【R18】クマ獣人は紳士でケモノ

象の居る

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17.代官の屋敷へ Side ラトキン

 詳細をあまり広げたくないので団長に私の部屋へ来てもらい、昨夜の出来事から情報屋の話までを説明した。

「代官の元へ一緒にいっていただきたいんです」
「そうですね」

 団長があごに手を当てて算段するように視線を斜め上へ向けた。貴族と直接相対するのは避けたいだろうが頷いてもらわなければ。後押しに利害関係者の声も加える。

「そういえば、店主が『貢いだのだから働いてほしい』と」
「っ、ハハハ、もっとひどいこと言ってたでしょう? ハハハ、まいったな。逃げるなと釘をさされたようです」
「治安維持費だと」
「ええ。面倒ごとがお金で解決できるなら、お金で済ますのが一番です。血を流すのは最終手段ですよ」

 団長の穏やかな声は、逆に今までの大変さを思い起こさせた。

「この場合だと、どういった手になりますか?」
「この町の騒ぎは治めている代官の失点になるということを思い出してもらいましょう。願いを聞いてもらうお礼に代官への贈り物をそこそこの値段で商人から買う、というところでしょうか」
「ご同行願えますか?」
「ええ、店主に脅されましたし、私は顔を見せるだけでお金もかかりませんしね?」
「はい、もちろん」
「では、代官へ連絡して面会を申し込んでおきます。返事が来たら出かけますので用意しておいてください」

 団長はきびきびと部屋を出ていき、私は少し早い昼食を持ってパオラのいる自分の部屋へ向かった。
 ノックをすると内側から開かれる、その扉の向こうに彼女がいる。それがどれだけの喜びか、伝えられたらいいのに。

「すみません、少し早いですが昼食です」
「ありがとうございます」
「それと報告を」

 商人が連れてきている女の話は伏せ、団長との話をかいつまんで教えた。

「今日中に解決するはずです。ただ、念のため商人が完全にこの町を離れ、本拠地に戻るまでココにいてください」
「はい」

 パオラは泣き笑いのような顔で頷いた。思い切り抱きしめたくなった勢いで立ち上がり、不埒な真似をする前にタンスへ方向転換した。中から制服を取り出して腕に掛ける。

「着替えも取りにきたんです。一張羅で偉そうにしなくてはいけませんから」
「っふふ、……あの、こんなこと言うと失礼かもしれないんですが」
「いえいえいえ、なんでもどうぞ」
「することがなくて退屈なんです。なにか、ここの食堂とか掃除の手伝いとか、させてもらえませんか?」

 その言葉で彼女を閉じ込めていたのだと気づき、ヒュっと喉が鳴った。一気に血の気が引いて頭が冷える。
 そんな、そんなことをして、浮かれていたなんて。ああ、これでは、まるで。

「…………すみません、気づきませんでした。団長に確認しますので待ってもらえますか? そのあいだは、ええと、この部屋の中は好きに見ていただいてかまいませんし」
「針と糸を貸してもらえれば枕の穴を縫いますよ」

 忘れていた! あんな酷い代物を! 

「ああ、あ、すみませんっ、忘れていて、ええと、齧ってしまって、ああ、いえ、すみません」
「ぷっ、アハ、アハハハ、そんなに慌てなくても。針と糸だけ」
「すぐっ、すぐ持ってきます。あ、鍵を」
「はい」

 私は慌てて部屋を出、パオラは笑いながら鍵をかけた。
 ぐちゃぐちゃな頭で団長室に押しかけ、手伝いの相談をしたら事務官が声をかけてきた。

「割り込んですみません。手伝いなんですが、できれば食堂にお願いできますか? 募集してるんですけど人が来なくて。次が決まるまででいいんですけど」
「それでいいですか?」
「はい、食堂なら願ったりだと思います」
「今からいってもらってもいいですか? 昼の提供が遅いって苦情きてるんですよ」
「私が行きます。ここでお待ちください」

 立ち上がろうとする事務官を止めて部屋へ引き返した。それが誰であろうとも私たちの巣穴へは近づかせない。体に組み込まれた命令のように私を動かす。
 ドアをノックして出てきたパオラにわけを話すと喜んだ。すぐ行くと言うので、机の引き出しから部屋の鍵を取り出して渡す。

「部屋の鍵です。出入りのときは必ずこれを」
「はい」

 内側に巻き込まれたシャツの胸ポケットへ仕舞われた鍵が、布の上にその形を薄っすら現す。彼女と私だけの部屋の鍵。それにすら、痺れるような喜びを覚えてしまう私は本当におかしくなってしまったのだろう。

 団長と事務官にパオラを紹介し、事務官がすぐに食堂へ案内してくれた。賄い婦たちにパオラを紹介して執務室へ戻る。
 感情が飛んだり跳ねたりで落ち着かないが、正式の制服を着て気を引き締めた。外国へ行くのに飾りがないと寂しいという理由で贈られた勲章でも、あるとないとじゃ全然違う。この先は私の戦場だ。面倒な礼儀作法もこのために習ったのかもしれない。パオラのために戦える自分を誇らしく思った。

 しばらくして団長から連絡があり、お茶の時間に間に合うように行政館へ向かった。町を見下ろす高台の堅牢そうな建物は厳めしい。重厚な玄関で名を告げると代官のもとへ案内された。

「突然、同席したいという不躾な申し出にも関わらず、承諾いただきありがとうございます」
「遠方の客人に喜んでいただけるならどうということはありません。ちょうど珍しい舶来品を並べていたところです。ともに楽しめるとは嬉しいかぎりですよ」

 代官の後ろについて応接室へ入ると、広い室内にずらりと商品が並べられていた。

「素晴らしいですね」
「そうでしょう? 辺境にしては、ですが。こちらに滞在されているうちに港湾都市へ足を伸ばしてみてはいかがですか? 華やかさは王都に引けを取りませんから」
「着任時に立ち寄った王都は華やかでしたね。港湾都市も訪れてみたいものです」

 代官が初老の男を、商品を運んできた商人だと紹介してくれた。娼館でいやらしく笑っていた男は、それを少しも感じさせない穏やかな笑顔で挨拶をする。
 ひとまわり商品の紹介を受けてから、座ってお茶をいただいた。

「香りのいいお茶ですね」
「これもここから買ったものです。やはり、良い物は大都市に集まりますから取り寄せないとどうにもなりませんね。……どういう品をお探しか伺っても?」
「はい、お礼の品、でしょうか。なるべく好みに合う贈り物をしたいと思いまして」
「おや、どなたにですか?」
「代官殿へです。舶来品がお好きと伺いましたので騎士団長にお願いしました」

 代官はにこやかにお茶を飲み、目線で団長に説明の続きを促した。

「下町で騒ぎが起きるかもしれません。ことが大きくなると王都の騎士団へ報告書を送らなければいけませんので。特に今は国の客人がいらっしゃるので、小さなことも見逃せないのです」
「下町? 報告を受けていないが?」

 代官の声が低くなる。

「ええ、色街はとくに問題が起きやすい場所ですが、まだ予兆というところですので。代官殿もご存知かと思いますが、この町はこの町の慣習で動いております。外部の手を阻めないようでは管理してきた我々の面子が潰れ、内部の抑えも難しくなります。だからこそ、芽のうちに摘み取っておかねばならないのです」

 何も答えず抑えた態度を取り続ける代官へ団長が微笑み、商人の気配がほんの少し動揺する。

「それを代官殿からも周知していただきたいと、お願いにまいりました。お手を煩わせるお詫びに、こちらのお客人が代官殿へ贈り物を、と」
「ええ、我々が静かに滞在できるよう、ご尽力いただくわけですから」

 私も代官に微笑んでから、商人へ向き直った。

「代官殿にふさわしい品を薦めてくれないか?」

 商人は苛立ちを完璧に抑えた愛想の良い笑顔で対応する。いくつかの商品が紹介され、説明が終わってから代官に目線を送った。

「素晴らしいものばかりで、私では選びきれません。代官殿への贈り物ですから、お好きなものを選んでいただければと思うのですが」

 代官は先ほどの動揺をみごとに消し去り、柔和に微笑んだ。

「そういっていただけるのでしたら、そうですね…」

 少し悩んで白地に青色が美しい陶器の置物を選んだ。

「この窯元の作品をコレクションしていましてね」
「さぞかし素晴らしいコレクションなのでしょうね」
「はい、少々自慢になりますがちょっとしたものです。このあとに約束が入っていなければご覧いただけたのですが。残念です」
「突然伺ったのはこちらですから。またお時間がありましたら、是非」
「ええ」

 代官が告げた終了の合図で椅子から立ち上がる。商人へは、宿まで支払いに行くと言って行政館を出た。
 帰り道をしばらく進んでから口を開く。

「ありがとうございました」
「こちらこそ。なかなか高くつきましたね」
「ええ。これで、任期のあいだおとなしくしてくれるならいいのですが」
「歯軋りしてるかもしれませんが、さっさと他所へ移動したいはずですから我慢するでしょう。王都への出張が多くなるかもしれませんね」


 団長は胸がスッとしたと言って笑い、笑顔のまま私を見た。

「ご尊父は大変に地位のあるかたで、また家名を大切にするかたでもあります。きっと、辺境で修行中の息子さんも見守っていることでしょう。我々にできるのはここまでです。延焼は避けたいですよね?」

 忠告だった。これ以上の手出しは周りも巻き込む。彼女の大事な仕事場まで。物足りない。腕の一振りで永久に事が済むと思うと手がムズリとする。軽く息を吐いた。私の欲求より彼女の立場だ。あそこで仕事を続けるために。

「そうですね。私も何一つできないままこちらを去りたくないですし。この国に住んでいる幸運を彼らは感謝すべきですよ」
「おや、何一つですか」

 団長の目から力が抜けて柔らかな声になる。

「何一つです」

 そう答えて笑い合った。
感想 3

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