流血剣士の恩返し

黒狐

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第二章 一方、彼らは パーティーメンバーside

6.彼との出会い クレッドside

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クレッドside

 彼と出会ったのは、今から約二年前のことだった。
 王都から遠く離れた辺境の村。地図にも載らないような小さなその村を、俺たちはたまたま通りかかった。
 雨上がりの夕暮れ、湿った土の匂いと茜色の空が混じる静かな道を歩いていた時、ふと脇の古びた納屋から微かに聞こえてきた物音に足を止めた。

 ──それが、ラディウス・ハイマーとの出会いだった。

 誰にも使われていないはずの納屋。
 その奥、藁と埃まみれの床に縛られていた彼は、まるで“物”のように扱われていた。
 痩せた身体には大小様々な切り傷が刻まれ、血で赤く染まったシャツは既に乾いて皮膚に張り付いていた。
 それでも彼は、小さな窓から外をじっと見つめていた。
 その瞳に宿る光が、不思議なほどに消えていなかったことを、今でもはっきり覚えている。
 声をかけると、彼は驚く様子もなく、ただこちらを見た。
 警戒も怯えもない、曇りのない目。だが、そんな姿がかえって異様に見えた。

 「……何故、ここから…この状況から逃げない?」

 俺がそう尋ねた時、ラディウスはまるで当然のことのように、こう答えたのだ。

 「血を流すことは、鮮血魔術の研究には必要なことだろう。」

 その言葉に、背筋が凍るような感覚を覚えた。
 自分より年上の青年が、まるで当然であるかのように、自らの苦しみを正当化して受け入れている。
 彼にとって、“痛み”は生きるための条件で、肉体に受ける“傷”はその代償だった。
 後から聞いた話によれば、ラディウスはある日を境に、突然として鮮血魔術の能力を発現させたという。
 それを機に、彼の家族──正確には、義父母は、彼の魔術を「実験材料」として扱うようになった。
 唯一の例外が、彼の義弟。
 まだ幼く親の悪意に染められていないその子だけが、時折ラディウスのいる納屋に向かい、細やかな交流をしていたという。
 だが、そのわずかな優しさが彼に希望を与えることはなかった。
 そもそも彼は、自分が虐げられることを当然の報いだと思っていた上、絶望すら感じていなかった。

 ──そんな歪な地獄のような環境から、どうにか彼を助け出した。
 傷だらけの身体に簡易の治療を施し、後から納屋に到着したシャルムに頼んで、ラディウスの家族全員へ認識阻害の魔術をかけさせた。
 シャルムの魔術は完璧だった。
 家族たちはまるで最初からラディウスなど存在しなかったかのように振る舞い、「義弟だけが実の子」と記憶を改ざんされたまま、あっさりと彼を手放した。
 こうして、ぼんやりとした表情のままのラディウスを、俺たちは納屋から連れ出したのだった。

 ──そんな過去があったからこそ。
 今でも鮮明に思い出す。

 冒険の最中、ラディウスが自らの身体に傷をつけ、魔術の発動と引き換えに血を流す姿を。
 そして、戦闘後に貧血で倒れこむ彼を、ハイレンが何度も何度も癒し続ける姿を。
 彼が傷つくたび、心の奥が締めつけられた。
 鮮血魔術が、彼自身を縛る鎖のように思えてならなかった。
 魔物の出現が激しくなってきた今──
 戦闘の機会も増え、彼の身体に掛かる負担はさらに重くなる。
 だからこそ、俺は決断した。
 彼を守るために、戦闘から一時的にでも離れてもらおうと。
 ……そのつもりだった。
 そう、あれはラディウスを守るための判断だったのに。
 結果として、彼は俺たちのもとからいなくなってしまった。
 ──あの時ほど、自分の言葉足らずを呪ったことはない。
 今、俺たちは再びギルドに戻り、各地の魔物を討伐する任務を受けている。
 ラディウスの捜索は、しばらく後回しにせざるを得ない。
 だが、それでも──
 彼を見つけ出してみせる。
 どれだけ時間がかかっても、どれだけ困難が待ち受けていようとも。
 ──大切な仲間の一人を、絶対に。

 ポケットにしまっていた小さな手紙を指先でそっと撫でる。
 その紙の温もりに、確かに宿る彼の存在を感じながら。
 俺たちは、魔物討伐のために宿屋を後にした。
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