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生まれ変わり、彼との再会
しおりを挟む夜の森は、風が止んでいた。 焦げた匂いが、微かに鼻を掠める。遠くで燃え落ちていく屋敷の光が、黒煙とともに夜空を染めていた。 私はその光を見つめながら、無意識に拳を握りしめていた。
──あの人が、また火に包まれている。
前世の記憶自体は幼い頃からずっと保有していた。事故で亡くなった際のからの痛みや心の苦しみを長い歳月をかけてゆっくりと癒した為、彼に対するちょっとした復讐心以外は殆ど無くなっていた。
時には前世の両親や親友だった人と再会し昔話に花を咲かせる事もあった。
そんな私が生まれ変わった彼の領地に辿り着いたのは、ほんの数日前だった。
ふと何かに惹かれるようにやって来たここは空気が澄み渡り、どこまでも穏やかな場所だった。
リュシアン・アルバート。
この国の北方の領土を治める貴族で、二十五歳の若き領主。 どうやら彼は幼い頃から、感情の薄い男だと噂されていたようだ。滅多に笑わず、涙も見せない。魂が欠けているような、冷ややかで空虚な瞳をしていたという。
だが、私は知っている。 あの目に仄暗く宿る影が、どんな記憶を抱いているのかを。
そして今──リュシアンが前世を思い出してしまった事により、世界の均衡が崩れ去ってしまった。前世の業が再び燃え広がり、彼はまた人々の手で焼かれようとしていた。 かつての記憶を持つ人々は、誰も彼の真実を知ろうとせず、ただ「前世の罪人」を裁くことに酔っていた。 それは、二度目の地獄だった。
突然の出来事に思わず目を閉じた瞬間、あの日の炎が脳裏を灼いた。 燃えさかる処刑台、立ち上る灰、炎の向こうに見えた彼の影。 そして、彼が息絶える直前に私の名を呼ぼうとした唇の動き。
私は気がつけば、燃え落ちる屋敷の方へと駆け出していた。
◆
森の奥、風の通らぬ湿った場所で、私はようやく彼を見つけた。 鬱蒼と生い茂る木々の間、焦げた衣をまとった彼は、幹にもたれかかるように倒れていた。 美しい顔貌の片側は火に焼かれ、血と灰に塗れたその姿は、あまりに痛ましかった。
「……リュシアン」
呼びかけると、かすかにまぶたが動いた。 焦点の合わない瞳がこちらを見た時、私は息を呑んだ。 その目に宿るのは恐怖──そして、現在まで癒されること無く心に焼きついた炎の記憶だった。
「火は…熱いのは、もう…嫌だ……」
彼の唇が、かすれた声を漏らす。
「また……燃える……」
私は震える手で火傷を負っていない側の彼の頬に触れた。冷たい…まるで命の境に立っているようだった。 かつての私は彼を憎んだ。愛して、そして裏切られた。 その痛みをずっと抱えて生きてきた。けれど、いま目の前にいる彼は──過去の罪に焼かれ、前世の罰に沈む哀れな人間にすぎなかった。
「もう、大丈夫。火はこの場所まで追って来ない。」
私はそう言いながら、自分の外套を脱いで彼の身体を包んだ。 その時、彼の指が私の袖を掴んだ。弱々しく、けれど確かに。
「……どうして……助ける?」
その問いに、言葉は出なかった。 復讐のためにここへ来たはずだった。 ざまぁみろと嘲笑って彼がどんな顔で命を乞うか、その顔を見て満たされようとした。
けれど──そんな感情は、今の彼を見た瞬間に霧のように消え去っていた。
「……わからない。ただ……貴方を見捨てられなかった。」
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