北欧神話〜シン・エッダ〜 ノベル版

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第一章〜神々と巨人たち〜

巨人の王の戯れ 二節

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 神々の氷の館、イーストランドは騒然としていた。
 いきなりベス、ボルソルンが慌てて館の中に入り、ベストラはブーリに担がれながら入った。
 今までにこんな事はない為、オーディンたちは動揺を隠せなかったが逸早くオーディオンが
ボルが居ないことを見抜いた。

「ブーリ様、と、父さんは?」

「………会合のことがユミルにバレた。あやつは我々を逃す為に残った」

「残ったって……一人でユミルをどうにかする
気なんですか?! 無謀にも程がある!!」

 オーディンの言い分は尤もだ。たった一人の
神が相手になって勝てるなら、ユミルは巨人の王になどなってはいない。
 
「すまない。だが、現実として我々では力になれない。巨人なら何とかなりはするが、巨人の王とあっては話は別だ……本当に、すまない」

 悲痛な表情だけで全部分かる。分かってしまった。
 父であるボルは、死んだ。

「そ、そんな……父さんが、あの父さんが、嘘
だ……嘘だったって、言ってくれよ!!!!」

 自信満々で、ある種傲慢とも言える気質のオーディンは自分の膝を折って、へたり込むような真似など一切してこなかった。
 生まれて一度も、だ。
 だがこうして膝を折る状態を。
 普段なら有り得ないことをしている。
 それだけでオーディンの心境は嫌でも分かる


「ごめん……ごめんね!」

 堪らず、ベストラが抱きつく。
 夫が犠牲になったのは自分のせいだと責めているのか。
 実際ボルをそうさせるに至った原因になってしまった事実なのは否定できない。
 だがどうあれ、ボル自身の判断だ。
 責める事はできない。
 それにそれを言ってしまえば、ブーリたちも
同罪になる。
 沈痛な空気が場を支配し、誰もかもがボルの死に絶望を抱くしかなかったが、その感傷に浸ることを許さない者がいた。

「!!ッ まさか、この気配!」

「ねぇ、なんか大きい足音がするよ?!」

 ブーリはその存在に気付き、対するヴェーは
頭に生えた2本の角でこちらに真っ直ぐ近づいて来る音を探知した。

「たぶんコレ……巨人だ!! それも強いヤツ
!!」

 優れた五感を司る神だからこそ、兄神たちにはない高レベルな聴覚をソナーのように扱う事で、ヴェーは事細かな情報を得ることができる

 もっとも、情報そのものは今回に限っては最悪な報せになってしまうが。

「!!ッ」

 巨人が来る。この氷の館イースランドに。
 大切な家族の領域に土足で巨人が、我が物顔で踏み入ろうとする。
 そんな蛮行を許せる筈もなく、オーディンは
乱暴にベストラを振り払い、出入り口の門を開けた。
 ヴェーの言った通り、ソレは巨人だった。
 灰色に三つの眼が縦に並んだ人型の異形は両肩に硬い堅牢な突起を生やし、その手には氷の剣を携えていた。

「ユミル様のお言葉に従い来てみたが……これが神。本当に小さく力のない種族なのだな」

 淡々と言う巨人に別段悪意はない。
 ただ、それは否定しようのない事実なだけだ
。その大きさ、腕力はどう比べても巨人には敵わない。それだけ種族としての差は大きいのだが生憎オーディンには関係ない。

「……父さんを奪うだけじゃ足りないって?」

 何故なら、今の彼は。

「返り討ちにしてやる……ッ!!」
 
 底知れぬ憎悪が、冷たく鋭い怨讐が。冷静な思考を奪っていたからだ。




※  ※  ※
 



「な、なんだって?」

「お。いいねぇ、その顔。初めて見る」

 堪らず聞き返すボルの言葉をまともに返さなかった。
 ただ表情が面白いと、ユミルはケラケラ笑う


「分身? お得意の"呪い"で?」

「あ、いやいや違う違う。君らが使う"魔術"
と違ってさ、『呪い』から得られる効果は因果律操作が基本だからさ」

 因果律は過程と結果の流れだ。
 例えば拳を相手に向けて繰り出すとする。
 この場合相手が避けたり、防いだりしなければ相手に拳が当たるという『結果』が生まれ、繰り出してから当たるまでが『過程』になる。
 そうやって因果律は成立するワケだが、呪いの場合、この因果律を意図的に操作することで
間接的に望んだ『結果』を発生させる。
 火を出して、生き物のような動きを出せるよう操作したいとすれば、火を生み出す要因を予め用意する。
 そうして、発生した火は術者の思惑通り『望んだ結果
』となる。
 簡単に言えば過程というプロセスを省略して直接的に発現させるのが『魔術』で、要因の用意や代償といった『過程』を踏むことで間接的に発現させるのが『呪い』になる。
 ユミルには自身の分身を作り出せる要因が存在しない為、眷属は生み出せても、分身を生み出すことなどできない。
 つまりユミルが言う分身とは、全く同じ存在を作り出す意味ではなく、別の意味を孕んでいる。

「僕が言う分身ってのは力を分け与えたお気に入りの眷属のことさ。感覚や感情を共有できるから、それなりに便利ではあるね」

「向かわせて、みんなを……僕の家族をどうするつもりだ!」

「別に? 特にこれと言って命令は何もしてないよ? ただ君らが住む場所がどんなものかって、興味が沸いて来たから見て貰いに行ってるだけだよ」

 嘘ではないのだろう。
 しかし、その気まぐれがいつ破壊的な結果に紐付くのか分からない以上、安心はできない。

「まぁ、『何してもいい』って許可は出したけど。そんくらいだよ」

 ほらコレだ。
 これがあるから、安易に信用などしてはいけないのだ。

(……転移の魔術は、あと一回。かなり消耗したけど、できなくはない)

 ここまで来たら覚悟を決めるしかない。
 ボルは魔力を最大限に高め、同時に両手に込める形で集中させる。
 相手はムスペルヘイムの灼熱とニブルヘイムの絶対零度から生まれた怪物。
 生半可な炎は、意味がない。
 半端な氷は、通用しない。
 2属性の攻撃が意味を為さないのなら、ソレ以外で対応するか、もしくは無属性でやりに行くかの二択に搾られる。
 但し、前者の場合は水か雷か風、あるいは毒の四種類になるが、結局のところコレらは属性の相性よりもエネルギー出力の部分に依存するので、はっきり言って攻撃出来ても雀の涙程度が限界だろう。
 一介の神の出力では、ユミルを倒すこと等できはしない。
 なら、どうするのか?
 答えは至って簡単だ。

「喰らえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 純粋な魔力の膨張。風船が膨張すれば必ず限界が来て、相応の衝撃が発生する。
 それと全く同じことをするだけ。
 味気ないと思うかも知れないが、風船と魔力では発生する衝撃は全然違う。
 おまけにそれが一つではなく、両手分合わせて二つ。
 そして、融合させることで一つになれば、反発力が上乗せされた衝撃は途轍もないものに姿を変える。
 
「あ。コレ…」

 ヤバいかも。
 そう言おうとした瞬間には既に口は巨岩を百個も積み上げたかのような、そんな重圧で塞がれた。
 容易に跳ね返せない。したくても出来ない。
 更に熱線が身体中の様々な箇所を焼き切り、
抉り、止めることなくユミルの身体を貫いていった。

 そして……両者共に光に飲まれた。








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