純愛

一宮 沙耶

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第1章 秘密

7話 神宮前

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月に2回ぐらい、週末に莉菜と一緒に散歩とか出かけている。
投書の件は落ち着いたけど、表情からは悲しみが溢れ、心労も多そうだった。

婚約者が亡くなったからと周りが気を使うので少し孤立しているようでもあった。
だからか、クラスでは馴染めていない私とは境遇が近いって思っていたのかもしれない。

莉菜は、昔から清純な色彩のワンピが好き。
いまでも、それは変わっていない。
最近は少し涼しくなったのか、紺色の花柄のワンピに、薄手のカーディガンを羽織る。

ハロウィンの翌週の土曜日、コスモスが一面に広がる昭和の記念公園に一緒に来ていた。
秋のブーケガーデンに咲き誇るコスモスは圧巻。
ワンピ姿の莉菜が、コスモス畑を背景に輝く。

「ここのコスモスは圧巻ね。コスモスは可愛らしいし、繊細な感じで、とっても素敵。」
「莉菜さん、知っていました? コスモスは繊細に見えるけど、結構、丈夫で、痩せた土地でも元気いっぱいに育つんですって。」
「そうなんだ。なんか、聖奈さんみたいに元気なのね。」
「莉菜さんも元気でしょう。」

女性どうしで笑い合う、外から見れば微笑ましい二人に見えるに違いない。
二人とも心を病み、必死にもがき苦しんでいるのに。

「しかも、コスモスの花びらが均等で、秩序という意味で宇宙と同じ語源なんだって。」
「聖奈さんって、物知りなのね。」
「英語の先生なのに、コスモスでぴーんとこなかったんですか?」
「今日、初めて気づいたわ。あはは。」
「それで、コスモスの花言葉は、秩序とかあるんだけど、乙女の真心とかもあるんだって。莉菜さんにぴったり。」
「もう、乙女という年齢じゃないから、やめてよ。」
「私にとっては、いつまでも莉菜さんは乙女ですよ。」
「おだてても、何も出ないわよ。」

私達は、ずっと笑い続けていた。
今の二人は深い所で結ばれていて、何があっても信頼は崩れない。
この時間がずっと続けばいい。
でも、莉菜の笑顔は長い間、続かないことは知っている。

ところで、私のことで言えば、最近、思うことがある。
女性の体になり、見える風景や、感じる気持ちが少しづつ変わってきている気がする。
昔は、コスモスをみて、こんなに心が震えることはなかった。

莉菜と、とりとめもない会話を続け、一体感を楽しむ時間も増えた。
昔の会話といえば、結論を出すだけのものが多かったのに。
会話の中身よりも、莉菜と一緒に時間を過ごしているという感覚を楽しんでいる。

昔は、自分が悪く、謝りたいと思うことは少なかった。
今は、なんでも自分のせいだと考える自分がいる。どうしてだろう。
事故を経て、いろいろな感情を乗り越えてきたからかもしれない。

でも、莉菜が好きだった元の自分からどんどん離れていくことに悲しさを感じた。
女性の体でも莉菜は見守れるけど、限界もある。

私が望んで生き残ったわけではない。
でも、そんなことを悩んでいても仕方がない。
前に進み、莉菜の心を少しでも穏やかにすることが、私に残された使命。

いずれにしても、莉菜の心を少しでも華やかにできればと思い、ここに連れてきた。
莉菜の足は、軽やかに舞っている。少しは効果があったのだと思う。
清楚なワンピに、軽やかな足取り。

昔、よく見ていた莉菜が目の前にいる。
私を振り返る笑顔は私の目をくぎ付けにする。
でも、それは、空元気だということも私は知っている。

1週間前に家に行ったときも、悲しみに包まれていた。
とびっきりの笑顔とは真逆の腫れた目を見ると、昨晩も、一人で泣いていたに違いない。
でも、こうやって、一歩いっぽ元の莉菜に戻していくしかない。

公園で、11月の最後の週、莉菜に、神宮前の銀杏並木を見に行こうと言ってみた。
懐かしいから是非行きたいと返事がある。
莉菜との思い出の場を選んでるんだから、そう言うことは分かっている。

今日は、外苑前に2人で来ていた。
莉菜のコーデは、付き合っていた頃に見たことがあった。
グレーのワンピに、アイシーパステルのカーディガン。

まだ、この服を持っていたのだと懐かしく思う。
私と付き合っている頃を思い出す。
莉菜も、この場所で、私との思い出に浸るために、このコーデにしたのかもしれない。

あの時と変わったのは、莉菜が痩せ細り、顔が疲れ切っていることだけ。
それが私の胸を圧し潰そうとする。
ただ、声は明るく、体調は戻ってきているようにも見えた。

「ここの銀杏並木って、特別よね。圧倒的な迫力で銀杏が並んでるっていうか、黄色一色の世界。すごいという言葉しかでない。」
「本当に、綺麗の一言ですよね。私は、一面黄色いこの景色も好きだけど、太陽にかざした1枚の銀杏の葉っぱを見るのも大好きなんです。木の葉だと木漏れ日って言うのでしょうけど、銀杏だと何と言うのかな。とっても、葉っぱが鮮やかな色になって、そこに太陽の光がキラキラして、本当に綺麗。」
「私も、その気持ち、分かるわ。紅葉とかもそうだものね。あれ、聖奈さんの頭に銀杏の葉っぱが。なんかアクセサリーみたいで素敵よ。」

紅葉という言葉の語気が強まる。
あのプロポーズの日のことを思い出したのかもしれない。

でも、莉菜が私を女子高生としか見ていないことには慣れた。
この姿をみれば、莉菜の反応の方が正しい。
私も、最近は、この体に違和感を感じなくなっている。

「それだったら、ずっと付けておこうかな。銀杏並木を過ぎると、変な人かもしれないけど。ところで、この銀杏並木はなくなっちゃうとかニュースに出ていた記憶があるんですけど、なくならないといいですね。」
「本当に。ところで、なんか、聖奈さんにいう話しじゃないんだけど、とは言っても今更だし、言っちゃうけど、ここに彼と来た思い出があるのよ。彼と初めて夜を一緒に過ごして、朝、起きて、この一面黄色い銀杏並木の下のカフェで、朝ご飯を一緒に食べたの。そんな話し、女子高生に先生が言っちゃダメかな。」
「今どきの女子高生はもっと進んでるし、そんなことダメなんていう人いないですよ。」
「そうよね。彼と夜通し、たわいもないことを話したという幸せな時間、そして、朝、起きたら横に彼がいるという安心感、そして、初めての一緒の朝ごはん、とっても幸せな日だった。そういえば、付き合って2年目の記念日にも大学の銀杏並木に来ていたわね。銀杏とは縁があるのかしら。」

莉菜の顔を見上げると、目から涙が1滴、頬を流れていった。
莉菜は、その顔を見られたくなかったのか歩き始めた。
私は、追いかけ、横を一緒に歩く。
その時、莉菜は私の手を繋いできた。

「ごめんなさい。なんとなく、聖奈さんといると、彼と一緒にいるような気持ちになって。急に、気持ち悪いわよね。」
「そんなことないです。莉菜さんとは、この銀杏並木を手をつないで歩きたいと思ってましたから。」
「嫌じゃなければ、このまま手を繋いでてくれる。聖奈さんの手は暖かい。」
「手を繋ぐと、この一面、黄色い世界で一緒にいられるのは素敵って、肌から感じられて素晴らしいですよね。」
「そうね。」

銀杏並木では、銀杏の葉っぱが風が吹くたびにサラサラと落ちていった。
地面も葉っぱで黄色で、なんか、黄色い別世界にいるよう。
2年目の記念日に一緒に歩いた、大学のイチョウ並木の光景が目に浮かぶ。

一緒に、心から笑顔で溢れる莉菜の姿も一緒に目に浮かんだ。
あの頃の莉菜に戻したい。
私のことを忘れてしまっても、それで莉菜の心が元に戻るなら、その方がいい。

私は、莉菜の暖かい手を握り、一緒に歩いている。
もう、周りの人が見えないぐらい、黄色い葉っぱに見守られた、二人だけの世界。
私達の周りで、銀杏の葉っぱが渦を巻き、私達を祝福してくれているみたい。

莉菜を抱きしめたい衝動に駆られる。
でも、だめ。私は、女性だから、そんなことしたら莉菜に嫌われる。

莉菜が付き合っていた彼は私、そんなことを今更言えるはずがない。
そんなこと言ったら、これまで騙していたのねって、もう話してもらえなくなるから。
こんな体になっちゃったんだって、がっかりさせてしまう。

暖かい莉菜の手をぎゅっと握って、2人は、ゆっくり前に進んで行った。
それぞれが昔に黄昏ながら。

銀杏並木を通り過ぎ、周りも暗くなってくる。
2人は、一緒にイタリアンレストランに行った。

私は、お酒は飲めないけど、莉菜はワインを飲んでいた。
最初は陽気だったけど、途中で酔っ払ったのか、莉菜は席で寝てしまう。
まだ、気持ちが安定していない。

お金は私が払って、タクシーに一緒に乗せて帰ることにした。
女性が1人の大人を抱えてタクシーに乗せるのが、こんなに大変とは思わなかったけど。

莉菜の家の住所をタクシーの運転手に告げて家に向かう。
鞄の中にあった鍵でドアを開けて、ベットに寝かしつけた。

「どうして、陽翔、いなくなっちゃたの。私は、ずっと、あたなと一緒に過ごしたかったのに、つらい。もっと、私のこと、大切にしてよ。あなたと一緒にずっと暮らす私の夢はどうなっちゃうの。あなたがいない世界なんて、灰色。あなたと会いたい。」

そんな寝言を言っている莉菜の姿を見ているのは辛い。
私は、すぐに部屋を出て、目に涙をいっぱいためて家に帰った。
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