ちょっとハッとする話

揺れるトラックの車内にて

その日は土砂降りの雨が夕方から降ってきて、日雇い労働者の私達は現場を早々に切り上げさせられた。勿論日当はその分カットだ。

「やってらねぇよ。いきなり滝の様に降りやがって。天気予報どうなってんだよ。なぁ？
クッソ…びしょ濡れだよ…なぁ？おっさん聞いてるか？」

今日会ったばかりの威勢の良い兄ちゃんが、助手席で頭をタオルでガシガシと拭きながら話かけてきた。

「そうだねぇ。こんなに降るとは思わなかったねぇ。明日も明後日も雨でしょ……またこれで遅れて、休みが無くなりそうだねぇ」

私はハンドルを握り、土砂降りの雨のせいで見えずらくなったフロントガラスに目を凝らしている。
2トントラックのワイパーは休む暇も無く動いていた。

「クッソ！！やってらねぇわ。こんな仕事。辞めるわ。俺辞めるわ。明日辞めるわ」

兄ちゃんは窓ガラスの外に視線を送り、苛立っているのか、足で貧乏揺すりをしている。

私はそれが気になって、それっと言おうとしたがやめることにした。

「なぁ……おっさんは何でこんな所で働いてんだよ？」

不意にボソッと窓ガラスの流れる水滴を見ていたのだろうか……兄ちゃんが聞いてくる。

「いやぁ……この業界で理由を聞くのは御法度なんだけどねぇ。特に私みたいな年寄りには……」

トラックが右折する間会話は一拍空き、ウインカーのカチカチという音だけが車内に響いていた。

「見たとこ兄ちゃんはまだこんなとこで働くには早過ぎると思うがねぇ」

「だから明日辞めるって言ってんの！！」
そう啖呵を切り兄ちゃんは一言こう付け加えた。

「まぁ……辞めたとこで仕事なんて無いんだど」

「ずっと黙って聞いていたけど…そう言わないで…そんなに悲観しちゃダメよ」

と優しそうな女の声で、兄ちゃんの持つスマートフォンが彼に声をかけた。

「うるせぇわ！！機械の分際で！！人間様を何だと思ってんだよ！！停止だ！！停止！！」

「ちょっと待って私の話を…「ミカエル停止！！」


彼女の声を遮って彼が言いつけると、「停止します」とさっきとは違う無機質な声でスマホは答えた。

「なんだい？今のは？」と、私。

「あーー携帯変えたらさぁなんか勝手に喋り出すんだよねぇ。前はそんな事無かったんだけどさ。なんでも進化したらしいよ。ただウザいから今切ったわ」

どうやらミカエルとは彼の携帯の中の人工知能のようだ。ちゃんと彼の事を心配して寄り添っているでは無いか……

まじまじとその場面に出会して、私は遠い日の事を思い出だす。スマホに何でもかんでも一方的に相談していた息子の事を。

もし、仮に息子のスマホがこの様な進化を遂げていたら、私と息子の仲を取り持ってくれたのではないか？そうであったとしたら私は本当に家を飛び出していたのだろうか……？