妖狐

ねこ沢ふたよ

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2 若草狐

願い

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 紫檀は、無数の管狐を出して佐門とドクロを翻弄する。

「やれ、愉快。踊っておるわ」

紫檀は酒を煽りながら、カラカラと笑う。

「雑魚をいくら増やしても、我らを倒せる訳がない。うっとおしいだけだ」

 佐門がイラつく。
 槍で払っても払っても紫檀から湧き出てくる小さな管狐。キリがない上に、視界が妨げられて、佐次と紫檀の位置が分からなくなる。

 翻弄して、隙を突く気なのは、一目瞭然。
 だが、甘い。これは、あの愚か者の佐次の作戦。

 佐門はニヤリと笑う。

 紫檀の大きな妖気はもちろん、良く知る佐次の気を、佐門に追えない訳がないことが、どうして分からないのか。相手の気の痕跡を追えるのは、親父と佐次の特権ではない。親父に術を習った佐門にできない訳がない。

 思った通りに、佐次の気が、背中の方からじわじわと近づいてきているのが、集中すればすぐに読み取れる。
 こんなバカ者にどうして若草は執着していたのか、なぜ紫檀のような大妖狐が手を貸そうと思ったのか。妖狐の考えは、全く理解できない。

「本当に鬱陶しい奴だ」

 佐門は、佐次の気配のする方へ槍を鋭く突き立てる。手ごたえがある。
 槍を引けば、わき腹を突かれた佐次が槍を抑え込んでいる。

「今です! 紫檀様!」

佐次が叫ぶ。

「応」

紫檀が返事をして、管狐を飛ばし、魂を吸い出す護符をありったけガシャドクロに張り付けていく。

 親父がこの護符を考えたのは、ガシャドクロに成り下がった妻、佐次と佐門の母を退治するため。それが親父の願い。不遇の魂たちをより集めて作られたドクロの体は、この護符を使えば、力を失う。

 思惑通りに、護符に吸い上げられた魂たちが、護符でガシャドクロから切り離されて天に昇って行く。本来あるべき場所へと還っていく。

「くそっ」

母が護符を剥がそうとすると、紫檀が母の手を押さえる。

「母様!!」

佐門が母の危機を察して向かおうとするが、肝心の槍を佐次に押さえられて身動きが取れない。

「親父のやり残した願い。俺が叶える」

槍で突かれたまま、佐次がニヤリと笑う。

「この愚弟が!!」

 佐門の槍が、佐次の術力を吸い上げようとしてくる。
 力が、槍に引っ張られるのを感じる。力を佐門に吸い上げられて、頭がクラクラしてくる。

 踏ん張れ。若草の無念を晴らすんだろう?
 佐次は、自分を叱咤する。

「ここで、お前らに好き勝手させるわけには、いかないんだ」

 佐次は、渾身の力を込めて、剣で叩き切る。

 真っ二つに折れた槍。

「この愚か者めが!!」

 佐門が怒りに満ちた声で叫ぶ。

 女性のつんざくような悲鳴が、部屋に広がる。

 見れば、紫檀が独り、にこやかに笑っている。

「くそ不味い女であった」

 紫檀の言葉を聞いて、佐門が青ざめる。
 母は、すでに紫檀に喰われたということだろう。

「佐門!!」

 佐次は、佐門に剣を構えるが、目の前がくらんでくる。
 脇腹の傷が深くて、息が続かない。
 ヒュウヒュウと佐次の呼吸に異音が混じってくる。

 霞む目の向こうで、佐門は、雲外鏡を取り出して、その中に潜り込んで、どこかに消えた。

「佐次。大丈夫か?」

紫檀が、虫の息の佐次に駆け寄ってくる。

「無念です。息の……根を止められなかった……」

佐次は、それだけ言って、気を失ってしまった。


 佐次が目を覚ましたのは、自分の住まっていた社。
 既に帰ることはないと思う場所に寝床を敷かれて、眠っていた。隣には、紫檀が胡坐をかいて、酒を飲んでいる。
 あれほど深かった傷が消えているのは、河童の薬を塗ってくれたのかもしれない。腕の人面瘡も静かにしている。

「応。起きたか。佐次」

にこやかに紫檀が笑う。紫檀がここまで佐次を運んで、手当までしてくれたのだろう。

「ありがとうございます。紫檀様」

佐次は起き上がって頭を下げて礼を言う。

「うん。お前が健やかであることが、若草の願いであったからな。よって、ようやく仕事が果たせた」

紫檀は、そう言って、立ち上がる。

「……無念でございます。佐門を逃がしました」

「そうだな。だが、槍を折り、後ろ盾の母も佐門は失った。大それたことはもうできんだろう。半妖の身で上級妖魔の街まで乗り込んで。十分お前はようやった」

紫檀は優しく声をかけてくれる。


「そうじゃ。若草が願いを掛けたように、お前にも、願いを聞いておいてやろう。その内に気が向いたら、叶えてやる。今回、頑張った褒美じゃ」

と紫檀は去り際に尋ねる。

「今はただ、若草に謝りたい。元気な若草に会って、詫びを言いたい。それだけにございます」

そう答える佐次の言葉を聞いて、

「なんとも妖狐では難しい願いだな。神にしか叶えられそうもない」

と、紫檀は笑っていた。
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