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第2章 心も女性に

6話 女性として生きる

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 最近は、本当に、体だけじゃなく心も女性になっちゃったみたい。かっこいい男性がいると、目で追ってる自分に気づく。なんか、素敵な彼に優しくしてもらいたいって、気付くと想像している。男にチヤホヤされると嬉しくなっちゃう。

 体も、生理があるから女性ホルモンとかいっぱい出ているんだと思う。生理が明けると、どうしてもエッチしたくなっちゃって、気づくと自分でやってるの。止められない。そんな時に、私を抱いてって思うのはおかしいの?

 私のこといっぱい聞いてくれて、ぐいぐい引っ張って行ってくれて、いつも優しくしてくれる彼が欲しい。

 そんな時、出会い系サイトで出会った人と恋が始まった。彼は、落ち着いていて、大人で、どんな話しをしても、そうだね、そうだねと聞いてくれた。

 親がお金持ちらしくて、スポーツカーで、海辺とかに連れて行ってくれたり、おしゃれなレストランに一緒に行ったり、いつも、新しいことが経験できて、本当に好きになった。

 この前も、私が好きそうな曲を集めてみたって、車の中で、流してくれた。好きな音楽がずっと流れるのはいいんだけど、それ以上に、私のことずっと考えて、どんな曲がいいかなって私のために時間を使ってくれたことが嬉しい。

 やることなすこと、本当に大人の男性で、いつも、私のことを姫様にしてくれる。ベットの上でも、本当に紳士で、私の気持ちを一番に考えてくれてる。

 しかも、ただ、私をチヤホヤするだけじゃなく、大人として怒ってもくれるの。この前、レストランのお皿に髪の毛が入っていたから、お店の人にこのお皿交換してって怒ったら、相手も誠意を持って作ったんだから、言い方は気をつけなさいって怒られた。

 やっぱり、上品という言葉がそのままって感じ。顔も、爽やかで、とっても均整が取れていて西洋の彫刻みたい。そんな人から、大切にされる私も一流ってことでしょ。

 また、彼は、急成長のベンチャーの社長。ニュースとかでも、今後も、成長が間違いないって。目の付け所がいいのよ。

 私、初めて、この人の子供産みたいって思っちゃった。お金じゃないのよ。この人の遺伝子がほしいってことなのかな。よくわからないけど、体が欲するの。

 この人と一緒に暮らし、子供もいつも笑顔で走り回ってる。そんな生活って、理想じゃない。昔、子供を産むなんて考えられないなんて思ったけど、今は、そんなことを考えていた自分が理解できない。

 私、早く、この人の子供が欲しい。子宮がそう言ってる。赤ちゃんがお腹にいて、一緒に音楽聞いたりとか、足でお腹を蹴ったりとかしたら、本当に愛おしいと感じるんだと思う。

 最近は、道路でお母さんと一緒に歩いてる幼稚園児とかみると、本当に可愛らしい。ベビーカーを推してるお母さんとかみると、ずっと眺めちゃっていて、お母さんから、抱いてみますかなんて声をかけられちゃう。

 赤ちゃんって、いい匂いだし、このあどけない笑顔が本当に可愛い。私も、早く欲しいの。いつの間にか、女性が子供を作りたいって気持ちも共感できるようになっていたのね。どこからみても、女性になってる。

 ただ、ある時、道端で、彼が知らない女と一緒に歩いているのを見かけたの。その時、今から思うと、私の目は吊り上がっていたんだと思う。

 誰、あの女。少し、後をついて行ってみよう。あれ、今度は別の男と歩いている。あの女、男っていえば見境もなく近寄って、人の男を奪っていく、メス狐だわ。あんな女は彼にはふさわしくない。写真撮って、本当の姿を彼に見せつけてやる。

 今から思うと、どうしてあんな非論理的なことしちゃったんだろうと思うけど、その時は、自分の気持ちを抑えられなかった。

「健一さん、この前、この女性と一緒にいたでしょう。この人と会うのやめた方がいいわよ。この人、この写真の通り、健一さんと別れたすぐ後に別の男性と一緒に歩いていたし、なんか、お水の商売している人っていう噂聞いたし。やめといた方がいい。」
「水商売っていうのは誰から聞いたの。」
「それは、誰だったかな。」
「それは違うよ。彼女は、今、仕掛けているビジネスのお客さまとして狙っている会社の社長だ。若いけど、実績もあり、しっかりとしたビジネスウーマンだ。どうして、そんなゲスなことを言うんだい。」
「あなたにふさわしくないと思ったから。」
「彩、君はそんな人だったのか? 残念だ。」
「いや、私は間違っていない。」
「少し、距離を置いてお互いに冷静になった方がいいね。」
「待って。嫌いにならないで。」

 そんなやりとりの後、彼とは連絡が取れなくなってしまった。いつの間にか、嫌いだった女性の言動そのものをしてしまっている。どうしてなの。

 日は過ぎ、私は就職活動をしていた。

「彩、どう上手く行っている?」
「難しいね。男女平等って、本当なのかな。なんか女性だけ、落とされている気がするの私だけ。」
「どうだろうね。でも、頑張んないと。」

 そうこうしているうちに、とりあえず、社員数は少ないけど商社の秘書に内定をもらった。そして、入社日が訪れた。

「糸井さん、君のデスクはここ。当社は小さいから、なんでもやってもらうよ。まずは、これコピーしてきて。」
「はい。」
「それから、今夜は、糸井さんの歓迎会だから、でてね。」
「気を遣っていただき、申し訳ありません。もちろん、参加させていただきます。」

 その夜の歓迎会は、ひどいものだったわ。酔っ払った勢いで、私の体を触る人もいるし、男性達は脱いで全裸で踊る、そんな雰囲気だった。でも、私は、愛想笑いしかできず、触られても、嫌と言うと、その場の雰囲気を壊すと思い、言い出せなかった。

 この会社、間違ったかな。でも、この人達以外にも社員はいるし、いい彼見つけて、すぐに辞めてしまおう。でも、寿退社なんて、いつからそんなこと考えるようになったんだろう。女性なんてめす豚で、けがらわしいとしか見えなくなっちゃった。

 そして、私も、そのけがらわしいめす豚の1人。周りにいる女性を、引きずり下ろすことばっかり考えて、陰で人の悪口言って、その人の前では、あなたの味方だからって微笑んでる。

 男性にモテる女性を見ると、彼女、素敵よねって、その男性に言いながら、でも、前に二股で問題になってたわよ、あなたが不幸にならないように秘密だけどアドバイスしておくねなんて、その女性を貶めてる。

 私も含めて、女性って、本当に汚い生き物なんだから。男性のように、素直にまっすぐ行きたい。

 でも、もう忘れてきたけど、私って、男性だったんだよね。その頃から夢とかなかったけど、今は、男性に気に入られることばっかり考えて、話していても、いつも、男性に嫌われないようにごまかしてばっかり。

 自分で意見を言うのも忘れちゃった。ヘラヘラと愛想笑いばっかりして、本当に自分が嫌い。死んだ方が世の中のためかもね。

 なんか、前の彼とは結婚を夢見てたけど、もう別れてしまって、これから楽しいことなんてあるのかな。誰かと結婚しても、家を出ることなく、旦那の奴隷になっていくのかしら。私、何もできることないし、なんのために、ここにいるの。私って、ダメな人。周りの人も、誰も幸せにできていない。

 理恵だって、健一さんだって、みんな私から離れて行ってしまう。それは私がダメな人だから。それでいて、いつも男性に大事にされたいって。本当に矛盾してる。そんな資格ないのに。だめ、だめ、だめ。こんな私だから、みんな、私のこと嫌いなんだわ。

 私のこと思ってくれる人、1人もこの世の中にいないんだ。親も、きっと私のこと嫌いだったのよ。だから、東京の大学の寮に入れて、せいせいしていたに違いない。きっとそうなの。私は、大学でも、みんなから嫌われていた。そう、何もできないし、へつらうだけで、生きる価値がない人だから。

 目には涙いっぱいでフラフラと横断歩道を渡っている時、突然、正面から車のライトがひかり、眩しくて何も見えなくなった。急ブレーキの音が聞こえ、道路に横たわった女性の頭からは血が流れ、呼吸は途絶えていた。
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