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67)お近付きになりたい
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水湊様はその後、無言のまま車に戻りエンジンをかけられた。ゆっくりとしたスピードで、車は海沿いの幹線道路をなぞる。
表情こそいつもと変わらないけれど、その横顔がどことなく寂しげに見えてしまって、私は居ても立ってもいられない気持ちになってしまう。
「あの……」
「なんだ? ――ああ、先程樫原から連絡があって、昼過ぎには帰路に着けそうだ。今日は突然こんな所まで付き合わせて悪かったな」
「いえ、あの……っ!」
「うん?」
「確かに、律火様のお心は私には分かりません」
「その事ならもう……」
「ですが! 少なくとも私は……。私は、あの日私を拾って下さった樫原さんや水湊様に、心から感謝していますっ。そして、もっとあの家で皆さんと……水湊様と、一緒の時間を過ごしたいです。それで、沢山のご恩返しが出来たらいいなと思っていて」
車内の空気を何とか軽くしようと言葉を重ねてみたものの、なかなか上手い言葉が見つからない。
「だからその。私は『付き合わされた』だなんて全く思っていなくて。むしろ、こうして水湊様と二人きりで出かけられたこと、デ……デートみたいでとても嬉しかったというか、ええっと……」
「――――デート?」
「あ……! いえ、その」
言葉選びを間違えた……? 一瞬そうドキリとしたけれど、水湊様はそのつぶやきの後、クスリと笑って下さった。
「すまない、気を遣わせたな。雇用の件なら、気にする必要はない。むしろ働き者の日和が来てくれて助かっていると、屋敷の者達からも報告が……」
──そう話される水湊様の横顔には、いまだお疲れのご様子が色濃く残る。
昨夜からほとんど眠っておられないのだ。
車の中より、きちんと横になれる場所の方がいいはず。
どこか……休める場所は……。
景色を見渡した私は、進行方向の右前方。
細い山道を一本挟んだ奥にひっそりと見つけた、とある建物をちらりと見た。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「まだお戻りまでに猶予があるのでしたら、もう少しだけお傍にいさせて頂けませんか? 波の音がして私が傍にいたら、水湊様は睡眠薬がなくてもお眠りになれるかもしれないんですよね? でしたらあそこで……」
私が指を差したもの。それは寂れた看板を掲げる、安ホテルだった。
「水湊様のような強いお方がネガティブな思考になってしまう日は、きっと心や体がお疲れなんだと思うんです。ですから車内ではなくちゃんと横になれるベッドで、もう少しお眠りになった方が良いかと……」
いつもお忙しく働かれている水湊様が、せっかくお仕事から離れていらっしゃる。この機会を無為に過ごすのは勿体ない。
そう、私には思えたから。
私の提案に、水湊様はクスリとお笑いになった。
「……ふっ。それはつまり、あそこでデートの続きがしたいという誘いか?」
「えっ……?」
「”あのラブホテルへ一緒に行きたい”。私には、そう誘っているように聞こえるが?」
「ラブホテル……?」
看板に記載されているホテル名とは違うようだけれど、一体水湊様のおっしゃる『ラブホテル』とは……。
首をかしげる私を見て、水湊様が再び口を開く。
「ああ、『ラブホテル』が分からないのか」
「はい……すみません」
「端的に言えば、恋人たちが体を重ねる際に使用する、安ホテルの総称だな」
「――――!!!」
水湊様の言葉に、私は大慌てだ。
「なっ、違っ! わ、私は純粋に、水湊様のお疲れを少しでもお癒し出来れば、と……っ」
「なるほど。癒し、ねぇ」
わざとらしくそんな返事を返されて、私は返事に詰まる。
は、恥ずかしい……。
知らなかったとはいえ、愛玩奴隷が『一緒に寝よう』と主人をラブホテルに誘う。
それはつまり、そういう誘いと受け取られてもおかしくはない訳で……。
私は顔を赤くして、膝の上に視線を落とし俯いた。
確かに主人に抱いて頂きたい気持ちはある。
けれど、こんな状況で、明らかに寝不足で疲れている主人にソレを乞うほど、飢えている訳ではない。
水湊様は再び車を路肩に寄せて停めると、ゆっくりと助手席側に来て私の顔を覗き込んだ。
「耳まで赤いな。その誘いが本気なのか、天然のあざとさなのか分からないところが日和らしい」
表情こそいつもと変わらないけれど、その横顔がどことなく寂しげに見えてしまって、私は居ても立ってもいられない気持ちになってしまう。
「あの……」
「なんだ? ――ああ、先程樫原から連絡があって、昼過ぎには帰路に着けそうだ。今日は突然こんな所まで付き合わせて悪かったな」
「いえ、あの……っ!」
「うん?」
「確かに、律火様のお心は私には分かりません」
「その事ならもう……」
「ですが! 少なくとも私は……。私は、あの日私を拾って下さった樫原さんや水湊様に、心から感謝していますっ。そして、もっとあの家で皆さんと……水湊様と、一緒の時間を過ごしたいです。それで、沢山のご恩返しが出来たらいいなと思っていて」
車内の空気を何とか軽くしようと言葉を重ねてみたものの、なかなか上手い言葉が見つからない。
「だからその。私は『付き合わされた』だなんて全く思っていなくて。むしろ、こうして水湊様と二人きりで出かけられたこと、デ……デートみたいでとても嬉しかったというか、ええっと……」
「――――デート?」
「あ……! いえ、その」
言葉選びを間違えた……? 一瞬そうドキリとしたけれど、水湊様はそのつぶやきの後、クスリと笑って下さった。
「すまない、気を遣わせたな。雇用の件なら、気にする必要はない。むしろ働き者の日和が来てくれて助かっていると、屋敷の者達からも報告が……」
──そう話される水湊様の横顔には、いまだお疲れのご様子が色濃く残る。
昨夜からほとんど眠っておられないのだ。
車の中より、きちんと横になれる場所の方がいいはず。
どこか……休める場所は……。
景色を見渡した私は、進行方向の右前方。
細い山道を一本挟んだ奥にひっそりと見つけた、とある建物をちらりと見た。
「あ、あの……」
「なんだ?」
「まだお戻りまでに猶予があるのでしたら、もう少しだけお傍にいさせて頂けませんか? 波の音がして私が傍にいたら、水湊様は睡眠薬がなくてもお眠りになれるかもしれないんですよね? でしたらあそこで……」
私が指を差したもの。それは寂れた看板を掲げる、安ホテルだった。
「水湊様のような強いお方がネガティブな思考になってしまう日は、きっと心や体がお疲れなんだと思うんです。ですから車内ではなくちゃんと横になれるベッドで、もう少しお眠りになった方が良いかと……」
いつもお忙しく働かれている水湊様が、せっかくお仕事から離れていらっしゃる。この機会を無為に過ごすのは勿体ない。
そう、私には思えたから。
私の提案に、水湊様はクスリとお笑いになった。
「……ふっ。それはつまり、あそこでデートの続きがしたいという誘いか?」
「えっ……?」
「”あのラブホテルへ一緒に行きたい”。私には、そう誘っているように聞こえるが?」
「ラブホテル……?」
看板に記載されているホテル名とは違うようだけれど、一体水湊様のおっしゃる『ラブホテル』とは……。
首をかしげる私を見て、水湊様が再び口を開く。
「ああ、『ラブホテル』が分からないのか」
「はい……すみません」
「端的に言えば、恋人たちが体を重ねる際に使用する、安ホテルの総称だな」
「――――!!!」
水湊様の言葉に、私は大慌てだ。
「なっ、違っ! わ、私は純粋に、水湊様のお疲れを少しでもお癒し出来れば、と……っ」
「なるほど。癒し、ねぇ」
わざとらしくそんな返事を返されて、私は返事に詰まる。
は、恥ずかしい……。
知らなかったとはいえ、愛玩奴隷が『一緒に寝よう』と主人をラブホテルに誘う。
それはつまり、そういう誘いと受け取られてもおかしくはない訳で……。
私は顔を赤くして、膝の上に視線を落とし俯いた。
確かに主人に抱いて頂きたい気持ちはある。
けれど、こんな状況で、明らかに寝不足で疲れている主人にソレを乞うほど、飢えている訳ではない。
水湊様は再び車を路肩に寄せて停めると、ゆっくりと助手席側に来て私の顔を覗き込んだ。
「耳まで赤いな。その誘いが本気なのか、天然のあざとさなのか分からないところが日和らしい」
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