87 / 139
86.怒涛のおしゃべり
しおりを挟む双子に向き直ると、途方にくれたような顔で佇んでいる。迷子みたいな二人に胸が痛む。いったいどうしたら、みんなが幸せになれるのかな。
気を取り直して二人に笑いかける。
「体洗う?」
ベルが走って私に抱き付いた。
「ユウっ、泊まるんだね、ユウ、ああ、ユウ、会いたかった」
「泊まるよ。さあ、お湯を用意して」
「用意してくる!」
ベルは元気よく家の中へ走って行った。ぼんやりしたアルの側に行き抱きしめて笑いかける。
「アルも洗う?」
「・・・洗う」
「じゃあ、体をこする布を用意しようね」
体を離して歩こうとしたら抱きしめられた。肩に埋めた顔から、か細い声が聞こえる。
「ユウ・・・・・・・夫でいさせてほしい」
胸がえぐられて息が苦しい。アルだってそれぐらい辛いはずなのに。
「アル、夫でいてほしい。・・・アルが好きだよ。信じられないかもしれないけど。ごめんね、傷つけて」
「ユウ、ユウ、ユウナギ、愛している。誰にも、誰にもさわられたくなかった。ユウ、俺達以外を愛してほしくなかった」
「アル、うん、アルフレート、ありがとう。嬉しい。知らなかった、嬉しい、アル」
痛いほど抱きしめるアルを愛しくて切なく思う。
夫でいたいって、二人とも。愛してるって、アルが。
悲しくて嬉しくて胸が痛んで鼻の奥がツンとした。
「もう、二人で何やってるのさ。アルも準備してよ」
ベルが家から桶にお湯を満たして運びながら怒ってる。
思わず笑ってしまい、アルも少し笑った。そのまま家に入ったから準備しに行ったんだろう。
「聞いてよ、ユウ。アルはずっと一人で閉じこもってさ、話しかけても答えないし。俺は心配してるのに、何も言わないんだ。もう、ずっとだよ?ずっと喋らないしさ、ミカの家に行ったときだって、俺に何の相談もしないで、勝手に決めてさ。アルってば勝手すぎるんだ」
お、おう。鬱憤が溜まってたのか。パートのおばちゃんがダンナの愚痴言う感じかい。怒涛だな。
「それは、困るねぇ」
「そうなんだよ。急に、ミカの家に行くって言ってさー、俺、びっくりしたもの。それで、ユウに会わせてもらえなかったから、余計に落ち込んで、もう、雰囲気が息苦しいんだよ。俺だってユウに会えなくて寂しいのにさ、でも料理とかやってるのに、アルはぼんやりして、何の役にも立たないんだ。道具の手入れぐらいでさー」
「ベルは頑張ったんだね」
「そうなんだよ、俺、頑張ってたんだよ。アルはぼんやりするだけだからさ。だから洗濯とかできないし、体もあんまり洗えなかったんだよ」
「体洗うのは別の話でしょ」
「同じだよ。ユウがいないのに体洗ったってつまらないもの。でも、俺、アルよりキレイにしてるよ。アルはさ、俺が言っても返事だけで動かないんだ。アルのせいでシーツも汚れるしさ」
「それは嫌だね。キレイなシーツないの?」
「あるよ。アルがキレイにならないと替えたってすぐ汚れるんだから、そのままなんだ」
「えー虫わくよ。草も替えてないんでしょ」
「もう、アルに言ってよ。俺一人でそんなにできないよ」
「じゃあ、ベルを洗ってる間にアルに替えてもらおうよ」
「ホントだよ。少しはアルに動いてもらわないとさ」
ベルの怒涛の愚痴を聞いていたらアルが布を持ってやってきた。布をありがたく受け取り、ニッコリして話す。
「これからベルを洗うからアルはシーツと草を替えてくださいな。ずっと替えてなくて汚れてるって聞いたよ?」
「ああ、わかった」
おとなしく家に戻って、草を運び始めた。
「ふふふっ、働いてくれてありがたいね。さあ、ベル洗おうか」
「うん。ユウも脱ぐでしょ」
「うん。二人のせいで、私も臭くなったんだからね。私を先に洗ってよ」
「いいよ。久しぶりだね、ユウを洗ってあげるの」
二人で服を脱ぎ、洗ってもらう。
「ユウ、なんでこんなに痩せてるの?」
「ご飯たべられなかったんだもん」
「ユウはアホなの?なんで、魔法使いかミカのトコ行かないの?食べ物と寝床の確保が一番でしょ」
「だって、行き辛いし」
「何で?」
「だって、ここが良かった」
「なら、なんで家にこないのさ。俺達待ってたのに」
「えー魔法使いの所に、って言ったのに」
「ユウだって何も言わなかったでしょ。何で熱出すまで外で寝てるのさ。だいたい戻りたかったら戻っていいのに。戻るなって言ってないよ。ユウは、何も言わな過ぎなんだから。俺分かんないし。パンだって家から持っていけば良いのに」
「でも、私のじゃないし」
「関係ないでしょ。食べてくのが一番大事なんだから。なんで、アホなのに余計なことを考えるの」
「そんなんで、いいんだ」
「そうだよ。追い出されるまで居座ったら良いんだよ」
さすが、ベル。生存に特化してますわ。逞しい。いいなあ、この割り切り。
洗うのを交代する。ほんの少し灰汁を混ぜたお湯で洗う。頭全体をわしわし洗って、耳もしっかり洗った。りん酢をしてから布で擦っていく。ベルは前側、私は後ろ側。
「ねえ、ユウ、俺待ってたんだよ、ユウのこと。魔法使いの所から帰って来たらユウが変わってるから、だからアルがビックリして、傷ついたんだよ。何で変わったのさ」
「自分じゃわかんないよ。どんなふうに変わったの?」
「何か、綺麗だったよ。雨上がりみたいで。でも、今は痩せ過ぎだし、綺麗じゃない」
「え、酷過ぎない、言い方」
「だって、柔らかくないし、ゴツゴツする。捨て子みたいで嫌だから、早く太ってよ」
「ベルに捨てられて、捨て子になったんだから、捨て子だよ」
「俺は捨ててないし。アルが落ち着くまで別の家にいたほうがいいって思っただけだもの」
「じゃあ、そう言ってよ。ベルだって何も言わなかったでしょ」
なんか悔しいので仕返しに頭からお湯をかけた。びっくりしたベルが私にかけ返して笑った。二人で掛け合いっこして笑ってたら、アルがやってきた。
「終わったの?アルありがとう。アルも洗うから脱いで」
「ああ」
アルの頭は私が洗い、そのあいだに背中をベルが洗う。
「アル、真っ黒だよ。これ、お湯替えなきゃダメだわ。いつから体あらってないの?そりゃ、ベルが怒るわけだよ」
「そうだよ。俺が言っても、アルってば全然聞いてないんだもん」
ベルがプリプリ怒りながら背中を一生懸命に拭いている。お湯を替える前に下洗いとして全体を洗うことにした。足の指の間もちゃんと洗う。
アルがお湯を替えて戻るまで、またもやベルの愚痴を聞く。
ベルは溜め込んでますな。愚痴聞くの初めてだし。たまにははっきり言えばいいのに。言っても聞いてないのか。ベルはアルに気を遣い過ぎなんだろな。ここ最近のアルが酷過ぎるせいかもしれない。話し相手がいなくて鬱憤溜まってたのか?
アルが戻ってきて三人でアルを洗った。顔も布で優しく擦る。目をつぶって静かにしているアルの顔が疲れて見えて悲しくなった。
全員で最後にかけ流して洗い終わった。布で拭いて水滴を落とす。私は下着だけを着て、二人は家に入ってからキレイな下ばきをはいた。明日は洗濯しようかな。
三人でご飯を食べる。久しぶりで、アルもベルもニコニコしてた。ベルのスープも久しぶり。食後に飲むお茶はアルが入れてくれた。
「ねえ、ユウはミカの家に住むの?」
「うん」
「俺達の家には?」
「泊まりにこれるよ」
「じゃあ、いっぱい泊まりにきてよ」
「それはミカと魔法使いと相談してよ」
「・・・わかった」
「ねえ、ユウ、ベッドに行こうよ。ベッドで話そう」
10
あなたにおすすめの小説
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる