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中学二年生(友人と共に、事件、ゴタゴタを解決)

修学旅行 6

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 皆の注目を浴びていることに気づいて、

「あんまり見ないでよ。そんなに変?」
と、赤野君が頬を赤らめながら言う。

「変なんて……やばいくらい」
夏目君が、見惚れながら言う。

「やばい? そんなに駄目? まあ、いいや。笑いくらいはとれるだろ」

 どうやら、赤野君は、『やばい』の意味を、逆に取ってしまったようだ。

 赤野君は、お婆さんに踏み台を借りると、そのままトコトコと店の表に出て行ってしまった。

「あ、いや、そっちの意味じゃなくて、その……普通に可愛いって……」
夏目君が慌てて赤野君を追いかけて説明する。

「いいよ、別に。気を使わなくっても。僕自身も違和感しかなくって困っているんだ」

 一度逆の意味に取ってしまわれては、夏目君がどんなに説明しても赤野君には言い訳にしか聞こえていないようだ。

 それにしても、あんなに可愛いのに、赤野君自身はちっともそうは思っていないようだ。あのチョコチップクッキーのようにしか見えない犬といい、赤野君の美的センスはちょっとずれているのではないだろうか?

 店の前に立った赤野君に、沿道の観光客の視線が集まっている。
 突然、小さな土産物店から現れた着物姿の美少女。踏み台に載って、何かをしようとしているのは明らかだ。注目を集めるのも当然だろう。
 観光客の中には、赤野君にスマホを向けたり、カメラを向けたりしている人もいる。

「弘毅、一緒に歌ってね」

 小さな声で赤野君が祈るように、そう言う。弘毅……男の子の名前? 聞いた事のない名前だけれども、誰だろう。赤野君の特別な存在なのだろうか?

 僕の胸に、小さな痛みを伴うざわめきが浮かんで消えた。



 赤野君は、土産物店の前で、沿道に向かって、おもむろに歌い出す。『You Raise Me Up』。あなたがいるから、私は嵐の海にも立ち向かえ、高い山にも登っていける、という歌詞を英語で歌う。寄り添って傍にいてくれるあなたがいるから、自分は力を発揮できるのだと、綺麗な高い声で赤野君が歌えば、多くの観光客が立ち止まる。海外でも日本国内でも、世界的に有名なこの曲。興味がある人も多いのだろう。
 聖歌隊で歌っていたこともあるという赤野君。歌はすごく上手だ。

 一曲歌い終わった赤野君が、観光客の拍手の中で、英語で話し出す。
 どうやら、土産物店で買い物をすることを促しているようで、赤野君の歌に拍手を送っていた観光客が、次々と店に入って来る。
 赤野君は、お土産を買ってくれたお客様と談笑し、握手して、ツーショットの写真にも応じている。なんだか、即席アイドルの握手会みたいになっている。
 赤野君は、お土産屋で購入してくれた客には、露骨に親切に対応している。それを見た客は、赤野君と話すために、お土産を購入する。
 中には、あの高い傘を一つ購入して、その傘で赤野君と相合傘になってツーショット写真を撮る客までいた。
 赤野君の歌の効果が絶大だった。


 客の状況を見て、赤野君は、二曲目を歌う。『My Favorite Things』。サウンド・オブ・ミュージックという有名な映画の中の曲。薔薇のしずくに猫のひげ、ピカピカの銅のヤカン……そんなお気に入りを悲しい時には思い出す、そうすれば、気分は晴れる。赤野君の歌声は、沿道に響き、人々を魅了する。

「これで、良い流れができただろう」

何曲か歌って客の相手をしていた赤野君が、休憩に店の奥に座っている。

「見て。狙い通り、SNSにアップしている人が出てきた」

そういって赤野君が見せてくれた画面には、赤野君が歌っている姿の動画。

「いいのかよ。勝手に撮らせて」

松尾君が心配する。SNSに子どもの写真や動画をのせるのは危険だと、学校でも散々言われている。

「いいよ。だって、この姿は今日限りの物だし。お土産物屋さんの着物姿で歌う女の子は、明日には、この世には存在しない。それよりも、こうやって宣伝してくれれば、この店にとっては、メリットしかないし」

赤野君がニコリと笑う。

「そうやって、宣伝してもらって、店を知ってもらって。後はお婆さんの人柄で、リピーターや新しい客を掴めばいいんだ」

なるほど。

 要は、この赤野君のパフォーマンスは、お店のオープニングセレモニーと一緒なんだ。お店を開店するときに、何か注目を浴びるイベントをやって、客の目を向ける。一度目を向けさせて、興味を沸かせれば、自然とその中から新しい客がうまれるということだろう。


 何度かそうやって赤野君が歌って、僕たちも店の中で忙しく働いていた。
 だから、異変に全く気付かなかった。


 赤野君が忽然と姿を消したことに気づいたのは、閉店間際の事だった。

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