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5)グリの秘密、俺の秘密
「アンタ、名前は? 器と魂がちぐはぐになっているが、その体はどうしたんだい?」
美魔女はそう言いながら、俺の前に不思議な色の金平糖のようなものを置いた。彼女が金平糖を指で軽く弾くと、それはさらりと崩れて砂糖のようになる。
「お舐め。舐めればしばらくの間、ヒトの言葉を話せるようになる」
「ーーーー!!」
俺は言われるままにその粉をペロリと舐めた。舌の上でしゅわっと泡のように膨らんだその粉は、あっという間に俺の喉まで達する。
「あ、あ……っ、ああ、……ケホッ」
軽く咽たあと、俺はハッと我に返って美魔女を見上げる。
「大変なんです! グリが森で何かに触ってしまって、高熱を出して瀕死の状態なんです!」
「ほう……グリーシャが? 薬師のあいつなら、解毒剤を一揃い持っているだろう?」
「飲みました! でも、効かなかったみたいでっ。お願いです、グリを助けてください!!」
「…………ふむ」
魔女は思案顔で俺の顔を見下ろす。背後からマリアが本のあるページを示して、魔女へ見せた。
「この子が私のところへ来た時、私に開いてみせたページです。これは紫毒苺の実ですけれど、棘にそこまでの毒があるだなんて聞いたことがなくて……」
「ふむ。確かに紫毒苺の棘など、蜂に刺された程度の毒だ。実を食したところで、三日ほど腹を下す程度。グリーシャが倒れた原因は恐らく別件だろう」
魔女は本のページに視線を落とした後、俺の方へ視線を向けた。
「グリは助かるのか!?」
「さあ。見てみないことにはなんともね」
「そんな……っ! グリを助けてくれ……お願いだ!!」
「うーん。アタシに助けられるのかどうか、見に行くだけ見に行ってやってもいいが……」
「本当に!?」
「ああ。ただし、魔女のアタシに願い事をするって事がどういうことか……分かっているんだろうね?」
「えっ……」
魔女はそう言って、俺の頭のてっぺんから爪先までを舐めるように眺めた。
「お、お師匠様……っ、こんな可愛い猫ちゃんにそんな……っ」
「そうさね。今回はグリに借りを作れるってメリットもあるし、可愛いマリアの顔も立ててやらないとね。傷薬の薬草一ヶ月分で手を打とうじゃないか」
「たっ、助かる……!」
傷薬として使われる薬草ならば、あの独特の葉の形と匂いから俺にも簡単に見分けることができる。グリと何度か訪れた群生地はグリの小屋から近い。なんとかなるだろう。
「よし。そうと決まれば、マリア」
「はいっ」
マリアは側に立て掛けてあった大ぶりの箒を彼女に渡す。彼女はローブと長い黒髪を翻して、豊満な胸を揺らしながら俺を振り返った。
「アタシの名前はサーヤだ。肩に乗りな、ちび猫。すぐにグリーシャのところへ行くよ。途中で落ちないように」
「はいっ。あ、俺の名はアスラです。よろしくお願いしますっ」
俺が魔女の肩へ飛び乗ると、彼女は箒を持って外へ出た。箒に跨がったかと思った瞬間、俺たちを乗せた箒は大空へ舞い上がっていた。
◆◇◆◇◆◇
「グリッ!」
俺が半日ぶりに小屋へ戻ると、グリは布団の中で静かに眠っていた。浅い呼吸は殆どグリの胸を揺らすこともなく、もはや苦しげに顔を歪めることすらない。
「あー、こりゃ酷いね」
鍵のかかっていたドアを蹴り飛ばして開けたらしい魔女……サーヤは、昏々と眠るグリの布団を剥がして、マジマジとグリを見つめた。
「これは毒じゃない。ズソだ」
「ズソ……?」
「呪詛……つまり、呪い」
そう言って、サーヤは眠っているグリのシャツをペロリとめくり上げた。
グリの腹には、見たことのないどす黒い魔法陣が浮かび上がっていた。サーヤが手のひらを翳すと拒否反応を示すかの様に魔法陣が紅黒く光る。
「チッ。ご丁寧に治癒魔法拒絶の呪いまでかかっていやがる」
悔しそうに爪を噛んだサーヤは、側にあった椅子にドカッと腰を下ろした。
「こりゃー無理だな。いくらアタシでも助けられんわ」
「なっ!? ちょっと待ってくれよ! 約束が違う!」
俺は慌ててサーヤの側に駆け寄ると、そうまくし立てる。
「……はぁ。よーくお聞き。アタシはあくまで『アタシに助けられるかどうか、グリーシャを見に行くだけ見に行ってやってもいい』と言ったんだ」
「ぐっ…………」
確かにそうだ。彼女は嘘を言っていない。
「そりゃ、アタシだって鬼じゃない。助けられるんなら助けるつもりだったさ。報酬を上乗せしてな」
「なっ…………!! ……て、ことは」
イライラした様子のサーヤは、眉間に大きなシワを作ってベッドのグリを睨んだ。
「この呪詛は簡単には解呪出来ん。一時的に助けるだけならば不可能ではないが、それには贄とそれを調達する時間が必要だ。けれど、この様子からしてグリーシャは保ってあと半日。贄はそう簡単に見つかるものではないし、アタシ達にできることは残念だが無い。グリーシャが生きてるうちに、恋人のアンタはなるべく側にいてやんな」
「俺が、グリの恋人……???」
俺は突如湧いて出た恋人というワードに小首を傾げた。
「なんだい、アンタ知らなかったのかい? アンタのこの世界での前世はグリーシャの恋人であるアスランだ。一度は他の世界に転生しちまってたようだけど、グリーシャが禁術を使って無理矢理こっちへ呼び戻したんだろう」
「は!? なら、なんで俺は猫に……!? あ……もっ、もしかして!?」
「ふむ。心当たりがあるのか? まあ、これも何かの業か……」
サーヤはそう言って、悲しそうに笑った。
「十八年前のあの時、アスランが戦争へ行かなければ、二人は添い遂げるつもりだったと聞いている。理を曲げてまでようやく会えたお前には前世の記憶がない上、体は猫だなんて本当に皮肉だ。猫に転生されたのでは体を重ねることも、愛を囁いてもらうことも出来ぬ。戦争で沢山の者を死に至らしめたアスランの魂は、もはやヒトに転生できぬほど穢れてしまったのかもしれんな」
「失礼な。俺、前の世界では一応人間だったぞ。猫に転生したのには、深……くもないけど、色々と訳があってだな」
「ふぅむ。だとすると、何故前世の記憶はあるのにアスランの記憶だけがお前から抜け落ちているんだ……? 問題があったのはグリーシャの術式の方か?」
サーヤはぶつぶつ言いながら、グリーシャの腹に浮かび上がった紋様を検めている。
俺が家に来てからというもの、グリは猫としてではあったが俺を溺愛していた。いつだって優しい目を向け、貴重な治癒術を惜しみなく使い、たっぷりの食事を与え、夜は寝所を共にした。
俺に付けられた、恋人とよく似た名前。
俺に惜しみなくかけられた、消耗が激しいと言われる高位の治癒術。
ーーーーーーそう、グリは最初から知っていたのだ。俺が恋人アスランの転生者だってことを。
なら、なぜグリは俺にそのことを教えてくれなかったのだろう?
美魔女はそう言いながら、俺の前に不思議な色の金平糖のようなものを置いた。彼女が金平糖を指で軽く弾くと、それはさらりと崩れて砂糖のようになる。
「お舐め。舐めればしばらくの間、ヒトの言葉を話せるようになる」
「ーーーー!!」
俺は言われるままにその粉をペロリと舐めた。舌の上でしゅわっと泡のように膨らんだその粉は、あっという間に俺の喉まで達する。
「あ、あ……っ、ああ、……ケホッ」
軽く咽たあと、俺はハッと我に返って美魔女を見上げる。
「大変なんです! グリが森で何かに触ってしまって、高熱を出して瀕死の状態なんです!」
「ほう……グリーシャが? 薬師のあいつなら、解毒剤を一揃い持っているだろう?」
「飲みました! でも、効かなかったみたいでっ。お願いです、グリを助けてください!!」
「…………ふむ」
魔女は思案顔で俺の顔を見下ろす。背後からマリアが本のあるページを示して、魔女へ見せた。
「この子が私のところへ来た時、私に開いてみせたページです。これは紫毒苺の実ですけれど、棘にそこまでの毒があるだなんて聞いたことがなくて……」
「ふむ。確かに紫毒苺の棘など、蜂に刺された程度の毒だ。実を食したところで、三日ほど腹を下す程度。グリーシャが倒れた原因は恐らく別件だろう」
魔女は本のページに視線を落とした後、俺の方へ視線を向けた。
「グリは助かるのか!?」
「さあ。見てみないことにはなんともね」
「そんな……っ! グリを助けてくれ……お願いだ!!」
「うーん。アタシに助けられるのかどうか、見に行くだけ見に行ってやってもいいが……」
「本当に!?」
「ああ。ただし、魔女のアタシに願い事をするって事がどういうことか……分かっているんだろうね?」
「えっ……」
魔女はそう言って、俺の頭のてっぺんから爪先までを舐めるように眺めた。
「お、お師匠様……っ、こんな可愛い猫ちゃんにそんな……っ」
「そうさね。今回はグリに借りを作れるってメリットもあるし、可愛いマリアの顔も立ててやらないとね。傷薬の薬草一ヶ月分で手を打とうじゃないか」
「たっ、助かる……!」
傷薬として使われる薬草ならば、あの独特の葉の形と匂いから俺にも簡単に見分けることができる。グリと何度か訪れた群生地はグリの小屋から近い。なんとかなるだろう。
「よし。そうと決まれば、マリア」
「はいっ」
マリアは側に立て掛けてあった大ぶりの箒を彼女に渡す。彼女はローブと長い黒髪を翻して、豊満な胸を揺らしながら俺を振り返った。
「アタシの名前はサーヤだ。肩に乗りな、ちび猫。すぐにグリーシャのところへ行くよ。途中で落ちないように」
「はいっ。あ、俺の名はアスラです。よろしくお願いしますっ」
俺が魔女の肩へ飛び乗ると、彼女は箒を持って外へ出た。箒に跨がったかと思った瞬間、俺たちを乗せた箒は大空へ舞い上がっていた。
◆◇◆◇◆◇
「グリッ!」
俺が半日ぶりに小屋へ戻ると、グリは布団の中で静かに眠っていた。浅い呼吸は殆どグリの胸を揺らすこともなく、もはや苦しげに顔を歪めることすらない。
「あー、こりゃ酷いね」
鍵のかかっていたドアを蹴り飛ばして開けたらしい魔女……サーヤは、昏々と眠るグリの布団を剥がして、マジマジとグリを見つめた。
「これは毒じゃない。ズソだ」
「ズソ……?」
「呪詛……つまり、呪い」
そう言って、サーヤは眠っているグリのシャツをペロリとめくり上げた。
グリの腹には、見たことのないどす黒い魔法陣が浮かび上がっていた。サーヤが手のひらを翳すと拒否反応を示すかの様に魔法陣が紅黒く光る。
「チッ。ご丁寧に治癒魔法拒絶の呪いまでかかっていやがる」
悔しそうに爪を噛んだサーヤは、側にあった椅子にドカッと腰を下ろした。
「こりゃー無理だな。いくらアタシでも助けられんわ」
「なっ!? ちょっと待ってくれよ! 約束が違う!」
俺は慌ててサーヤの側に駆け寄ると、そうまくし立てる。
「……はぁ。よーくお聞き。アタシはあくまで『アタシに助けられるかどうか、グリーシャを見に行くだけ見に行ってやってもいい』と言ったんだ」
「ぐっ…………」
確かにそうだ。彼女は嘘を言っていない。
「そりゃ、アタシだって鬼じゃない。助けられるんなら助けるつもりだったさ。報酬を上乗せしてな」
「なっ…………!! ……て、ことは」
イライラした様子のサーヤは、眉間に大きなシワを作ってベッドのグリを睨んだ。
「この呪詛は簡単には解呪出来ん。一時的に助けるだけならば不可能ではないが、それには贄とそれを調達する時間が必要だ。けれど、この様子からしてグリーシャは保ってあと半日。贄はそう簡単に見つかるものではないし、アタシ達にできることは残念だが無い。グリーシャが生きてるうちに、恋人のアンタはなるべく側にいてやんな」
「俺が、グリの恋人……???」
俺は突如湧いて出た恋人というワードに小首を傾げた。
「なんだい、アンタ知らなかったのかい? アンタのこの世界での前世はグリーシャの恋人であるアスランだ。一度は他の世界に転生しちまってたようだけど、グリーシャが禁術を使って無理矢理こっちへ呼び戻したんだろう」
「は!? なら、なんで俺は猫に……!? あ……もっ、もしかして!?」
「ふむ。心当たりがあるのか? まあ、これも何かの業か……」
サーヤはそう言って、悲しそうに笑った。
「十八年前のあの時、アスランが戦争へ行かなければ、二人は添い遂げるつもりだったと聞いている。理を曲げてまでようやく会えたお前には前世の記憶がない上、体は猫だなんて本当に皮肉だ。猫に転生されたのでは体を重ねることも、愛を囁いてもらうことも出来ぬ。戦争で沢山の者を死に至らしめたアスランの魂は、もはやヒトに転生できぬほど穢れてしまったのかもしれんな」
「失礼な。俺、前の世界では一応人間だったぞ。猫に転生したのには、深……くもないけど、色々と訳があってだな」
「ふぅむ。だとすると、何故前世の記憶はあるのにアスランの記憶だけがお前から抜け落ちているんだ……? 問題があったのはグリーシャの術式の方か?」
サーヤはぶつぶつ言いながら、グリーシャの腹に浮かび上がった紋様を検めている。
俺が家に来てからというもの、グリは猫としてではあったが俺を溺愛していた。いつだって優しい目を向け、貴重な治癒術を惜しみなく使い、たっぷりの食事を与え、夜は寝所を共にした。
俺に付けられた、恋人とよく似た名前。
俺に惜しみなくかけられた、消耗が激しいと言われる高位の治癒術。
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