怪異語リ噺〜池屋敷の大池編〜

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五幕 瀧八郎 其の二

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 十郎太にとって父瀧八郎とは、尊敬すべき人で、同時に目標でもあった。
 商人の才を遺憾なく発揮し、奉公人を50人
と抱える父の仕事ぶりは的確に、粛々と勤めをこなし、奉公人たちへの現場の指揮も怠らなかった。
 子供ながらに見ていたその勤めを果たす様は
格好が良く、上に立つ者とは、まさに父の事を言うのではないか?とさえ思えた。
 ただ、家族としての交流の刻は少なかった。
 母、瀧崎弥二由と三人で食卓を囲むことは週に一度か二度。
 一緒に食事するにしても交わす言葉は全く無い訳ではないが少なく、すぐに終わってしまう
淡々としたもの。
 それでも、たまに父と話すのが十郎太にとっては大好きだった。
 それこそ同年代の童と遊ぶよりも、だ。
 そんな日々を過ごす中で、いつの日だったか
。ある日を境に瀧八郎は家を空けることが多くなった。
 見知らぬ絢爛な装いの女性を連れてやって来るかと思えば、何処か重々しい雰囲気を纏った
普通とは思えない謎めいた客人達が出入りし始めるようになった。
 なんだか、普通じゃない。
 子供ながらに十郎太は思った。
 最初こそあまり深くは考えなかったが、家を空ける回数が多くなり、その時間も長くなっていくのでとうとう十郎太は瀧八郎に問おうと決心した。

「失礼します。父上」

 一言。十郎太は襖の前で正座で腰を下ろして
声をかけた。
 返事はすぐ返って来た。

「構わない。何だ?」

 許しが出たので襖を開け、敷居を跨がず正座の状態で深く頭を下げる。
 あくまで聞きたい事があるだけなので、中に
は入らなかった。
 思えば、こうして父の部屋を訪れたり、入ることなど一切なかった。
 不思議と足が運ばず、入ってみたい、というのも殆どなかった。
 妙な話だが、父に尊敬や好感をもっても父の部屋は嫌っていたらしい。
 理由は当時も、今もよく分かってはいない。
 子供ながらに許可があっても安易に入ってはいけないなどと、何となくでそう思ったのか。
 あるいは、そもそも理由がなかったか。
 それを確かめる術はないので、今となっては栓なき事だ。

「父上……その、最近、妙な方々が屋敷に出入りしていますが……」

「……お前にはそう見えるか?」

「はい。もし、差し支えなければ、その」

「教えて欲しいか?」

「……はい」

 この時、父が素直に話してくれるとは思わなかった。脈絡もなく不躾に聞いてくれば『お前には関係ない』の一言で一蹴だ。
 だが、そんな十郎太の懸念は意外にも杞憂に終わる。

「まだ齢十三……とは言え、お前もいずれは家督を継いで瀧崎家の当主になる。その為の諸々を今教えても問題はあるまい」

 振り返ったその顔には、穏やかな笑みを浮かべていた








「あの時の喜びは今でも覚えいます。ええ、それはもう鮮明に」

 十郎太は感慨深く、しかし陰りのある憂いを帯びていた。

「でも知らなければよかった、と同時に悔やみもしました。父のやって来た事はどれもが法から外れた所業ばかり」

 十郎太の独白に皆が沈黙を守る。
 各々で思うところがあるのだろう。

「何をしているか聞きたいと申し立てた日の2日後。父はソレを私に見せたのです。







 瀧崎家の屋敷は普段十郎太が住む本家の屋敷とは別邸のものがいくつかあり、その地下には広大な空間が設けられていた。
 何の為か?と聞かれれば、表沙汰には出来ない瀧八郎の勤めがあったからだ。

「こ、これは……」

「十郎太よ。私はいくつかのお勤めをしている。それはお前も分かっているだろうが、コレはその一つなのだ」

 広い地下の空間には、一人の女性がいた。
 女性は黒鉄の堅牢な檻の中で蹲り、息を荒げていた。
 苦悶の声も漏らし、一糸纏わぬ姿は官能的な艶美があった。
 
「この女は薬の試しをしておるのだ」

「く、くすりですか?」

「そうだ。これに使ったのはに複数の薬草を調合させた逸品でな。使う薬草も希少で高く、きちんと売り物になるかを試しておる」

「は、はぁ……しかし、あの女の人は大丈夫なので?」

「……ああ。問題なかろう。あの女はな、両親がワシに借金して、そのかたに売られたのだ」

「え?」

 堪らず、そんな声が出た。
 親が子を売る? 
 そんなこと、許されていいのか? 
 いや、ダメだ。
 幼い十郎太でも、その道理の醜さは嫌でも分かる。
 それより度し難いのは、自らの父が何も言わず、女性を買い取った事だ。

「そ、そんなのおかしいです!! 父上! それは人として、法としてもおかしき」

「分かる。分かるぞ十郎太」

 息子の言葉を遮り、瀧八郎はその幼く小さな肩に自身の両手を乗せた。

「確かに親が子を売るのは悪だ。それを買い取るワシもさぞ悪党だろうさ。しかしな、十郎太。この世には正しいだけでは生きていけない者が大勢いる。生きているが故に間違い、正しい道に戻れぬのもまた世の道理なのだ


 何故、人は法を犯すのか。
 色々理由はある。貧しく何も得られないから
相手の物を奪い、時には命さえ奪う。
 そういう者が世の中にはいて、逆に彼等をどうにか救おうとする者は殆どいない。
 そんな彼等を十郎太は何度か見た事がある。
 大抵、奉行所の役人に捕まりお縄になるか、無礼を働いたという理由でその場で武士に斬り捨てられるか。
 そのいずれしかなく、碌な末路はなかった。

「ワシはな、受け皿になったのだ。必要であるが故に。手段は悪なれど貧しい者達に手を差し伸べたのだ」

「父上……」

 物悲しそうに言う父の顔を見て、罪悪感が胸の内をじくじくと蝕む。
 確かにここで父を非難するのは簡単なことだ。
 だが、仕方なくしてしまった行為を正義やら正論の名の下に指摘して、それでいいのだろうか。
 この時、十郎太はそう思ってしまった。 
 もっとよく考えれば分かったかもしれない。 
 そもそもどういう経緯で、女性の両親が父に借金したのか。
 その経緯の中に果たして父の悪意はなかった
と言い切れるのか。
 だが、幼く、肉親を信用したい気持ちと善意からこれ以上言うことはしなかった。

「さあ、次へ行こう。更に奥があってな。そこもまぁ、あの女のような者たちがいるが気にすることはない。皆、なのだ」









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