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高校三年生(今までの応用です。暗号・トリック・事件・サイコパス……)

猫は暗号を運ぶ7

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 たどたどしい元子さんの説明だが、婦警の制服は絶大だったようで、中から家人が出てきてくれた。
 寺井さんの同級生のお母さんといったところだろうか?五十歳くらいの女性。

 その女性の後ろから顔を出した男は、ずいぶん若い。
 短髪のがっしりした男。警戒しながら、中からこちらをうかがっている。

「あの……猫が最近、傷つけられている事件がありまして……」
元子さんが、適当なことを言う。

「は? 私達に何の関係があるというの?」
女性は眉間に皺を寄せる。

「近所で猫を見失って、この家の辺りで消えたんだ。そんな事件があって物騒でしょ? だから、早く見つけたいんだけれども、庭に入って探索してもいいか聞こうと思って」
ニコリと赤野が笑う。

「なんだそれ。そんなの許可する訳が…………」

ギャーッ!!!!

家の奥から、突然男性の叫び声が上がる。

「何? 事件?」

「た、ただのテレビだろ……」

「大変!! 見に行かないと!!」

「お、オイ!!」

かなり強引なやり取りの末に、俺達は慌てて家の中に入る。
手あたりしだいに家中の扉を開けて、先ほどの叫び声の発生源を探す。

「お前ら、人の家を勝手に!!」

インターフォンを押して出てきた男性も女性も、慌てて俺達を引き留めようとするが、同時に動き回る六人を引き留めることは困難だ。それに、一人は婦警。強引な手も出せない。

「見つけた!! ノノもいるよ!!」
今井が、一番奥の部屋の扉を開けて叫ぶ。

 奇妙な造りの扉。外から施錠できるようになっている。
普通、こういう室内ドアは、内側から鍵をかけられるようになっているだろう? まるっきり逆だ。
窓には格子が嵌められ、逃げられないようにしている。
簡易トイレが一つ。
異臭が立ち込める室内。
こんなの、監獄と一緒だ。

 そして、部屋の中には、衰弱して倒れた男と、それを見守るノノ。
 男の手には、ノノの首輪が握られている。

「え、遠藤君……?」
寺井さんの言葉に、嬉しそうに衰弱した男は、首をゆっくり縦に振った。


 後日、元子さんは教えてくれた。

 衰弱した男は、寺井さんの小学校の同級生で、遠藤進えんどうすすむ。彼は、半年ほど前から、母親とその内縁の夫に監禁されていた。

 監禁の目的は、保険金。
 マザコンの息子が、母親の内縁の夫に嫉妬して、食事をとらなくなって衰弱死したという筋書きだったらしい。

 あの小さな指は、進の弟の指。数年前に亡くなった。
 小学校に行きたがっていた弟のことを想い、進が、遺体から指を切り取って、小学校の桜の木の下に埋めた。
 
 監禁された進は、もしかしたら、弟は殺されたのでは? と言っていた。今、桜の木の下から掘り起こした指を鑑定に回して、その辺のところを調べているらしい。

 ノノは、昔からよくそこを訪れていたから、進は、ノノに一縷の望みを託して、助けを求めたのだという。

「なんで助けてって書かなかったの?」
俺が聞けば、

「それは、母親たちに見つかると大変だからでしょ? だから、暗号で出てくるメッセージの内容も、弟の指を埋めた場所。もし解読されても、母親たちには、何のことだか分からないようにしたかったんだよ。」
と赤野は言う。

指が出て来れば、警察が動くだろう。
自分が書いたとは分からなったとしても、調べれば、母親の犯行は明るみに出る可能性はあるし、ひょっとしたら、自分も助かるかもしれない。そんな思いが託された暗号だったのだと。

とにかく、生きている間に見つけることができて良かった。

「そう言えば、赤野は、あの首輪に何て書いたの?」

「あれ? あれはね、『信じて叫べ、必ず助ける』って書いた」

だからか。だから、遠藤はあの時あんな叫び声をあげたんだ。
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