忘却のノスタルジア 

狼少年

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第2話 人生のメリーゴーランド

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「敵?!」「敵って何?!」

私の興奮した声にエコモは答えます。

「【回収者】僕たちは奴等の事をそう呼んでいるよ」

「回収者……?」

ゴゴゴォォォ…………
病室の扉の向こうから異様な雰囲気が伝わって来て、
音も無く、
ゆっくりと扉が開きました。

「何あれ……」

私の目に飛び込んで来たのは、人形?
その姿は、2メートル程と大きく、全身真っ白で関節部分はやけに細く、目鼻口はあるものの、目の部分に至ってはくり抜かれた様に真っ暗で、その中心部に赤い点のような光が見えて、私の方を見て来ます。

首を斜めにカクッカクッカクッと動かしながら、腹話術の人形のような口がパクパク開いたかと思うと、

「み"、つ''、け"、た"、よ"」

と、言うのでした。


私は、その異形とも取れる姿に慄き、二歩三歩と後退りしました。

「あれが回収者だよ」

エコモは人形を睨み付け、私に向かって小声で言いました。

「ハルカ、良いかい?よく聞いてね」
「奴等に捕まって、もしも僕とのリンクが切れたら、今度こそ"山下はるか"としての人生は幕を下ろす事になるからね」

「そうなの?」

「そうだよ。だから今は逃げようか」

「逃げるったって何処に?」

病室の出入り口は1つしかありません。
その出入り口を回収者に抑えられていては、逃げるにしたって何処に逃げれば……

エコモは私の手を握り、出入り口とは反対方向。窓に向かって歩いて行きます。

「まさか窓から逃げるの?」

「そうだよ。そのまさかさ」

「待ってエコモ!ここ五階だよ!?」


豊中市にある大学病院は、少し小高い丘の上に建っていて、わたしの病室の窓からは豊中市街がまるっと見渡す事が出来ました。

「いい眺めだね」

そう言ったエコモは病室の窓をガラリと開けます。
一陣の春の風が、目下に広がる緑地公園のソメイヨシノの花弁を巻き上げて、五階の病室までそれを届けてくれました。

長い耳をパタパタと翻し、フワフワした毛は花びらを撒き散らかした春風に揺れています。
エコモは窓ガラスに足をかけ、「いい風だ」と呟きました。

「さあ、行くよ。ハルカ」

エコモは私の手を引きます。

「行くよって飛び降りるって事?」

「大丈夫!僕を信じて」

後ろを振り返れば、不気味な人形が出入り口付近で仁王立ちをしています。

「キ"、キ"、キ"、キ"」

  怖っ……そう思う私に、

「あの手のタイプの回収者は、初動が遅くて助かるけど、動き出したら厄介なんだ」

エコモは私の手を引き。

「え?待って!!」
「嘘!?」
「本当に!?」

私とエコモは五階の窓から飛び降りました。

「キャァァァァァァ……」






「あれ?」

おかしいな……

五階の窓から飛び降りたのに、落ちるという感覚が無くて、不思議に思って目を開けてみると、
広がります。世界が大きく広がります。
私は心の底から声を上げました。

「綺麗」

私は、エコモに手を引かれ、空中を歩いていました。

一瞬、
『ドカドカ。ガシャーーン!!』という音が私の病室から聞こえましたが、そんな事は知りません。きっと、回収者とかいう人形が、私を捕まえようと動き出したのでしょう。

そんな事より、今は目の前に広がる景色です。
遠くの方には、キラキラと輝く三河湾が見えて、豊中の街は春の穏やかな季節の中。
あちらこちらで、満開を迎えた桜達がピンク色に街を色付けています。

私が、私の人生で、自分の足でまた歩いた場所が地面じゃなくて、空中だなんて誰が想像出来たでしょうか?

 そんな事、誰も想像できる訳ない!!

まるで、[人生のメリーゴーランド]が流れてきて、映画の中の主人公になった気分でした。

 エコモへ。
 こんな素晴らしい体験をさせてくれて 
 ありがと。

 ハルカへ。
 君のAnotherは今日始まったんだ。
 だから僕は、全力で君をサポートするよ。




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