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中学二年生(友人と共に、事件、ゴタゴタを解決)
修学旅行 10
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赤野君が旅館に帰って来たのは、夜遅くだった。
そのまま病院に入院して帰宅するように木根刑事は勧めたのだが、赤野君はそれを拒否したのだという。
帰ってすぐ赤野君がしたのは、皆へのお礼の連絡。そして、僕らは、うまく赤野君に言葉をかけられなかった。
「探してくれてありがとう。……ごめんね。僕の判断が甘くて、心配をかけてしまったよね」
赤野君は、そう言ってニコリと笑った。
ようやく赤野君を探し出した僕らが見たのは、コンクリートの床の上に乱れた着物を着たまま突っ伏していた赤野君。
木根刑事が慌てて自分の上着を赤野君に掛けて、そのまま病院に連れて行ったから、赤野君に何があったのかを聞いた訳ではない。
だけれども、中学生の僕ら三人にも、何が起こったのかを想像できて、苦しかった。
そういう場合、男でも女でも、心に深い傷を負うものだと知っている。知っているから、僕らが心配していることも、赤野君を想っていることも、うまく伝えられない。
「大丈夫。僕は負けない。今度会ったら、必ず復讐する。あんな奴に負けっぱなしなんて嫌だ。僕に足りないところを分析して、もっと強くなる」
赤野君は力強く言う。
「赤野……。無理すんなよ」
夏目君が、赤野君にポツリと言葉をなげる。目には涙が溜まっている。
「俺らが、探すのが間に合わなかったから……」
松尾君の絞り出すような声。
「ごめんね」
僕も、かろうじてカラカラになった喉から声を絞り出す。
「大丈夫。夏目君達のせいではないよ。僕が、悪かった。甘く見過ぎたんだ」
赤野君は、僕らをまとめてギュッと抱きしめてくれる。
「キミたちには、僕は、感謝しか感じていないよ」
赤野君の言葉は優しい。
赤野君は、僕らが落ち着くまで、そうやって抱きしめてくれていた。
本当ならば、僕らが赤野君を慰めなければならないのに。本末転倒だ。
「僕の犬の絵を分かってくれるのは、キミたちだけ。お陰で助かったよ」
落ち着いた僕らに、赤野君がそう言ってくれた。
「うん。車を乗り換えられたことは、焦ったけれど、乗り換えた地点に簪を落としておいてくれたし、乗り換えた車に、犬の絵を彫ってくれていたでしょ? あれが、あったから見つけられたんだ」
僕は、捜索の時を思い出して答える。
車のナンバーから最初の車は、他のクラスの子が見つけてすぐ連絡を入れてくれた。けれども、その後が大変だった。最初の車の経路を追跡して、小さな駐車場で簪を見つけた。
そこから、防犯カメラで、次の車を特定して……。赤野君が捕らえられていた建物で、赤野君が描いた犬の形の傷がついた車を見つけた時は、夏目君、松尾君と一緒に歓喜した。
結局、間に合わずに、赤野君は被害にあってしまったけれど。それでも、生きていてくれてよかった。
「目隠し猿ぐつわ、手を縛られていたからね。痕跡を残すのに苦労したよ。それにしても、仙石みたいな大物はともかく、あの二人組まで捕まえられていないのは、残念」
赤野君がため息をつく。
せっかく防犯カメラで人相まで分かっているのに、赤野君を最初に攫った男たちは、まだ捕まっていない。
仙石にいたっては、それらしい人物を探すことにまず苦労しているらしい。前科のある人物の中に、仙石のデータは無かった。赤野君の体から採取したDNAなんかも、仙石本人がどこにいるのか全く分からないから、照合のしようがない。
よほど犯罪に精通した人物なのか、手がかりが仙石本人につながらない。
現在、刑事さん達が必死で捜索している。
木根刑事からの連絡が、赤野君のスマホに入る。
「もう。そのくらい考えてよ」
「どうしたの?」
「僕が捕まっていた建物を探索していたら、鍵の入った封筒を見つけたんだって。そこに、数字が書かれていたんだけれど。三桁、三桁、二桁。数字の大きさから考えても、どう考えてもマップコード。ググれって感じだよね」
赤野君は、そう言って怒るけれども、そんなの分かんないよ。
木根刑事が、赤野君にまず聞いてみようと思う気持ちも、分からなくない。
「きっと、そこのマップコードの範囲内のコインロッカーとかの鍵でしょ」
赤野君は、木根刑事に、そう返信する。
しばらくして、赤野君のスマホに連絡が入る。
「こんなの要らない」
赤野君の眉間に皺が寄る。
「どうしたの?」
「さっきのマップコードだよ。やっぱり、コインロッカーの鍵だったんだけれども、中身は、生首が二つ。僕を攫った犯人二人組。それに、『未来の花嫁へ』というメッセージカード」
「うわっ。それって、赤野宛ってこと? あの仙石とかいうヤクザからの」
夏目君が、ドン引きしている。
「ヤクザかどうかは分からないけれども、あれは、確かに裏社会に人間だろうね」
赤野君はいたって冷静だ。
「その、俳句みたいなのは?」
松尾君が、見せてもらった木根刑事の返信に書かれていた歌をみて首をひねる。
それの意味が分からなかったから、木根刑事は、赤野君に見つけてすぐに連絡をよこしたのだろう。
「君が行く 道の長手を繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも」
と書かれている。
例の『未来の花嫁へ』のメッセージカードの裏に書かれていたそうだ。
「和歌だよ。万葉集のね。本来の意味は、流罪になった夫に対して、あなたの行かなければならない道を天の火で焼き滅ぼしてしまいたい。一緒にいたい。という情熱的な愛の歌なんだけれども……」
赤野君が口ごもる。
「たぶん、この場合。僕の未来を焼き滅ぼしても、自分の方へ引き込んでやるっていう戦線布告かな? 本当、舐めているよね」
文脈によって、和歌は意味を変える。
流罪の夫に向けるならば、健気な妻の愛の言葉になるが、仙石が赤野君に贈るならば、その言葉は、邪悪な意味をはらんでくるということだろう。
「ま、返り討ちにする準備はするけどね」
シレッと赤野君は言ってのけた。
僕らの長い散々な修学旅行は、こうして終わった。
そのまま病院に入院して帰宅するように木根刑事は勧めたのだが、赤野君はそれを拒否したのだという。
帰ってすぐ赤野君がしたのは、皆へのお礼の連絡。そして、僕らは、うまく赤野君に言葉をかけられなかった。
「探してくれてありがとう。……ごめんね。僕の判断が甘くて、心配をかけてしまったよね」
赤野君は、そう言ってニコリと笑った。
ようやく赤野君を探し出した僕らが見たのは、コンクリートの床の上に乱れた着物を着たまま突っ伏していた赤野君。
木根刑事が慌てて自分の上着を赤野君に掛けて、そのまま病院に連れて行ったから、赤野君に何があったのかを聞いた訳ではない。
だけれども、中学生の僕ら三人にも、何が起こったのかを想像できて、苦しかった。
そういう場合、男でも女でも、心に深い傷を負うものだと知っている。知っているから、僕らが心配していることも、赤野君を想っていることも、うまく伝えられない。
「大丈夫。僕は負けない。今度会ったら、必ず復讐する。あんな奴に負けっぱなしなんて嫌だ。僕に足りないところを分析して、もっと強くなる」
赤野君は力強く言う。
「赤野……。無理すんなよ」
夏目君が、赤野君にポツリと言葉をなげる。目には涙が溜まっている。
「俺らが、探すのが間に合わなかったから……」
松尾君の絞り出すような声。
「ごめんね」
僕も、かろうじてカラカラになった喉から声を絞り出す。
「大丈夫。夏目君達のせいではないよ。僕が、悪かった。甘く見過ぎたんだ」
赤野君は、僕らをまとめてギュッと抱きしめてくれる。
「キミたちには、僕は、感謝しか感じていないよ」
赤野君の言葉は優しい。
赤野君は、僕らが落ち着くまで、そうやって抱きしめてくれていた。
本当ならば、僕らが赤野君を慰めなければならないのに。本末転倒だ。
「僕の犬の絵を分かってくれるのは、キミたちだけ。お陰で助かったよ」
落ち着いた僕らに、赤野君がそう言ってくれた。
「うん。車を乗り換えられたことは、焦ったけれど、乗り換えた地点に簪を落としておいてくれたし、乗り換えた車に、犬の絵を彫ってくれていたでしょ? あれが、あったから見つけられたんだ」
僕は、捜索の時を思い出して答える。
車のナンバーから最初の車は、他のクラスの子が見つけてすぐ連絡を入れてくれた。けれども、その後が大変だった。最初の車の経路を追跡して、小さな駐車場で簪を見つけた。
そこから、防犯カメラで、次の車を特定して……。赤野君が捕らえられていた建物で、赤野君が描いた犬の形の傷がついた車を見つけた時は、夏目君、松尾君と一緒に歓喜した。
結局、間に合わずに、赤野君は被害にあってしまったけれど。それでも、生きていてくれてよかった。
「目隠し猿ぐつわ、手を縛られていたからね。痕跡を残すのに苦労したよ。それにしても、仙石みたいな大物はともかく、あの二人組まで捕まえられていないのは、残念」
赤野君がため息をつく。
せっかく防犯カメラで人相まで分かっているのに、赤野君を最初に攫った男たちは、まだ捕まっていない。
仙石にいたっては、それらしい人物を探すことにまず苦労しているらしい。前科のある人物の中に、仙石のデータは無かった。赤野君の体から採取したDNAなんかも、仙石本人がどこにいるのか全く分からないから、照合のしようがない。
よほど犯罪に精通した人物なのか、手がかりが仙石本人につながらない。
現在、刑事さん達が必死で捜索している。
木根刑事からの連絡が、赤野君のスマホに入る。
「もう。そのくらい考えてよ」
「どうしたの?」
「僕が捕まっていた建物を探索していたら、鍵の入った封筒を見つけたんだって。そこに、数字が書かれていたんだけれど。三桁、三桁、二桁。数字の大きさから考えても、どう考えてもマップコード。ググれって感じだよね」
赤野君は、そう言って怒るけれども、そんなの分かんないよ。
木根刑事が、赤野君にまず聞いてみようと思う気持ちも、分からなくない。
「きっと、そこのマップコードの範囲内のコインロッカーとかの鍵でしょ」
赤野君は、木根刑事に、そう返信する。
しばらくして、赤野君のスマホに連絡が入る。
「こんなの要らない」
赤野君の眉間に皺が寄る。
「どうしたの?」
「さっきのマップコードだよ。やっぱり、コインロッカーの鍵だったんだけれども、中身は、生首が二つ。僕を攫った犯人二人組。それに、『未来の花嫁へ』というメッセージカード」
「うわっ。それって、赤野宛ってこと? あの仙石とかいうヤクザからの」
夏目君が、ドン引きしている。
「ヤクザかどうかは分からないけれども、あれは、確かに裏社会に人間だろうね」
赤野君はいたって冷静だ。
「その、俳句みたいなのは?」
松尾君が、見せてもらった木根刑事の返信に書かれていた歌をみて首をひねる。
それの意味が分からなかったから、木根刑事は、赤野君に見つけてすぐに連絡をよこしたのだろう。
「君が行く 道の長手を繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも」
と書かれている。
例の『未来の花嫁へ』のメッセージカードの裏に書かれていたそうだ。
「和歌だよ。万葉集のね。本来の意味は、流罪になった夫に対して、あなたの行かなければならない道を天の火で焼き滅ぼしてしまいたい。一緒にいたい。という情熱的な愛の歌なんだけれども……」
赤野君が口ごもる。
「たぶん、この場合。僕の未来を焼き滅ぼしても、自分の方へ引き込んでやるっていう戦線布告かな? 本当、舐めているよね」
文脈によって、和歌は意味を変える。
流罪の夫に向けるならば、健気な妻の愛の言葉になるが、仙石が赤野君に贈るならば、その言葉は、邪悪な意味をはらんでくるということだろう。
「ま、返り討ちにする準備はするけどね」
シレッと赤野君は言ってのけた。
僕らの長い散々な修学旅行は、こうして終わった。
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