルを傷付けたこと、それを謝る。償いをさせてほしいとお願いする。アルの望む償いを。

許してほしいけど、許してもらえなくても仕方ないって思ってる。でも許してほしい。アルとベルのこと好きだもん。そう、二人のこと好きだから。
調子良すぎるか。オリヴァと過ごして浮かれてたのに、そんなこと言われても不信感しかないかな。でも、好きだとは伝えよう。信用されなくてもいいや。

こんなふうに思えるのはミカのお陰だな。ミカは味方してくれる。ミカは私の安心。こんなふうに思えることって初めて。不思議だ。もしかして、私、異世界きて良かったのかもしれない。あ、すごい、180度変わってる!きて良かったと思うとか。まあ、不便なことがあるたび、日本を思い出すだろうけど。

ミカすごい。ミカの大きな愛情に包まれて私は幸せなのです。私はミカみたくなれないな。アルを幸せにできなかった。

どうしようもない。今夜、謝ろう。


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