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ーー序章ーー 降臨する者
異獣が支配する世界
しおりを挟む唸り鳴り響くのは、大地から絶え間なく怒号
。草木の一本も生えない岩と砂だけの荒野の砂漠の中を巨大な何かが掘り進む度に砂埃が舞い、周囲が砂の霧に包まれていく。
「はぁぁ。案の定、暴れてやがる……」
逆立った針山のような青髪。額に斜めに入った古傷の軌跡は側から見ると大分目立ち、彼の印象を少しばかり悪くさせることだろう。
もっとも、本人は全く気にしてはいないが。
少年は、頭をゴシゴシと掻きながら面倒臭そうに溜息を漏らす。
「こんな砂漠にまで来て仕事とは。ホントいい日だな全く」
皮肉混じりに愚痴を零す。
砂と僅かな岩しかない乾燥した空気が張り詰め、燦々と輝く太陽からの熱波が照りつける砂漠地帯。そんな場所で、少年は今から仕事をしようと言うのだ。
有り得ない。
他に誰かいれば、そう指摘しただろう。
彼が今いる砂漠の最高気温は50℃という数値が叩き出されている。
安易に対策も無しに踏み込んだら、どうなるか。
汗がとめどなく滝のように流れて止まらず、下手すれば脱水症状が起きてそのまま熱射病、熱中症を患い、最悪死に至る可能性がある。
しかも、少年は日避け対策を一切していないのだ。その格好は黒のロングコートに袖や襟巻きなどに銀製と思わしきアクセサリーが付いて
いて、下には紺のボトムスにコートと同じ黒のブーツを履いているといった風貌。
全体的に黒が割合を多く占めており、黒は熱を吸収する特性を持った色素であることを考慮すれば、ほぼ自殺行為と揶揄されても文句は言えない。
にも関わらず少年は汗の一玉、一筋さえ出してはおらず、至って平然とした様子。
「でもま、やるしかないよな」
おそらく……というより、ほぼ確実に嫌ではあるのだろう。
なんで、こんな場所で仕事をするのか。
そんな怠惰な感情が顔から滲み、本人はそれを隠そうともしない。
だが、不思議なことに少年は仕事を放棄する
意思が無かった。
一欠片も。あっていい筈の選択肢が少年の中には無い。
矛盾した非合理と思うかもしれないが、事実
だ。
"クリエイト・アクション"
口には出さず、心中でそう呟いた瞬間。
少年の周囲に白い気体のようなモノが纏わり付く。
冷たさを持った、ガス状に視覚化された冷気そのもの。この灼熱の砂漠地帯で少年が平然としていられた理由がコレだ。
少年の周囲にはマイナス50℃の冷気が胡散せず、『膜』のように収束し、砂漠の熱気から少年を守っていた。
この現象は勿論自然に生じたモノでは無い。
そもそも、昼間の太陽が照りつける砂漠地帯に熱気はあっても冷気など存在し得ない。
「おい。ヒメラギ。シンイ。準備はいいな?」
『ほいほ~い。準備万端だよ!』
『ああ。できてる』
両耳に備えられた通信用インカムから聞こえて来る二つの声。それがはっきりと少年の耳に届くと、不敵な笑みを浮かべ高らかに叫ぶ。
「んじゃ、始めるぞ。クソでけぇ ミミズ退治をよ!」
そう叫ぶなや否や、少年の足元に冷気が纏わり付く。無論、少年自身の意思によるものだ。
すると驚くことに冷気が砂しかない地面に太陽の光に当てられ燦々と輝く結晶……『氷』で
構成された道が姿を現した。
「よっと!」
何も知らない人間から見れば、突然氷の道が出来上がるという怪奇現象そのもの。
驚愕の二文字しかないとは思うが、こんなことは少年にとっては何てことのない芸当に過ぎないのだ。
故に迷うことなく軽くジャンプしつつ、氷の道へとダイブ。あろうことか、そのまま滑走する。
「ヒメラギ! いつもの頼む!」
氷の道を滑らかに駆けていきながら、少年はヒメラギに合図を送る。
「任せたり! うりゃああああ!!!!」
少年から見て西の方角。まるで車と錯覚してしまいかねないスピードで地中にいる何かめがけ、一直線に突き進む蜜柑色のパーカー姿のヒメラギ。
そして、その手に持った人の身の丈ほどもある柄の長いハンマーを地面に叩きつけた。
叩きつけた瞬間に生じた振動は、普通ならその波長を変えずに消える。
しかし、ヒメラギの繰り出した振動はそのまま消えることはなく、増福し始め、終いには強力な衝撃波となって地面と地中を激しく揺らす
。
それに耐えかねたのか、地中を縦横無尽に我が物顔で掘削していた何かは大量の砂を盛大に巻き上げて、その全貌を晒した。
「予想通りタイプ・ワームの異獣だな」
勢いよく這い出て来たソレは、巨大な黄土色の芋虫。手脚の類はなく、肥えた弾力のある張った巨躯は20mほどだろうか。
口は上下左右の四方に裂ける形をしており、口腔内には歯車のような特殊な歯が備わっていた。
タイプ・ワームと呼称される生物の共通する特徴だ。
頭部の左右側面には強靭な口で削り砕いた土砂や岩を体外に出す為の鰓があり、丁度口腔内にあった砂を大量に吐き出していた。
「今だ! 行くぞシンイ!」
「了解!!」
少年の反対方向……丁度ワームを挟む位置にいた浅い緑色の髪をした少年シンイが力強く応答する。
"クリエイト・アクション!!"
少年が先程したのと同じように心中でそう叫んだシンイは、左手を前へ掲げ、掌から無数の
稲妻の線を生み出した。
しかも、その色は黒。
自然界では到底存在しな得ないソレは、ワームの身体へと絡みつき、神経や筋肉組織を麻痺させ身動きの一切を封じてしまう。
「よくやった! はああああッッッ!!!!」
今度は二人のリーダーである少年…『フユキ』が両手を前へ向け、そこから氷の礫を伴った風を起こす。
風は、氷の礫をワームの体表まで運び見事着弾させる。それ一つ、あるいはただの氷ならワームにとって何ら驚異ではない。
何せ小さな虫がぶつかったようなもの。
大したダメージなど皆無だが、フユキが作る氷はただの氷ではない。
なんと、体表に着弾した瞬間、一斉に氷が拡大し息をつく暇もなくワームを覆い尽くした。
「は~い、終了っと」
フユキは軽く両手をパンパン鳴らし、一仕事終えた事に安堵の息を溢す。
「ほっんと報告通りワーム型でよかった!この前は報告ミスで強いランクのヤツと戦う羽目になったし」
「あー。アレはギリギリ勝てたよね」
フユキに同意するヒメラギは、何処か苦味を含んだ笑みを浮かべる。
頭の中に浮かんだのは先週の討伐任務の時だ。
『機関』の報告では低ランクに位置するタイプ・インセクトのハチ型異獣だったにも関わらず、出て来たのは中ランクに位置し、おまけに危険な毒素を散布するセミ型の異獣だった。
中ランクを相手にした実戦経験が無かった事と今までに戦った事がないタイプの異獣だったのが災いして、重軽傷を負う羽目になった。
紙一重とも呼べる運の良さで討伐自体には成功したものの、その代償はフユキとヒメラギ、
他編成二人が三ヶ月の入院生活を余儀なくされ、おまけに任務達成の報酬も入院費で跡形もなく消えた為、実質プラマイゼロ。
虚無しか残らなかったという訳だ。
「ったく、あんなのは一度切りだと願いたいよ。ホントーに」
「苦労してるんだな」
同情、共感というには特に何も感じていなさそうな声音のシンイ。
こういった不遇な事を愚痴として吐き出す場面での言葉にすべき単語は知っている為、自然と出た台詞だ。
「はいはい、心にもないコメントどーも」
「シンイはまだ新参だからね~。これから『クリエイター』として、もっと苦労すると思うよ?」
「善処する」
二人の言葉に淡々とそう返す。
シンイという少年は思いの外『無愛想』やら『口数が少ない』という言葉が似合うようだ。
「迎えのヘリだ。行こうぜ」
上空を見れば、軍用の大型ヘリが一機3人の下へ近づいて来る。フユキの言う通り、迎えのものだった。
『送迎ヘリ7-456だ。指定したポイントに向かってくれ』
「了解。すぐに向かう」
インカムから伝わる操縦士の声に応え、ゆっくりとした足取りで、三人は予め指定されたヘリの着陸ポイントへと歩を進め始めた。
途中。シンイは後ろを振り返り空を仰ぎ見る。
「この星は……兵器資源の宝庫だな」
虫の羽音よりも小さいその呟きは、誰の耳にも留まらず。ただ虚空へと消えていった。
※
初めて"ソレ"が観測されたのは、1869年1月1日。明治時代が始まったばかりの日本、東京の浅草区だった。
全長20mの蛇のような手足のない長く白い
巨躯を持つ謎の生物。人、あるいは馬車の馬など生物とあればどんなものでも喰らい、建物を
容易く崩壊させ、多くの被害と混乱、そして悲劇を齎した。
『異獣』。
後に人々はその生物をそう名づけた。
明治初頭、浅草区に現れた世界最初の異獣『異獣第一号』は原因は不明だが何らかの影響で突然沈黙。
そのまま死亡が確認された。
その後も異獣は世界各地に次々と姿を現し、数多の災厄と破壊を齎した。
アメリカ、ニューヨークに現れた個体は強力な酸性の雨を降らす雨雲と猛毒を秘めた細菌を撒き散らし、都市を汚染。
ひいてはアメリカ大陸の大部分を永久汚染区へと変貌させた。
フランスに現れた個体は稲妻と劫火を操り、パリの都市を中心に街を破壊。多くの人の命を奪った。
アフリカでは地中を掘り進む個体により、大規模な地盤沈下が自然環境に大きなダメージを与えた。
イタリアには5mと比較的小型の異獣が人や生き物を手当たり次第に食い散らかし、ドイツに至っては人型に近く道具らしきモノを扱い、待ち伏せという手段で狩りをする知能のある個体まで確認された。
異獣の種類は千差万別。なんとか対処できるモノもあれば、手の施しようのない災害級までいて、人間の力では到底及ばない存在だった。
しかし、人類はそれでも尚、屈しなかった。
異獣の研究分野が飛躍的に発展していき、小型のモノであれば何とか倒せるレベルにまで至った。
とは言え、結局のところ、そこまで。
その程度でしか抗うことは出来なかった。
よって人類は徹底的な殲滅を諦めた。
異獣からの逃避、防衛という方向性で未来の舵を取ったのだ。
異獣の脅威から身を守る為、大型の乗り物を社会的コミュニティとして利用する『移動型都市』。
異獣が苦手とする波長の音波、電磁波を張って異獣の侵入を防ぐ『陣地防衛型都市』といった生存圏確立の手段を選び、それに比例するように技術力が向上。
そんな中で2026年3月9日。
この年において人類史上世界最大の発見が人々を震撼させた。
『イマジン・クリエイト』。
それは自らがイメージしたものを現実における事象として発生させ、自在に操る特殊な能力並びそれを可能にする技術の総称。
この夢物語とも思えるオーバーテクノロジーの確立は1924年4月23日、日本の九州地方福岡県のとある町の山に、一つの隕石が落ちて来たことから始まった。
幸い、隕石自体がバスケットボール程度の大きさだったことと、落ちた地点が山頂に位置し
、町から離れていたおかげで町に被害は一切なかったが
、回収された隕石は調べれば調べる程謎の深まる異常な代物だった。
まず、通常の隕石とは全く異なる物質で構成されていたこと。
隕石は基本的にケイ酸塩鉱物と鉄、ニッケル合金によって出来ており、それ以外の物質で構成されている例など全くない。
おまけにその物質自体、人類が把握している既知の物質に当て嵌まるもの、あるいは類似する系統ものがなく、全く新しい未知の物質であることが判明した。
後に『イマジウム』と称されるようになったこの物質の最大の特徴は、生物の特定の脳内波長、即ち、イメージを探知・情報として集積する一種の記録媒体としての性質を持つことだ。
更にこの物質が放つ不可視光線のエネルギーは空気中に存在する様々な素粒子、分子に働きかけ"イメージ通り"の事象を実現できるという、既存の科学の常識を頭から叩き潰すほどに衝撃的なものだった。
そうと分かるな否や、その用途は異獣対策へと向けられた。
それによって誕生したのが『クリエイター』
。端的に言うと"人工的に生み出された超能力者"になる。
内蔵されたイマジウムを動力源とした有機端末を体内に移植し、イマジウムが放射する不可視光のエネルギー、通称『クリエウス』を自己意識で制御するというのが基本原理となる。
クリエイターたちの登場により、対異獣戦でのリスクは格段に下がり、小型・中型だけではなく、大型のものまで討伐することが可能となった。
とは言え、見えたのは所詮微かな妙光に過ぎない。
クリエイターという希望ができたとしても、
一度大きく変質したこの世界を元通りにするにも、人類は長らく時間をかけ過ぎてしまったのだから……。
1
極東の一つ、日本。
そこはかつて小さいながらも先進国として機能していた。だが、異獣の登場により、多くの地域・地方が人の住めない禁足地と化し、現在は七つの移動型都市を県として確立させ、一応は国として機能させている。
フユキ、ヒメラギ、シンイの三人が帰って来たのは産業特化の都市県『作島』。
食糧、生活必需品、他諸々の物的財貨の製造を一手に担うこの場所は計8つの全長180m
にも及ぶ超大型自走車両の上に楕円形状の巨大建造物が構築された形を成す、日本における人類の居城の一つだ。
その中の区画にある施設へ足を運んでいた。
『対異獣戦略軍部機関』、通称『異戦部』。
クリエイターを管理、統括し異獣における討伐任務の支援や研究を行う為に日本政府が設立した対異獣専門の
特殊機関。
日本に属するクリエイターたちは、必然的にこの機関に組みすることが義務付けられている。
軍部とあるが日本の軍隊に系列する組織でなく、とあら理由から独立している。
その為か、異獣の討伐任務は自由に選択する権利が与えられており、よっぽどの事が無い限り上からの『強制命令』は下せない事になっている。
「お疲れ様です」
ヘリは施設の敷地内に設けられたヘリポートに着陸。
降りて早々、警備員の一人が額の高さまで手を上げた敬礼と共に労いの言葉を送る。
「そちらも、お疲れ様です」
「おつかれさま~!!」
「……」
フユキは敬語で。ヒメラギは砕けた口調で。それぞれ
言葉を伴って挨拶を返したが、シンイだけは会釈のみで応える。
別段それで気に障る訳では無い為、警備員は頭を下げてその場からゆっくり立ち去っていく。
《クリエイター認証を確認。どうぞ、中へ》
本部である建物の玄関入口まで近づいた3人を自動ドア付近に備わったセンサーが捉える。
無機質なセキュリティAIの電子音声と共に自動ドアのロックを解除され、左右のドアが横へスライドする形で
開かれる。
建物の中へ入ると数多くのクリエイターたちが集い、情報交換や待ち合わせなどに使われているエントランス
が出迎える。
大部分を白で統一した広い空間は清潔なイメージを抱かせるばかりか、観賞用に置かれている植物の緑。左右の端に置かれているピラミッド型のモニュメントの黒と赤。
それらの色が白という下地のおかげでよく映えている
。
「ご成功、おめでとうございます。クリエイター番号『058』のフユキ様、『085』のヒメラギ様、『041』のシンイ様ですね?」
入って早々声をかけて来たのは、受付嬢の一人『鈴木カエデ』。
長い髪を三つ編みに束ね、赤いフレームの丸メガネが特徴的な彼女は受付カウンターから和かな笑みを浮かべている。
「どーもカエデさん。約束の報償金は…」
「はい!きっちり20万になります!」
そう言って差し出したのは、札束が乗せられた小さいトレー。手にとってパラパラと確認していくフユキは、お札の一枚一枚を数えて行く毎に口端をにんまりと吊り上げていく。
「……めっちゃ喜んでるね」
「彼は性格的に守銭奴だからな。まぁ、度が過ぎない程度だから問題ない」
「おい。聞こえてんぞコラ」
一応ひそひそと小声で話していたのだが、思いの外、地獄耳らしい。
ギロリと二人を睨みつけるフユキは視線を再びカエデに向ける。
「きっちり20万貰いました」
「前回は大変でしたけど、今回は間違いなかった…ですよね?」
「前回は……うん。ホント、大変でしたよ。ハハハ……」
なんせハチを倒そうとしたら、セミだったのだ。異獣の発見・報告を任務とする『観測班』でも人間だからこそ、間違いはある。
その点は仕方ないと割り切れる。
しかし、セミとハチを間違えるなんて有り得ないのもいい所。
犬と猿を見間違えるようなものだ。
その見間違いのせいで大損を食ってしまったフユキにしてみれば、思わず遠い目になるのも無理はない。
乾いた笑みを漏らしつつ、それじゃあ、と言ってカウンターから離れようとしたところでカエデが『待った』と声をかけた。
「実は近々『天京』との大規模な合同作戦が行われるそうなんですど、フユキさんたちも参加されてみてはどうでしょう」
天京とは、都市県の一つ。
産業に特化したのが作島なら天京は、航空事業に特化した都市になる。
航空においての物資運輸や旅行、空に関係する全てを担っており、その都市に所属するクリエイターは空中戦に秀でた者が多いと聞く。
その天京との合同作戦とは、中々簡単にそうかと流せるものではない。二つの都市が合同で行わなければならない『問題』がある事を示唆している。
「合同、か」
「たしか……ヤナギさんが先週そんな事言ってたよね?
」
ヤナギは作島のクリエイターの一人。昨島の中では誰よりもクリエイター歴が長く、それ故に相応の実力と他者からの信頼も厚い人格を併せ持つ人物だ。
フユキは成り立ての頃、任務の失敗や親しかった仲間の殉職。様々な要因から自暴自棄と言わんばかりに荒んでいた時期があったが、それを救ってくれたのがヤナギだ。
だからこそ返し切れない恩義を感じてはいるものの、その言葉を聞いたフユキの顔はさながら苦虫どころか、苦汁も一緒に口の中に放り込んだような顔が滲み出ていた。
「ヤ、ヤナギさんはともかく、その合同作戦の報酬はいくら位になります?」
守銭奴らしく、まずは報酬の値段。
彼にとってはそこが受けるか受けないかの区分なのだ
。
「大規模で相応のリスクがありますから……えーっと………あ、すごい。150万ですって!」
「よぉぉし!受けますッ!嫌だって言っても受けますよ!!」
即断即決。ついでに言えば周囲の視線が痛いほど煩い
。
「あ、でもやっぱり危険度は未確定の『X』のランクですけど……」
「関係ねぇっす。こちとらクリエイターですから、覚悟は出来てます」
貰える銭が高い。ただそれだけの理由であるせいか、キメ顔で答えるフユキを見る二人の目は呆れを含んだ冷たいものだった。
「二人はどうする?こんなうめぇ話、早々ないと思うぜ」
「……パスだ」
「うーん……報酬はけっこー良いけどぉ、かなりヤバめそう……」
眉間に皺を寄せ、ヒメラギは悩む。
しかし、ほんの数秒程度の間で答えは決まった。
「よし!決めた!あたしも参加する!!」
ヒメラギはそれほど守銭奴な性分ではない。
とは言え、ここ最近は少しばかり金欠に陥っている現実は無視できない。
基本的にクリエイターは、異戦部をパイプ役にした第三者からの『仲介依頼』と機関が直に依頼する『直接依頼』の二通りがある依頼を自由に選択し、自らに合ったものを請け負う形式をとっている。
直接依頼は非常に少なく、あっても異獣が徘徊している危険性の低い禁足地への環境調査である為、異獣討伐に比べてかなり報酬は低い。
高くても、せいぜい5万程度が妥当だ。
仲介依頼は異獣討伐が主な為、それなりに旨味はあるが、小型や中型では直接依頼と然程変わらず、近頃はその類がかなり多い。
体内に備わっている有機端末のメンテナンスなどでかなりの費用を消費するクリエイターの身としては、不景気と言わざる得ない。
ヒメラギに至ってはフユキ同様、前回の事もある。
よって、リスクを踏まえてもやるべきと判断したのだ
。
「で、シンイは本当にいいのか?」
「ああ。それほど金銭面は困ってない……命あっての物種、というやつだ」
クリエイターの仕事は常に危険と隣り合わせだ。
都市外の環境・フィールド調査といった比較的安全なものもあるが、やはり一番多いのは異獣の討伐。
現状、人類を脅かす脅威になっているのは紛れもなく異獣だ。
近年小中型の異獣が活発化し始め、それに合わせるように100年以降見られなかった大型の異獣が出現するようになった。
異獣たちの活発化は人類にとってスルーできるものではない。現に三ヶ月前は都市県の一つが強力な大型異獣の襲撃を受け、甚大な被害を受けた。
市民、クリエイター共に大勢怪我人・死者が続出し、復興作業もままならないといった状況に陥っている。
そんな不穏な時期の真っ只中にあれば、いつ殉職してもおかしくはない。
そうでなくても危険だというのに、共同任務はその危険が未知数を示す『X』ランク。
報酬はかなり高額とは言え、命あってこそだろう。
「わかった。じゃあ、カエデさん。俺とヒメラギの二人分だけ登録しといてくれ」
「はい。ヒメラギさんとフユキさんの二名ですね。日時は明日の午後1時30分。くれぐれも遅刻のないようお願いします」
「分かってる」
「じゃあねカエデさん!」
フロントを後にし、一旦外に出る3人。
「これからどうする?」
ここで解散でもいいが、家に帰ったところで別段やる事もなく暇を持て余すしかない。
就寝するにしても今は18時丁度。眠りにつくには早い時間帯だ。
「あたしお腹すいた~! なんか食べに行かない?」
「そうだな。もう18時だし、夕食ってことで
どっか食いに行くか」
「それなら、『ジンライ』に行ってみないか? あそこにまだ行ったことが無いんだ」
「そうなんだ。じゃ、賛っせ~い!! ほら、行こ行こ!!」
時間が夕方を示していたことと、3人の思考が食事をしたいという思いで一致した為、話はすぐに纏まった。
2
定食屋『ジンライ』。
未だ店舗が極小数しかない『異獣』を食材とする『異獣専門料理店』である。
意外と思うかもしれないが、異獣の中には人間が食しても問題ないものがある。
それらに対する的確な知識と腕、そして卓越した料理のセンスを持つ料理人だけが専門店を展開する事を許される、ある意味、選ばれし者……と言うには些か語弊があるが。
そもそも、異獣専門料理自体、あまり好まれない『ゲテモノ料理』にカテゴライズされる為、店をオープンできたとしても客足は少ないだろう。
《続いてのニュースです。海上都市県『弘原海』に新種の異獣らしき巨大生物の影が確認されました。幸い被害はなく、『何もせずに去っていった』と弘原海の異獣調査委員会は述べ、目下調査中とのことです》
「うわぁぁ、ヤバくない? もしかして新種の異獣かな?」
「異獣の新種記録は毎日のように更新されてるからな。有り得なくはないな」
フユキが注文した『異界ラーメン』。
普通の麺とは異なり、とある異獣の血液を使用しているせいで禍々しい赫色を帯びたソレを
、別段気にする様子も引くこともなく、ズズズと音を立てながら口腔へと運んでいく。
初見は引くこと間違いなしのラーメンだが、意外にも味はさっぱりとしていて、香ばしい旨味と仄かな甘味が絶妙だ。
「しかし、本当によかったのか?」
何種類かの異獣の肉を使った肉野菜の炒め物『カオスざんまい』を適度につまみながら、シンイは視線を右隣に座るフユキへ送る。
「んん? 合同作戦のことか?」
「ああ。どんなに報酬が良くても命あってだろ」
「つっても仕方ねーだろ。クリエイターってのは儲かる分、金だって使うんだ」
「そうそう。イマジウム搭載の有機端末のメンテナンスもそうだし、『CGA』使ってる人はその維持費や新造、改良とかで結構使うんだよ」
『CGA』とは、
『C』REATED
『G』ADGET
『A』RMAMENT
それぞれ三つの頭文字を取って繋ぎ合わせた
言葉で、クリエイター専門の武器・兵器を指している。
クリエイターのクリエウスを増幅させ、それぞれの個人が持つ能力を強化することができるばかりか、エネルギーの力場を形成し、バリアとして運営することもできる。
タイプ・ワームの異獣を討伐する際、ヒメラギが使っていたあのハンマーがそれだ。
攻守共に優れものではあるが、維持費がかなり掛かり
、破損した際の修理費もバカにならない為、クリエイターの大半よりも少数の『金に糸目をつけない』性格か。
あるいは『金に困らない』懐事情が盛り沢山な人しか使用しないのが現状である。
ちなみにヒメラギの場合は、前者だ。
動機は単純。持って使うのが様になるから、というもの。
「はいよ。『カオストリプル定食』」
「ありがとうございま~す!」
スキンヘッドに大柄という外見の褐色肌の男性が、カウンター越しに厨房からお盆を渡す。
ジンライの店長こと、『中島ジンライ』。
かつては凄腕のクリエイターだったが、諸々の事情から今は定食屋に鞍替えしている。
と言っても能力自体は問題なく使える為、食材集めの際に都市外に出ては食材集めに奔走する毎日を送っている。
無論、食材は異獣である。
「聞いたぜフユキ。明日合同任務に出るらしいな」
「相変わらず耳が早いっすね」
「情報はweapon! 剣や銃以上になる時だってある」
詳細は不明だがジンライ曰く『自慢の情報網
』があり、そこから色々と情報を仕入れている
らしい。
『機関の中枢とヤバめなパイプを作ってる』なんて悪い噂を言われたりもするが、実際のところは本人が黙秘を貫いている為、ある意味で言えば確定と言えるかもしれない。
「はいはい。まぁ、なんとか生きて帰って来ますよ」
「ヒメラギ、お前さんもだろ?」
「はい! 行ってバッチリ解決して見せます!
!」
意気揚々と宣言するヒメラギだが、合同任務
の具体的な内容に関してはまだ知らされていない。
通常、機関で請け負った仕事の具体的内容は口頭ではなく、専用として支給される携帯端末からメールという形で伝えられる。
合同任務に関してもメールは来たには来たが、その内容は『当日、その目で見てもらい説明する。以上』とだけあった。
「見てもらい…って、何か見せるものがあるのかな?」
「どうだがな。仮に見せたい何かがあったとし
ても、俺は金が貰えれば別にどーでもいいけど
」
「フッ、まぁ。明日のお楽しみってヤツだな」
食べカスやソースの汚れが付いた皿を洗いつつ、ジンライはニヒルに笑いながら皮肉を零す。
と、ここで何か思いついた様子で話し始めた。
「あー、そうだ。関係あるかは分からんが……天京がある山で奇妙なものを見つけたらしい」
「山? どこの?」
「かつて恐山と呼ばれてた場所だ。下北半島の中央部にあって、霊場の一つに数えられてたとこだな」
「霊場?」
「神仏関係の霊験あらたかな場所のことだ。山は日本だと神が住まうとされ、神聖視されてたんだよ。まっ、今となっちゃ異獣が跋扈する魔の巣も同然。ありがたい神様の山が異獣という名の悪魔の住処になる……皮肉な話だ」
洗い終わったのか、一旦皿洗いの作業を止めて椅子に腰を下ろすジンライ。
随分と嫌味を含んだ物言いだが、3人はさして興味なさそうに料理を箸で啄む。
「で、その山でなにを見つけたんですか?」
「……そこまでは知らん」
「えー。振っといて、それはないですよぉ」
意味あり気に言われでもしたら、期待だって多少なりともするもの。
その期待を紙でも切るように容易く裏切るジンライの態度は、ヒメラギにしてみれば『呆れた』の一言に尽きる。
「おいおい……俺はwise manじゃないんだ。なんでもかんでも知ってる訳じゃない」
「自慢の情報網じゃん。もっと知っといて下さいよ」
「やれやれ。注文が多い嬢ちゃんだな」
毛根のないつるりと光る頭を撫でながら溜息を吐く。ジンライも人間。
自慢の情報網とは言え、世界中の一切すべて、あらゆることを把握できるという訳ではないのだ。
「ふぅ。ごっそさん」
「ご馳走様」
そんなこんなで食べ終えたフユキとシンイが何も残さず、綺麗に空になった食器をジンライの前に出す。
はいよ、と答え受け取るジンライは重い腰を上げ、再び皿洗いを始めた。
「ほら、さっさと食べちゃえよ」
「二人とも食べるの早くない?」
「普通だと思うが?」
一応言っておくと、二人が頼んだ料理は並以上……約2倍の量が入った特盛だ。
普通なら10分以上掛かり、量も量なので気楽に注文して来る客はそうそういない。
それを料理を受け取ってから3分の間で食べ切るのだから、はっきり言って早いどころか早過ぎている。
「もう……」
不服そうに頬を膨らませるが、仕方ない。
喉元まで出かかった文句を押し戻し、代わりに箸のペースを上げていくと勢いよく定食料理を口の中へ放り込こむ。
『速報です。異戦部の気象観測施設が異獣によって破壊されました。現場は混乱し、早急な状況把握と重軽傷者、死傷者の確認が求められ…』
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三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。



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