異世界から来た自分の分身が邪悪過ぎるのだけれどどうしたらいい?

ねこ沢ふたよ

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1現世

え、復活……できた?

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……

……

……
 
 RPGならば、まず最初に、「ここは?」と尋ねる場面なのかも知れないが、そんなことは、分かっている。聞くまでもない。
 だが、あの険悪で救いのない状況から何をどうしてこうなったのか、さっぱり分からない光景が広がっていた。

 意識が戻った時に、俺が見たのは、ニセが姫と夕月に挟まれて頭を抱えている光景だった。

「は? え?」

起きれば、痛みは引いている。怪我もなさそうだ。

「英司、起きたか。もう、何がなんだか分からんのだが、何とかしてくれ」

ニセが俺を見て嬉しそうに立ち上がろうとするが、姫と夕月に腕を掴まれていて阻止されてしまった。

「姫主よ。主は立ちたいようです。私がお支え致しますので、腕をお放し下さい」

「夕月、大丈夫よ。私が支えるから。あなたは、剣に戻ればどう?」

姫がにこやかに牽制する。なんだか、昭和のラブコメが始まっている気がする。ニセは状況に付いていけないのか、オロオロしている。

「良かった。起きたのね」

 綾香先輩の声が頭の上から聞こえる。
 膝枕だ。これ。頭の下に、綾香先輩の膝がある。あ、俺、やっぱり死んだ?これ、俺の妄想の産物?
 きょとんとする俺に、綾香先輩が、俺が気を失った後に起こったことを説明してくれた。

 ニセの意識が遠のけば、聖なる石の力が増して、聖剣の所有権は、姫に移った。姫は、聖剣によって自身の力が増したその時に、魔法を使った。

「夕月! 治癒魔法、最大出力で!」

 姫の指示に従って、夕月が姫の治癒魔法を渾身の力を込めて増幅する。
 姫の力によって、みるみるニセの傷口はふさがり、ニセは一命をとりとめ、そのことによって、俺も命拾いしたようだ。

「姫主に所有権が移った後で、聖剣になってから選んで元の主のニセ様が生き返りましたので、今は、姫とニセ様での共同所有。二人の主にお仕えしております」

夕月がニコニコしている。夕月の表情に、今までのような憂いは感じない。聖剣に戻れたからだろうか。ニコニコして、ニセの腕にまとわりついている。

「そうなの。私とニセで、二人で聖者になったの。どちらが欠けても、聖者としては、欠落するの」

姫も、言葉を足す。夕月に負けないように対抗しているのだろうか、姫もニセの腕にまとわりついて離れない。まあ、どちらかが死ねば、きっと夕月の所有権は一人になるのだろうが。生きている間は、傍にいなければならい状況になったというわけか。

「訳がわからん。頭が痛い」

ニセが、うなる。命をかけて、夕月を守り聖剣に戻して。今までの罪を背負って死を選んだのに、無理矢理起こされてラブコメ状態。頭が痛い理由は、よく分かる。

「ニセの罪は、許されるの?」

確か、魔王で無くなっても、ニセの罪は消えないのでは無かったか?

「一度、魔王としては既に処刑されたしね。それに、今は、聖者になったもの。夕月がニセ君を処刑することは許さないし、これからニセ君は私と一緒に国を守るために、国全体に結界を張って魔物を討伐する使命があるから」

姫がそう教えてくれた。よかった。俺、処刑されないですむらしい。

「だが、多くを殺したことには、変わりない。そのことを自覚して、国を守ることに邁進せねばなるまい」

すっかり人間らしい心を手に入れたニセの言葉。良かった、俺の平凡な人生もどうやら役に立ったらしい。

「あの、英司君。そろそろ起きる?」

「あ、ああ、すみません。ごめんなさい。つい甘えてしまいました」

 この幸せな膝枕に、つい起き上がるのを忘れてしまっていた。いつまでも起きない俺を心配して綾香先輩が膝を貸してくれていたのだろう。申し訳なさすぎる。

 慌てて起き上がって、綾香先輩にあやまる。綾香先輩が、そんなに謝らなくっても、と言ってくれる。

「そういえば、結局、賢者の本には、何が書いていたんだ?」

俺は、話をそらす。本を、結局、俺はまだ見ていない。

「それが、よく分からないのよね。淡々と歴史が書いているだけで」

 姫が本を鞄から取り出して、皆に見えるように広げる。
 俺も分からない。聖者を擁護する前書き、歴史の書き写し。

「歌と何か関連があるのかな」

俺のつぶやきに、ニセが、アッと小さく声を上げる。

「夕月、歌え」

ニセの言葉に、夕月が歌い出す。『いに~』『の~』『りて~』

「2・1・2……」

夕月の歌に合わせて、ニセが数字をあげる。夕月が歌う文字数をそのまま数字にしている。その数字に合わせて、本を読めば、淡々と述べられている本の内容に新しい意味が産まれる。

「むっずっ」
俺は、思わず声が出る。

「分かる訳ないわよ。夕月が何文字ずつ歌っていたかなんて私には分からないじゃない」
姫がぼやく。

「だから、魔剣の所有者がこの本を手に入れる状況にならないと、意味が分からないようにしていたんじゃない?」

綾香先輩が推察する。

「夕月の歌を何度も聞いた俺だから分かったんだろうな。夕月は、剣精だから考えることはしない」

ニセの言葉に、ハイと夕月が微笑む。

「全ては、新しい聖者のために用意されたメッセージ」

 はあ、と姫がため息をつく。

 賢者の残した言葉を読めば、聖者を嵌めた犯人が分かる。犯人は、勇者の妻になった女性だった。淡々と歴史を記していた本の裏側には、賢者の怒りが込められていた。
 あざとい彼女は、聖者たちに魔物から助けられる形で目の前に現れた。家族を失った彼女を聖者たちは憐れんで優遇した。身近に置いて、共に過ごしていた。初めは、リーダーである聖者に言い寄っていた彼女だが、聖者には既に想う人がいて、聖者はなびかなかった。だから、聖者を嵌めて、妻と子を殺害する計画を立てた。だが、そう、上手くはいかなかった。親友だった女賢者がいて、嘆く聖者に言い寄ることはできなかった。だから、聖者に恐ろしい計画を吹き込んだ。
 計画が彼女の思惑だとは、気づかずに、聖者と賢者は、その計画に載ってしまった。賢者が全ての犯人に気づいたのは、後になってから。聖なる石が選んだ勇者の妻に、彼女が収まってから。賢者は、皆に知らせたが、皆、信じなかった。だって、本当に彼女は健気に見えるようにふるまっていたから。だから、賢者は、こんな手の込んだ方法で歴史を残した。
 夕月が、聖剣であったことを残すために聖者が作った歌を、賢者は利用した。硬い歴史書を書くフリをして、本に怒りをぶちまけていた。

 どうして、男は、あざとい女性にこうも簡単に騙されてしまうのか。
 賢者の怒りが、切々とつづられていた。

「わかる~。本当、あざといのに、すぐ騙されるのよね」

綾香先輩が、むくれている。過去に何かあったんだろうか。

「そうそう、ちょっと健気にされれば、すぐになびいちゃって」

 姫が、チラリとニセを見る。夕月が、フイッと横を向く。ニセが、自分を見られてびっくりしている。まさか、自分のことを言われるとは、夢にも思わなかったのだろう。いや、健気な女性、いいだろ。自分の前で可愛い仕草をしてくれれば、自分を想った態度をとってくれれば、嬉しくなるのは当然だろ?と、俺とニセは、目で会話をする。声には出せない。出す勇気は、俺にもニセにもない。

 なんだ、この時空を超えた女子会。女賢者と綾香先輩と姫。すっかり意気投合しているようだった。
 女賢者が、誰かに心を寄せていたのかは、綴られていなかった。単なる友情だったのかもしれない。全ては、歴史の闇の中。どんなことも、誰かが書き記さなければ、後世には残らない。残していたとしても、誰かが発見して、見つけなければ、闇の中にうずもれる。

 姫とニセが帰る日、あの愉快な従者たちが迎えに来た。新しい聖者を、従者は歓迎しているようだ。というよりも、あまりに酷い魔物の攻撃に、元魔王だろうが何者だろうが、早く何とかしてほしい、何とかしてくれるのならば、誰でもいい、というのが本音みたいだった。良かった。ニセも割とすんなり国民に受け入れられそうだ。

「こうなりますと、早く世継ぎが欲しいという欲が出てきますな」

ニセにくっついている姫をみて老修道院長が、余計なことをいう。他の従者も、ウンウンと首を縦に振って賛同している。今、ラブコメが始まったばかりだぞ? 結婚式でドン引きされる親戚のおっさんのような発言だ。案の定、ニセの顔が引きつっている。

「世? 世継ぎだと? 何の話だ」

ぶっ飛んだ話にニセは付いていけていない。顔が真っ赤になっているのは、色々想像してしまったのかもしれない。

「あら、素敵。剣精の私には子は産めませんので、楽しみです」

夕月が、楽しそうだ。いいんだ。それ。夕月的に。なんだか聖剣になってから夕月は何事もポジティブシンキングが過ぎる気がする。

「いいわね。子ども可愛いし」

姫ものたまう。姫、絶対意味分かっていないだろう。箱入りが過ぎて、全然言葉の意味がわからないのだろう。ニセだけが、とまどい、頭を抱えている。可哀想に。ニセの前途は多難そうだ。それもこれも、かつての自分が、邪悪過ぎたのが悪いのだと、あきらめろ。

 ワイワイと大騒ぎして、異世界の愉快な面々は、綾香先輩と俺が見送る中で、自分の世界に帰っていった。
疲れた。

「お疲れ様でした。綾香先輩」

「本当よね。突然現れて、嵐みたいに大騒ぎして帰って行ったわ」

二人して、苦笑いする。

「英司君、その……この間の言葉なんだけれども……」

綾香先輩が言いよどむ。
この間……。そうだった。すぐに死ぬんだと思っていたから、告白してしまっていた。

「あ~。申し訳ありません。えっと、気持ち悪い思いさせてしまいましたよね……」

どうしよう。忘れて下さいなんて言っても、無駄だよな。言ったことは、取り返せない。頭をかいて、思い悩む。どう言えば、いいんだろう。

「別に気持ち悪いなんて思っていないけれど。……でもね、私、この間、英司君のことを知ったばかりなの。名前も知らなかったのよ。姫達がここにくるまでは。だから……」

言い難くそうな綾香先輩。きっと、続く言葉は、「ごめんなさい」そんなことは、分かっている。気持ち悪がられなかっただけで、十分だ。ダサッの一言で終わった初告白よりもずい分マシではないだろうか。「気を使わなくても大丈夫ですよ。ちゃんと、あきらめますから」そう言おうと口を開いたが、綾香先輩の言葉の方が先だった。

「だから、ゆっくり遊んだり話したりしてから返事したいんだけれども、いいかな?」

「あ、え? ええと、俺が話し掛けても大丈夫ってことですか?」

「話し掛けてくれないと、お話できないじゃない」

「遊びに行くのに誘っても?」

「誘ってくれなきゃ、遊べないじゃない」

やっぱり、俺、あの時死んで、これは俺の妄想なのだろうか? 綾香先輩が、もじもじしている。全く脈無しだと思っていたから、少しでも可能性があるだけで嬉しすぎる。

「ありがとうございます。十分です。嬉しいです。その、返事がもらえる時を待っています」

俺の言葉に、綾香先輩が笑ってくれていた。
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