流血剣士の恩返し

黒狐

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第三章 森林にて

10.窮地

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 火薬玉による魔物の誘導作戦は順調に進んでいた。森の中を静かに進みながら魔物を誘い、ラント村から遠ざけていく。

 自警団や冒険者達も、従属していた魔物達としっかり応戦しているようで、こちらに現れたのはS級の魔物のみ。
 後少し誘導できれば、ラント村の区域から完全に外れる。そうすれば、クレッド達も気兼ねなく全力で魔物を討伐できるはずだ。
(あと少し……あと少し、村から離すことが出来れば……)
 ラディウスは慎重に魔物の後を追いながら、額を流れる汗を乱暴に拭った。
 火薬玉を投げる動作自体は単純だが、反復すれば確実に疲労が蓄積していく。魔物に自らの存在がバレないよう気配を消しながら移動している為、脚と火薬玉を投げている肩は鈍く痛み、呼吸は荒い。それでも、あと少し耐え切れば作戦は完了する。

「はぁ……はぁ……。ここまで来たら、大丈夫だろう……!」

 わずかに安堵を浮かべ、残り僅かとなった火薬玉に手を伸ばしかけた、その瞬間だった。

 ――ドゴォンッ!!!

 突如空気を震わせる衝撃音が森を貫くと、続けてメキメキッと嫌な音を立てながら木々が無残に押し潰されていった。
 ラディウスが反射的にそちらへ視線を向けると、木の陰から巨大な影が姿を現した。

「なっ……こいつ、一体じゃ無かったのか……!?」

 ──そこには、S級の魔物がもう一体いた。
 姿形は同じ、体長三メートルをゆうに超す熊のような魔物。圧倒的な質量を持つ魔物が、地面を抉りながらラディウスに迫って来ていた。
 攻撃を避ける為慌てて茂みに身を投げ出すとガサリと音が鳴ってしまい、今まで誘導してきた魔物までもがラディウスの存在に気づいてしまった。

「ッ……!まずい事になった……!」

 狭い森の中で、S級の魔物二体に囲まれる最悪の状況。息を呑む暇すらなく、魔物の鉤爪が容赦なく振り下ろされる。

「ぐッ……!うぅ……っ!」

 回避したつもりでも、鋭い爪先が脇腹を掠め、熱と痛みが奔った。外套はいとも簡単に破れてしまい、皮膚が裂けて血が滴り落ちる。

「……くそッ!」

 呻きながらも細剣を抜き放ち、迫る巨体に斬りつけた。しかし、魔物の膂力と勢いは人の域を遥かに凌駕している。
 斬撃は肉を浅く裂くに留まり、逆に大きな前足で薙ぎ払われてしまい、吹き飛ばされたラディウスの身体は木へと強かに叩きつけられた。

「……がはッ!!ぐ、ぅ……!!」

 骨が軋む嫌な感覚。視界が暗転し、肺からは空気と共に血が逆流する。何とか立ち上がろうとした瞬間、今度は二体目が横から飛びかかってきた。
 間一髪で身を捻り避けるも、再び強い衝撃で地面を転がり、口の中に砂が入り込んでしまい血と混じり合った。肺がジリジリと焼けつくように苦しい。
(このままでは……!すぐに限界が来る……!)
 脳裏をよぎるのは、自警団、冒険者、そして村人達の顔。ここで倒れれば、次に狙われるのは間違いなく彼らだ。
(クレッド達には止められていたが……仕方がない!)
 裂けた脇腹に手を当てると、鮮血が掌を濡らした。
 次の瞬間、その血液が意思を帯びて刃の形に変わり、幾筋もの鋭利な武器となって宙を走る。

「――喰らえぇッ!!」

 血で出来た赤黒い閃光が魔物の体を切り裂き、咆哮が森に轟いた。巨体が一瞬怯んだ隙を突き、ラディウスは膝をつきながらも立ち上がる。
 だが、血を失った体は急速に冷え、足は震え、意識は霞んでいく。それでも、自らの武器である細剣を手放すわけにはいかなかった。
 幾度も細剣と血の刃による攻撃を繰り返し、ついに一体を仕留めることには成功した。
 だが、勝利の余韻に浸る間もなく、残った一体が背後から鉤爪を振り下ろした。

「――ッ!?」

 回避は間に合わず、身体が地面へと叩きつけられる。

「あ゛っ……!ぐ、は……ッ!!」

 骨が砕けてしまいそうな激痛と共に、口から血がゴポリ…と溢れ出した。胸部が深々と裂かれ、外套がより一層赤黒く染まる。
 それでもラディウスは必死に立ち上がろうと腕に力を込めた。だが無情にも魔物は容赦なくその身体を踏みつけ、鉤爪で肉を抉る。

「ぐ……あ゛……ッ!!」

 何度も踏みつけられ、次第に意識が遠のいていく。傷口や内臓が激しく揺さぶられ、全身が悲鳴を上げる。
(ここで……意識を失ったら……確実に……喰われる……!)
 血に濡れた視界の中で、必死に意識を保ちながら仲間達の顔を思い浮かべる。クレッドやパーティーの皆、果樹園のアイラ、そして村の人々。
 守ると誓った大切な存在に、心の中で謝罪する。
(クレッド……アイラ……皆……すまない……)

 再び鉤爪が振り上げられるのを朧げに見届けた瞬間、限界を超えた意識が暗闇へと呑み込まれていった。
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